エピローグ3 夜明け
ピーターの意識が戻った。
それを聞いた時、彼の友人たちは素直に彼の回復を喜んだ。
元々、理由があれば自分が傷つくことを厭わない勇気を持っていることは彼を知る人物なら、誰もが知っていることだ。
そしてそういう無茶苦茶な生き方をしているがゆえに、傷を負うことも多く彼らなりに見舞いに行くなどしていたが意識はまだ回復していなかった。
そして彼らは、意識が回復したことを知って示し合わせたわけでもないのに、集まった。
〈猟犬の牙〉のメンバー、〈竜師〉ラーファ、〈聖騎士〉ユリア・ヴァン・カシドラル、ポーション屋の孫娘、メーア。
彼らはピーターに救われ、またピーターを助けたものたち。
だから、一刻も早くピーターのいる個室へと向かった。
だが、彼らがそこで見たのは。
「リタ、ばぶばぶばぶう!おぎゃっおぎゃっおぎゃあ!」
「はいはい、よしよし」
リタに対して、寝転がったまま赤子のような奇声を発しているピーターだった。
リタも、ピーターの頭部を抱きしめるような状態でピーターを慈愛の表情で見つめている。
「……何をしてるんすか?」
「おや、ルークさんお久しぶりです。皆さん、来てくださったんですね」
「…………」
「……何をしているのだ?」
ドン引きしているルークに代わって、ミーナが問うた。
それを言われて、ピーターはようやく彼らが奇異の目でピーターを見ていることに気づいた。
体を起こして、彼らに向き直り説明をする。
「ああ、これはリタに甘えているんです」
「いえ、それは、わかります、けど」
「先日色々なことがありまして、取り敢えずリタに自分を隠すのはやめようと思ったのです」
「……その結果、なんで幼児帰りしてるんダ?」
「話せば長いですが、聞きたいですか?」
端的に言えば、先日リタの前で号泣したことが原因である。
もとより、彼には様々な精神的負荷がかかっていた。
恩人であり、生き方を教えてくれた恩師であるラーシンとの再会と死闘。
自分を捨てたはずの、家族との再会。罵倒され、人殺しと呼ばれて、それなのにどうしてかわからないが助けられたこと。
人を人とも思わずに、虐殺を行い恩人を修羅の道に導いた悪鬼への嫌悪と憎悪。
友人や仲間が、そして家族が幾度も大怪我を負ったこと。
さらには、ラーシンやレヴィに指摘された彼の生き方に、家族というものについての迷い。
そんな心の傷が、彼を無意識下で追い込んでいた。
ある意味で、リタの言葉や行動は、彼の心を守るためには正解だったといえる。
リタへの依存性を強め、更に彼のリタへの愛情はゆるぎないものとなった。
……ただし、その結果としてピーターはリタに対する奇行は悪化することになったが。
具体的には、幼児退行である。
恋愛的なものだけではなく、母性もリタに求めるようになった結果がこれである。
「いや、ぶっちゃけ聞きたくねえナ。きしょいシ」
「あはは、すみません」
【霊安室】に潜っていたミクとハルも、気持ちは同じだった。
一応、ピーターもなんとなく自分が異常であることだけは察しているのであえて何も言わなかった。
因みに、ラーファとメーアはあまりの光景に言葉を失っていた。
「それはそうと、傷はもう治ったの?」
ユリアが、話の流れを変えたかったのか、口をはさんだ。
「残念ながら、まだですね。正直、歩くのも難しいです」
「そう……回復魔法が効けば治せたのだけれどね」
「まあ、今更ですから」
〈医師〉などによる外科的処置やポーションによる治癒力の強化などでかなり回復はしたが、それでも両手足の包帯は治せる状態になかった。
「あの、一つ仕事をお願いできますか?」
「……仕事?おしゃぶりでも買ってくればいいのか?」
「ああ、それは自分で買いますよ。そうではないです」
ピーターは、〈猟犬の牙〉に、一つのお願いをした。
彼らは、了承した。
◇
夜になって、彼等は移動していた。
彼は、ルークに持ってきてもらっていた車いすに乗っていた。
車いすを押しているのは、ミクだ。
というか、怪我をしてからというものほとんど身の回りの世話はミクがやっている。
ピーターとしては、有難いと思う一方で、申し訳ないという気持ちもあった。
「いつもすまないね、ミク」
「いえ、私がお兄様のために、好きでやっていることですから」
「そっか」
「わたしもおしたいなー」
「あはは、ありがとう。気持ちだけでうれしいよ」
「そういえば、ルークさんはなんでそんなに縮こまっているんです?」
〈猟犬の牙〉、ユリア、そしてメーアはあからさまに縮こまっていた。
会話にも入ってこない。
「なぜって、”妖精女王”ですよ?世界でも五指に入る実力者と名高いあの!恐れ多いっすよ!」
「そういうものですか?」
ピーターにしてみれば、恩師ではあったが、結局のところ普段から共に過ごしている存在であり、あまりすごい人という感覚に乏しい。
だが、それこそ神話になってもおかしくないほどの英雄でもある。
実際、彼女がいなければこの都市は滅んでいた可能性が高い。
「別に、取って食ったりはしないわよ。安心しなさい」
「いえ、伯母様やピーターさんとお会いしたかったので……ご迷惑でしたか?」
「そんなわけないでしょう」
「それは良かったですわ」
そんな話をしながら、ピーター達は目的の場所にたどり着いた。
それは、墓標――献花台だった。
犠牲者は約五百人。
中には、騎士や冒険者のような死と隣り合わせの者達だけでなく、民間人の被害もあった。
彼は、手を合わせない。
まだ、彼の手は動かせないから。
ただ、ピーターは目を閉じて、心の中で一心不乱に祈った。
「堂に、入って、ますね」
「そうですか?」
彼は、普段祈らない。
聖職者に敵視され、対立してしまいがちな彼にとって祈るということは無意識でも意識的にでも避けるべきことであった。
しかしながら、それでもこの瞬間は祈っていた。
神でも、聖なる概念でもなく、ただ亡くなった人がアンデッドにもならず安らかに眠ることだけを願って。
「そうね。……心がこもっているからかしら?」
「そういっていただけると助かります」
「ところで、なんで祈るためだけにわざわざこんな時間に出たんですか?」
時刻は夜、既に人通りもほとんどない。
もうすぐ夜が明けそうではあるが、
「これからどうするんですか?」
「そうですね、しばらくは留まりたいとおもっていますが。復興のために」
復興に携わりたいという気持ちがあった。
シルキーの許可は既に得ている。
最も、どの程度留まるのかはわからない。
一大行事に起こった首都でのテロ、そこから完全に復興するのにどれだけの時間がかかるだろうか。
「俺達も手伝うっすよ」
「手伝い、ます」
「まあ、ここは俺たちの町だからナ」
「……探索系のスキルでも、何かできるのだろうか?」
「ポーションの生産くらいしかできませんが、頑張りますよ!」
「まあ、騎士として出来ることをやるだけね」
「〈竜師〉なので、がれきの撤去をハルさんにも手伝ってほしいのですが……」
日が昇ってきた。
夜明けであった。
「夜明け、ですね」
「きれい!」
リタが無邪気に笑った。
ピーターは思った。
結局のところ、どれほど辛いことがあっても、傷ついても。
世界が、不条理を押し付けてくる優しくない世界であったとしても。
「リタ」
「何?」
「これからもずっと、隣にいてくれる?」
「もちろん!」
希望があれば、人は生きていけると思うのだ。
これで、連載はいったん完結といたします。
もしかしたら、今後やるかもしれませんが、現状完全に予定は白紙です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
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