第七話 精霊について
六年前にライリーが破壊した庭園の奥に儀式を行う殿堂が作られていた。
精霊の選定儀式の殿堂は十五メートル四方の池の中央にある。そこには十二本の大理石の柱が立っており、柱の上には同じく大理石で出来たドームがある。ドームの内側に真鍮で造られたシャンデリアがあり、曲線の腕木が六本の火の灯ったロウソクを支えている。
柱の根元は大理石で出来ているが、十二本の柱に囲まれた内側の地面は土が敷かれ、綺麗に刈りそろえられた芝生が青々と育っていた。
「どうだ、ステフ。凄いだろ! お前のために用意したんだぞ」
「……お父様」
「ん? どうした?」
「すっっごくうれしぃー! ありがとー!」
ステファニーは嬉しさのあまりライリーに抱きついた。
「あははは。お前のためなら何だってするぞ!」
ライリーに頭を撫でられたステファニーは大きな笑みを浮かべている。
「あそこで一番最初にお前が選定儀式を行うんだ。その為に今日までずっと布で覆っていた」
「……うん」
ステファニーは殿堂の荘厳な雰囲気に身震いをした。今日この場所で自分の人生が左右される選定儀式が行われると考えると、ステファニーは楽しみでもあり不安でもあった。
「あら? ステフ、緊張してるのかしら」
先程までの明るい笑顔とは異なって、強張った表情を浮かべソフィアを見つめた。
「あ……うん。少しだけ……緊張してる」
「大丈夫よ、ステフ」
そう言うとソフィアは腰を落とし、震えているステファニーの手を両手で握りしめた。温かい眼差しと手の温かさがステファニーの緊張を解していく。
「ふふ、落ち着いてきた? 儀式をする前にもう一度精霊の選定儀式について説明した方が良さそうね」
優しい表情でソフィアは選定儀式について話始めた。ステファニーはソフィアの話を聞いてると心が落ち着くため、何も言わず聞き続けた。
「精霊の選定儀式とは六歳の誕生日に精霊と心を通じさせる行事なの。儀式の時に現れた精霊が、あなたにとって一番得意な属性の精霊術になるのよ。基本的には四属性の火と水と土と風のどれかの精霊が現れて、心の中に話しかけてくるわ。本当に稀に四属性以外の精霊に好かれる場合もあるの。それが私の光の精霊やライリーの雷の精霊よ」
ソフィアとステファニーがライリーの方に顔を向けると、彼の周りに雷を纏った光る球体が複数現れていた。ライリーは得意気な顔で胸をそらして笑っていた。
「私……ライリーのこと本当に愛してるけど、あの顔は毎回張り倒したくなるの……」
「お母様……何となくわかります……」
「まぁ、あの人はほっときましょう。それで、選定儀式はあの建物の中央に立って行うの。あそこは、火の精霊が来やすいように火がついたロウソクがあって、水の精霊が来やすいように池があって、土の精霊が来やすいように土と芝生があって、風の精霊が来やすいように開放的な建物になってるのよ」
ステファニーは選定儀式の殿堂を見つめ、心が高鳴っていく。
「ステフ、あなたはあそこで精霊に『私のこと好きな精霊は誰?』って心の中で言えば精霊が現れてくれるわ。その時、精霊が心の中に話し掛けてくれるけど、何十体もの精霊が一気に話してくるから気分を悪くしちゃう人もいるの。もし気分が悪くなったらちゃんと言ってね」
「はい、お母様」
「あなたはどの属性の精霊に愛されるのかしら。基本的には一属性だけど、時々複数の属性に愛されることもあるわ。複数属性はとても精霊の加護が強いの。そうね、分かりやすく言うと、火と水の精霊に愛されたとしましょう」
ソフィアは話ながら右手で小さな火の玉を作り出し、左手で小さな水の塊を作り出した。右側には赤く光輝く球体が二つあり、左側には青く光輝く球体が二つある。
「この光輝く球体が精霊なのよ。例えば、火の精霊が『ステフ、お前のことが好きだから力を貸してやろう』と言ってきたとしましょう。そうすると水の精霊が『私の方がステフのこともっと好きだから火の精霊よりも力を貸すわ』って言ってくるの」
そう言うと、ソフィアの左手の水の塊が大きくなり、青く光輝く球体が三つに増えた。
「こんなふうに水の精霊の加護が強くなると火の精霊が対抗意識を持って『オレの方が水の精霊よりもっともっとステフが好きだ、力をもっと貸すぞ』と言って加護がより強くなるの」
今度は右手の火の玉がより大きくなり、赤く光輝く球体が四つに増えた。
「こうなると精霊同士の意地のぶつかり合いになって、加護がどんどん強くなっていくの。だから、複数の精霊に好かれた人は最初から大人顔負けの精霊術が使えるのよ。有名な人だと、そうね、精霊騎士の一人は四属性に好かれているわ。あの人は本当に桁違いの精霊術を使うんだけど……性格が……精霊が好きになる基準が私には理解できない……」
苦虫を噛み潰したような顔をしているため、ステファニーは過去に何かしらの因縁があったのだろうと推測して話題を変えた。
「お母様は複数属性なの? 光の精霊に好かれてるのは知ってるけど、火と水の精霊術もすっごく上手なんだもん」
「あら、うれしいこといってくれるわね。 でも、私は光の精霊だけ。火・水・土・風の四属性は誰もが扱えて、鍛えれば愛されていない属性の精霊術でも上手く扱えるのよ」
普段の優しい顔つきになり、ステファニーは話題を変えて正解だったと思った。
「そうだ、ステフ。あなたはどの属性の精霊に愛されたい?」
「えっ」
ソフィアに質問され、思わずステファニーは目線をライリーに向けてしまった。
「さすがだステフ、わかってるな! 雷の精霊はいいぞ。パパのように強くなれる」
ライリーはしたり顔で自慢げに雷の精霊を操っている。
ソフィアはライリーを羨ましそうに見つめた。
「……ラーイーリー」
「お、お母様……。私は……お母様と同じ光の精霊にも愛されたいの」
ステファニーは北欧神話に出てくる軍神トールのように雷を操りたいと思っていた。そのため一番手に入れたいのは雷の精霊の力だが、光の精霊の力も欲していた。
光の精霊は北欧神話のエイルと同じ癒しの力がある。もし戦場で傷を癒しながら戦えると考えると、ステファニーは光の精霊は是非とも手に入れたかった。
「ステフ、あなたは何て優しいのかしら。私のことを思ってそんなこと言って……。ごめんなさい、気を使わせちゃって」
「違うの、お母様! 本当に光の精霊にも愛されたいの」
ステファニーの発言に対して、ソフィアは優しい笑みを浮かべた。
「ステフったら欲張りさんね。光と雷の精霊に愛されたいなんて。でも覚えておいて。どんな結果になろうとも、愛してくれた精霊を受け入れてあげてね」
「はい、お母様。どんな結果でも受け入れます」
ステファニーの強い意思を感じる目を見て、ソフィアは安心した。
「もう緊張がほぐれたみたいね。さぁ、選定儀式を行うために一人であの建物の中央に行きなさい」
ソフィアが指し示す殿堂に目をやり、ステファニーは一呼吸おいてから歩を進めた。