第三十四話 後日談
「お前らにもちゃんと話さないとな」
真面目な話をしているが、グレンの身体が傷だらけで顔に痣ができる。そして、グレンの側にステファニーの母親であるソフィアが立っている。微笑んでいるが、目は笑っていない。
その場にはステファニー、キアラ、ブレイン、フィルス、エイダン、アメリア、モーリスがいた。
魔族と戦い終わった後、ステファニーが数少ない光の精霊で皆の怪我を治療して、何とか歩けるまで治した。皆が互いに支え合い、出口を探した。
奥の方に行くと壁が崩れ落ちている箇所があり、そこが自然洞窟と繋がっていた。ステファニーの耳と風の流れを頼りに自然洞窟を何とか抜け出すことができた。
そこは光の遺跡から十五キロメートルほど離れている。複雑な亀裂の中に自然洞窟の入口があったため、今まで発見されていなかった。
抜け出した後は、精霊が多くいたおかげで簡単に帝都に戻れた。
城に着いてからは軟禁状態だった。精霊王の封印から逃れた魔族がいることを世間に知らせるわけにはいかず、外部との接触を制限されて、会える人はエイダンとアメリアとモーリスと一部の騎士たちだけだった。そんな生活が三週間ほど続いた時、ソフィアが現れて現状に至る。
「ここ数週間、お前らを部屋に閉じ込めていて申し訳ない」
椅子に座ったままではあるが、皇帝のグレンが頭を下げる。
「グッ、グレン様! 頭を上げてください」
ステファニーとフィルス以外の人が動揺する。グレンはそっと手を上げて皆を黙らせた。
「お前たちを部屋に閉じ込めたのは知っての通り、魔族の存在を表に出すわけにはいかなかったんだ。それでだな、取引をしよう。お前らが魔族の話を表に出さないのであれば自由を与え……ブベッ」
ソフィアがグレンの頭を殴った。
「違うでしょ」
「くぅぅぅ……いてぇ」
ソフィアの拳には血がついておりグレンの額から一筋の血が流れ落ちる。
「グレン様!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、コイツは丈夫だから。それよりも……」
ソフィアは拳についた血を拭いて話し始めた。
「皆、魔族の話は本当に広めて欲しくないの。魔族の強さは身に染みるほどわかるわよね」
その場にいる全員が頷いた。
「実は、魔族は半分ぐらいしか封印出来ていないと言われているの」
「えっ!」
「そんなっ!」
「本当よ。しかも、あなたたちが戦った魔族は正直弱い部類に入るわ」
ステファニーたちに衝撃が走る。精霊術が使えないという状況下ではあったが、一歩間違えば全滅していた。それだけ強敵だったあの魔族が、魔族の中では弱い部類に入るとは……ステファニーたちは黙り込んだ。
「もし、この情報が表に出れば世界は混乱するわ。魔族は強すぎる。私たちの戦力は明らかに足りないの……ただ、今のところ魔族が身を潜めてる状況なのが救いね」
「そう、魔族は隠れているが、時々現れる魔族がいる。それを俺様たちが殺している。そんな戦いが数千年も続いているんだ」
血を舐めたグレンは魔族に関する様々な情報を語った。
魔王が生み出した魔族は世代ごと分けられている。一番最初に生み出された第一世代が一番強く、世代を追うごとに弱くなる。ステファニーたちが倒した魔族は千数百番代と推測された。魔族には十二種族いると言われていて、戦った魔族は外装と呼ばれる鎧のような金属の皮膚を持つ金属生命体だった。
ただ、あの魔族は外装がなかった。グレン曰く、もしあの魔族に外装があったら誰一人生きて帰って来れなかっただろうと……
魔族に対抗できる人は多くない。精霊騎士、各国の近衛兵、騎士の一部、バウンティハンターの極一部だけである。数千年に渡る五種族の平和は思うよりも脆いものだった。
そしてグレンは光の遺跡について語り始めた。調査団を派遣して調べている最中だが、ステファニーたちが空間転移した原因はブレインである可能性があった。
ブレインは精霊王の加護を受けた由緒正しい血族の一員である。そのため、遺跡の中にある光の柱がブレインの精霊術に反応したと考えられた。
後日、ブレインは皇帝近衛兵三人と騎士十二名に守られながら遺跡の光の柱に行き、精霊術を放った。調査団の憶測の通り、光の柱が反応して空間転移が起こる。封印された魔族たちが置かれた空間の最奥の壁に、光の柱が描かれていた。再度、ブレインが精霊術を放つと元にいた場所に戻れた。それ以降、封印された魔族たちがいる空間は八名の調査団と護衛の騎士四名が常駐している。
しばらくの間、ブレインは今回の事件は自分のせいで起きてしまったと考えて鬱ぎ込んでいたが、フィルスたちのケアの甲斐もあってブレインは持ち直した。
魔族の戦い以降、フェルサ帝国での学園生活は平和そのものだった。訓練や勉学や帝都での娯楽など、ステファニーたちは青春を謳歌して過ごした。
ステファニーとキアラにとって嬉しかった事は、空いた時間を使ってグレンがステファニーたちに訓練をしてくれた事だ。
魔族との戦いで、肉体と気功術の重要性に気付いたステファニーたちは今まで以上に真面目に訓練に励んだ。グレンの指導の下、一番成長したのはキアラだった。種族の違いもあり、伸び悩んだのはステファニーだった。ステファニーの戦闘技術はあと少しで達人の域に達するほど卓越しているが、重大な欠点があった。それは肉体である。
エルフ族は身体に筋肉がつきにくい。女性であるステファニーは特に筋肉が付きにくかった。そのため、肉体の基礎を作り上げるために日々訓練をしている。一朝一夕で肉体が出来上がるものではない為、ステファニーは数年掛けて作り上げていこうと決心した。
あっという間に、獣人族の代表国であるフェルサ帝国における学園生活は終わりを告げた。
「一年間ありがとうございました」
腕を組んでいるグレン、手提げ袋を複数持っているエイダン、涙ぐんでいるアメリア、お世話になった方々、そして兵士になったモーリスにステファニーたちは別れの挨拶をした。
「ううぅ、寂しくなるわ。あなたたちに出会えて……教えることができて本当に嬉しかったわ。次の学園で辛いことがあったら連絡してね。すぐ駆けつけて解決してあげるから」
アメリアは子供たち一人ずつ抱きしめた。キアラは泣きじゃくり、ブレインは涙ぐみながらも顔を赤くして恥ずかしがっている。フィルスは強がっているが耳としっぽが垂れ下がっている。
アメリアのハグが終わったあと、エイダンが近付いてきて手提げ袋を渡してきた。
「ほら、帰りの馬車で食べろ。オレが作った弁当だ。味は保証する」
「いやぁったぁ! エイダン先生、ありがとうございます。何が入ってるのかなぁ、お肉かな、お肉がいいなぁ」
「ぐすっ……ステフちゃん……何か感動的なお別れが台無しだよ」
「チッ、ちょっとは空気読めよ」
「全く君というやつは」
手提げ袋に入った弁当の匂いを嗅ぐのに集中しているステファニーは三人を無視した。
「ハハハッ、お前らしいな……色々ありがとな」
物憂げな表情でモーリスがステファニーの頭をなでた。おそらく亡くなったクライヴとローラを思い浮かべているのだろう。
「モーリスさん、お元気で……」
「ああ、お前もな……」
ステファニーはそれ以上何も言わなかった。いや、言えなかった。子供である自分が何を言ってもモーリスの心に響くわけがなく、モーリス自身で乗り越えないといけない事だとステファニーは思った。
二人が黙り込んでいると、グレンが大きな声で話し始めた。
「精霊に愛されすぎた子供たちよ。しばしの別れだが、お前たちが精霊騎士になって俺様と共に戦える日を楽しみに待っているぞ。お前たちの前途に祝福あれ」
グレンの言葉で締めくくられ、ステファニーたちはそれぞれ馬車に乗って実家に帰っていく。フィルスには実家がないため、ブレインがフィルスを無理矢理ルシクス王国に連れて行った。
遠ざかっていく馬車をグレンは見つめ続け、呟いた。
「あいつらから本当に精霊騎士にあるヤツがいるかもな」
「グレン様、彼らのことを気に入ったのですね」
「ああ、魔族と戦って生き残った奴らだからな。あいつらには早く成長して欲しいと願うよ……近々何か嫌なことが起きそうな気がしてな」
「例の事件を気になさっているのですか?」
「ああ……」
グレンはステファニーたちに隠し事をしていた。二ヶ月ほど前、封印された魔族たちを調べている調査団と護衛の騎士たちが殺された。特に調査団は誰か判別できないほど細切れにされていた。誰が何のために調査団と騎士を襲ったのか分からずじまいであった。
グレンたちは気づいていなかった。調査団が殺害された現場から、彫刻のような岩がいくつか無くなっていることに……




