結界を越えて
ラーシンを探して、ピーター達は後を追いかけた。
ラーシンらしき人影は人込みを抜けて狭い路地に入っていった。
「いないね?」
『そうだね、見間違いかな?人の気配もないし』
「そんなはずないとおもうけど」
ラーシンらしき人影を追いかけて、あたりをきょろきょろと見まわして。
歩いていると、そこに壁があったことに気付いた。
どういうわけか、壁があるのに、行き止まりなのに、壁自体を認識できていなかった。
回避しようとするも、体は急には止まってくれない。
壁にぶつかる、そう思った。
だが、そうはならなかった。
ピーターの体が壁をすり抜けたのだ。
壁だと思っていたのに、何の抵抗もなくするりと入った。
「なんでしょう、幻術の類でしょうか?」
「そういえば、東方には幻術に秀でた職業もいくつかあるんだっけ?」
「そうですね。後、玉ノ国にも、〈忍者〉なる相手を欺く職業があると聞いています」
「へえ、聞いたことのない職業だね。語感からして〈暗殺者〉や〈盗賊〉に近いのかな?」
「そうですね、斥候兼攪乱役だと文献に記されていました」
ピーターは、玉ノ国については良く知らなかったが、ミクは元々玉ノ国の隣にある東方帝国に住んでいたこともあって、玉の国についても詳しかった。
「それはそうと、ラーシンさんはどこかな?」
見間違いであれば、それでもいいのだけれど。
アルティオスで雑貨屋兼処分屋を営む彼がここにいなければならない理由はないのだから、単なる見間違いだったとしても不思議ではない。
というより、そうであって欲しい。
恩人に対して思うべきことでもないかもしれないが、彼はそう思っていた。
ラーシンを探して、彼は入っていった。
「迷ったね……」
「まよったね」
「迷いましたね」
『迷子ですね』
「いや、全員揃っているから迷子ではないんじゃないかな?」
ピーターは反論するが、しかして実際に道に迷っていることは事実だ。
王都の地図は持っているが、あいにくとどこの部分に今自分達がいるのかわからない。
ラーシンを追いかけたがゆえに、現在地がわからなくなってしまっている。
加えて、どこの場所にいるのかもわからない。
気づけば、もう夕方であり、陽が沈みかけていた。
せっかくのお祭り、前夜祭であったが、あまり楽しめずに終わってしまった。
「ごめんね、リタ、ミク」
「だいじょうぶだよ、おいしかったしきれいだったし!わたしもおいかけようっていったからね」
「構いません」
ピーターは謝ったが、特にリタもミクも気にしていなかった。
リタはラーシンのことは覚えていたし、ミクはラーシンを知らなかったがピーター達の恩人には興味があった。
ハルも、特に主張はしなかったが、反対意見は持ってなかった。
ゆえに、ここに来たのはピーターだけではない全員の判断であり、全員の責任ではあった。
「とりあえず、戻ってみようか……」
わからないなりに、記憶を探り、元来た場所にまで戻ろうとして。
「ここで何をしているのかな?」
背後から、声をかけられた。
先ほどまで、そこには誰もいなかったはずなのに。
とっさに後ろを振り返ると、そこには一人の人物がいた。
ただし、ラーシンではなかった。
端的に言うなら、一人の女性。
フードで顔を覆っているが、顔ははっきり見える。
金色の髪、血のように赤い瞳、寒気がするほど整った顔立ち。
額より上だけは、フードに覆われて見えなかった。
だがそれよりも、声があまりにも冷淡で、感情がなかった。
「ここは立ち入り禁止の空間でね、人払いの結界を張っていたはずなんだけど」
「す、すいません。間違えて入ってしまったみたいで」
「おかしいなあ、あの結界はそうそう突破されるようなものじゃないはずなんだけど」
「すみません、そういう体質でして」
慌てて謝罪する。
おそらくは、認識阻害か、あるいは物理的に進路を妨害する類の結界が貼られていたのだろう。
だがしかし、ピーターのギフトである【邪神の衣】は、聖属性の影響全てを無効化する。
それはそういった人払い用の結界をも無効化してしまうらしい。
初めて知った。
そういった結界に触れたことが今までに一度もなかったからである。
それはともかくとして、立ち入り禁止区域に入ったのは完全にピーターの落ち度である。
最悪罰金を払う覚悟を……と考えかけたところで、自分がそもそもまと待った額の金銭を持っていないことに気付く。
マギウヌスでは魔力が金銭の代わりとなるため、この国のような貨幣が使われていなかった。
元々ピーターはこのハイエストで生まれ育ち、貨幣を冒険者として使っていたはずなのだが……一年間マギウヌスで過ごす中で、すっかり忘れていた。
が、その女性は特に気に止めた様子もなく。
「ああ、気に病む必要はないよ。すぐに出ていってくれればいいから」
「そうでしたか、わかりました」
「うん、どうせしばらくしたらこの結界も不要になるからね」
女性は淡々と答える。
その声には何の感情もこもっていなかった。
不要になる、というのがよくわからなかったが、もしかすると引っ越しでもするのかもしれない、とピーターは推測した。
「じゃあ、出ていきます。失礼いたしました……」
「うん、そうだね。|もう二度と会うこともない《・・・・・・・・・・・・》だろうから、さよならと言っておくよ」
そんな感情のない女性に見送られて、彼は出ていこうとして。
「ああ、そうだ、最後に一つだけ訊いておきたいんだけど、いいかな?」
そんなことを、言われてしまった。
別に答える必要もないが、ピーターとしては勝手に人の私有地に押し入ったという負い目があった。
それ故に、心情的に答えないという選択肢はなかった。
「なんでしょうか、何でも言ってくださいね」
「君の生きる意味は何かな?教えて欲しい」
「……?わかりました」
ピーターは、質問の意図がわからなかったが、とりあえず素直に答えることにした。
悪意や敵意、殺意を向けてこない相手に対しては、原則彼は従順であった。
「家族と、大切な人とともにあり続けることですよ。それが、僕の生きる理由で行動原理です」
ゆえに、ピーターは迷うことなく自身の行動原理を述べる。
「そうか、ありがとう。邪魔してわるかったね、もう行っていいよ」
「わかりました」
悪かったと言っている割に、まるで反省する気が微塵もなさそうな口調だった。
感情がまるでこもっていないからだ。
正直、あまりいい気分はしないが、まあ気にしても仕方がないなと思う。
「けっきょく、らーしんさんいなかったね」
「あっ、そうだった」
私有地に入ってしまい、その後怒られてしまったため完全に忘れていたが、確かに本来彼に会うために結界を越えたのだ。
『見間違いだったのではないのですか?』
「そうかもしれないね……」
「そうかなー」
どこにもいなかったので、その可能性は考えられる。
「もう一つの可能性もあるけどねえ、それは考えても意味がないことだから」
「もうひとつ?」
「あの女の人と、ラーシンさんが知り合いで、ラーシンさんが招かれた客であった場合だよ」
『ああ……』
もし、彼が王都にいたのならば、やっぱりどうにかして会いたいなと思いながら。
彼は、ピーターにとっての恩人なのだから。
◇
「計画の準備は上々。明日の実行には支障なし、だよ」
「今回の計画は君の存在が鍵となってくる」
「ともに正義を為そうじゃないか、ラーシン君」
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