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第三十ニ話 覚悟

 魔族から離れたところにいるフィルスが膝をついた。


「フィルス、大丈夫ですか?」

「ふっ、ふふ……終りだ。もう終わりなんだよ」

「何を言っているんですか?」

「魔族とエイダンの声が聞こえなかったのか? あぁ、人族だもんな、お前はさ。ふっ、はは、この岩がよぉ、封印された魔族なんだってさ」

「えっ、そんな……これが……」

「疑うのか? こんな状況で嘘なんか言うか、ってか無闇やたらに触んじゃねぇよ。魔族が怒り狂ってこっちに来るぜ」

「す、すまない」

「いや、もう魔族と戦えるやつはだれひとりいねぇんだから関係ないか。皆あの魔族に殺されるんだ……」

「えっ? ね、ねぇ、ステフちゃんは……」


 うずくまって泣き続けていたキアラがすがるように聞いた。


「魔族の攻撃受けたっぽいから死んだんじゃね? 声も何も聞こえねぇからな」

「うう、うわああぁあぁああ」


 キアラが甲高い声をあげて再び泣き始めた。


「フィルス、いい方ってものがあるだろ!」

「あ? もうどうでもいいだろ。どうせあの魔族に殺されるんだ」


 ブレインがフィルスの胸ぐらを掴んだ。


「君ってやつは!」

「何だよ、さっきまで老犬のように震えてたくせに! あぁ、肝心な時は怯え震えてるだけじゃねぇか、テメェに何が出来んだよ!」

「…………」


 ブレインは何も言えずにフィルスから視線を外した。


「手ぇ離せよ」


 下を向いてブレインは手を離した。キアラはうずくまって泣き続け、フィルスは膝をついたまま呆然と闇を見つめている。


 ブレインは考える。フィルスが言った事は的を得ており、自分は何も出来ずにただ守られて生きてきた。誘拐された時、魔獣と戦った時、そして今……

 このまま何も出来ずに魔族に蹂躙されていいのか……

 何か自分が出来ることは無いのか……

 暗闇の中、ブレインは自問自答を繰り返し、覚悟を決めた。


「なぁ、フィルス……フィルス? おい、フィルス!」

「チッ、何だよぉ」

「銀の精霊が一つしかないが、フィルスは今、銀の精霊術をどの位まで使える?」

「はぁ、何で言わなきゃいけねぇんだよ」

「頼む……」


 ブレインの真っ直ぐな目を向けられ、フィルスは思わず答えた。


「どの位って……普段通りだ」

「え?」


 フィルスは肩の上で銀色に光る球体に触れた。


「こいつだけなんだよ……銀の精霊は。どこに行ってもこいつ以外は見たことねぇんだ。だから銀の精霊術なら普段通り使えるんだよ」

「そうなのか……それなら」


 ブレインは力を込めて言った。


「フィルス、キアラ! 私に力を貸してくれ!」



 

 


 しばらく泣き続けていた魔族が、ゆっくりと立ち上がりエイダンを見つめる。


「ユル……サない、ゆるサナい、ユルさナい! キさまは、きさマだけハッ!」


 気の力を使い果たして動けないエイダンに向けて、怒り狂った魔族が一歩、また一歩と歩を進める。


「じわジワとナブりごろシテや……」

「うおおおおおおおおおぉぉ」


 ステファニーが風の精霊術を駆使し、疾風のごとき速さで魔族に体当りした。

 魔族が倒れて呻き声を上げている間に、ステファニーはエイダンの元に向かった。


「ステファニー、生きていたのか!」

「ちょっとばかしおねんねしてました。ふっ、お母様が見てたら二度とおねんねしないように死ぬより辛い訓練を考えそうね」


 ステファニーは母親であるソフィアの厳しい訓練を思い出した。

 肺や内臓が破裂しても、光の精霊術で治しながら訓練した辛く苦しい日々。その訓練があったからこそ、今こうして立っていられる。ステファニーは心の中で母親に感謝した。


「エイダン先生、まだ戦えますか?」

「ああ。だが、気の力を全て使い果たしていて……お前の盾になるぐらいしか出来ないな」


 ステファニーは血の付いた口元を手で拭う。


「それなら私の勇姿を見ていて下さい! うおおおおおおおおお」


 体中の痛み、精霊が少ないせいで全力を出し切れない不安、魔族という醜い化け物に対する恐怖、自分が死んだら残されたキアラ達が殺されてしまうという重圧感、これらの負の感情を全て吐き出すかのようにステファニーは叫んだ。その声は轟然たる爆音のごとく暗闇の中に響き渡り、離れた場所にいるキアラたちにも届いた。


「ステフちゃん……、ステフちゃんの声だ! まだ生きてる、生きてるんだよ! ブレイン君、さっきの話だけど私やる、ステフちゃんを助けたい!」


 先程までブレインの話を聞いても何も反応しなかったキアラが、息を吹き返したかのように目を輝かせながら言った。


「ええ、彼女を助けに行きましょう。フィルスは……」


 ブレインとキアラがフィルスを期待を込めた目で見つめる。


「チッ、わかったよ。やりゃぁいいんだろ、やってやろうじゃねぇか」

「フィルス!」

「ありがとう! フィ、フィル……君」

「あぁ? テメェ、人の名前ぐらい……」

「おお、フィルスよりフィルっていう呼び名のほうが良いな。私も今度からフィルって呼びますね」

「テメェもこんな時に何言ってんだよ。ったく、さっさと行くぞ!」


 松明の光から遠ざかり闇の中に飛び込んでいくフィルスの後を、恐怖で怯え震える心を抑え込んで覚悟を決めた表情しているブレインと、ステファニーを助けたい気持ちとユナの敵を取りたいという想いで険しい顔をしたキアラが追いかける。


 その二人とはうってかわって、フィルスは笑みを浮かべてる。その笑みは狂気じみたステファニーの笑みとは異なり、フィルスが今まで一度もしたことがない柔らかな微笑みだった。死地に向かっているのにも関わらず、フィルスは温かく穏やかな気持ちになっていた。


 七年間という長く短い人生の中で、フィルスは一度も人を信頼したことがなかった。スラム街の捨て子として育ったフィルスは、銀の精霊に愛されるまで、人々から差別・侮蔑されていた。

 見知らぬ人がストレスの捌け口として幼いフィルスを蹴飛ばしたり、同年代の一般家庭の子供たちが動物を追い払うかのように汚れた格好をしたフィルスに石を投げて来たり……フィルスは一度たりとも人として扱ってもらえていなかった。

 クズ・ゴミ・汚物という意味である『フィルス』という言葉を何度も投げかけられ、幼いフィルスは自分の名前がフィルスなんだと思い、『フィルス』と名乗るようになる。

フィルスが物心ついた頃、『フィルス』の本当の意味を知った。クズ・ゴミ・汚物……それらはまさに人ではない自分に合った言葉だと考え、ずっと『フィルス』と名乗っている。

 銀の精霊に愛されてから人扱いされても、時には誉めそやされたりしても、フィルスの心には何も響かなく、全ての人を恨み辛み、憎んでいた。


 精霊学校に通って数ヶ月、面倒を見ていたスラム街の孤児たちに似たブレインとつるんでいたが、フィルスはブレインを信頼していなかった。フィルスにとってブレインは初めての友と言えるかもしれない存在である。しかし、自分とは住む世界が違うブレインが、いつの日か他の人々と同じように自分をあの差別的な目で見てくるのではないかとフィルスは疑っていた。そのため、自分が他人を信頼すること一生涯はないだろうとフィルスは思っていた。


 だが、その思いはたった一言の言葉で打ち砕かれた。笑みを浮かべながら、フィルスはブレインの言葉を思い出す。

 

「この作戦はフィルス、君にかかっているんだ。私はフィルスがやってくれる……出来ると信じている」


 フィルスはふっと笑い、小さな声で信じているという言葉を何度も口にする。人生の中で誰一人からも投げかけられたことがない言葉だった。

 ブレインにその言葉を言われた時、心が温かくなり、ブレインの想いに応えたいとフィルスは思った。


 ブレインの無謀ともいえる作戦が成功しようがしまいが関係ない。自分を信じてくれたブレイン、クズという意味の『フィルス』の名前を一回も口にしなかったキアラ、気に食わないが一度も差別的な視線や態度をしなかったステファニー、こいつ等の為に自分の持てる力を全て出し切ってやる。その結果、死んだとしても構わない……

 

 フィルスはそう考えながら、笑みを浮かべて魔族がいる方に走っていく。

 

 心を覆っていた憎しみという名の帷が取り払われ、初めて人を信じたフィルスに呼応するように銀の精霊が強く輝き始める。

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