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第三十話 暴虐

 巨大な生物の怒号が大気を震わせた。立ち上がった巨大な生物は身長二メートル三十センチを超える。八十センチほどの短く太い足が異常に発達した上半身を支えている。腕は足と同じぐらい太くて異様なほど長く、威嚇するように手を広げている。巨大な生物が叫び終わると口を閉じ、一呼吸置いてから再び口を動かし始めた。


「ワレはおウなリ わレがツむぎダすコとバハせカイのコトわリ」

「なに、詠唱だとっ!」


 エイダンとアメリアは目を見開き驚愕した表情を浮かべ、エイダンは全員に聞こえるように叫んだ。


「お前ら、逃げろおおおぉぉ! こいつは魔族だ! アメリア、オレとお前は時間稼ぎするぞ!」


 エイダンとアメリア以外の全員が『魔族』という言葉に困惑した。魔族は数千年前に精霊王に封印されたと言われる伝説上の生き物であり、一般的には実在しないと考えられている。しかし、その一般常識は間違ったものだと直ぐに気付くことになる。数名の命と引き換えに……


 巨大な魔族の前に一メートルほどの幾何学模様の魔法陣が浮かび出る。


「ワれにサカらイしシレもノに わがイコうをシめせン」


 魔法陣がまばゆい光を放つ。エイダンを睨んでいた巨大な魔族は急に向きを変えて、ステファニーたちの方を向いた。


「タイらンとロあ」


 光り輝く魔法陣から魔術が放たれた。一般的な魔獣が放つ数センチほどの光弾とは異なり、巨大な魔族が放った光弾は二メートルほどの大きさだった。光弾は凄まじい速さでステファニーたちに襲いかかる。


「みんな、私の後ろに!」

「避けてえぇぇぇ!」


 アメリアが悲痛な声を上げて避けるよう指示したが、ローラは七つの風の精霊の力を使って淡い薄緑色の障壁を作り出した。クライヴとモーリスとユナが子供たちに覆い被さるように地面に伏せる。


 とてつもない威力の光弾が飴細工を砕くかのように障壁を打ち破り、立ち尽くしているローラを消し飛ばした。その光弾は伏せているクライヴたちの僅か上を通り過ぎていく。


 クライヴが顔を上げてローラがいた場所を見ると、大腿の半分より下の足だけが残っていた。


「あああああああああ、ローラァァァァァァ!」


 クライヴは取り乱しながらローラの二本の足を抱き締め、叫び続けた。モーリスとユナはその光景を見せないように子供たちを抱き締めている。

 

 巨大な魔族は四足歩行で素早く駆け寄ってくる。エイダンとアメリアが後を追うが、魔族のほうが速い。

 モーリスとユナは子供たちを抱えて離れていくが、クライヴはローラの足を抱えたまま動かないでいる。


 魔族がクライヴの前で止まり、見下すかのように顔を近づける。

 クライヴは兜の目の隙間から四つん這いの醜い魔族を憎しみを込めて睨みつけた。


「きぃさまあああああああぁぁぁぁぁぁ」


 巨大な魔族は右腕を地面から離し、クライヴに向けて振り上げた。

 ローラの足を抱きかかえていたクライヴの身体は血の入った革袋が破裂するかのように砕け散り、血と肉片と粉々になった鎧があたり一面に飛び散った。


「クライヴッ、クライヴ! クソォォォォォォ」


 抱きかかえていた子供たちを地面に置いて、モーリスは叫びながら魔族に立ち向かった。大振りの大剣が魔族の腕に当たるが、傷一つつけることが出来ない。モーリスは精霊術の扱いが苦手なため、普段はローラに精霊術で武器防具を強化してもらって戦っていたが、彼女は魔族に殺されてしまった。そのため、今はただの鉄の大剣で斬りつけるしかなかった。

 モーリスは再度大剣を振るうが、魔族が軽く左腕で払うと大剣が粉々に砕け散った。


「ぐっ、クソォ」


 魔族は左腕でモーリスを叩き潰そうとしたが、追い付いたエイダンが魔族の脇腹を中段回し蹴りで蹴り飛ばした。


「グゴガァァァァァ」


 魔族は叫び声を上げながら横に吹き飛んでいく。


「大丈夫か、モーリス! お前は子供たちを連れて逃げるんだ」

「断る! ローラを、クライヴを殺されたんだ。あのクソ魔族をブッ殺してやる」


 礼儀正しかったモーリスが汚い言葉を吐き、兜と鎧を脱ぎながら吹き飛んだ魔族に向かっていく。


「チッ、ユナとチュオンは子供たちと一緒に逃げろ」

「はい」

「いえ、オレも一緒に戦います」


 チュオンはエイダンに反抗して魔族に向かっていった。


「おいっ、チュオン! ユナ、お前はわかってるな」

「はい。みんな、魔族のいる反対側から逃げるわよ」


 ブレインとフィルスとユナの左腕に抱かれたキアラが頷く。松明を持ったユナの右腕で雑に抱えられたステファニーは頷く代わりに顔が歪むほどの笑みを浮かべた。


「私も戦うわ! あんな強い魔族と戦えるなんて、まさに運命! フフハハハハハ」

「何言ってんの、この問題児は? 駄目に決まってるでしょ! コラッ、暴れないで。キアラちゃんごめんね、下に降ろすわよ。みんな私に付いて来て」


 ユナは両腕で暴れるステファニーを強く抱き締めながら子供たちを連れて逃げ始めた。


「うおおおおおぉぉぉぉ」


 モーリス、チュオン、エイダンの三人が怒涛の勢いで魔族に攻撃を仕掛ける。アメリアは後方から精霊術を使っているが、精霊が少ないせいで大した威力も出せずにいた。ダメージを与えられないと悟ったアメリアは手袋に強化の精霊術をかけながら気功術を駆使して決死の覚悟で魔族に挑んだ。

 四人の猛攻に魔族は防戦一方で後退していく。モーリスとチュオンは手応えを感じ、追撃の手を緩めずに魔族を追い詰める。


 しかし、エイダンとアメリアは違う考えだった。モーリス達の攻撃は当たっているがエイダン達の攻撃はいなされていて、魔族を追い詰めているようには思えず、魔族が意図的に威力の弱いモーリス達の攻撃を受けているように感じられた。エイダンとアメリアは魔族の動向を探るために攻撃をやめて距離を取ろうとする。


「何かおかしい、魔族から離れろ」

「いや、倒せる、倒せるぞ! クライヴ達の敵を、取るんだ!」

「ああ! たたみかけるぞ!」


 怒りに身を任せ、モーリスとチュオンが攻撃を続けた。チュオンが上段前蹴りで四つん這いの魔族の顔面を蹴り上げ、仰け反ってガラ空きになった魔族の胸にモーリスは渾身の力を込めた掌底を喰らわせた。

 激しい音と共に魔族が勢いよく後ろに吹き飛んでいく。


「今のは……」

「モーリス、止めを刺しに行くぞ」


 モーリスは違和感を覚えて右手を見つめる。先程の掌底は空を切るような感じがして、魔族がわざと攻撃を受けて距離を取ったのではないかとモーリスは考えた。


「チュオン、待て!」


 モーリスが叫んだが、チュオンは魔族に向かっていく。


「はゼロ ハぜろ きんダんのカジつがジュくしテハゼるカノごトく」

 

 暗闇の中、微かに見える魔族の前に魔法陣が現れる。魔法陣の光が魔族の顔を照らす。魔族が勝ち誇ったように邪悪な笑みを浮かべていた。


「ソのミを」

「うおおおおおおお」


 チュオンは雄叫びを上げて突っ込んでいく。詠唱を止めなければ自分が死ぬと本能的直感で理解していた。


「さらケだセ」

 

 チュオンの面前で完成した魔法陣がまばゆい光を放つ。あまりのまぶしさにチュオンは目を閉じたが、そのまま魔族に拳を突き出した。しかし、チュオンの拳は魔族に当たることはなかった。


「なっ……」


 魔族は強靭な脚力で跳躍し、魔法陣を明後日の方向に向けた。宙に舞いながら魔族が力を込めて叫ぶ。


「エるプティおぉォ」


 魔法陣から赤黒い閃光が放たれる。三十センチ程の閃光が激しい熱風を孕みながら一直線に進んでいく。閃光の進む先にあるものは、壁に沿って逃げているユナと子供達だった。


 ステファニーを抱えたユナが先導し、フィルスとブレインと少し遅れているキアラが後を追いかけている。

 斜め後方から放たれた魔術が向かって来ていることにユナ達は気付かなかったが、ステファニーだけがエルフ耳で空気を震わす異常な音が凄まじい速さで近付いている事に気付いた。


「危ないっ! 魔術が……」


 ステファニーが警告してる最中、閃光が放つ赤黒い光がユナ達を照らす。驚愕した表情を浮かべたユナは抱えているステファニーと松明を投げ飛ばした。


 一番後ろで走っているキアラめがけて魔術が近付いてくる。目前に迫る魔術にキアラが死の恐怖を感じた瞬間、ユナがキアラを押し飛ばした。キアラはユナを見る。

 ユナがゆっくりと優しい笑みをキアラに向けた時、赤黒い閃光がユナの胸部に当たり、上半身が飛び散った。血肉に混ざった骨の破片がキアラの顔や体に突き刺さる。


「あっあ……うあああああ! ユナさん、あああああああああ……うっ」


 ユナが投げ出した松明の微かな光がユナの残った下半身とちぎれた右腕を照らしている。それを直視したキアラは先程食べた食事を吐いた。


「うげぇっ、うぉぇおお、げほっ」

「おい、大丈夫か!」

「大丈夫ですか?」


 キアラと同じようにユナの血肉と骨の破片を浴びたフィルスとブレインがキアラに駆け寄った。


「うぅっうう、ユナさんが、ユナさんが……。ああぁ、魔族が本当にいるなんて……うわぁぁぁ」


 キアラは発狂したように叫び出した。その声は離れたエイダン達にすら届き、チュオンはユナが死んだことを理解した。


「貴様あぁぁぁ! よくも、よくもっ」

「うアはハハはハは、ダれもココカらだサナい。ダれひとリモな……」


 魔族の声が暗闇の中から聞こえ、エイダン達は理解した。魔族はこの場所から誰も逃がすつもりはなく、わざとモーリス達の攻撃を受けながらユナ達を探して魔術を放ったと……


 チュオンは勝てないと頭で理解していたが、魔族に対する怒りが彼の身体を突き動かした。


「クソおおおおおおぉ……」


 明かりがない中、チュオンが魔族の声がした方に叫びながら突進したが、魔族の腕の一振りでチュオンの胴体は二つに別れた。


「アハははハハハはハハははは」


 魔族の愉しそうな笑い声が響き渡る。その笑い声を聴きながら、ステファニーはゆっくりとユナの遺体にゆっくり近付いた。

 

「ユナ、ありがとう。キアラを助けてくれて……。誰が何と言おうと貴方は立派な戦士よ」


 ステファニーが慈しみにあふれた眼差しをユナに向ける。普段のステファニーとは打って変わって威厳のある雰囲気を醸し出している。その表情を見たフィルスは危機的状況にも関わらず見惚れてしまった。

 フィルスの隣でキアラの背中を擦っていたブレインが急に震え出し過呼吸になる。


「はぁはぁっ、うぅっ、はぁ、はぁっ」

「おいブレイン、どうした?」


 フィルスが心配そうに声をかける。ブレインの見つめる先には、身体から黒い煙が立ち上り、片方の瞳が紅く染まり始めたステファニーがいる。ユナを見つめていたステファニーはキアラとブレインに視線を向ける。目が合ったブレインは誘拐された時の狂気に満ちたステファニーを思い出し、意識を失いそうになる。倒れそうになったブレインを支えたフィルスにステファニーが話しかける。


「フィルス、キアラとブレインを守ってあげて」

「はぁ、何言ってんだよ」

「お願い……」

「ステファニー、テメェ何するつもりだ」


 ステファニーは優しい笑みをフィルスに向けるだけで何も言わない。フィルスがさらに話しかけようとするとステファニーは背を向けて走り始めた。雄叫びを上げてステファニーは闇の中に消えていく。歪んだ笑みを浮かべ、黒煙を纏いながら……

 

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