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死闘の末

「グオおおあアアぁぁ」

「はははははっ! どうした、この化け物っ! きゃはははは」

「ステファニー! 体は再生したが、明らかにこの魔族は弱くなってるぞ!」


 気の力を使い果たして心が折れかかっていたエイダンがステファニーに触発されて魔族と戦っている。体を再生する前の魔族であれば、気功術を使っていないエイダンの攻撃など何の苦痛も感じないほど丈夫だった。

 しかし、今の魔族にはエイダンの攻撃が普通に通っている。エイダンは今にも倒れそうな体に鞭を打ち、魔族に連撃を与えている。


 気功術を駆使して魔族を攻撃しているステファニーは黒煙を纏えずにいた。一度黒煙を解除してしまうと、すぐには黒煙を纏うことができない。ステファニーは光の精霊術で治しきれていない内臓の痛みを消し去るかのように感情を高ぶらせ、戦っている。


 弱体化した魔族を前にして、二人はこのまま戦い続ければ苦戦はするが倒せると確信した。そう、このままの魔族であれば……


「ガアああアあアアあァぁ」


 魔族が激しく両腕を振り回して暴れ始めた。

 直撃を喰らうと致命傷になりかねないため、ステファニーとエイダンは魔族から離れ、疲労して動きが止まる瞬間を二人は待った。魔族が動きを止めるまで、それほど時間はかからなかった。


 動きが止まった瞬間に二人は攻撃を仕掛ける。エイダンは脇腹にねじ込むように拳を打ち込み、風の精霊術で宙に浮いて突進したステファニーは気を極限まで練った拳を魔族の眉間に叩き込んだ。

 拳がめり込み、顔が変形するほど強力な一撃だったが、魔族が悲鳴を上げずに微笑んでいたことに二人は違和感を覚えた。


「ガイそウぶそう カい そウせいノシひ!」


 魔族が腹の底から声を出すかのように叫ぶ。魔族の肩甲骨あたりから二本の腕が瞬時に生えた。

 

 魔族が下から突き上げるように右腕でステファニーを殴ろうとする。ステファニーはめり込んだ拳を引き抜き、風の精霊術を駆使して空中で体を捻るように動かして魔族の攻撃を紙一重で避けた。しかし、避けた瞬間の隙を狙って、魔族が右の肩甲骨から生えた腕でステファニーの右腕を掴む。


「あっ、ぎゃああああああ」


 魔族がステファニーの右腕を握り潰した。骨が粉々に潰される鈍い音とステファニーの叫び声が辺りに響き渡る。

 掴んだステファニーを振り上げながら魔族は屈んで、エイダンを左腕と左の肩甲骨から生えた腕で地面に押さえつけ、右腕でエイダンの後頭部に渾身の一撃を喰らわした。そして、右の肩甲骨から生えた腕で振り上げていたステファニーを地面に叩きつけた。


 瞬時にして形勢が逆転した。後頭部を強く殴られたエイダンは痙攣している。叩きつけられたステファニーは目を閉じ、口と鼻からどろりとした血が流れ出している。


「クはッ、アははハは、あハハハはハ!」


 魔族は勝利を確信したように笑い始める。エイダンの頭を殴った右腕を持ち上げると、血まみれの長い髪の毛がついた頭皮が拳にこべりついていた。頭皮はゆっくりと拳から剥がれていき、べちゃりと音を立てて地面に落ちる。


 その音にステファニーのエルフ耳が反応してぴくりと動いた。


 魔族は笑うのを止めてステファニーを持ち上げる。息の根を止めるために魔族は左腕と左の肩甲骨から生えた腕に力を込め、拳を強く握り締めた時、ステファニーが目を見開いた。ステファニーの左の蒼い瞳が急速に紅く染まっていく。それに伴い、身体から黒煙が出てきた。


 言い知れぬ恐怖を感じ、一秒たりともステファニーを触りたくなかった魔族は、ステファニーを全力で放り投げた。すぐさま魔族が詠唱を唱え始める。


「マワれ まワレ るイジがオワりしトキ」


 一メートル三十センチほどの幾何学模様の円形魔法陣が魔族の前に作られていく。

 ステファニーが壁に衝突した激しい音が響き渡り、その後に瓦礫が崩れ落ちる音が聞こえた。

 魔族がいる場所からはステファニーの姿が明確には見えない。だが、暗闇の中に輝いている一つの紅い光が見える。


「かけルもノニ ゼツぼウのひかリがキばをムく」


 円形魔法陣の縁に、三十センチほどの球体の魔法陣が三つ現れ、まばゆい光を放つ。

 暗闇の中で輝いている紅い光が、一つから二つに増えた。その瞬間、暗闇を塗り潰すほどの黒煙が溢れ出た。


 魔族が闇の中に浮かぶ二つの紅い光に向かって叫ぶ。

 

「せんテんダんうコうガ」


 球体の魔法陣が円形魔法陣の縁に沿って回転し始め、けたたましい音を立てながら球体の魔法陣から無数の小さな光子弾が放たれた。光子弾が広範囲に発射され、二つの紅い光を中心に極小規模の爆発が幾度となく起こり、凄まじい煙が立ち上がる。


 光子弾が放たれる度に、円形魔法陣が少しずつ小さくなっていく。縁に沿って回転しながら光子弾を放ち続けている三つの球体の魔法陣が互いに触れ合うほど円形魔法陣が小さくなった時、球体の魔法陣が変形し始める。平面の円形魔法陣と混ざり合い、新たな魔法陣が作り出された。魔法陣が強く輝き、五メートルを超える光子弾が放たれる。


 光子弾が闇と大量の煙を穿いて壁に着弾し、大爆発を起こした。爆音が鳴り響き、大地と空気が揺らぐ。

 その魔術によって、魔族が大切に守っていた石像のような岩がいくつも粉々に砕け散る。封印された魔族たちを破壊してまで強烈な魔術を使うほど、この魔族はステファニーに恐怖心を抱いていた。


「ううウゥうッ……ウウゥう……」


 同族殺しというタブーをおかした魔族は泣き始めた。膝を付いて泣きながら何度も謝罪の言葉を呟いている。


 その謝罪を邪魔するかのように岩を叩く音が鳴り響いた。


「グオああアあアアああアッ」


 音に反応した魔族が怒号を上げる。岩を叩く音が何度も続く。怒り狂った魔族は音がする方向に駆けていく。


「さ、さっさとこっちに来い、化物! 早く来ないと、せ、石像が全部、こ、壊れるぞ!」


 水の精霊術で石像のような岩を攻撃しているブレインが、震える声で大きな声を出した。


「ああアあアああアアアあ! キいィぃぃさアあァぁぁァまアアああアぁぁァぁぁ!」


 怒り狂った声を出しながら、魔族が水の精霊の淡い微かな光で照らされているブレインに向かう。

 ブレインの目前に憤怒の形相をした魔族が迫る。恐怖に引きつった表情でブレインは腹の底から声を出した。


「フィル!」


 その掛け声に呼応するように魔族がいる地面が銀の液体に変わった。一瞬のうちに銀の液体が魔族の身体にまとわりつき、液体の中に沈めるかのように引き込んでいく。


「ガぁアアあああアァ」

「ユナさんと、キアラちゃんの敵だ! うおおおおおおおお」


 上空からキアラが風と火の精霊を携え、叫びながら魔族めがけて飛んできている。

 銀の液体の沼に沈んでいく魔族はキアラに気付き、重たく粘り気のある液体の中で藻掻いて抜け出そうとする。

 

「今だ!」

「まかせろぉ!」


 ブレインの声に答えたフィルスの周りには四つの土の精霊と一つの銀の精霊がいる。

 その銀の精霊が色濃く輝き始めた。魔族にまとわりついている銀の液体が固体金属に変わり、魔族の動きを止める。


「うおおおおおおおおおおお」


 体中がユナの血で汚れてるキアラが怒りに満ちた険しい顔をしながら、右手の手袋に火と風を複合させた精霊術を込めて動けない魔族の頭を殴り、爆発が起こる。

 その衝撃は凄まじく、魔族の頭の三分の一を吹き飛ばし、固体となった銀の沼を破壊した。


 キアラの手袋が破け、指が折れて重度の火傷を負っているが、キアラは極度の興奮状態で怪我をしたことに気が付いていない。


「敵とったよ、ユナさん……ステフちゃん! うぅ……私……私……うぅぅ」


 キアラはもっと早くステファニーを助けに行きたかったが、フィルスの銀の罠が出来るまでブレインに止められていた。ステファニーを助けられなかった、見殺しにしたという想いでキアラは泣き始める。


 キアラの側で、頭の一部がない魔族が倒れ込んでいる。脳髄のような物が銀色の液体と一緒に流れ出して蒸発していく。

 蒸発の際に発せられる光に泣いているキアラが照らされる。その姿を遠くから見ていたフィルスはキアラにかける言葉が見つからず、視線を外そうとした。その時、死んだはずの魔族の指がぴくりと動き出し、拳を作り出した。フィルスが叫ぶ。


「キアラ! まだ生き……」

「え……」


 頭の一部がない魔族が上体を起こしながらキアラを殴ろうとする。魔族の拳が油断していたキアラの身体に直撃する寸前に、フィルスが残りの力を全て使って銀の液体を魔族の拳とキアラの間に作り出した。

 魔族の拳が銀の液体越しにキアラを殴り飛ばした。銀の液体が四散してキアラが吹き飛んでいく。

 悲鳴すら上げれず、キアラは地面に落ちて横たわった。


「何で……何で死んでねぇんだよ、クソ……が……」


 精霊術を限界以上に使ったフィルスは倒れ込んでしまう。この場に立っている者はブレインと魔族だけになった……


「ウがァぁ、ハぁはアぁ、おぁアぁァ、はアぁあ……」


 一般的に知られていないが、魔族の肉体は魔力で出来ている。魔力があればあるほど強靭な肉体に強化でき、肉体が砕け散ろうが再生できる。逆に言えば、魔力が少なくなると肉体は弱くなり、完全に魔力が無くなると肉体が滅んでしまう。

 魔力の殆どを使ってしまった魔族がよろめいて倒れそうになる。かろうじて肉体を維持できるほどの魔力しか残っていなかった。傷口を治さなければ魔力が流れ出てしまうが、魔族は先に残り一匹を始末してから治療しようと考え、ブレインに近付いていく。


「私が……私がやらなければ……」

「フぅふゥゥ、グっ、はァハァ……」


 息も絶え絶えになっている魔族を前にして、ブレインはこの場にいる全ての精霊を呼び出して戦おうとする。


(肝心なところで何もできない自分がもう嫌なんだ! 私の大切な仲間たちを殺したこの魔族を私は倒した。精霊たちよ、お願いだ! 力を貸してくれ!)


 ブレインの心の呼びかけに応える精霊は一つもなかった。


「えっ……そんな……」


 ブレインは絶望の色を浮かべた目で腕を振り上げた魔族を見つめた。ブレインが死を覚悟した瞬間、野獣のような声が遠くから聞こえた。


「ウォオアアアアアアアアアアアア」


 暗闇の中に二つの紅い光が見え、発狂したかのように荒れ狂う精霊の声が聞こえる。


「ス、ステファニー」


 ブレインは涙を浮かべ、彼女の名前を慈しみを込めて呼んだ。


「フハハハ……フヒヒヒ……ヒャハハハハハハハハハ」


 発狂したかのように笑い声が二つの紅い光と共に凄まじい速さで近付いてくる。


「グぅうゥゥ、オオおオオオおおオおお」


 魔族は覚悟を決めた。封印された魔族たちを守るために身体を維持する魔力すらも使い果たして、迫りくる黒煙を纏った真紅の瞳の少女を殺すと……


「ワれはおウナり ワれガツむギダすこトバはせカいのコとワリ」


 幾何学模様の魔法陣が浮かび出る。魔法陣の光に照らされた真紅の瞳の少女の左腕に黒煙が集まっている事が見える。


「ワれにサカらイしシレもノに わがイコうをシめせン」


 魔法陣がまばゆい光を放つ。右腕が粉々に折れ、身体中が血だらけの黒煙を纏った少女が歪んだ笑みを浮かべながら走ってくる。


「タいらンとろア」


 光り輝く魔法陣から魔術が放たれる。二メートルほどの光弾が凄まじい速さで真紅の瞳の少女に襲い掛かる。


「キャハハハハハハハハハハハハ」


 真紅の瞳の少女は黒煙が集中した左腕に力を込めて、魔族の両腕を破壊して胸部に強烈な一撃を喰らわしたエイダンの気功術と同じ動きをした。迫りくる光弾に対して、必殺技と呼べる気功術を打ち放った。

 その一撃は凄まじい破壊力があり、光弾が四散していく。


「ガアあああアアああアアアあああ」


 真紅の瞳の少女が放った一撃は、光弾だけでなく魔族にも襲い掛かる。魔力が無くなりかけている魔族には防ぎようがなく、魔族の体が破裂する。

 飛び散った肉片が蒸発していき、魔族の頭部が地面に転がる。魔族が視線を石像のような岩に向けた。


「アあァ……ゴめん……なサイ……ミンなを……マモ……れなカっ……」


 涙を流して蒸発していく魔族の頭を真紅の瞳の少女が笑いながら踏み潰した。


「アヒャヒャハハハハハハハハハハハ」


 魔族の肉片が蒸発していく際に発せられる光の中で、発狂したかのような少女は心底楽しそうな甲高い笑い声をあげ続けた。

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