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第三十一話 絶望

「チュオンまでも……」

「何ボケっとしてるんだ、気を練ろっ、モーリス!」

「もう私達しかいないのよ! 戦う気がないなら子供達を連れて逃げて」


 モーリスは歯を食いしばり、弱気になった己を奮い立たせた。


「まだ戦う、戦える! ここであの魔族を確実に倒さないとっ!」


 三人は互いの距離を確認しながら魔族を探した。暗闇の中、遠くから子供達の泣き声と叫び声が聞こえてくる。それ以外の音は三人の呼吸音だけだった。魔族が息を潜んで機会をうかがっている気配を感じる。モーリスがゆっくりと歩を進めた時、大きな音をたてながら大地を蹴り一気に距離をつめた魔族が闇の中から現れた。


 爪のない歪な大きい手が空気を引き裂きながらモーリスに襲いかかる。モーリスは魔族の攻撃を捌ききれず、左の前腕の骨が見えるほど肉を抉られた。


「うぅっ!」


 魔族がさらに追撃を仕掛けてくる。力任せに腕を振り回す魔族の攻撃をモーリスは避けるが、風圧で飛ばれて作りかけの石像のような岩にぶつかる。


「がっ……うぅ」


 後頭部から血を流し、岩に背をつけてずるずると崩れ落ちていくが、モーリスは右手で岩を掴んで立ち上がろうとする。


「ガあアあああアアぁァァ、キサまァァ!」


 魔族が叫びながら近付いてくる。

 

「ケがすナ、ソコからはなレ……」

「はあっ!」


 モーリスだけを見ていた魔族はエイダンの飛び蹴りに気付かなかった。エイダンの蹴りが魔族の脇腹に突き刺さり、魔族は崩れ落ちて左腕と両膝を地面につける。しかし、魔族の右腕がエイダンの足を掴んでいた。


「しまっ……」

「ぐオオおおォぉぉぉ」


 唸り声を上げる魔族がエイダンを振り回して地面に叩きつけ、手を離した。地面が割れ、叩きつけられた反動でエイダンの身体が宙に浮く。


「がはっ」

 

 無防備のエイダンへ拳を振り下ろそうとしている醜い魔族の背後に一つの赤い光が急速に近付いて来た。


「あはははははははははっ!」


 赤い光は黒い煙を纏ったステファニーの煌々と輝く紅い左眼だった。


 ステファニーが笑いながら魔族の背中を両腕で叩きつけた。地面に伏した魔族の後頭部をステファニーは何度も殴る。殴る度に地面に亀裂が走り、ステファニーの拳に銀色の液体がついては蒸発していく。


「あはっ、あはは、あははははははは」

「グごガアあぁぁァァァ」


 魔族が無理やり立ち上がるとステファニーは飛び退けてエイダンの側に寄る。


「大丈夫ですか?」

「はぁはぁ、ステファニー、助かった。感謝するがお前は逃げろ」

「ふはははは、何を言っているんですか、こいつから逃げ切れるとでも? ふふっ、ふふふ、私は逃げて死ぬより戦って名誉ある死を選ぶわ! あははははは」

「……すまん」

 

 エイダンは小さな子供に死を覚悟させて戦わせるほど追い込んでしまった自分の不甲斐なさを悔やんだ。


「あはっ、謝る必要なんてないですよ……戦いは私とって必要な事だから」


 嬉々とした様子で答えたステファニーは魔族を見つめる。


 モーリス達から魔族を引き離すために、アメリアが魔族と交戦している。しかし、精霊が少ないこの場所では分が悪かった。水の精霊の淡い光がアメリアを照らすが、その表情には余裕がなく険しいものだった。

 このままではアメリアが危ないと感じたステファニーとエイダンが参戦するが、事態は改善されなかった。


 魔族の大振りの攻撃は一撃でステファニー達を死に至らせる威力がある。そのため、三人は攻撃を避けることで精一杯だった。


「グおおオオうゥゥ」

「ぐっ、このままでは……」

「ジリ貧ね……」

「きゃははははっ、いい、いい、あはははは」


 魔族と三人が戦っている様子をモーリスは思うところがあり観察していた。魔族の傷口から流れ出す銀色の液体が蒸発する際に発せられる光とアメリアが操る精霊の光のおかげで、暗闇の中でも細かい動きが見える。

 魔族が豪快に腕を振り回しているが、急に動きが一瞬だけ止まった。その隙をエイダンは見逃さず、左脚を踏み込み腰を回して左手で魔族の脇腹を叩いた。


「グごオォぉッ」


 魔族が膝を付くとすぐにアメリアとステファニーが攻撃を加える。さらにエイダンが魔族の顔面を殴り、細く鋭い歯が三本折れた。口と身体から銀色の液体が流れ出して蒸発している。


「グううウゥゥ……、オオおオオぉ!」


 三人を追い払うように魔族が腕を振り回し、三人は素早く魔族から離れて距離をとった。

 それを見ていたモーリスはあることに気がついた。魔族がデタラメに腕を振り回しているように見えるが、とある場所には手が当たらないようにしていることに……。


「そういうことか……」


 血を流し汗だくのモーリスは笑みを浮かべてつぶやいた。攻撃を受けて気が立っている魔族にモーリスは気配を消して静かに近づいていく。


「ふゥ、フぅぅ、フぅ……ウおおオオォぉぉ」


 叫びながら魔族が精霊の輝きに照らされたアメリアに向けて上から叩きつけるように右手を振り下げた。アメリアは攻撃を避けたが、振り下ろされた魔族の腕が地面を砕いた。その衝撃でアメリアは体勢を崩してしまった。


「うぁっ」

「グおおオォぉぉ」

 

 魔族がアメリアに追撃しようとした時、左後ろから静かに近付いたモーリスが魔族の口の傷口に回し蹴りを食らわした。しかし、気を練っていない攻撃は魔族にダメージは無く、むしろ怒らしただけだった。

 モーリスは素早く後ろに下がる。怒り狂った魔族が四足歩行でモーリスに突進して襲い掛かった。モーリスはその場から動かずに不敵な笑みを浮かべている。

 魔族が勢いをつけてモーリスを叩きつけようとした瞬間、瞳の無い魔族の目が大きく見開き、魔族の動きが止まった。


「やはりそうか!」


 石像のような岩を背にしたモーリスは魔族が立ち止まる事を予測しており、気を充分に練った一撃を魔族の胸に食らわした。


「ウごがアァぁ……がハッ」


 膝をついた魔族が口から銀色の液体を吐き出す。モーリスは背後にある岩を叩いて、勝利を確認したように叫んだ。


「みんな、聞いてくれ! 魔族はこの石像みたいな岩を傷つけないように戦っているんだ! 岩を利用しながら戦えば勝てるぞ。もしかしたらこの魔族が自分で作ったのかもな。 ハッ、いっちょ前に芸術家気取りか? このクソ野郎!」

「キサまアああァァぁぁァッっッッ」


 魔族が怒り狂ったように叫び、モーリスを睨んだ。その様子を見た三人はモーリスの発言が本当だと思えた。


「よし、モーリスの言うとおり岩を利用して戦ってみるぞ!」

「ええ」


 怒り狂った魔族がモーリスに近づき攻撃しようとしたが、モーリスは岩に隠れ、魔族の動きが鈍くなる。すぐにエイダン、アメリア、ステファニーが襲い掛かった。打撃を数回当てると魔族から離れ、各々が岩に身を隠した。


「モーリスが言ったことは本当ね、あの魔族は岩を触れないように戦っているわ」

「この調子で行くぞ!」


 岩を利用して何度も同じように魔族に攻撃をした。四人の連携により、皮膚の無い魔族の体から銀色の液体が流れ出している。


「はァ、ハぁ、はぁ、ウうぅゥ」


 苦しそうに息をする魔族を追い詰めているように見えるが、エイダンはこの状況に危機感を抱いていた。

 エイダン達の攻撃は手数が多いが致命傷にはならず、魔族の大振りの一撃は当たれば死は免れないだろう。岩のおかげで優位的に戦えているが、エイダン達は魔族の攻撃を避ける度に神経をすり減らしていた。このまま戦い続けたら、最後に立っているのは魔族だとエイダンは確信して覚悟を決める。


「アメリア、モーリス、ステファニー、魔族を倒すために気を練る。二分間でいい、時間を稼いでくれ」


 エイダンが魔族に聞こえないように小さな声で話した。

 

「エイダン、しくじらないでね」

「頼みます、皆の敵を討ってくれ」

「あははは、ふふっ、エイダン先生、美味しいところは譲るわ。ひゃはははは!」


 黒煙を纏ったステファニーは身長差もあり、先ほどから魔族の足を重点的に攻撃していた。その為、魔族の大腿部が一目見て分かるほど腫れ上がっていた。ステファニーはさらに魔族の大腿部めがけて力の限りの猛攻を加えた。


「ふふ、ふふふっ、あははははは」

「グぎャああアアアぁァァ」


 魔族が悲鳴のような叫び声を上げながら足元のステファニーに向けて右腕を振り下ろそうとした時、魔族の背中にモーリスが掌底を押し込むように叩き込んだ。


「うおおおお」

「グがぁッ」


 魔族が前に倒れ込むが直ぐに立ち上がり、体を捻って後ろにいるモーリス目掛けて左腕を叩きつけようとした時、魔族の脇腹をアメリアが蹴りつけた。


「はっ」

「グぎゃアぁぁ」


 魔族が倒れ込むと、再びステファニーが大腿部を渾身の力で殴り付ける。魔族に反撃の機会すら与えず、ステファニーは持てる力の全てを出し尽くして戦っていた。

 無論、ステファニーだけでなくアメリアとモーリスも死力を尽くして戦っている。三人は理解していた。この魔族を倒す力が自分達には無く、気を練っているエイダンを命懸けで守り抜くことが最善の策であることを……



 魔族から少し離れた場所でエイダンは目を瞑り、自分が理想としている皇帝近衛兵を思い浮かべて右手に体中の気の力を集めている。

 エイダンは魔族討伐を行ったことが今まで三回あった。魔族討伐の場合、基本的には皇帝近衛兵一名と騎士十数名で編成される。公表されていないが、魔族討伐に参加することが本当の意味で『騎士』になるための通過儀礼とされている。

 魔族討伐に参加して、エイダンは魔族の恐ろしさを実感すると共に、皇帝近衛兵の強靭な強さに感銘を受けた。その時からエイダンは皇帝近衛兵を目指して死に物狂いで鍛錬を行ったが、皇帝近衛兵になれなかった。

 しかし、その鍛錬は無駄になることはなかった。一撃のみだが皇帝近衛兵と同等の攻撃を再現出来るようになった。それは全ての気の力を使い果たしてしまうが、まさに必殺技と呼べる気功術であった。


 エイダンの右腕に肉眼でも確認できるほど気が集まってきた。危険を察知した魔族がエイダンがいる方向を向く。


「あアアぁ、クそおぉォォぉぉ!」


 攻撃を喰らいながらも魔族はエイダンがいる方に向かい始めた。


「気付かれた!?」

「邪魔させるかっ!」


 モーリスが後を追いかけた時、魔族は醜い口を歪めて笑みを浮かべた。次の瞬間、魔族は急に振り返ってモーリスに体当りした。


「しまっ……うあああぁぁっ!」

「モーリス、モーリスッ!?」


 吹き飛ばされたモーリスは全身を激しく痙攣させて白目を剥いている。


「クッ、エイダン! まだなの!?」


 エイダンは何も言わずに気を練り続けている。


「ああっ、もう!」


 文句を言いながらアメリアは魔族をエイダンに近付けないよう連撃を叩き込んだ。その連撃に合わせてステファニーも攻撃を仕掛ける。モーリスがいないため、二人は防御をかなぐり捨てて攻撃をひたすら加える。しかし、息もつかせぬ連続攻撃は何時までも続くはずがなく、アメリアの足の力が一瞬抜けた。その隙を魔族は見逃さず、アメリアを頭を握り潰そうと手を伸ばす。


「あっ……」


 アメリアは魔族の醜い手が面前に迫るのを見て、頭の中に過去の記憶が走馬灯のように去来し、自分の死を悟った。


「アメリアッ!」


 声がした方にアメリアが視線を向けると、魔族の側までエイダンが近付いていた。

 エイダンに気付いた魔族が体勢を変えながらアメリアに伸ばしていた手を引き戻し、両腕を交差するように構えて、エイダンの気が迸る右腕の攻撃を防ごうとする。


「くらえええええぇぇぇ!」


 エイダンの右腕は魔族の両腕を粉々に弾き飛ばし、魔族の胸部に強烈な一撃を喰らわした。蒸発していく大量の銀色の液体を巻き散らしながら魔族は吹き飛んでいく。石像のような少し小さい岩に魔族の巨体がぶつかり、岩が粉砕しても勢いは止まらなかった。さらに後方の十メートルを超える巨大な石像のような岩に魔族の体がめり込んで、やっと止まった。

 魔族の動きが止まった瞬間、ステファニーとアメリアの二人は魔族に駆け寄り、砕けた赤銅色の肋骨が見えるほど抉れている魔族の胸部に腕を突き刺した。


「ぐアああアああアアああああああ! ウぉッ、ガはッ……グガああアあああ!」


 銀色の液体を口から吐きながら、魔族は苦しみの声を上げている。

 ステファニーは魔族の胸に突き刺した右腕をさらに奥へと押し込み、アメリアも同様に左腕を押し込んでいく。

 魔族は激痛のあまりに金切り声のような悲鳴を上げる。二人はその声に負けないほど大きな声で叫ぶ。


「うあああぁぁぁ、くたばれぇぇっ!」

「あははは、さっさと、死ね、死ねっ、死ねぇっ! あはははははははは!」


 エイダンの一撃で魔族を倒すことが出来なかったものの、両腕が無くて胸部が抉れた状態の魔族に攻撃出来るという千載一遇の好機を二人は見逃さなかった。

 二人は魔族の胸部に突っ込んだ腕を動かしていく。手を魔族の体の内部で動かすたびに、魔族が悲鳴を上げて痙攣している。

 魔族の体がビクっと大きく動いた時、体中の傷口が光り始めた。魔族の傷口が急速に回復し、腕の肉が膨らんで再生していく。光の精霊術の比ではない回復力にステファニーは笑う事すら忘れ、必死に魔族の体内に腕を深く押し込んでいく。


「グああアあアアアああアぁァぁァァァ」


 悲鳴を上げる魔族が手首近くまで再生した左腕でアメリアとステファニーを振り払った。直撃を受けたアメリアは血反吐を撒き散らしながら宙を舞い、アメリア越しでも凄まじい衝撃を受けたステファニーは気を失いながら吹き飛ぶ。二人が鈍い音を立てて地面に落ち、身動きひとつせずに横たわっている。ステファニーの体から出ていた黒い煙は消え失せていた。


「アメリア、ステファニー……」

「グがァ、ハぁ……はァ……、ううウ、はァ……ハぁ……」


 二人の名前を呼んだエイダンは気の力を使い果たし、立っていることすらままならい状態だ。それに対して、魔族は肩で息をしているほど疲労しているが、完全に肉体が修復している。めり込んでいた巨大な石像のような岩から魔族が少し離れ、振り返って膝をついた。


「アあッ……うゥ……ウッ、アァぁぁ……ウああアあアアあああアアアアぁ……ううゥッ……あああアアああアああアアアアッ!」


 悲痛な叫びを上げる魔族は両腕を巨大な石像のような岩に向けて、涙を流し始めた。


「アああぁ……ゴめんなサイ、ごめンナさい、ゴめンナさイ、ゴめんナサい! うゥゥ、でルバーとにイさんをマモれナくて……アウぅうゥアアあ、うあァ」


 嗚咽で体が震えている魔族がゆっくりと動き出し、粉々になった少し小さい岩があった場所に重い足取りで近づいて行く。


「ウぅッ、うゥ……グっ……うあァ……、ゴめん、ごメんよ、ホンとウにごめン」


 泣きながら魔族は小さい岩の破片を集め始める。


「やサシくてかわイカッたアイリーん、ごメんよ。オにイちゃンがヨワくて……。ガイそウもナくて、コンな、こんナ、ヨわイからダで……イツも、いつモみんナにマモられて、タスけらレテイたのに……うぅウッ……ウう……」


 魔族は岩の破片を優しく握り締め、目をつぶり泣き続けた。魔族の悲痛な声が暗闇と静寂の中に飲み込まれて消えていく。


「オれガヨわいセイデ……ウうゥ……オれは……おレは……、セイれいのフウイんがトケるマデ……うッ……ウぅ……みんナを、かぞクをマモるこトさえデキないノか! クそ、くソ、くソッ、クそっ、くソおおオオオおおォォぉぉォ!」


 魔族が腹の底から怒りの声を発した。


 魔族の声を聞いていたエイダンは全身が震え、歯がカチカチと鳴るほどの恐怖に打ちのめされていた。


「そんな、まさか……ここにある岩全てが……」


 明かりがない暗闇の中、見えるはずが無いのにエイダンは辺りを見渡す。


「封印された魔族だというのか!?」

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