クエスト・クリア
胴体を大きくえぐり飛ばす、悪霊の肉体を大きく削り取る、ハルの乾坤一擲の一撃。
悪霊は大きく後退し、動きを止めた。
そして、見えた。
悪霊の中身が。
うぞうぞと蠢き肥大を続ける、肉と骨の集合体。
フレッシュゴーレムとはそういうもの。
だが、それだけではない。
ゴーレムで、アンデッドである以上、そこにはあるべきものがある。
「コアです!」
赤黒く、鈍く光る球体。
肉塊と骨という有機的なもので構成されている中で、それだけが無機物めいた、宝石のような物体であり、歪で異物だった。
それがコアだと、ピーターが指摘する。
しかし、誰もが動けない。
ピーターは、魔力をバフに使い果たして、もうまともに動けない。
イスラも、スタミナがつきかけている。
リタは、攻撃の手段がない。
ミーナは、先ほどのデバフを放った際に、矢をすべて使い切ってしまった。
もとより、ハルの全力でも壊せないコア。
壊せる者は、そう多くはないだろう。
壊せなければ、止めきれず、ピーター達はここで死ぬ。
そんな状況で、誰より速く動いたのは。
「【バックスタブ!】」
ルークだった。
彼の職業、〈暗殺者〉の固有スキル。
背後からの奇襲の時のみ、防御力、強度を貫通・無視して放てるスキル。
いかに硬いコアであろうと、関係ない。
コアには、感覚器官はない。
また、衝撃でコア周辺の感覚器も吹き飛んでしまっている。
ゆえに、スキルは発動し。
ルークの、刃はコアに突き刺さり。
「「「「「え、お?」」」」
コアがひびが入り。
ひび割れて、砕け散った。
「「「「「ええおおおおおおおおおおおおおぉぉ」」」」」
それが断末魔だった。
悪霊は、フレッシュゴーレムの肉体は、端から崩れて、壊れて、砕けて。
消えてしまった。
そしてそのあとには、怪物だったもの――肉片と骨の欠片だけが残った。
「一体、何だったんだ?」
ルークがつぶやく。
それはこの場の全員の総意であった。
[終わったのか?]
「そうです、ね、多分」
「とりあえず、もうここから出ましょうか。できることもないでしょうし」
そして、そんなピーターの言葉もまた、その場にいる全員の総意であった。
「これでおわり!かえれる?やったー!」
「何か忘れている気がしますね……まあ、全員無事でよかったです」
そういえば。
あの死体は、どうやって発生したのかと、ピーターはふと思った。
しかし。
「ぴーたー、どうしたの?だいじょうぶ?」
リタに聞かれて、ふと我に返る。
ピーターは、リタを見て。
「いいや何でもないよ。ーー帰還しましょうか」
いったん、疑問は心にしまうことにした。
一行はすぐに冒険者ギルドへと、帰還した。
◇◆◇
冒険者ギルドの、受付にて。
「はい、クエスト完了、確かに承りましたわ」
冒険者ギルドの、受付嬢。
白く長い髪、緑の瞳、尖った耳の少女。
〈竜師〉ラーファ・ホルダーは、クエスト完了の認証を押した。
これにより、冒険者ギルドから報酬が支払われる。
クエスト完了の認証をして、
「報酬の分配は、これでいいっすか?」
「……少し僕の分が多くありませんか?」
「それだけの働きはしてくれましたからね。ピーターさんがいなかったら、死んでたかもしれないっす。あと、先日の一件のお礼も含んでます」
ルークからのピーターに対する評価は高い。
理由はよくわからないが、受け取らない道理はなく、ピーターは報酬を受け取った。
「ピーターさん」
「はい?」
「今日は、本当にありがとうございました」
「そうだナ、あんたの働きがなかったら、ここまでの成果は得られなかっただろ」
「まあ、危険ではあったけどヨ、それなりに楽しかったゼ」
「あの、すみません。よかったら、打ち上げに参加してくれません?」
否、ルークからというより、この面々からの評価が高い。
高くなっている。
ピーターにとって、それは未知の状況。
そういった集まりに呼ばれたことはない。
誰かと行動することはまずなく、そもそもリタやハル以外と会話すること自体が稀である。
正直、ピーターはあまり乗り気ではなかった。
なにしろ、全く経験がない。
どうふるまうべきか、微塵も知らない。
ただ、遠くから眺めることしかできなかった景色。
迷惑をかけてしまわないだろうか、という懸念があった。
所謂、人との交流がない者特有の猜疑心である。
断ったほうがいいかな、と考えかけて。
「うちあげってなに?」
「何かを記念したお祝いです。飲んだり食べたりします」
「いく!」
「よろしくお願いします、ルークさん」
爆速の方針転換、リタが行くといった以上、それは当然行くしかない。
リタの意思と笑顔が最優先だ。
「でも、本当によろしいんですか?」
「「「「もちろん!」」」」
「……ありがとうございます」
思えば、初めてかもしれない。
人間の仲間と、苦難を共に乗り越えるのも。
そして何よりこんな風に、誰かと幸せを共有するのも。
リタが笑って。ハルが微笑んで。
自分が喜んで。そんな日々がずっと続けばいいのにと、そう思った。
自分はずっとこのままではいられない。
いずれ彼等と仲たがいするかもしれない。
命を奪い合うかもしれない。
冒険者である以上、どうなってもおかしくない。
それでも、今この瞬間だけは。
楽しみたいと、楽しいと、ただそう心からおもえるのだから。
◇◆◇
打ち上げは、ギルドの酒場で行われた。
「そろそろ乾杯しましょうか」
「何に乾杯します?」
「クエストの成功、とか?」
「ああいえ、そうではなくてですね。このパーティ、名前は何というのですか?こういう打ち上げでは、パーティに乾杯すると聞いたものですから」
ピーターには特に関係がないが、基本的には冒険者はパーティを組む。
そしてパーティというのは名前がある。
クエストをこなして名を挙げることによって、
そこに一時的に加わる過程を経ている以上、名前くらいは聞いておきたかったし、それを祝福したかった。
だが。
「……「ルーク・ミーナ・フレン・イスナのパーティ」っすね」
「今なんて?」
その予想外の名前には、心底驚いた。
というか驚き過ぎて敬語が解けかけた。
「ええと、それは、その」
「ながいねー。おぼえられない」
ピーターが、困惑し、リタも難解であると指摘する。
「それはそうなんっすよね。長いのはわかってるんすけどね」
「「「…………」」」
少し、離れた場所からフレン、ミーナ、イスラがひそひそと話している。
「やっぱりLとIのほうが良かったんだヨ」
「いえ、ルクフレ団とか、がいいよ」
「……ルー・ミー」
「こんな感じで、なぜかわからないんすけど、全然まとまらなくって、暫定的にこういう名称にされてるんですよ。届け出れば、また事情が変わってくるんですけど」
「……なるほど、納得しました」
なるほど、そういうこともあるのか、とピーターは理解した。
どうして、それでそのセンスになるのかは、まるで分らなかったが。
それでもいったん飲み込んだ。
「とりあえず、どういう名前にしましょうかね」
「ねー!「ぴーたーとりたとはる」は?」
「うん、すごいねリタ!……いったん保留で」
「はーい!」
基本的にリタ全肯定のピーターと言えども、パーティメンバーではない者の名前を入れるのは、流石に躊躇われた。
今日の戦い。
思い返す。
【索敵】で獲物を見つけ出し。
全員で連携してじわりじわりと追いつめて。
最後に、ルークの刃で仕留める。
それを、端的に表現するのであれば。
「――「猟犬の牙」とかでどうかな?」
「「「「――――」」」」
「あれ、ダメでしたかね?」
全員の視線が、ピーターに集中している。
ピーターは不安になった。
そもそも、名づけをしたことがない。
ハルの子供たちについても、どうしても名前が思いつかず、ラーファに放り投げ、ハルにしてもリタが思いついたのである。
因みに、リタという名前は、生前のものを使用している。
なので、ピーターのネーミングセンスが問われた機会はめったにない。
果たして、彼等の反応は。
「かっこいいナ!最高だゼ!」
「いい、と思います」
「……素晴らしい。〈狩人〉の要素が入っている」
おおむね好評だった。
『…………』
ふと、無言になっているルークを見る。
「あの、どうかしました?」
ひょっとしても、気に入らなかったのではないか、とピーターは心配したが。
「素晴らしいっす!」
ルークは、眼を見開いて叫んだ。
「最高っす!それで行きましょう!」
こうして、ピーターによって彼らのパーティ名が決まった。
「じゃあ改めて」
酒の入ったコップを掲げて。
ピーターが。
ルークが。
ミーナが。
イスラが。
フレンが。
盃を持たずとも、参加するリタとハルが。
「「猟犬の牙」のこれまでと、これからに。そして、ピーターさんと、リタさん、ハルさんに」
ルークが音頭をとる。
『「「「「「乾杯!」」」」」』
「かんぱい!」
木製のコップが打ち合わされる、乾いた音が冒険者ギルドの酒場に響いた。
とりあえず一段落。
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