第四十話 交流
「あああああっ、ほんっっっとにムカつく!!! あのクソババァ」
ステファニーは小さめな丸テーブルを叩きながら怒鳴り声を上げた。あまりの声の大きさにキアラは驚き、恐る恐るステファニーをなだめようとする。
「ま、まぁちょっと厳しいよね。あんなに鞭で叩かないでほしいよね。ジーナさんすっごく美人なのに眉間にしわ寄せて怖いよね」
「そう、それ! 何であんなに叩くの!? しかも、何で私だけなの? まぁ、確かにちょっとは美人だけど、あれ絶対性格悪いよ。ってか、あんな奴にこの一年間学ばないといけないんでしょ? ほんっっっとに最悪」
「ステフちゃん、落ち着いて。もしかしたらジーナさんいい人かもしれないよ。ステフちゃん強い人好きでしょ? ジーナさん強そうじゃない?」
「いや、絶対あの人弱いわ! あんな奴に教わりたくない! しかもさぁ、見てよこの部屋! 酷くない!?」
ステファニーは大げさに両手を広げながら薄汚れた部屋を見渡した。窓が一つしかない手狭な部屋には三段ベッドが二台、小さな丸テーブル一台とくたびれた椅子が二脚あり、それらの家具だけで部屋の大部分を占めていた。もちろんクローゼット等はなく、ベッドの布団の下に僅かな収納スペースがあるだけで、そこに入りきらない物は布団の上に置くか、リプロ・エイジスにある倉庫に保管するしかない。倉庫に送られた荷物はしばらく取り出すことができず、ステファニー達は悩みに悩んで残す物を選ばなければならなかった。
「狭いし汚いし部屋の匂いは……まぁ、香水のおかげでいい匂いだけどさぁ。でもフェルサ帝国での待遇と比べると天と地の差があるわ! 私達って国賓待遇でもいいんじゃないの? あとさぁ、何かこの国の人って態度冷たいっていうか偉そうっていうか……」
ステファニーが大声で愚痴を言っていると部屋の扉が開いてアリーゼとメイが中に入ってきた。
「コラッ! 声が外まで聞こえてるわよ! 悪いこと言うのはこの口かなぁ、うりゃうりゃうりゃぁ」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながらメイがステファニーの頬を引っ張ったり潰したりこねくり回した。
「いはぃ、はえへあぁ、ほうおへやへえ」
「メイ、そのぐらいで止めときなさい」
「え〜もう少し柔らかいほっぺた触っていたい〜」
「もう、バカなこと言ってないで止めなさい。嫌がってるじゃない」
アリーゼが強めの口調で言うと、メイが渋々手を離した。
「何なの!? 急に入ってきて」
「おうおう、問題児ちゃんは私達の話を聞いていなかったのかな? 私達と同室って説明したよね、ね!」
「あぁ……そういえば」
「そういえば……じゃないでしょ、まったく」
「フフッ……メイ、この子思った通り面白いわね」
「だよねぇ! ジーナ副隊長に叩かれて口答えし続ける人初めて見たわ。もう笑いだしそうなのを必死に耐えたんだけど、あそこで笑ったら私までジーナ副隊長に鞭で叩かれてただろうなぁ……けど、ほんとに面白かった。ステファニーちゃんだっけ? これから楽しい日々になりそうだねぇ」
「いや……私には苦痛の日々になりそうな……」
「あっはっはっは、言うねぇ」
「ちょっ、やめっ」
メイはそう言うとステファニーの髪が乱れるほど豪快に頭を撫でまわした。ステファニーは激しく抵抗しているが想像以上にメイの力が強く、逃げ出すことができなかった。
そんな様子を見ながらキアラがおそるおそるアリーゼに話しかける。
「あ、あの……」
「どうしたの? キアラちゃん?」
「メイさんとアリーゼさんの雰囲気がさっきまでとなんか違う感じがして」
「ああ、それはね……今は勤務外の時間だからかな」
「うん?」
「私たち……というかエイジス大帝国の軍人全員にいえることなんだけど、勤務中は個人の感情を無くして、上官の指示に従って黙々と仕事をする。それが私たちなの。だから勤務外の時は素の自分が出るのよ」
「はぁ……」
「あれ? 納得いってないのかな? 簡単に言えば、仕事とプライベートは別ってことよ。プライベートまで堅苦しかったら肩凝っちゃうわ。手を抜けるときに抜いて、遊べるときに遊ばなきゃ」
「そうそうアリーゼ良いこといった。仕事も遊びも全力! それが一番大切なことよ」
ステファニーの頭を撫でるのをやめたメイが元気よく答えた。
「そういう事か……つまり私はあなたに遊ばれたってことね……」
やさぐれたようにステファニーがつぶやく。
「お、ステファニーちゃん言うねぇ。まぁその通りだけどね」
「うぐぐ」
メイの態度は見ているとステファニーは実家のメイドたち(主にミアのこと)を思い出し、メイに何を言っても無駄だと悟った。
「そうそう、そういう態度は勤務外の時だけにしたほうがいいよ。またジーナ副隊長に鞭で叩かれちゃうから。まぁその姿見てるのもおもしろいんだけどね」
「こらっ、メイったら。ステファニーちゃん、いいこと教えてあげる。実はメイも昔は口答えや生意気な態度とってジーナ副隊長に叩かれまくってたのよ」
「おい、その話はするな」
「あら、いいじゃない。本当のことなんだから。なんかメイとステファニーちゃんって似ているのよね」
「おっ、つまり私がステファニーちゃんのように可愛らしいって言いたいのね」
「はぁ、そんなわけないでしょ。性格や態度のことよ」
アリーゼの発言に対して、ステファニーとメイは眉間にしわを寄せて不愉快そうな表情を浮かべている。
「ふふふ、確かにステフちゃんとメイさんは似てるかも」
「そうでしょ、キアラちゃんもそう思うでしょ」
「はい、それにしてもアリーゼさんとメイさんは仲が良いんですね」
「仲が良いっていうよりは腐れ縁っていうのかしら」
「いやいや、アリーゼ。私たち仲の良い幼馴染でしょ!」
「え? あなたがそう思ってるだけでは?」
「なっ! 酷い!」
二人のやり取りを見ている内に、ステファニーとキアラはメイとアリーゼに好感を持つようになった。
しばらくの間、四人はとりとめのない話で盛り上がり親睦を深めていく。話は夜深くなっても尽きることはなく、明かりを消して各々ベッドに入った後も会話は続いた。
会話が途切れ途切れになったころ、ステファニーに対してメイが真剣な口調で話しかる。
「あのさ、ステファニーちゃん。あなたに伝えたいことがあるんだけど……あんまりジーナ副隊長の悪口を言わないでほしいかな。ああ見えてジーナ副隊長は優しいし、私の……ううん、皆の憧れの的だから。あの人は、確かに地位は大したことないよ。第四護衛隊の副隊長なんて……でもね、大帝国の中で三本の指に入るほど強いんだ! 正直、私はあの人の処遇について納得していない! だからさ、悪口言われるのは本当に……って子供に何いってんだろ、私は。そのさ、今後のためにアドバイスしとくね。たった一回会っただけで人のこと決めつけないほうがいいよ。長く付き合ってみると良いところもみつかってくるもんだしさ。……返事はないか、年長者の言うことは素直に聞いといたほうがいいと思うんだけどね」
ステファニーは不貞腐れて頭から毛布をかぶり、何も言わずに目をつぶった。そもそもエイジス大帝国が人族の代表国に選ばれたことに納得していなかった。本来の代表国はルシクス王国であったが、王族のブレインがいることによってエイジス大帝国が代表国となり、精霊騎士のいない国で一年間学ぶことになったことにステファニーは不満を持っていた。
精霊騎士の両親の下、キアラ達と一緒に学べると思っていたのに……
そんな想いもあり、ステファニーは少し反抗的な態度を取っていて、メイの忠告に関しては前世の年齢も加味すれば自分の方が年齢が高いと考えて無視していた。その考えは過ちであったとステファニーは後に気付くことになる。




