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第三十八話 帝都

「ううん」

「ほら、早く起きてください」


 ステファニーは朝日の光をまぶしく感じてゆっくりと目を開けていく。その目に映ったものはステファニーの肩を揺さぶるブレインだった。


「んん~、なんでブレインがいるの? まさか夜這い?」

「な、な、な、なに言っているんですか!? ここは私の部屋ですよ! 昨晩は皆で寝てしまったんですよ。ほら、キアラはそこにいますしフィルは隣で寝てますよ」


 ステファニーが隣を見ると胸を掻いてよだれを垂らしながら寝ているフィルスがいた。寝ぼけた頭で昨夜のことを思い出すと、最後のほうは皆でブレインのベッドに潜り込んで寝っ転がりながら喋っていた。


「ああ、あのまま寝ちゃったんだね」

「まったく、変なこと言って。ふぅ、そろそろ朝食の時間です。時間を守らないとフィーリーさんの嫌味を聞くことになりますよ。起きてください」

「ふあぁ」

「ふふ、ステフちゃん。こっち来て、髪を整えてあげる。すごくぼさぼさだよ」


 キアラの言う通り髪が跳ねているため、ステファニーはキアラに髪をすいてもらった。その間、ブレインはフィルスを起こすことに悪戦苦闘していた。


「ありがとね、キアラ」

「ううん、いいの。ステフちゃんの綺麗な髪をとくの好きなの」

「うん、それでもありがとう。そういえばさ、貰った服のまま寝ちゃったけど、皺になってないね」


 髪をすていもらいながらステファニーは自分が来ている服を見ると、ズボンとジャケットは下ろし立てかのように綺麗な状態だった。


「私の服もそうなの。すごいよね、この服」

「めちゃくちゃ高価なんだろうなぁ、何の素材でできているんだろう。この生地でほかの服作ってほしいな」

「あ、かわいい服作りたいの?」


 髪をすいているキアラは鏡越しでステファニーに笑顔を向けた。


「ううん、軽鎧用に使えたらなって思ったの」

「あぁ、そっちなのか。うん、ステフちゃんらしいな」


 キアラが苦笑いをしているとブレインが大きな声で叫んだ。

 

「ああああ、もう! 朝食に間に合わなくなりますよ、フィル」

「まだ起こせてないんだね、担いでいくしかないんじゃない?」

「はぁ、それしかありませんね」


 ステファニーの案に同意したブレインはフィルスの腕を首にまわし、引きずるようにフィルスを食堂に連れて行った。その様子を見ていたステファニーは前世の兄を思い出した。

 兄は集落の中でも勇敢で一番強く、面倒見が良かった。ステファニーは兄を尊敬しており、未だに敵わないと思っているが、唯一といえる欠点が兄はあった。それは朝に弱いという点だ。早朝に敵の襲撃を受けたとき、まさにブレインがフィルスに肩を貸しているように、前世のステファニーは寝ぼけた兄に肩を貸して逃げ切ったことがあった。昔のことを懐かしみながら、ステファニーはブレインとフィルスの二人を羨望の眼差しで見つめた。


「何ニヤついて見てるんですか? 見てないで手伝ってください」

「別に~、フィルの面倒はブレインに任せた。私たちは先に行って朝食食べとくね~」

「ああ、待って下さい!」


 食堂の近くになるといい匂いが漂ってくる。その匂いでほぼ引きずられている状態のフィルスが目を覚まして誰よりも早く食堂に入っていった。

 朝食を食べている間、呆れ顔のブレインがフィルスに小言を言い続けていた。



 朝食が終わり、集合時間に間に合うように四人は屋敷の外に出た。外には帝都エイシェント・エイジスに向かうための新たな箱馬車が用意されていた。その箱馬車は絢爛豪華ではあるが、一つも窓がなく異様な雰囲気を醸し出していた。扉が開き、中からフィーリーが出てきた。


「ん、早いな。荷物も持ってきているようだな。荷物はこの馬車ではなく後ろの荷馬車に乗せるからそこに置いておけ。ルディ、フォルト、この荷物を積んでくれ」


 屋敷の従者たちがフィーリーの指示に従い、ステファニーたちの荷物を馬車に積んでいく。


「諸君、少し早いが馬車に乗りたまえ」


 フィーリーは馬車から降りて、子供たちが踏み段を踏み外さないよう少し屈み、手を差し伸べた。ステファニーたちはフィーリーの手を取り、箱馬車の中に入っていく。

 箱馬車の中は外装に負けず劣らず豪華で、中を照らすシャンデリアや絵画すら備え付けられていて、部屋といえるほどの内装だった。最初に中に入ったステファニーが感嘆の声を上げると同時に、気付いたことが一つあった。それは箱馬車に充満した匂いだった。


「あ、いい匂い。何だろう、これ?」

「本当だ、甘くていい匂いだね」


 キアラが大きく息を吸って香りを楽しんでいるが、あとから入ってきたフィルスが大きな声で叫んだ。


「うげぇ、くっせぇ! 何だこれ? きつすぎんだろ、鼻がひん曲がりそう。うぇ」

「大丈夫ですか、フィル」

「ええ? いい匂いだと……あっ、そっか。獣人族は嗅覚が鋭いんだっけ?」

「くっそ、そうだよ。おぇ、これに乗れっていうのかよ。マジで最悪だ。うわ、窓がねぇのかよ」 

「確かに少し匂いが強いですね」

「少しどころじゃねぇよ」

「これ香水が入っているのかな? あ、そっちにもあるね」


 キアラが壁いかかった調度品に入った香水の匂いを嗅ぎながら回りを見渡すと、同じような調度品が複数あった。


「なぁ、これ全部捨てようぜ?」

「いや、流石に勝手に捨ててはいけないのでは? フィーリーさんに許可を得たほうがいいですよ」

「うるさいぞ、何をしているんだ?」


 フィルスの大きな声に反応したフィーリーが箱馬車の中をしかめ面で覗き込んだ。


「なぁ、この中くさすぎんだよ。香水捨てていいか?」

「ふぅ、この匂いに慣れておかないとこの一年辛いぞ。捨てることは許さんからな。あと蝋燭にも匂いがついているから捨てるなよ」

「チッ、マジかよ」


 匂いに耐えれなかったフィルスは出発の時刻まで外で待機し、出発してからフィルスはブレインから借りたハンカチで口と鼻を抑え、涙ぐみながら耐えていた。


「本当に大丈夫ですか?」

「マジ無理……オレもう逃げ出したい……」

「いい匂いだと思うけど、何でこんなに強い匂いにしてるんだろう」

「フィーリーさん、香水をこんなに置いている理由を教えて頂けないでしょうか?」

「帝都に着けば諸君の教官が教えてくれる。私の任務は無事に帝都まで届けるだけだ。余計な情報は伝えるなと言われている」

「むぅぅ、せっかくキアラが丁寧に聞いているんだよ! さっき馬車に乗るときに手を貸してくれた時にフィーリーさんっていい人なんだって思ったのに、やっぱりいけ好かないわ」


 フィーリーは鼻で笑い、腕を組んで目を瞑って黙り込んだ。その態度に怒りが増してステファニーはフィーリーに襲い掛かろうとしたがキアラに抱きしめられて押さえつけられた。気功術も精霊術も使わない素の力でキアラには敵わないと気付き、ステファニーは悲しいようなうれしいような気持ちがしてフィーリーへの怒りを忘れてしまった。


「駄目だよ、ステフちゃん。落ち着いて」

「……うん」


 


 道中は夜遅くまで語り合ったせいでフィルス以外は寝てることが多かった。窓がないため城壁や街並みも見ることができず、退屈な時間を過ごしていた。


 箱馬車が止まり、フィーリーの指示で四人は外に出た。


「う~ん、やっと外に出れ……あれ?」

「ここ室内ですね……」


 ブレインが言うようにステファニーたちがいる場所は室内だった。物資等が大量に置いてある広い空間で、ステファニーたちの後ろ側には数台の馬車が通れるほど大きな門がある。


「やっと外に出られると思ったのによぉ、くそ! っていうかここもクセェじゃねぇかよ」

「馬車の中ほどではないけど確かに甘い良い匂いがするね」

「マジで鼻がきちぃ」 

「大丈夫?」

「諸君、ここに整列したまえ、早く」


 フィルスを横目にフィーリーが厳しい口調で命令した。数日という短い間ではあるが、フィーリーがここまで厳しい口調で言うことはなかったため、ステファニーたちは戸惑いながら一列に整列した。フィーリーは直立不動で一点を見つめている。その視線の先には、近づいてくる五人の人族がいた。

 先頭を歩いている女性がフィーリーの前で立ち止まる。


「定刻通りか……さすがは輸送隊の中でも時間に正確と評判の男だな」

「ありがとうございます、ジーナ副隊長」


 ジーナ副隊長と呼ばれた人物は、身長は一七五センチほどあり、目を奪われるほど美しい長い巻き毛の金髪で、左目に眼帯をしており、額の左上から口元まで傷跡が残っている。ジーナの軍服はステファニーたちの軍服と形は一緒だが色が異なり、赤色と黒色が混在して服の縁が金色で明らかに目立っていて、腰には二本の剣と鞭がある。


「フィーリー、道中は問題なかったか?」

「はい」

「そうか、ご苦労。ここからは私が引き継ぐ」

「はっ」


 返事をしたフィーリーはその場から離れていく。目もくれず歩いていくフィーリーの姿に、ステファニーは違和感を感じていた。気に食わない人物ではあったが、帝都に着いてから……正確に言えばジーナを見てから、明らかにフィーリーの態度が変わったからだ。フィーリーがジーナを恐れているのだろうとステファニーは考え、ジーナに対して警戒心を抱いた。


 ジーナが鋭い眼光でステファニーたちを見定めるように見つめる。それはほんの一瞬の間だったが、ステファニーは不快で長く感じた。ステファニーも同じようにジーナのことを睨みつけた。その視線に気付いたジーナはわざとらしい咳払いをして話し始めた。


「諸君、私は不死隊第四護衛隊副隊長ジーナだ。諸君を一年間教育する任務を命じられた。私のことは教官と呼べ」


ジーナの口調や態度は、フェルサ帝国の教師だったエイダンやアメリアとは異なり、高圧的だった。


「私の後ろにいる四人は私と共にお前たちを教育する者だ。オーソン、イドリス、アリーゼ、メイ」


 ジーナが名前を言うとそれぞれが返事をしていく。最初に呼ばれたオーソンは筋骨隆々の無表情な男性で、ステファニーたちに視線を向けずに返事をする。イドリスは顔立ちの良い男性で、返事をした後にステファニーたちに微笑みかける。アリーゼは黒髪が似合う高身長の女性で、見た目と異なり幼い声で返事をする。メイはショートボブの髪形をした低身長の可愛らしい女性だが、威圧感のある声で返事をする。


「私はこれから会議及び他の任務があるため、本日はこの四人の指示に従え」


 ステファニーはジーナの後ろにいる四人を見つめ、小声でキアラに話しかける。


「何か癖のある人た……」


話している途中、急に風を切る音が聞こえた。ステファニーがその音に気付いた瞬間、肩に激痛が走った。


「痛っっっったぁい!」


涙目になったステファニーは肩を押さえながら叫んだ。丈夫な服のおかげか服は破けていないが、肩の痛みが酷くて手を動かすことができない。誰がどうやって攻撃を仕掛けてきたのか直ぐには分からなかったが、ジーナの手に握られた鞭を見て気付いた。ジーナがその鞭を振るった事を……


文句の一つでも言ってやろうとステファニーが喋ろうとした瞬間、ジーナが怒号を上げた。

 

「返事はどうした! ガキども!」


ジーナの威圧的な態度にキアラたち三人が怯えたが、ステファニーだけはジーナを睨みつけて叫んだ。


「はぁ? ふっざけんじゃ……ぎゃぁぁぁぁ!」


ジーナが再び鞭で叩き、ステファニーは悲鳴を上げる。その悲鳴をかき消すようにジーナが鞭で地面をぴしゃりと叩いた。


「教官に口答えは一切するな!」

「ええぇ……」


 この出来事で、ステファニーはエイジス大帝国での生活に更に一抹の不安を覚えた。


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