クエスト・スタート
冒険者ギルドは、夕方や夜の方がにぎわっている。
朝日とともに起きる者より、夕日や星月とともに目覚める夜型の人口が多いからだ。
ゆえにこそ、ギルドに入ってすぐにある酒場は活気にあふれている。
オレンジ色のランプが内部を照らし、夜の闇を追い払う。
酒に酔い、つまみを食い、仲間とともに肩を組んで騒ぐ。
昼の落ち着いた雰囲気とは違う、冒険者ギルドの本領だ。
「にぎやかだね!」
「そうだね。リタは、この時間寝てることも多いもんね」
アンデッドであるリタは、本来寝る必要は全くない。
肉体を失っている以上、当然新陳代謝もなく、疲労の概念そのものがないからだ。
ただし、合理的にはそうであっても、実際には異なる。
アンデッドは、生前の影響を受けるため、不必要であっても、生前の行動をなぞる。
とある母親が、骨だけになっても、子供を守ろうとして、最善を尽くしているように。
リタが、消化能力を失ってもなお、未だに食事を続けているように。
リタというアンデッドは、睡眠も行う。
なお、寝る時間はまちまちだが、夕方には寝て、深夜に起きていることが多い。
本人曰く、「寝るのに飽きてしまう」のだそうだ。
あくまで生前をなぞるのであって、生前とは異なるということだ。
因みに、ハルは食事にも睡眠にも興味を示さない。
アンデッドにも、個体差が強く出ているということだ。
リタについては、飢餓による衰弱死が原因である、という事情もあった。
閑話休題。
そんな事情から今まで見てこなかった光景を見て、リタははしゃいでいる。
ピーターも、同じ気持ちだ。
付け加えるとたいていの冒険者は、こちらの方を好む。
人とのつながりを感じる、雑多ではあるものの、温かな雰囲気。
どこまで行っても荒くれ物の冒険者たちには、それが心地よいものなのだ。
それは、ピーターも同じ。
パーティに属していないゆえに、自身がそういった輪の中に入ることはできなくても、それを外から眺めるだけで、どこか救われた気持ちになる。
それが錯覚だったとしても、救われているのは事実なのだ。
「ええと、どこかな?」
しかし、今日は別だ。
今日限りにおいては、別だ。
ピーターはテーブル席のほうに歩いていく。
目当ての四人を見つけたからだ。
酒を飲んでいた様子はない。
この国では、十二歳から飲酒は可能になっているがそれにしても仕事前に飲むものはほとんどいない。
たいてい、ここで酒を飲んでいるのは仕事が終わっているのか、今日はそもそも仕事をするつもりがない人たちだけだ。
どうやら、向こうもピーターに気付いたらしく、ルークが立ち上がる。
「あ、ピーターさん、こっちっす!」
ルークが手を挙げて、こちらに手を振ってくる。
同じテーブルに座った三人も、控えめながら手を振ってくる。
ピーターとリタも手を振り返しながら、テーブルの方へ向かっていき、空いた席に座る。
「よろしくお願いします」
「よろしくおねがいします!」
ピーターとリタが、挨拶をする。
「それじゃ、行こうか!」
「「「了解!」」」
ルークの掛け声とともに、クエストが始まった。
◇◆◇
冒険者ギルドを出てから、二時間ほどたったころだろうか。
一行は墓地についた。
そのころには、すでに陽が落ちて、あたりが完全に暗くなっていた。
太陽が沈めば、そこからはアンデッドの時間。
人が存在そのものを忌むアンデッドが最も活発になるときだ。
本来ならば、こういうアンデッドが出る場所は
最も、ピーター達にしてみればアンデッドが活動してくれないと調査のクエストができないので活発に動いてくれないと困ってしまうのだ。
ゆえに、彼等の場合は夜間に行くしかなかったのだった。
しかしながら。
「いませんねえ」
「【索敵】にも引っかからない」
ルークとニーナのスキルも反応せず、目視もできない。
『リタ、何か見える?』
『ううん、なにもみえないよ?あんでっども、ほかのもんすたーも、ひとも』
上空をふわふわと浮いている、リタにも見つけられない。
ちなみに念話で会話するのは音を立てると周囲のモンスターを呼び寄せる危険があるからだ。
相手が気付くより先にこちらが気付くのが理想である以上、知らせるわけにはいかない。
ちなみにリタの存在自体は見られても特に問題ない。
モンスターがモンスターを襲うことはあるが、それはあくまで食料を得るために行うもの。
肉の無いゴーストなどは基本的にそれを免れる。
閑話休題。
探索を始めてからすでに一時間以上が経過している。
が、まるで見つからない。
【索敵】という、斥候職特有の「敵意を向けている生物を発見する」というスキルも使用されているが、 それでもまるでアンデッドを発見できない。
本来ならば、それは正常でもある。
冒険者たちによってアンデッドは発生するたびに間引かれることが、前提となっている。
それがあるべき状態だ。
だが、正常ではなく異常だから目撃情報が上がっており、墓参り一つできない人がいる。
モンスターによって、実害も出ている。
「ここまで何も見つからないとは、思いもしませんでした」
「もうこれ以上行くと、旧墓地を通りすぎてしまうんですよね。いったん戻ったほうがいいような気もしますが」
『ま、そうかもしれんネ』
「そうです、ね。いったん撤退したほうがかもしれません」
「どうしますか?ルーク」
「え、僕ですか?」
「僕は一応同行していますが、リーダーはルークさんです。基本的にはリーダーの指示に従います」
パーティーを組んでいるわけでもないが、リーダーというのはそういうものだとピーターは考えている。
とはいえ本当にまずい時は見捨てるし、見捨てられるのも覚悟の上だ。
実際、昔他の冒険者と行動していた時に、一人だけ危険な場所に置き去りにされたこともある。その時はハルとリタの頑張りでどうにかなったが。
「進みます。もし、アンデッドと会敵したら即時撤退、地図のある浅い部分だけです」
「『『了解』』」
「わかりました」
「わかったー」
「ねえ」
それを言ったのはミーナだった。
彼女は、【望遠】のスキルを持っており、このメンバーの中で最も遠くを見ることができる。
だから、誰よりも遠くの事態に気付ける。
だが、彼女以外もすぐに気づいた。
そしてそれには相手にも含まれる。
「あれ、何に見える?」
ミーナが指さしたもの。
数十メートル先に突如現れたもの。
それを、一体何と表現したものか。
シルエットは、人間のそれに近い。
しかし、高さは人間の五倍以上あり、文字通り人間離れしている。
異常はそれだけにとどまらない。
人間でいうところの頭部と胸部にはたくさんの顔があった。
モンスターの頭部ではない。
それらはすべて人間の顔で構成されていた。
そして、顔以外の部分も、異常だった。
人の手足が、臓器が、骨格が。
ぐちゃぐちゃにつぶれて、混ざり合って、一つの巨人になっている。
「こいつは……」
「フレッシュゴーレム!」
「「「「「「「「「「ぼおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」
百の死相が、一斉に叫ぶ。
二百の眼前にいる、生者に対して。
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