骨を断たせて、肉を斬る
「ゴーレムが止まらない?」
「これは、まずい悪霊化して」
今までは、魔力によって動いているだけの傀儡だった。
本来、ただ単純に魔力を与えられて動いていただけの存在。
それが主であるゴーレムメーカーからの魔力供給が途絶えたことによって、エネルギーを他から得ざるをえなくなった。
そこで周囲にある怨念を吸収して、悪霊化したということだろう。
あるいは、周囲の怨念に、汚染されたというべきか。
そもそも、ここは墓地周辺、周辺には大量の怨念がある。
周囲にあった怨念を吸って、魔力だけでなく怨念でも動いていたのかもしれない。
そして、ゴーレムメーカーからの魔力供給が消えた結果、完全に死体の山が、怨念によって汚染された。
それによって、アンデッドが再構成。
数多の怨念を吸い上げた代償に、暴走を開始した。
先ほどよりも攻撃が苛烈になっている。
単なるステータスの話ではない。
「【ネクロ・ディフェンス!】」
「ぬう、理性も持たぬ肉塊風情が、止まれ!」
自然界のアンデッドは、基本的に怨念式だ。
死体の中にある怨念が肉体を動かすものや、空中などに漂う怨念が物体に宿りアンデッドと化す場合がある。
怨念式のアンデッドはコストが低いうえに意思があるからスタンドアローンとして使うことも多いが、暴走のリスクが大きいため〈従魔師〉の中でも使うものは少ない。
しかし、そもそもなぜ自然界の――怨念式のアンデッドは暴走するのだろうか。
それは、混ざってしまうからだ。
人の心、負の感情から生まれる怨念や、空気中に含まれる邪気などと。
数多の怨念、邪気が含まれることによって、無数の人間やアンデッドの怨念が一つの怨念の中に集まることになる。
すると、どうなるのか。
数多の意志が一つの肉体を操作し、制御できなくなる。
船頭多くして船山に上る、ということわざが適切であろうか。
そうして制御不能になったアンデッドは、基本的に怨念――負の感情に集約された行動をとる。
憎悪、殺意、悪意、嫌悪、それによって原動力は様々だが、それらは一言で表せる。
それらは俗にーー悪霊と呼ばれている。
「「「「「おおおおおおあああああああああ」」」」」
百面の悪霊が、すべての口から叫び声をあげる。
「禍々しい……これが悪霊か」
書物では知っているが、実際に暴走しているのを見たのはそう多くはない。
ピーターは今までに蓄えたアンデッドに関する知識を思い出す。
どうやら、頭部ごとに意識があるわけではなく、一つの意識に統一されているらしい。
それもまた、悪霊の特徴の一つではあるが。
無数の死者によって作られてしまった怨念。
それが溶けて混ざることで、マーブル模様の一つの精神になっている。
「【ネクロ・スピード】、【ネクロ・ディフェンス】、【ネクロ・パワー】、【ネクロ・ヒール】」
ピーターは、ハルにアンデッド専用のバフをかけ直し、なおかつアンデッド専用の回復魔法をかけていく。
破損が、アンデッドとしての修復能力を上回っているからだ。
だが、それも焼け石に水だ。
相手の攻撃力と手数が高すぎて、それでもなお未だに修復が追いついていない。
このままでは、じきに負ける。
このメンバー最大にして最強の盾が壊れれば、完全にこのチームは破綻する。
できれば、もういますぐ撤退したいが……。
「撤退は……できないっすね」
「そうだね」
「……無理だね」
出来るものなら撤退したいが、もう、無理だ。
ハルの押され方を見るに、おそらくは、先ほどよりステータスが増している。
全員で逃げに徹したところで、この距離ではもう振り切れない。
先程の撤退でさえ、ギリギリだったのだから。
「何か対処法はあるカ?」
「……ピーター、どうだ?」
「おそらく、どこかにコアがあります。それを壊せば、倒せるはずです。……あくまで壊せれば、の話ですが」
ゴーレムなど、生物ではないモンスターには、コアを有している傾向が強い。
先日相対したリビングアーマーもそうだし、リタにしても|ある意味コアを持っている《・・・・・・・・・・・・》。
だが、これは難しい。
コアというのは、人間で言えば、心臓に近い部分である。
つまりは、このフレッシュゴーレム相手に致命傷と言えるダメージを与えなくてはならない。
彼の切り札を行使しても、それを達成できるかどうかは怪しいところだ。
仮にできなければ、全滅もありうる。
「もう一つには、撤退しましょう」
彼以外のだれにとっても、意味不明な提案をした。
「ちょ、ちょっと待って。逃げるのは、無理って」
「……撃破するのでは?」
「そうですね。このまま逃げ続けても、町に着くまでに死ぬだけでしょう」
「じゃあ無理だろうガ!」
「あくまで、アンデッドがそれまで持てば、です」
「……?」
「どういう、ことですか?」
目の前のフレッシュゴーレム、先ほどより巨大化して威圧感が増している。
さらに、ハルが押されていることから、ステータスが上がっていると思われる。
どこか、不安定な状態だ。
制御を失っている悪霊は、暴走状態。
火力は大幅に上がっているが、それによる反動も大きい。
今この瞬間も、肉体が自壊を繰り返している。
ぶち部血と肉が千切れて、皮膚が裂ける音が聞こえる。
バキバキと、骨の砕けていく音が聞こえる。
かなり離れているはずなのに、それがうめき声に交じって聞こえてくる。
あるいは、悪霊が悲鳴を上げるのは、その痛みゆえなのか。
「相手が自壊するまで、時間を稼ぎつつ撤退。これが、いま行っている、行うべき作戦です」
作戦と呼べるのかどうかも怪しい。
「最悪、私が殿となって時間を稼ぎます」
「――」
「私の提案した作戦が裏目に出た、私の失態です。責任は取ります」
リーダーはルークでも、ピーターが立案した作戦だった。
だから、責任を果たさねばならない。
それが、ピーターの主張だった。
「俺とハルさんでひきつけるっす」
「ルークさん」
ピーターは、ルークの端正な顔立ちを見た。
「死にますよ」
「正々堂々とやるわけじゃないっす。それに」
「それに?」
「この三人を万が一にも死なせるわけにはいかないんで。」
「なるほど」
大切なものを、死なせたくない。
その気持ちは、ピーターにも良く分かった。
「殿は、あなたとハルに任せますね」
「任されたっす!」
ルークは、走り出した。
「はい注目!」
悪霊の真後ろへと。
「「「「お?」」」」
悪霊は、後ろを向いた。
気配が濃くなったルークの方を。
それは、声を出したからではなく、スキルの効果だ。
〈暗殺者〉のスキル、【気配操作】。
文字通り、気配を操作し、調節するスキル。
気配を薄くして潜伏することもできるし、逆に気配を濃くして敵を引き付けることもできる。
人間ならばともかく、知性の低いアンデッドであれば簡単に引っかかる。
「隙だらけだ!」
「オラア!」
ハルが、斧槍で、イスナが大剣で。
それぞれ、悪霊の背中を斬りつける。
「【ヘビーアロー!】」
「【ホーリー・ボール!】」
遠距離から、ミーナのデバフ付きの矢と、フレンの聖属性攻撃魔法も飛来する。
足元に命中し、聖なる光弾は足に穴をあけ、矢のデバフは速度そのものを落として足を止める。
「「「「「「えおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」
すぐにまた意識が惹かれる。
叩き潰そうとするも、うまくいかない。
何度も何度も、その手は空を切るばかり。
当然だ。
今度は、ルークではないからだ。
「どうしたのー?なんでうでふりまわしてるのー?」
「「「「「おおおおおおお!」」」」」
「いいよリタ!そのまま飛び回って!【ネクロ・スピード】!」
リタである。
彼女が、周囲を飛び回ってかく乱している。
見たところ、この化け物は、攻撃手段が物理しかない。
そして、リタの霊体には、物理攻撃は通用しない。
ゴーストにはありがちな【物理無効】というスキルによるものだ。
逆に、リタも攻撃できないが、構わない。
ルークの【気配操作】と組み合わせた陽動が、彼女の役目だから。
とはいえ、この時間稼ぎも長くはもたない。
ミーナの矢の数、スキルに使うMPに限界がある。
ハルにかけるバフが尽きれば、誰かのスキルが切れれば、膠着状態が切れて負ける。
だから、ここで、詰めに行く。
「ハル!」
「承知!ーー【ハルバード・ブレイク】!」
それは、ハルの最大威力の一撃。
尾の刃を振るい、放つ全力の一撃。
代償として、使った直後に尾の刃が崩壊する。
諸刃の剣、捨て身の一撃。
相手と自分を破壊するスキル。
リタたちの妨害によって、隙だらけの今なら、打ち込める。
「「「「「お」」」」」
「崩れろ、痴れ者」
悪霊の、胴体を大きくえぐり飛ばした。
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