第四十二話 礼服
ステファニー達がエイジス大帝国に来てから約二ヶ月経過した。
応接室のソファーにオーソンとフィルスが神妙な面持ちで対面で座っている。オーソンがフィルスの目を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「フィルス……合格だ。よく頑張ったな……」
「はい。オーソン様のおかげです。至らない私に対して今までご教授していただき誠にありがとうございます」
寡黙なオーソンが少し微笑み頷いた。それに応えるようにフィルスも笑みを浮かべて頷くと、ブレイン達が駆け寄ってきた。
「おめでとうございます」
「おめでとう、フィル君」
「やっと合格が出たね。でも、思ってたよりも様になってたよ」
「チッ、ありがとよ。あと、時間がかかっちまってわりぃな」
エイジス大帝国の皇帝との謁見には最低限のマナーが必要であり、フィルスだけが毎日補習を受けていた。その甲斐あって、及第点ではあるが礼儀作法を身に付けることが出来た。
「フィル、普段の言葉遣いもキレイにしてほしいのですが……」
「そりゃ無理だろ。息苦しくてキチィし言葉に詰まって言いたいこともいえなくなるじゃねぇかよ」
「言葉遣いの良いフィルって何だか違和感がありすぎて気持ち悪いわ。ある程度下品な方がフィルに合ってると思うの」
「おぃ」
「でも、紳士的なフィル君は格好いいと思うな」
「お、おぅ……ありがとな」
フィルスが照れながら返事をした姿をステファニーとブレインがニヤニヤしながら見ていると、ジーナが咳ばらいをした。それに反応した四人は背筋を伸ばしてジーナの方を向いた。
「オーソン、メイと共に四人の準備が整ったとクロム賢人に報告しろ」
「はい」
返事をしたオーソンはメイと一緒に部屋を出て行く。その姿を見送ったジーナがステファニー達に視線を向けた。
「さて、諸君には我が大帝国が誇る六賢人と皇帝に謁見してもらう。ただ、今すぐではなくおそらく十日ぐらい先になるだろう。謁見だけでなく、歓迎の舞踏会も開く予定だからな。謁見の際は軍服だが、舞踏会は正式な礼服を着る必要があってな、その礼服を作るために仕立屋が別室に控えているので諸君はこれから移動してもらう。キアラとステファニーは服を選ぶことが出来るから自分の好みの服を選ぶといい。すまないがフィルスとブレインは服を選ぶことが出来ない。男性用の礼服は一種類だけだからな。分かったか」
「はい」
「よし、ではついてきたまえ」
ジーナの後をステファニー達だけでなくイドリスとアリーゼも付いていく。しばらく歩くと目的の部屋にたどり着いたが、男女別々の部屋になっていた。
「こっちがフィルスとブレインの礼服を作る仕立屋がいる部屋だ。二人共、ここからはイドリスの指示に従え」
「はい」
返事をしたブレインとフィルスにイドリスが少しくだけた感じで話し掛けた。
「よし、お前達。この扉の中は女人禁制の男だけの特別室だ。女性の礼服は種類が色々あるが男はつまらんことに一種類だけなんだが……男には男のオシャレがあるんだ。それをオレがお前達に教授してやろう。さっ、早く中に入ろうぜ」
片方の目をつぶったイドリスの指示のもと、ブレインとフィルスが部屋に入っていく。それを見ていたジーナが眉間に皺を寄せて小声で呟いた。
「チッ、イドリスめ。勤務中という事を忘れているのではないか? 後で指導しておくか」
その小声はアリーゼとステファニーの耳に入り、二とも背筋を凍らせた。なお、キアラは礼服に想いを馳せていたのでジーナの呟きに気付いていなかった。
「ジ、ジーナ教官、我々も部屋に入って二人の礼服を作るとしましょう」
「ん、そうだな。ステファニー、キアラ、長丁場になるかもしれないがおまたちの礼服を選ぶぞ」
「はい。楽しみだねステフちゃん」
「あー、うん、そうだね」
「むー、楽しみって感じじゃないっぽいよ。どうして?」
「そうなのかステファニー?」
「いや、楽しみじゃないというか、こういうのって家族達が選んでくれていたというか着せ替え人形のようにもてあそばれたっていうか……そのせいで何か自分で選ぶ気にもならなくて……」
「ほう、なら私が選んでやろうか」
「私も選びたいです。ジーナ教官、一緒に選びましょう」
「そうだなキアラ、一緒に選ぶとしようか」
「あれ? 勝手に話が進んでるような……まぁ、私が選ぶより良いかな」
「よし、私たちに任せたまえ」
ジーナは屈んでキアラの肩に手を回して得意満面に言った。キアラも得意満面に胸を張って見てくる為、ステファニーは少し面倒なことになりそうだなと思った。
「では諸君に仕立屋を紹介しよう。この二人が諸君の礼服を作って下さる仕立屋だ」
ジーナに紹介された老婦と少女が頭を下げた。
「はじめまして。私はシェーリーン、こちらは孫娘のダーラです。今日はよろしくお願いいたします」
「はい、お願い致します」
「よろしくお願い致します」
挨拶が終わると老婦のシェーリーンが鞄から巻尺を取り出した。
「お二人の礼服を作成するため、体のサイズを測らせて下さい。まずはステファニー様からでよろしいでしょうか」
「はい」
「ではこちらに立って下さい。あ、上着を脱いで頂いて良いですか」
シェーリーンは服を脱いだステファニーの身体を巻尺で測り、測定した長さを口にすると、その測定結果をダーラが紙に書き込んでいく。ステファニーの測定が終わると同じようにキアラの測定に移った。円滑に二人の測定が終わると、ダーラがカバンから大量の紙を取り出してテーブルに置いた。紙には様々な礼服が描かれている。
「この中から礼服の基本となる形を選んで下さい。あと、生地はこちらからっと」
カバンから手のひらサイズの生地の束を出した。その束は、太めの糸で生地を束ねていて、冊子のように纏まっている。
「うわぁ、綺麗。この中から選ぶんですか?」
「いえ、それだけではなく……ちょっと待ってくださいっと。はい、この二百三十種類から選んで下さい」
生地の束を更に十個出し、ダーラは屈託の無い笑顔で二人を見た。
「うっわあぁ! すっごい量だよ! 見て見て、ねぇステフちゃん。あ、これスベスベで気持ちいいよ。触ってみて、ほらぁ」
「あ、ホントだ。これ枕カバーにしたい」
「えええ!? 何でそうなるの? ちゃんと服のこと考えようよ」
「ごめんごめん。生地が良かったから……これをほほに擦り付けながら寝たら気持ち良いだろうなぁって。あんまり礼服とか興味なくてさ」
「もう! 真面目に本当に私とジーナ教官だけで選ぶから! あとで文句言っても知らないからね」
「変なのはやめてね。あれ……何で無言なの? 怖いよ、キアラ。ごめんね、ごめんねってばぁ」
キアラはステファニーを無視してジーナと礼服の形を選び始めた。
「これなんてどうだ? このワンポイントがいいと思うんだが」
「わぁ、可愛い! あっ、それならこれなんてどうですか」
「おっ、それもいいな。キアラはふんわりした服がすきなのか?」
「はい、私こういうのが好きです」
「そうか、ならふんわりした服を選ぶとしようか」
「はい、あとステフちゃんの服はどんなのがいいかな」
「ステファニーは身体が細いからな、立体感のある服を選べば丸みもでて丁度いいだろう」
「そうですね、ステフちゃんって細くて羨ましいんです! これとかどうですか」
「お、それいいな」
無視され続けたステファニーは手持ち無沙汰になり、アリーゼのそばに近づいて袖を引っ張った。
「暇……」
「……私に言わないで下さい」
勤務中は直立不動の姿勢を崩さず極力私語を控えているアリーゼを邪魔するかのようにステファニーが何度も話しかけている間に、キアラとジーナが礼服の形を選び終えた。
「これで決まりだな。うむ、二人に合った良い礼服になるぞ」
「楽しみです!」
「次は生地か……大量にあるから選ぶのに苦戦しそうだな」
「その苦戦が楽しんじゃないんですか?」
「ふっ、そうだな。楽しんで選ぼうじゃないか」
「はい」
大量の生地を手にして二人は楽しみながら生地を選んでいく。二人の語らいはまるで家族のように見えるほど親密だった。
その様子を佇んで見ていたアリーゼが軽いため息をして、ジーナに話しかけた。
「ジーナ教官、よろしいでしょうか」
「ん、どうした?」
「差し出がましいこととは存じますが、ジーナ教官、何だかママになっていませんか?」
「なぁっ? 何を言うんだアリーゼ」
「分かりますよ、最近忙しくて六人のお子さんに会えなくて寂しい思いになっているのは」
「いや、寂しくなんか……」
「覚えてないかもしれませんが、深酒した時によく寂しいって言っていますよ。そのせいか、明らかに二人に対して母性が溢れています」
「そんなことは……」
動揺しているジーナを見て、暇を持て余していたステファニーが猫なで声でジーナに話しかける。
「うふっふっふ、私をジーナ教官の子供だと思って甘やかしてもいいんですよ」
「あ、私も娘だと思って甘やかして下さい」
「貴様ら、あぁっ、さっさと生地を選ぶぞ、ほら!」
「もう、照れちゃって。ほら、甘やかして、マ~マ」
「ステファニー……夜の訓練で覚えておけよ」
ジーナが威圧感のある声で言い放つと、ステファニーはわざと子供ぶってアリーゼの後ろに隠れた。
「いやぁ~、ジーナママ怖い~」
「貴様ぁ……本当にシゴいてやるからな。はぁ、まったく。ほら、こっちに来てキアラと一緒に生地を選ばないか?」
「はい、暇だったので自分も一緒に選びます」
「やったぁ。ステフちゃん、一緒にちゃんと真面目に選ぼうね。あ、礼服の形はこれだからね。可愛いでしょ」
「あ、うん。選んでくれてありがとね。すっごく可愛いよ」
「でしょ~」
キアラの満面の笑みに釣られてステファニーとジーナも笑みを浮かべ、場の雰囲気が和やかになった。そんな中、シェーリーンとダーラは生地を選びやすいように必要がなくなった礼服が書かれた紙を片付けて整理していた。整理された机の上からステファニーは一束の生地を手に取り選んでいく。
「それにしてもこの中から選ぶのか、悩むね」
「うん、どれがいいかなぁ?」
「自分が好きな色を選ぶのもいいんじゃないか? キアラとステファニーはどんな色が好きなんだ?」
「ん~黄色かオレンジ色かなぁ」
「黄色、オレンジ色か。ステファニーは?」
「金色が好きだけど服で金色はなぁ」
「流石に金色はお勧めできないぞ」
「ですよね……ならピンク色かな」
「ピンク色か。これなんてどうだ?」
「これはどぎつい色なので……もっと薄い色がいいです」
「私もステフちゃんと同じで派手なのより淡い色の方が好きかな」
「そうか、それ系の色を探すか。あと生地の質感も重要だからな、ちゃんと生地をよく触るんだぞ」
大量の生地を悩みながら選んでいるとキアラは気になる生地を見つけ、その生地を左手に持って他の生地と比較し始めた。シェーリーンがキアラの選んでいる姿を見て話しかけてきた。
「キアラ様、少しよろしいでしょうか」
「はい、何ですか」
「手にしている生地をお気に召しましたか?」
「はい、でも本当にこれでいいのか……これがどんな感じの礼服になるのか想像出来なくて……すっごく悩んでます!」
「そうですね、この小ささでここまで光沢感がある生地の場合、出来上がった礼服はかなりの光沢感が出て明るすぎるかもしれません。キアラ様のお求めになる生地はこちらの方が良いと思います。生地が小さくて分かりにくいかと思いますが、このように光に当てて動かしますと……」
「あっ、光ってみえる。綺麗……」
「ええ、自然で上品な光沢感がありますよね。お気に召しましたか?」
「はい、私この生地でお洋服作って欲しいです」
「ふふ、承りました」
キアラとシェーリーンのやり取りを参考にして、ステファニーは薄いピンク色の生地を手に取った。
「お、その生地良さそうだな。ステファニーの髪はプラチナブロンドで輝いて見えるからな、服は光沢感がないほうが良いだろう。貴様の美しい髪を損なってはいけないからな」
ジーナはそういいながらステファニーの髪を撫でるようにそっと触った。その仕草にステファニーは少し心が締め付けられた。
「あ……ありがとう。私これにしますね」
「ああ、二人これで決まったな。シェーリーン、これでこの二人に最高の礼服を仕立ててくれ」
「はい、お任せください。舞踏会にまで最高の礼服をご用意致します」
シェーリーンとダーラが生地を片付けて部屋から出て行くのを見送った後、少し間を置いてジーナは二人と一緒に部屋を出て行った。ブレイン達がいる部屋に行って扉を叩くと、ブレイン達が部屋から出てきた。
「イドリス、二人の礼服は選び終えたか」
「はい、終了しております」
「そうか、では諸君。今日はここまでだ。想定よりは早めに終わったため、この後は自由時間にしたまえ。なお、ステファニーはいつものように夜の訓練をする。遅れないよう行動したまえ」
「はい」
ジーナはイドリスとアリーゼを連れてステファニー達から離れていく。ジーナが見えなくなると、フィルスが姿勢を崩してステファニーを睨んだ。
「おぃ、長ぇよ。すげぇ待ってたんだけどよぉ、どんだけ選んでんだよ」
「フィル、女性にその言葉は言ってはいけませんよ。マナーを覚えたはずでは?」
「そうだそうだ」
「フィル君、もう少しお行儀よくしたほうがいいよ」
フィルスはバツが悪そうに頭を掻きむしった。
「悪かったよ。なぁ、これから東棟二階の自習室にいかねぇか?」
「いいですね、ステファニーとキアラはどうしますか?」
「訓練始まるまで暇だから行こうかな」
「だったらお菓子持っていこうよ。ブレイン君、先に行ってて。直ぐに追いつくから」
「はい。では先に行きましょうか、フィル」
ステファニーとキアラは自室にお菓子を取りに行き、ブレインとフィルスは自習室に向かった。自習室とは名ばかりで、規律に厳しい環境から逃れる歓談室である。帝都中にいくつもあって、場所によっては本格的な酒場や賭博場もあり、それらは全て黙認されている。様々な自習室に訪れたが、ステファニー達が気に入ったのはこれから行く自習室だった。その自習室は暇人が集まってだらだらと時間を潰すための場所である。
自習室では全員が素の自分を出していて、時には本音で語り合い、くだらないことで大笑いしたりしていた。ステファニー達は自習室での経験を通じてエイジス大帝国の人たちの考えを理解していき、当初の印象とは一転して良い印象になっていた。そして、エイジス大帝国の悪い印象は貴族が作り出していることが分かった。
数千年前に魔族の襲撃から帝都を守った人々の子孫が貴族となっており、それ故に多くの貴族が選民思想、もしくは排他主義である。本人の実力や実績など関係なく、帝都を守った者の子孫か否か、もしくは帝都出身か否かだけで判断する高慢ちきな連中だった。ステファニー達は通路で貴族とすれ違うと侮蔑や軽蔑の眼差しを向けられていたため、貴族を嫌っている。自習室には貴族が来ることはないため、貴族以外の人たちには最高のくつろぎの場といえた。そのため、ステファニー達も入り浸っていた。
「お待たせ」
「タイミングがいいですね。ちょうど紅茶の用意が出来たところですよ」
自習室に入るとブレインがティーカップを用意している一方で、フィルスは椅子にふんぞり返って座り、足を組んでテーブルに乗せている。帽子を人差し指で回し、手首のスナップだけで帽子を投げた。回転しながら宙に舞う帽子が組んだ足のつま先に引っ掛かり、クルクル回る。満足そうにしているフィルスにキアラが注意する。
「フィル君、お行儀が悪いよ! 机に脚置かないの」
「チッ、いいじゃねぇかよ」
「ダメ! みんなが使う場所なんだよ!」
しぶしぶながらフィルスは足を退かした。
「だから言ったじゃないですか。キアラに怒られますよって」
「悪かったよ」
「イドリスさんの真似をするならもっと良いところを真似してください」
「……別に真似してねぇよ」
フィルスはこの帝都で過ごした二か月間で様々な人の影響を受けていた。オーソンを真似して寡黙になった時もあれば、今はイドリスの真似をするようになっている。普段も紳士的で優しい性格のオーソンをフィルスが真似するのは良かったが、イドリスは見た目通りの軟派でお調子者のため、フィルスが見た目や行動だけ真似している事をブレインは憂慮していた。
ブレインはイドリスのことを嫌っているわけでなく、むしろ好いている。イドリスは誰に対しても分け隔たりなく接していて、悩んでいる者がいれば相談に乗って、落ち込んでいる人がいれば励ましたり、人の機微に敏感であった。真似するならそういうところ真似してほしいとブレインは考えている。
「真似ていますよ。そもそ……」
「そういやキアラたちの服選びどうだったんだ?」
「あからさまに話し換えようとしますね……はぁ、まぁいいですか」
「あれね、すっごく生地がいっぱいあってね、あと礼服の形も可愛いのが一杯あってすごい悩んだんだよ」
「マジか、こっちは全部一緒だから別に悩むことなく簡単に終わったんだぜ」
「フィル、嘘はよくありませんよ。ボタンを水牛の角にするか焼き入れした木にするかで最後まで悩んでいたのは誰ですかね?」
「おぃ、ブレイン! それを言うんじゃねぇよ」
礼服の話で盛り上がり、あっという間に時間が過ぎていく。そんな中、籠を手にしたイドリスが自習室に入ってきてステファニー達がいる机に籠を置いた。
「今日はこっちにいたのか、最初違うところに行っちまったよ」
「あ、イドリスお疲れ様。それは私たちへの差し入れかな?
「さすがステファニーちゃん、めざといな。貰いもんだが一人で食べきれない量でさ、フィナンシェなんだが食べるか?」
「はいはいはい! 食べたい」
「分かった分かった。お前達も食べるだろ。まずは一個ずつ配って……あとはこのカードゲームでオレに勝ったら追加で貰えるってのはどうだ」
「お、いいね。オレからやらしてもらおうか」
「あ、フィルずるいですよ。私もカードゲームをしたいのに」
「フィル君もブレイン君も最近賭け事に嵌りすぎだよ!」
「まぁまぁ、キアラちゃん。そっちが損することのない遊びなんだから良いじゃないか。これも人生経験の一つだよ」
「そうですよ。実家ではこんな経験したことありませんからね。それに何だかんだ言ってキアラも毎回楽しんでカードゲームしているではないですか」
「ん~、でも……」
「いいんじゃない? イドリスの言う通りお遊びだし、のめり込み過ぎなければ大丈夫だよ。まぁ、のめり込み過ぎたら私達がブレインとフィルをぶん殴って目を覚まさせればいい話だしさ」
「ステフちゃんがそういうなら、やろうかな」
「よし。んじゃ、さっき言った通りオレからやらしてもらうか」
「ダメだよ、ちゃんと話し合って順番決めないと。ね、ステフちゃん」
「あ、ごめん。私は参加できないかな。もうジーナ教官と訓練だからさ、一個だけ貰っていいかな」
「もうそんな時間か、がんばれよ。それにしても、お前嬉しそうな顔してんな。あんな厳しい訓練なのによ」
「うん、確かに厳しいけど……すっごい楽しいの」
「そうか、まぁ楽しんでこいよ。ジーナ教官もお前との訓練が楽しいって言ってたからよ」
本当!? ジーナ教官も一緒の気持ちなんだ……うふふ、嬉しいなぁ」
ステファニーはまるで恋する乙女のように喜んでいた。その姿を見てキアラが頬を膨らませてステファニーを睨んだ。
「おっ、そうだ! ステファニーちゃんの分までキアラちゃんがカードゲームやらないか?」
「えっ」
「キアラちゃんが勝てば勝つほど貰えるし、訓練終わりで疲れきったステファニーちゃんはきっとお腹すいてるだろうからフィナンシェを大量に欲しがるんじゃないのかな?」
「いいこと言うね、イドリス。キアラ、私の分まで頑張って!」
「う、うん。ステフちゃんの分まで私頑張るね」
「ありがとう、キアラ。それじゃ私行ってくるね」
陽気な鼻歌を歌いながらステファニーは自習室を出て行った。悲しげに見つめるキアラにフィルスが声をかける。
「ハハッ、ジーナ教官に大好きなステファニーを取られちまってんの。なぁ、キアラ」
「取られてないもん! もう、そんなこと言うフィル君嫌い」
「おい、フィルス。そんなこと言ってたら、モテねぇぞ」
「別にオレはモテてぇなんて考えたことねぇよ。事実を言っただけだろ」
「事実って……なぁフィルス、言い方ってのがあるだろ」
「そうですよ、フィル。でも、まぁ、最近のステファニーはジーナ教官にベッタリすぎる感じはしますよね」
「そうそう、最初はあんなに嫌ってたのになぁ。手のひら返しが半端ねぇやつだよな」
「ですね。わざと反抗的な態度を取ったりしていたのに、今は従順というか何というか……」
「憧れ……」
呟いたキアラにブレイン達が視線を向ける
「ステフちゃんはジーナ教官に憧れているんだと思うの。強さだけではなくて、考え方や心の有様だったり……ステフちゃんね、寝る前にジーナ教官の事ばっかり言うんだよ」
「ああ、憧れですか……確かにジーナ教宮を見つめる目が違いますよね。羨望の眼差しというのでしょうか」
ブレインの言う通り、他者から見ればステファニーがジーナに羨望の眼差しを向けているかのように感じるだろう。だが実際は、ステファニー自身も今は気づいていないだけでそれ以上の感情を持ってジーナのこと見つめていた。その感情が何なのかステファニーが気付いた時、様々な感情に苛まれることになる。
「それにしてもステファニーは認めた人と認めてない人への態度があからさまに違いますね」
「そうだなぁ、テメェはステファニーによく小バカにされてるから嫌われてんじゃね?」
「嫌われてないですよ! 認められてないだけです」
「あっははは、認められてねぇって自覚があったのか」
「フィル! 言ってくれますね。後でお菓子全てかけて勝負しましょう! 全部奪い取ってみせます」
「はっ、上等だ! あとで吠え面をかくんじゃねぇぞ」
この日、お菓子のほとんどを勝ち取ったのはキアラだった。キアラはそのお菓子を訓練でボロボロになったステファニーと分かち合い、夜遅くまで語り合った。




