霹靂聖天
「【ライトニング・ジャベリン】ーー四十連」
シルキーの宣言と同時、雷槍が無数に射出される。
今度は一点を穿つタイプではなく、拡散させるタイプ。
それでは、深手を負わせるには至らず、浅く肉を削るのみだ。
だが、それでいい。
今の彼女にとって、この程度の魔術はあくまで牽制、足止めである。
一本一本が、上級職の全力の魔法を上回る一撃。
それが、四十本。
そして、その波状攻撃すらも次の攻撃への牽制に過ぎない。
「【霹靂青天】」
シルキーが宣言した直後、膨大な魔力が魔術へと変換される。
青白い雷光が、彼女の持っている杖の虎口から発生する。
蒼白の雷光は、長く、太く伸びて百メートル近い長さの大剣を作り出す。
「ふっ」
「シュオオオオオオオオオオオオオオオ!」
杖を振るうと、雷剣が連動して動き、〈継炎肉像〉の両腕を切り飛ばす。
さらに、雷の剣閃は止まらない。
首を刎ね、胴体を両断し、頭部を潰す。
しかし。
「シュオオオオオオオオオ」
「しぶとい……」
シルキーは、眼前の怪物を見据える。
吹き飛ばした頭部が、穴をあけ、両断したはずの胸部が。
符が移動し、肉が盛り上がり、巨像の体を再構築していく。
聖なる炎に焼かれたことで、ダメージを受けているはずなのに、再生速度は落ちているはずなのに、それでもなおこれ程の生存能力。
さすが、アンデッドを専門とした超級職なだけのことはある。
符を他の部分に使用したためか、腕が肘から先が失われている。
だが、逆に言えば他は完全に修復されている。
(おかしい。いくら生まれたてと言っても、相手は既にネームドモンスター。本来、彼女がここまで押せるはずがない。何をしたんだ?)
術式を練りながら、フランシスコはシルキーと〈継炎肉像〉を観察していた。
最狂を自負するだけはあり、シルキーのレベルは、200を優に超える。
だがそれは〈継炎肉像〉も同じだ。
もとより、アンデッドは産み出された当初のスペックが高い傾向にある。
さらに、シュエマイを取り込んだせいか、〈継炎肉像〉のレベルもまた200を超えて、シルキーとほぼ互角。
STRをはじめ、ステータスも異常なほどに高く、AGI以外は10000を超えている。
MPを除けば、フランシスコやシルキーとは比べ物にならないだろう。
それほどの化け物を、なぜか圧倒している。
彼にとっても、専門分野以外であっても強力な魔術を見れば興味を持つのは当然である。
彼女を見て、あることに気付いた。疑問を抱いた。
(なぜ、雷魔法しか使わない?)
通常、融合スキルはモンスターと主のステータスを合算し、両者の持つスキルを使える。
今この瞬間も、彼女は本来障壁を張ったり、冷気を使ったりすることができるはずだ。
なのに、それをしない。
【戴冠式】。
主であるシルキーと、配下である精霊のうち一体を融合させるスキル。
【精霊融合】をベースに彼女が作り出した魔術である。
見た目が、王冠を被っていることもあってか”妖精女王”にふさわしいスキルと言えるだろう。
だが、【精霊融合】と最も異なる点は、見た目の問題ではない。
【戴冠式】を使った際、彼女自身の適性を切り替える。
適性を一点に集中している。
魔法の適性は、大きく言うと二つに分かれる。
一つは、魔法その者、魔力の運用などを行う魔力操作の適性。
もう一つは、様々な属性に関する適性。
例えば、シルキーの適性が、火属性100、水属性100、風属性100、土属性100、聖属性100、邪属性0であるとする。
それを、アンバーと融合する際に、そのパラメーターを一点集中させる。
雷魔法が含まれている風属性適性を500にして、他の適性をゼロにする、といった具合である。
その場合、雷魔法の出力が五倍になる。
だが、シルキーの場合はさらに緻密だ。
雷魔法以外の風属性さえも捨てて、雷魔法のみに適性を集中。
今のシルキーは|雷魔法以外は一切使えない《・・・・・・・・・・・・》状態だが、雷魔法に限れば、融合する前の十倍以上の出力を出すことができる。
「シュオオオオオオオオオオオ!」
「っ!」
一つのことに特化しているのは、何もメリットばかりではない。
むしろデメリットの方が多い。
【戴冠式】によって雷魔法に特化した彼女は、それによって他の魔法への適性を失っている。
つまり、攻撃を防ぐ【海星障壁】も、炎熱を相殺し、動きを封じられる冷気も使えない。
そもそも雷魔法が攻撃に特化した魔法である。
それ以外を捨てた時点で、攻撃力以外のすべて――守備力や制圧力、対応力を失っている。
ゆえにもはや彼女自身には、〈継炎肉像〉の攻撃を防ぐ手段はない。
加えて、〈教皇〉もまたスキル発動のためのチャージに入っており、結界などを展開して防御している余裕はない。
この場の人間に、攻撃を防げる人間は一人としておらず。
「【ダイヤモンドダスト・ウイング】」
「【海星障壁】ーー五連」
その銀炎はすべて、青い障壁と冷気の竜巻によって防がれる。
防いだのはシルキーではなく、ペリドットとラピスラズリである。
障壁が五枚連続で展開され、冷気と氷の竜巻が炎を抉り、弱める。
障壁はすべて割れ、竜巻でも止めきれないが――。
「「ぬうっ!」」
前に出たペリドットとラピスラズリが文字通り体を張って防御する。
二体とも炎に焼かれるが、すぐに修復する。
精霊は魔力で肉体が構築されているゆえに、修復も容易。
「ペリドット、ピーター達は?」
「中央輸送。心配無用」
「本島の中央まで送り届けたから大丈夫、ということですか?それは不用心ではありませんか?」
「主人優先。守護使命」
「まあ、いいわ。むしろよくやった。あと少しだけ時間を稼いでちょうだい」
「「承知!」」
〈継炎肉像〉は、ネームドモンスター。
生まれたての弱卒に過ぎないとはいえ、総合的な戦闘能力はそこらの戦闘系超級職をはるかに上回る。
だから、これだけでは足りない。
シルキーたちだけは勝てない。
ゆえに、もう一人いる。
「フランシスコ!」
「了解!【エンチャント・アームズ】!」
チャージの終わった〈教皇〉がスキルを発動する。
青白い雷が、聖属性を帯びて、白銀色へと変わる。
「シュエマイ、アンタに出来ることが、私にできないとでも思ったの?出来るに決まっているでしょ?」
それが、”妖精女王”だから。
それが、マギウヌス最強の魔術師としてのプライドだから。
「【霹靂青天】、転じてーー」
白銀の聖剣を彼女は、構えて。
「ーー【霹靂聖天】」
頭から、雷剣を全力で振り下ろした。
一刀両断。
もとより、甚大なダメージを与えていた大技。
それに、アンデッド特効の聖属性を付加すればどうなるのか。
「シュ、オ」
両断された〈継炎肉像〉は両方とも発光し。
轟音とともに、爆散した。
同時に、聖剣がふっと魔力を使い切って消滅する。
「ちょっと加減を間違えたわね」
シルキーは、ちらりと下を見る。
一キロ以上下。
アンダーホールに、直径百メートルもの巨大なクレーターができていた。
彼女の一撃の、余波である。
超常の者同士の戦いは、ここに決着した。
――かに見えた。
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