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最後の決着

「まあ、一応避難は完了していたみたいだけれどね。腑に落ちないわね……」

「何が?」

「レベルが上がってないのよ」

「あ……」



 生まれたてとはいえ、ネームドモンスター。

 倒せば経験値を得られるし、レベルだって上がるはず。

 にもかかわらず上がらない。

 それが意味するのは。



「まずいわね……」




 ◇



 ピーター達は、シルキーの所有している小さな小屋にいた。

 ピーターが寝転がり、ミクは正座し、リタはミクの頭より少し高い位置に浮遊している。



「ぴーたー、だいじょうぶ?」

「うん、だいぶ楽になったよ。傷口も塞がれてるしね」

「そうですね。良かった……?」



 急に、何かが落ちる音がした。

 そして、ミクは何かに気付いた。



「あれは……」

「どうかした?」



 ミクの視線が、外を向いて。

 一瞬、立ち上がりかけた。

 が、ピーターに視線をやるとそのまま座った。

 


「いえ、何でもありません。大丈夫です」

「みく」



 リタが、睨んでいた。

 可愛らしい顔をゆがめて、大きな青い瞳を精いっぱい見開いて睨んでいた。

 しかしそれは決して、殺意や敵意、嫌悪からではない。



「ひとりでかかえたらだめだよ?」



 ただ、彼女は心配していた。

 彼女は父と母を失い、その悲しみを動力にアンデッドになった。

 ゆえに、孤独の辛さを、一人で抱え込む苦しみを、誰より知っている。

 それを分かち合える人がいることで得られる幸福もまた、わかっている。

 ピーターがあの日ピーター・ハンバートになったことで救われたのは、ピーターだけではないのだから。


 その分かち合う相手ことピーター・ハンバートもまた、床に横たわったまま、ミクを見ている。

 あまりに優しい二人に、隠し事をするべきではないと思ったから。

 だから、ミクは正直に話した。



「外にいるのは、お……シュエマイ・チャンシーです」

「「え?」」



 それは、ピーターも予想していなかった。

 というより、意識から外していた。

 あのシルキーが、仕損じるとは思えなかったからだ。

 だが同時に、それは事実なんだろうと思った。

 そもそもシルキーが超級職ならば彼もまた超級職。

 同格であれば、シルキーの目を欺くこともできるかもしれない。



「どうやってかわかりません。でも、間違いなく近づいてきてます」

『その様なことがあり得るのですか?』

「融合を解除したか、何らかの事情で合体が強制的に解除されたか、いずれにせよあり得ない話じゃないね。小数点以下の可能性だけど」



 実際のところ、シュエマイはそもそも合体などしていない。

 「無限尸巨」のそもそものコンセプトとして、完全に混ざらない程度に癒着させるという術式だった。

 ゆえに、肉体の分離も簡単である。

 〈精霊姫〉シルキー・ロードウェルと〈教皇〉フランシスコ・チャイルドプレイの合技。

 それを受けた直後、爆散した破片の一つが、シュエマイだった。

 そしてそのシュエマイを含んだ破片がピーター達の傍に落ちてきたのだ。

 本来、致命傷を追っていたはずだが、それもアンデッドと融合したことで獲得した能力によって修復されている。

 

 

 とはいえ、ピーター達にその原因を知るすべはないし、意味もない。

 ピーター達にとって最も重要なのは、過去の原因ではなく、未来の対応だからだ。

 


「どうしたい?」

「え?」



 ピーターは、寝転がっている。

 というより、氷漬けで動けず、寝転がった状態でしかいられない。

 だが、その目は真っすぐにミクを見つめている。

 その状態で、真顔で問いかける光景は、はたから見ればシュールにもみえるかもしれない。

 だが、問う方も問われる方も、真剣だった。

 


「君がもし、あの男に会いたくないというのならそれは理解できるし共感もできる。僕を抱えて逃げればいい。僕も、残り少ないMPで速度上昇のバフくらいはかけられると思う」



 ピーターが観測している範囲でも、シュエマイ・チャンシーのミクに対する言動は目に余る。

 持ち運びに便利だからと首を切り落として仮死状態にするなど、親が子にやることではない。

 ましてや、自我を失うような実験に自分の子供を使うなど、少なくともピーターの価値観では決して許されない。

 そんな親をどうして愛せるというのか、言うことに従うと思えるのか。

 ピーターも実の親に暴力を振るわれた経験があるから、逃げるという判断に対しても、共感できるし尊重できる。

 けれど。



「もしも、自分の手で決着をつけたいのか、あるいは死ぬ前にあいつの顔を見たいのか……会いたいなら手伝うよ。僕たちにもできる範囲でね」



 ピーターはわかっていた。

 ミクがどうして、立ち上がりかけて躊躇しているのか。

 立ち上がりかけたのは、シュエマイのことを気にしているから。

 そして、躊躇ったのは、ピーターの身を案じたから。

 どちらも、彼女の優しさゆえだ。



「わたしもてつだう!」

「僕らにも、できることがあれば手を貸すよ。家族だからね」

「……ありがとう、ございます」



 彼らの言葉を受け、ミクは改めて三人の家族を見据える。

 その赤と黄のオッドアイに、もはや迷いの色はない。



「ピーターさん、リタちゃん、ハルさん、お願いがあります」

「どうぞ」

「なーに?」

『なんなりと』



 ミクは、足元に寝転がったピーターと、その周りを飛んでいるリタ、そして【霊安室】の中で修復中のハルに言葉をかける。

 ハルやピーターにもお願いをするのは、単純に、戦力としての助力を願うからではないからだ。

 彼女が願うのは、もっと単純なこと。



「見届けて下さませんか?私と父と、チャンシー一族の決着を」

「わかった。死なない範囲で見守るね」

「りょうかい!」

『承知しました』




 そうして、ミクは外に出て、姿をさらした。

 シュエマイと、一族との因縁に決着をつけるために。



 ◇



「ミク、ミク、ミク、ミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクウ!」

「お父様……」



 シュエマイは、すでに正気を失っていた。

 さもありなん、あの術式は、誰がやろうと本人は自我を失う術式だったはずだ。

 それに加えて、彼には【霊魂固着】のスキルはない。

 だから、あの研究所内部にたまった怨念や、周囲に漫然と漂うアンダーホールなどから接収した怨念を吸収し、暴走してしまったと考えるのが自然だろう。

 さらに言えば、爆発の衝撃か、腕はなくなり、全身が銀色の炎に焼かれて現在進行形で燃え続けている。

 一歩歩くたびに、符がボロボロと落ちている。

 


 そもそも、そんなことはシュエマイとてわかっていたはず。

 それでも実行に移したということは、その時点で正気ではなかったのかもしれない。

 出血が多すぎたし、そういうこともあるだろうとミクは思った。



「ミク、を、キョンシーに乗せて……」

「お前……!」



 正気を失ってもなお、非道を発言するシュエマイに対して、ピーターは怒りを露にするが。

 


「お父様」



 ミクは冷静だった。



「今までありがとうございました。今日で、終わりにしましょう」

「ち、ち、ち、ち、ち、ち、【地伏龍牙】アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 


 彼女の言葉に対して、返答は暴力の牙。

 ばらまかれていた符が起動し、万物を嚙み砕く土龍の咢が展開、ミクのいる空間を咀嚼する。



「ミ、ク」



 シュエマイは、動きを止めた。

 仕留めたと判断したからで。




「あ?」

「ごめんね、ミク、手をだしちゃった」


 

 実際は、倒せていなかった。

 いつの間にか、少し離れたところで、オッドアイの青年(・・・・・・・・)が座っていた。

 【降霊憑依】で融合したピーターである。



 ほんの一瞬、ピーターはミクを対象にして【降霊憑依】を行使した。

 【降霊憑依】は、契約下のアンデッドとの融合スキル。

 ピーターに、|アンデッドを憑依させる《・・・・・・・・・・・》スキル。

 ゆえに、【降霊憑依】を二人が別の座標で使った場合、ピーターのいる座標で融合する。

 なので、こうしてアンデッドを一瞬避難させるために(・・・・・・・・・・)使うこともできる。

 なるべくピーターとしては手を出さないつもりだったが、危機に陥っていた以上、助けない道理はない。



 すぐにMP切れによって、【降霊憑依】は解けるが、それでいい。

 そして、新たな家族の援護を受けた少女は、止まらない。



「最後まで、私を見てませんでしたね、お父様」



 ミクは、背後に回っていた。

 【尸廻旋】を用いて、シュエマイが見えない速度で。

 〈僵尸〉というジョブの、切り札であるスキル、【死後硬直】。

 MPを注ぐことで、自身の体の強度を引き上げる攻防一体のスキル。

 それを使った手刀が。



「あ……」

「さようなら」



 彼の心臓を突き刺していた。

 それが決着だった。

 シュエマイ・チャンシーは、〈継炎肉像〉は。

 今度こそ、完全に消滅した。

決着。

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