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第三十七話 エイジス大帝国

 エイジス大帝国、この国の起源は魔王と戦争をしていた時代に遡る。海に接した城郭都市で、魔王の脅威に対する防衛として半径三.五七キロほどの円形の城壁で囲まれていた。魔王が封印された後、城壁を再利用して人族の国として発展していった。人口が増えるにつれ、居住地区不足や生活環境の悪化などが問題になり、第二の城壁を新たに作ることになった。

 最初の城壁内を帝都エイシェント・エイジスと呼び、第二の城壁内をニュー・エイジスと呼ぶこととなった。帝都エイシェント・エイジスの城壁は高さ十六メートルあるが、戦争後に作られたニュー・エイジスの城壁は七メートルほどの高さだった。新たな城壁ができて二千年以上経過した後、人口増加に伴う食糧不足のため、さらに第三の城壁が作られた。

 その城壁は高さ四メートルほどで、城壁内をリプロ・エイジスと呼び、海から第三の城壁の距離は百八十キロ以上ある。エイジス大帝国の領土は広いが、三つの城壁内に住むことが国民の憧れである。


 その城壁の中にステファニーたちは立ち入ろうとしていた。四人は馬車から顔を出して第三の城壁を見上げた。


「ふぁ、すっごいね。これ、どこまで続いてるんだろ」

「六百キロほどの長さで海まで続いているらしいですよ」

「海かぁ、懐かしいな」

「あれ? ステフちゃん海行ったことあるの? 私はないんだよね」

「そういやぁオレもねぇな。海ってどんなとこなんだぁ」

「ええ、昔行ったことがあるんだけど……」


 ステファニーは現世では海に行ったことがなく、前世の果てしなく続く大海原を思い浮かべていた。人生の大半が海と共にあり、兄弟と戦友と共に荒波を超えた日々。辛いこともあったが、今思えば輝かしく楽しい人生の日々だった。そのことを思い浮かべ、ステファニーは笑みを浮かべた。


「海ってすっごいよ。大地より広くてどこまでも続く水平線。穏やかに見えるけど急に荒々しくなる海原、そうね、まるでお母様みたいな感じかな。あと、海でとれた魚もおいしいよ」

「へぇ、よくわかんねぇが魚がうまいなら食ってみてぇな」

「お魚ってそんなに手に入らなくてあまり食べられないもんね」

「そういやぁ、ブレイン、てめぇは海にいったことあんのか?」


 ブレイン青ざめた顔で下を俯いて小さな声で言った。


「海は……嫌いです。船酔いが……船の揺れに耐えられなくて」

「あはははは、軟弱者ね。まぁ、ブレインらしいわね」

「む、ステファニー、君は長時間船に乗ったことがあるのですか?」

「もちろん、あ……」


 前世のことを思い出していたステファニーは、思わず前世の経験で話していたことに気が付き苦笑いをした。


「あは……は……あ、あるといえばあるかなぁ。ないといえばないかも。でも……」

「おぃ、ブレイン。こいつきっと船に乗ったことないぜ」

「そんなことな……あ~海楽しみだね。お、城壁を通り過ぎるよ。あ~城壁内はこんな感じなんだね、キアラ」

「あっ、誤魔化しましたね」

「おぃ、もう日が落ちてるからあんま見えねぇぞ」

「ステフちゃん、さすがに誤魔化すの下手すぎだよ……」


 移動時間中、質問以外口を開かず四人の会話を黙って聞いていたフィーリーが話し始めた。


「諸君、そろそろ定刻通り目的地に到着する。宿でいちきゅうまるまるに夕食を取り、翌朝のまるろくまるまるに朝食を取る。そして、まるななまるまるにここを出発する。遅れないよう注意してくれ」


 ステファニーは素っ気なくいうフィーリーを見てキアラに小声で話した。


「ねぇ、私たち歓迎されてないのかな。あんな素っ気ない態度ってなくない?」

「ステファニー、聞こえている。先日も注意したが、エイジス大帝国で過ごすにはお前の行動は直したほうがいいぞ」

「むぅ、昨日もそうでしたけど、どう直したらいいか言ってくれないとわからないよ。不親切だと思うな」

「これでも私は親切で優しいほうだと思うがね。ふっ」


 その言葉を最後にフィーリーはその日は何も喋らなくなった。翌日、フィーリーが最低限の言葉しか語らないため、馬車の中は一日中気まずい雰囲気になり、ほとんど会話がなかった。

 馬車の窓から見えるリプロ・エイジスの風景は平凡で、ほとんど畑で民家などはあまりなかった。そのため、四人は暇な時間を過ごし、ほぼ寝ていた。


「諸君、起きたまえ。もう第二の城壁内のニュー・エイジスに入ったぞ。あと少しで今日の宿に着く。フィルス、これでよだれを拭け。酷い面だ」

「んああ、おう」

「全員起きたな。明日は帝都エイシェント・エイジスに到着するが、諸君には制服を着てもらう必要がある。各部屋に用意してあるから明日それを着たまえ。サイズは合っていると思うが、もし異なっていたら報告するように。明日はまるろくまるまるに朝食を取るから遅れないように」


 フィーリーの言う通り、各部屋に制服一式が置いてあった。ステファニーは制服一式を袋に入れてキアラの部屋に行き、扉を叩いた。


「キアラ、入っていい?」

「はい、どうぞ」


 キアラは可愛らしい室内着を着て髪を下ろしていた。その姿にステファニーは目を奪われて惚けてしまった。


「ん? どうしたの、ステフちゃん」

「あ~いやいや、うん、あのね、フェルサ帝国の初日にさ、服の着方間違えちゃったから、今回はちゃんと着たいなぁと思って、服持ってきたの。一緒に着てみない?」


 キアラは手を口元に持っていき、くすりと笑った。


「うん、いいよ。着てみよっか」

「うん、ありがと。この服って何か固いね」

「そうだね、あるのは……ジャケットとズボンと短いマント……ケープかな。こっちは長いブーツ、手袋、帽子、ベルトと……ケープを留める紐かな。あとは靴下・下着が五つかな」


 ステファニーたちの服はフィーリーの濃紺色とは異なり、小紫色だった。エイジス大帝国では軍服の色で所属している部隊を表している。ステファニーとキアラは軍服を着始めた。


「ジャケットはピッタリしてるけど、思ったより動かしやすいね」

「そうだね、生地が伸びるみたい。ズボンはゆったりとしているから……」


 キアラはそう言うと素早い動きで横蹴りを繰り出した。


「うん。ズボンも邪魔にならないね。でもブーツがちょっと重たくて足首の可動性が悪いかも」

「実家に帰っても鍛錬し続けてたんだね。惚れ惚れするいい蹴りだよ」

「えへっ、ステフちゃんにそう言ってもらえるとうれしぃ」

「ふふ、そういえばこの帽子の中にベールみたいのがあるんだよね。何かな、これ」

「あ、本当だ。何のためについてるのかな?」


 鍔のついた帽子の中に収納されているベールは十センチほどの長さがあった。ステファニーはそのベールを出したり入れたりして楽しんでいた。


「このベールは明日フィーリーに聞くとして、一回全部着ちゃおっか」

「うん、ベルトを締めて帽子と手袋をして、ケープを羽織って紐で留めれば……完成」


 小紫色の軍服に身を包まれたステファニーとキアラは互いに見合い、ポーズを取ったり、簡易な組手を始めた。その組手が過熱していき、二人とも精霊術で服全てを強化して組手を行った。


「この服……丈夫だね。精霊術も……何だか通しやすい感じがしたような」

「ステフちゃん、私もそう思う。特殊な素材使ってるのかな。なんかこの服って可愛いっていうよりもかっこいい……ううん、気が引き締まる感じがするね」

「うん、まるでプレートアーマーを着てるみたい……ってのはいいすぎかな。でもそれに近い感じはするよ」

「それにしてもステフちゃん似合ってるよ。かっこいいなぁ」

「キアラもかっこよく見えて似合ってるよ」

「ふふ、あっ、ブレイン君やフィル君も着てたりするのかな? フィル君がちゃんと服着ているイメージ無いから気になるなぁ」

「じゃぁ、今から行って見てみようか!」

「うん!」


 二人は組手を行ったことで興奮状態になっており、勢いに任せてブレインの部屋に向かった。ブレインの部屋の扉を開けようとしたが鍵がかかっていたため、ステファニーはその扉を力強く蹴り飛ばした。


「うわあぁぁぁ! えっ、ス、ステファニー? あなたは何考えているんですか!! 扉をノックさえしてくれれば開けますよ? 非常識にもほどがあります!」

「いやぁ、ごめんごめん。なんか勢いで……やっちゃった。テヘッ」

「まったく……キアラ、君がいながらステファニーを止められなかったのですか?」

「あう、その、ごめんなさい」

「まぁまぁ、謝ったんだからいいじゃん。それにさ、ブレインに会いたいから来たんだよ」

「なっ!?」


 ステファニーの発言に動揺したブレインは顔が真っ赤になった。それに気付いたステファニーがニヤついた笑みを浮かべてブレインに近づく。


「ん? あれ~、どうしたのかな、何考えたのかな? このこの~」

「あああああ」


 ブレインは自分の顔を手で覆い、しゃがみこんでしまった。


「ブレイン君、大丈夫? あっ、あれ? ブレイン君も支給された服着ようとしてたの? ほら、私たちも着てみたんだよ」


 キアラの視線の先にはベッドの上に広げられた軍服があった。


「え、ええ。どんな服なのか気になりまして……。キアラとステファニー、似合っていますよ」

「えへへ、そうでしょ。ブレインも着てみて。ほらぁ、着替えてよ」

「ぎゃーーー! 服を脱がそうとしないでください!」

「ス、ステフちゃん、無理やりはダメだよ」


 服を脱がそうとするステファニーをキアラは後ろから抱きしめて止めた。


「はぁはぁ……、ステファニー……、もう少し君は常識を持ってください。ふぅ、ちゃんと着替えますからいったん部屋を出てくれないか?」

「あ~着替えている間フィルの部屋に行こっか?」

「ちょっと待ちたまえ! 君がフィルのところに同じように行ったらトラブルになる! ここで待っていてくれないか、フィルの部屋には私が行って二人で着替えて戻ってくるから」

「うん、二人がこの服着た姿みたいから楽しみに待ってるね」

「はぁ……なんか疲れた……」

「ごめんね、ブレイン君」


 軍服一式を持ったブレインは部屋を出て行ってフィルスの部屋に向かった。十分後、ステファニーとキアラが雑談しているときに扉を叩く音が聞こえた。


「入りますね。ちゃんとフィルを連れてきましたよ」


 エイジス大帝国の軍服に着替えたブレインとフィルスが部屋に入ってきた。


「わあ、すっごい似合ってるよ。ブレインの姿は想像できてたけど、フィルの姿は想像できなかったんだよね。フィル、めちゃくちゃいけてるよ」

「うん! フィル君かっこいいよ、よく見せて! ねぇ、回ってみて」

「お、おぅ」


 二人の勢いにたじろいだフィルスは言われるがままに一回転した。フィルスの軍服はステファニーたちと若干異なっており、尻尾が出せるように臀部の一部に穴が開いている。また、耳を収納できるように帽子が少し大きい。


「尻尾出せるんだね。ちゃんとフィル用に作られてるのか」

「ああ、でもよぉ、ケツがむずかゆいんだよなぁ。尻尾を入れる袋っぽいのが内側についてっから何か気持ちわりぃんだよ」


 そう言いながらフィルスはお尻を掻いた。掻いた箇所をよく見ると生地の膨らみがあった。


「あ、本当だ。ここでしょ」


 ステファニーは膨らみのある箇所を触った。


「うおおおいぃぃ! ケツさわんじゃねぇ! 何考えてんだよ!」

「ステフちゃん! 破廉恥だよ」

「非常識にもほどがありますよ! 大人がいないと君は突拍子もないことをしますね!」


 しばらくの間、三人が説教をしたが、何も反省していないようなステファニーの態度を見て、説教をやめた。そのうち話題が変わり、エイジス大帝国に関する話を始めた。


「お母様に聞いたんだけど、帝都は治安があんまりよくないらしいよ」

「私は規律に厳しいと聞きました。私とキアラは大丈夫かと思いますが……ステファニーとフィルは苦労しそうですね」

「ふん、私なら大丈夫よ。フィルがやばいでしょ」

「はっ、どの口が言うんだよ。ったく」

「あはは……、私はちょっと怖いイメージがあるかな。おじいちゃんに会いに来たエイジス大帝国の人たちと何度か会ったことがあるけど、すごく威圧的で怖かったの」

「フィーリーも態度悪いもんね」

「それは君の態度も悪いからだと……。ただキアラが言うように、私もあまりエイジス大帝国の人たちに良い印象は持っていないですね。城に来られる方々は我が国を見下してるような感じがあって近寄りがたかったですね」

「やっぱりそうだよね。あ、そういえば、どうして人族代表国がエイジス大帝国なのかな? ブレイン君とステフちゃんがいるからルシクス王国だと思っていたのに」

「そうですね、例年ルシクス王国が選ばれていたのですが、今回は私がいるからだと思います。王族である私が自国で学ぶというのは色々な問題がありますから」

「問題?」

「ええ、精霊学校では王族だろうが平民であろうが身分は関係なく生徒は平等であるべきという決まりがありますよね。ルシクス王国で学んだ場合、おそらく私へのえこひいきがあるでしょう。粗相したら国王に報告されるかもと思う教師がでてきてしまうでしょうからね」

「ルシクス王国がよかったな。エイジス大帝国は今までに人族代表国に選ばれたことあるのかな?」

「片手で数えることができるほどって聞いたよ」

「おぃ、マジかよ。大丈夫なのか? 不安しかねぇな」

「まぁ大丈夫だと思いますよ。人族代表国に選ばれた時に国の威信をかけて精霊に愛された子供たちを教育しますというぐらいの力の入れようでしたから」

「それって逆に怖い感じするなぁ。やる気が空回りしなければいいけど……」

「まぁ、先のことをとやかく言っても仕方のないことですから、ちゃんと真面目に生活すればいいだけのことですよ」

「そうそう。真面目で優秀なブレイン坊ちゃまの言う通りだぜ」

「フィル!」


 ブレインが城の執事や侍女たちに坊ちゃまと呼ばれているのを恥ずかしがってると気付いたフィルスはからかうときにブレイン坊ちゃまとワザと言うようになっていた。


「ふふ、そうだね~ブレイン坊ちゃまの言う通りだね~」

「あああ、ステファニー、君まで!」

「ふふふ」


 移動時間中寝ていたため、寝付けない四人は些細な雑談を夜遅くまでして、そのままブレインの部屋で寝てしまった。



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