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第八話 信念と授かった力

 池の中央にある殿堂に行くには幅一メートル、奥行き五メートルの通路を歩く必要がある。

 ステファニーは靴を脱ぎ、裸足で通路を歩き始めた。通路は大理石で出来ており、足の裏からひんやりとした冷たさが伝わってくる。

 

 十二本の柱の内側にある芝生に足を踏み出すと、土と芝生の優しい温かさが足に伝わり気分がくつろいだ。

 殿堂の中心に立ち、両親と使用人たちがいる方に振り向く。皆は何も言わず見守ってくれていた。

 ステファニーは目をつぶり、ソフィアに言われたように心の中で精霊に問いかける。


 (精霊たちよ。私は何故この世界に生まれ変わったのだろう。誰にも聞けず、一人でずっと考えていた。私の力が及ばずヴァルハラに行けなかったとしたら、女神ヘルが支配するニヴルヘイムに行っているだろう。だけど、ここは全く異なり、神々がいない世界。前世に無かった気功術、そして今から手に入れる精霊術がこの世界にはある! だから……だから! ラグナロクに備えて神々が私にこの世界で新たな力を身に付けさせようとしているんだ! 私はヴァルハラに行きたいの! 私が神々に認めてもらうため……私は……私には! 精霊の力が必要なの! だから、お願い。精霊たちよ! 私に力を……貸し……て……、いいえ違うわ! 私に! 力を! よこせ!)


 目を開くとステファニーはまばゆい光に覆われていた。

 ステファニーの周りには二百を越える光輝く球体がまるで喜びの舞を舞っているかのように動いている。

 精霊の声は聞こえないが、心の中に精霊たちの歓喜の想いが伝わってくる。

 心が温かくなり、ステファニーは満面の笑みを浮かべて精霊たちに語りかけた。


 (私もうれしいよ。みんなと心を通じ合わせることができて……私に光の力を授けてくれてありがとう)


 光輝く球体がステファニーの心の声に呼応してより一層輝いた。


「ステフー、すごいわよ! 私と同じ光の精霊に愛されたのよ! しかもこんなに光の精霊が現れるなんて!」


 ソフィアが黄色い声を張り上げ喜んでいる。ライリーと使用人たちも大喜びで声を張り上げ拍手をしている。

 両親たちに誉めそやされてステファニーはいい気分になり、知らず知らずのうちにしたり顔になっていた。


「ダメよ~ステフ! その顔はライリーの張った押したくなる顔と同じよ! そんな顔しちゃダメ」

「え、何、ソフィア? オレの顔? 張った押したくなる? え、どういう事?」


 ステファニーも若干嫌がっているライリーのしたり顔を自分がしていた事に気付いて、恥ずかしいと思った。

 光輝く球体が小刻みに動き、精霊が笑っているような感覚が心に伝わってくる。


 (あぁ、もう。精霊に自分の心の声が全部こんなふうに伝わっちゃうのかな? 恥ずかしいなぁ)


 ステファニーが恥ずかしがっていると、背後から異様な気配を感じた。背筋が凍り、全身が粟立つ感覚に陥った。

 咄嗟に右足で強く地面を蹴って左斜め前に跳んだ。

 着地と同時に振り向くと、そこには黒い煙に包まれた球体があった。


 黒い煙は流動的に動いており、黒い煙の隙間から球体の光が漏れ出している。

 ステファニーは黒い精霊について聞いたことがないため、黒い煙を放つ球体に話しかけた。


(あなたは何属性の精霊なの? 私に教えて)


 黒い煙を放つ球体からは何も返答がない、何の想いも伝わってこない。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 心臓が高鳴り、ステファニーの身体が熱くなっていく。正体が分からないため、黒い煙を放つ球体から目が離せなかった。


「はぁはぁ……ふぅふぅ…ふぅ……ふぅ……はぁはぁ…」


 ステファニーの呼吸がどんどん荒くなっていく。光の精霊たちから伝わってくる想いは不安・恐怖・恐れだった。その想いがステファニーにも伝播して、身体が震えて異常な量の汗をかいている。呼吸が早くなり、黒い煙を放つ球体から目が離せず何も考えられなくなっていく。


「ステファニー! 早くこっちに来なさい!」


 ライリーの怒鳴り声に我を取り戻し、すぐに十二本の柱の外に出て両親たちがいる方に向かって走り始めた。

 大量にいた光輝く球体は消え、黒い煙を放つ球体も消え去った。

 それでもステファニーは走り続けた。たった五メートルの通路がとても長く感じられ、早く両親の元に辿り着きたかった。


 普段のステファニーであればこんな精神状態にはならないが、光の精霊たちの不安や恐怖に影響されていた。顔は青ざめ、今にも泣き出しそうな表情をしている。

 通路の先には膝をついてソフィアが両手を伸ばしていた。

 ステファニーは思いっきりソフィアの胸に飛び込んだ。


「大丈夫、大丈夫……大丈夫よ、ステフ」

「うぅ……う……うぅ」


 ソフィアはステファニーを優しく抱き締め背中を軽く叩いている。

 ステファニーは安堵して話し掛けようとしたが、声を出した途端に全ての感情が溢れ出して泣きそうになったため、声を押し殺して耐えていた。


 ステファニーが落ち着くまでソフィアは抱き締め続け、ライリーと使用人たちは何も言わず見守っていた。


「お母様……ありがとうございます。もう大丈夫です」


 ステファニーは離れようとしたが肩を捕まれ、離れることができなかった。

 ソフィアは何も言わず優しい瞳でステファニーの目を見ていた。


「……辛かったでしょう、精霊の感情に飲み込まれたのね。しばらくはこんなことが続くかも知れないけど、そのうち慣れてくるわ。私も昔は自分の感情なのか精霊の感情なのか分からなくなった時期があったのよ。誰もが経験することなの。だから心配しないで、大丈夫だから」


 ソフィアの優しい言葉が胸に染み、ステファニーはまた泣きそうになったが耐えた。


「ステフ、さっきは怒鳴ってしまってすまなかった。お前のことが心配で」

「お父様、謝らないで。むしろお父様の呼び掛けがなかったら……。あの黒い球体を見てたら、私が私ではなくなっていくような感じがしたの。心の中で話しかけても何も言ってくれないし……。もし、あのまま見続けていたら、私は……私は」


 黒い煙を放つ球体を思い出して、ステファニーは身震いをする。

 ソフィアは再びステファニーを抱き締めて、ライリーは優しく頭をなでた。


「お前がこんなに怯えてるなんてな。ソフィア、黒い霧か煙みたいなものを出していた精霊が何だか知ってるか?」

「いいえ、知らないわ。腐の精霊に似た色だけどあんなに黒色じゃなかったはずよ。ん~と、黒だから……闇? でも闇の精霊なんて聞いたことないわ。そもそもアレは精霊なの?」


 ライリーは何も言わずにリアムや使用人たちを見たが、皆同じく首を横に振っていた。


「正直アレが何なのかは分からない。だが、はっきりと分かってることが一つある!」


 急にライリーが得意気に大きめな声で話始めた。


「ステフ、お前はお母さんと同じ光の精霊に愛されたんだ。凄いことだぞ! 親子揃って光の精霊に愛されるなんて聞いたことない」


 ライリーはステファニーの脇の下に手を入れ持ち上げた。


「あ、お、お父様」

「しばらくは黒っぽい精霊のことは忘れてしまえ。お父さんが調べとく! 今日は目一杯祝うぞ! お前の誕生日だし、光の精霊に愛されたんだからな」


 ステファニーは持ち上げられたまま回され始めた。


「キャー! ちょ、お父様!」

「あはは、あははは。それそれ~」


 ライリーのおかげで雰囲気が変わり、ソフィアは微笑みながら使用人たちに話しかけた。


「ライリーの言う通り、今日はステフの記念日だからお祝いしないとね。屋敷に戻って盛大に祝って食べて飲みましょう! ライリー、そろそろ屋敷に戻るわよ」


 ライリーは回るのを止めてステファニーを地面に下ろした。平衡感覚を失ってまともに立てないステファニーにリアムが近づく。


「お嬢様、大丈夫ですか」


 リアムは手を差し伸べて倒れないように支えた。


「ありがとう、リアム。もう少しこのまま支えて。まだ頭がクラクラしてるの」

「かしこまりました」


 リアムがステファニーの介抱をしていると、ソフィアがライリーに近付いていき小声で話始めた。


「あの黒い精霊を調べる当てあるの?」

「オレらの知人で精霊に詳しいヤツが一人いるだろ」

「ライリー、あの人に依頼するならあなたではなく私からするわ。危険すぎるのよ、アイツは」

「そんなことは……ひっ」


 ソフィアは殺気のこもった目で睨み付けていた。


「へぇ、あなたはアイツの肩を持つのね……。ふ~ん、そう、そうなのね……」

「そ、そんなことはないぞ! うん、そうだな、アイツに連絡するのはソフィアに任せるよ! いやぁ~、アイツは何処にも属さず世界中旅してるから中々連絡取りづらいからな! 助かるよ」

「はぁ~」


 ソフィアが深いため息をした。ライリーは体がこわばり、蛇に睨まれた蛙のように動けないでいた。


「この件については後でじっくり話しましょう、ねぇ」

「……はい」


 笑顔を作っていながら目が笑っていないソフィアに怯えたライリーは絶え入るような声で返事をした。


「さぁ、皆で屋敷に戻ってお祝いよ! ステフは私が抱っこして連れてくわ」

「大丈夫です、お母様! 治りましたし、抱っこなんて子供じゃ……」

「まだフラついてるわよ、それ~」

「なぁぁああああ」


 体当たりするような勢いでステファニーを抱き上げて屋敷に向かって走っていった。そのあとをリアムや使用人たちが駆け足で追いかけていく。

 ライリーは肩を落とし重い足取りで歩いていった。





 屋敷に戻ってから開かれた祝いは盛大に行われ、一晩中続いた。

 皆がステファニーに祝いの言葉をかけ、大人たちはお酒を酌み交わしていた。

 前世の頃は毎日のように酒を飲んでいたため、ステファニーは羨ましそうに大人たちを眺めていた。

 さりげなく飲もうとしたが、侍女のミアが気付いてワインが入ったグラスをステファニーから取り上げた。


「あっ」

「駄目ですよ~、まだステフお嬢様にはお酒は早すぎます。こんなものは……こうしてやります、えい」


 ミアはグラスに入ったワインを一気に飲み干した。


「ふぅ~おいしぃ」

「ぐぬぬぬぬぅぅぅ」

「ミア、あんた何やってんの?」

「ねぇねぇ聞いてよ、エマ。ステフお嬢様がまた性懲りもなくお酒飲もうとしたの」


 侍女のエマは呆れたような表情でステファニーを見つめた。


「またですか、ステフお嬢様。飲みたくなるお気持ちも分かりますが、もう少し大きくなってから飲みましょう。その時はご一緒させていただきます」


 エマも手に持ったワインを一気に飲み干した。ニヤけた顔で空になったグラスをステファニーに見せつけている。


「ズルい~。私も飲みたいのに! この酔っぱらいども!」

「あぁ、怒ってるステフお嬢様も可愛い」

「だよね~、超可愛いよね」

 

 酔っぱらいに何言っても無駄だと思い、無視してデザートを食べ始めた。お腹が一杯になりステファニーは眠たくなってきた。


「あら、ステフ眠たくなってきたの? まぁ普段だったらもう寝てる時間よね。寝室に移動しましょう」


 ソフィアはステファニーを抱き抱えて立ち上がった。


「ライリー、ステフを寝かせに寝室に行ってくるわね。寝かしつけたら戻ってくるから」

「すまんな、ソフィア。ステフ、今日は色々あって疲れただろう、お休み」

「う……ん。あの……ね、明日から……訓練……」


 ステファニーは寝ぼけ眼をこすりながら話しかけた。


「あぁ、明日から本格的に訓練しような。だから今日はゆっくり休みな」

「う……ん……」


 ソフィアに抱かれたままステファニーは目を閉じ眠りについた。

 夢の中でステファニーは黒い煙を放つ球体見ていた。ソレを見続けていたはずなのに、いつの間にか球体が消え、ステファニーの身体から黒い煙が出てきて全身を覆っていく。声を出そうとしても、出てくるのは黒い煙だけだった。

 黒い煙はステファニーを深い深い闇の底へ誘った。


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