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第ニ十四話 皇帝

 城を案内されてステファニーとキアラは気づいたことがある。それはこの国の住人が露出が多いということだった。中には下着みたいな服装の人もいて、目のやりどころに困ることもあった。


「アメリア先生、何でこの国の人達はこんなに露出が多いんですか?」


 ステファニーは純粋に思ったことをアメリアに質問した。キアラとブレインも同じ疑問を持っていたので、アメリアを見つめた。


「やっぱり気になった? よく聞かれるのよね。獣人族は気功術が得意な人が多くて、鍛え上げた肉体を見せつけたい人が多いのよ。精霊術で強化出来る服を嫌って、洋服を着るのは弱い奴のすることだと言う人もいるわ。そういう人は全裸に近い格好をしてるのよ。さすがにそれはどうかと思うけどね」

「ああ、納得できました。私のお父様も鍛えたカラダを見せつけたくて、ちょくちょく半裸で歩いてたりするので」

「あら、ライリー様ってそういうタイプなんだ。だからステファニーちゃんはこの国の人々見ても平気なのね。ブレイン君とキアラちゃんは慣れるのに時間がかかりそうだね。フィルス君は……うん、通りすがる人をいちいち睨みつけるのはやめよっか」


 二時間ほど城内を案内してもらったが、増築を繰り返しているため建物の間取り等を無視した場所が多い。エイダンが未だに迷子になるのは仕方のないことだとステファニーたちは思った。


「これで城の案内は終わるけど、さすがに覚えられないわよね。でも安心して。案内図はいろんな所にあるから、これをちゃんと見れば迷子にならないわよ」

「オレはそれでも迷子になることがあるがな」

「この筋肉ダルマは放っておいて、そろそろグレン様に謁見しに行きましょうか」

「やった、ステフちゃん。やっと会えるよ。あ〜もう楽しみ」

「やっと元気になったね、キアラ。さっきまでずっと下ばっか見てるんだもん。もしかしたらグレン様も皆と同じように裸のような格好かもよ」

「やめてよ、ステフちゃん。うぅ、グレン様もそうなのかな」

「きっとそうだと思うよ」


 しばらく歩くと謁見の間にたどり着いた。そこはかなり広い空間で調度品等はなく、床は土がむき出しになっている。そこはまるで室内の訓練場のようだった。部屋の真ん中辺りにライオンのような金色の長髪と耳と細いしっぽがある半裸の獣人族が仁王立ちしていた。

 ステファニーがその姿を見たとき、ライリーとソフィアを彷彿とさせる凄みを感じた。獣人族の男の肉体は限界をはるかに超えて鍛え上げられており、筋肉を極めた人の到達点と言えるほどの力強さと美しさが備わっている。体につけた装飾品の輝きが霞むぐらい美しい肉体だった。ステファニーは尊敬の念を抱き、羨望の眼差しを向け立ち尽くしていた。


「あのお方がグレン様よ」


 アメリアの言葉に反応したキアラとブレインが膝を突こうとしたらエイダンが手を取り立ち上がらせた。


「謁見の間は皆が平等で、身分も関係なく対等に語り合える場所なんだ。跪く必要はないぞ」

「え? そうなんですか」

「ええ、そうよ。人族の礼儀作法と違いすぎてびっくりするでしょ」

「はい……違うとは聞いていましたがここまでとは」


 ブレインとキアラは若干困った顔をしたが、グレンを直視したキアラは急にうっとりとした顔になった。


「はぁぁ、豪傑の野獣グレン様に会えるなんて……幸せ」

「この歳になっても女性からそういう言葉を投げかけられると男冥利に尽きるな」

「子供相手に何言ってるんですか、グレン様」

「そういうな、嬉しいと感じたから言ったまでだ。さて、お前たちが精霊に愛されすぎた子供たちだな。俺様はグレン! フェルサ帝国の皇帝で、そして精霊騎士でもあり、獣人族のトップに君臨する漢だ! お前たちを歓迎するぞ」


 受け入れるかのように手を広げた姿の雄々しさに圧倒され、教師を除く四人は無言でグレンを見つめ続けた。


「ふむ、何か反応してくれないと寂しいぞ。ステファニー、お前とは赤ん坊の頃会ったことがあるんだが覚えているか」


 話しかけられたステファニーは我を取り戻し、心を落ち着けさせるために一回深呼吸をして話し始めた。

 

「赤ん坊の頃お会いしていただきありがとうございます。さすがにその頃は覚えておりませんが、お父様とお母様から色々聞いております。今日お会いできたことを光栄に思います。そして……どうやったらそこまでの肉体を作り上げることができるんですか!? その方法を教えてください、知りたいです! お願い。ね、いいでしょ。あと戦いたい! 今からやろう、ここって訓練場みたいだから出来るでしょ?」

「ステフちゃん!? 何言ってるの、だめだよ」


 冷静に話をしようとしていたが感情を抑えきれず、ステファニーは興奮しながらまくし立てるように言った。

 キアラは焦っているが、教師二人とグレンは笑みを浮かべている。

 

「ライリーから聞いてた通りの娘だな、面白いやつだ。ふむ、戦闘狂ってやつか……。では、今から戦ってやってやろう! エイダンが謁見の間は対等に語り合う場だと言っていたが、正しく言うと拳と肉体で語り合う場なんだよ」


 グレンの全身の筋肉が膨れ上がり、戦闘態勢に入ったことは明らかに分かった。ステファニーは歪んだ笑みを浮かべ、大きく息を吸って叫んだ。


「うおおおおおおおおおおおお」


 獣のような咆哮にグレン以外の五人は驚き、眉間にシワを寄せる者や戸惑う者や怯える者もいた。


「あはははは、グレン様、ふふふ……」


 ステファニーは手を握りしめ、体中を気功術で強化した。心拍数が上がって全身の血が煮えたぎるかのように熱くなり、ステファニーも臨戦態勢に入った。


「さあ全力でかかってくるがいい」

「あはははははははは」


 笑いながらステファニーはグレンに向かっていた。百九十センチを超えるグレンに対してステファニーの身長は百二十二センチだ。このまま殴っても、ゆったりとしたズボン越しでもわかるほど太い大腿四頭筋か男の急所ぐらいしか殴れないため、ステファニーは風の精霊術で勢いを増しながら飛んだ。

 グレンはニヤつきながらその場から一歩も動こうとしていない。ステファニーが渾身の力でグレンの顔を殴った。鈍い音が謁見の間に響き渡る。


「いい拳だ、攻撃系の気功術をちゃんと使えてるな」


 微妙だにもせずグレンはそう言うと、蚊を追い払うかのようにステファニーの体を叩いた。凄まじい勢いでステファニーは部屋の端まで吹き飛ばされた。

 

「おお、今の感触……防御系の気功術も使えるのか。お前本当に七歳か? 今すぐ俺様の部下として雇いたいぐらいだ」


 グレンは笑みを浮かべながらそう言うとキアラ達の方に顔を向けた。


「どうした? お前たちもかかってこい 。キアラ、お前はグレディル、ソフィア、ライリーからかなり見どころがあると聞いてるぞ。ブレイン、怯えているのか。男だろ? 獣人族の少年よ、俺様を倒したらこの帝国の長になれるぞ。さあ、来るが良い、お前たち!」


 ステファニーを心配していたキアラは覚悟を決めてグレンに襲いかかった。


「ステフちゃんの敵とります、とりゃあぁ」


 キアラの渾身の一撃がグレンの腹に直撃したが、一歩もその場から動くこともなく涼しげな顔でキアラを見つめた。

 

「うむ、良く練られた気功術だな。ライリーたちが褒めるわけだ」


 グレンは手首のスナップだけでキアラを吹き飛ばした。


「ん、さすがにまだ防御系の気功術は使えないか。さて、いつまで寝ているんだステファニー」

「くはははははは、グレングレン! いい、いい、あんた最高だ。はははははは」


 再びステファニーがグレンに攻撃を仕掛け始めた。その間、フィルスはブレインを観察していた。

 グレンの言うとおりブレインは体を震わせながら怯えていたが、グレンに怯えていたわけではない。ブレインの視線の先にいる人物はステファニーだった。彼女を見つめるブレインの目から絶望と恐怖を感じ取ることができる。

 隣にいたフィルスはブレインの目がスラム街で面倒を見ていた孤児たちと似た目をしていることに気がついた。スラム街で迫害されていたフィルスにとって孤児たち以外は全員憎たらしい敵で、王族のブレインなんかまさに憎むべき相手だと思っていた。

 だが彼の目を見ると、自分たちと同じく何かしらの辛い目に遭っていたのではないかと思った。ほんの少しだけだが、スラム街の孤児たち以外で初めて親近感がわいた。

 

「危ないから少し下がってろ」


 フィルスはブレインにそう言うと、ステファニーと戦っているグレンに向かって走り始めた。フィルスが指に力を入れると鋭い爪が三センチ伸びる。背後に回り、ステファニーの攻撃をグレンが受け止めた瞬間、背中を鋭い爪で引っ掻いた。

 その攻撃で傷ついたのはフィルスの爪だった。欠けた爪もあれば剥がれてしまった爪もあり、フィルスは苦痛の表情を浮かべている。痛がっているフィルスをグレンは足についた砂を払うかのように蹴った。フィルスは勢いよく吹き飛び、壁に叩きつけられた。


「ほぅ、お前も防御系の気功術が少し使えるのか」


 フィルスは立ち上がり、再度グレンに向かっていく。ステファニー、キアラ、フィルスの三人がかりでもグレンに傷をつけることができない。次第に三人は精霊術を多用しながら攻撃を仕掛けていくが、グレンの服を汚すだけで鋼のような肉体にダメージを与えることができず、逆にキアラとフィルスが倒されてしまった。


「さて、そろそろ終わりにするか」


 グレンはステファニーの顔を右手で掴んでいる。ステファニーはその手を引き離そうと暴れているが、グレンは気にもしていない。


「最後まで攻撃を仕掛けてこなかったな、ブレイン」


 グレンはブレインを見つめながらそう言うとステファニーを地面に叩きつけた。ステファニーはゆっくりと立ち上がりながらグレンを睨みつける。


「くははは、まだだ……。まだ戦える」

「こう見えても俺様は忙しいんだ。また今度戦ってやるよ、お前が力を使いこなせるようになったらな」


 含みのある言い方にステファニーはグレンが黒煙のことを知っていると気がついた。


「むぅ、約束ですよ。絶対だからね」

「ああ、俺様は約束を破ったことがない漢だ」


 二人のやり取りを泣き出しそうな様子でブレインは眺めている。誘拐事件のあと、ブレインは精神的に苦しめられていた。

 何とか通常の生活ができるまで回復したが、今回はトラウマの元凶であるステファニーの笑いながら戦う姿を見て、深紅の瞳を輝かせて笑いながら誘拐犯たちを惨殺したおぞましい姿を思い出してしまった。

 あの日の出来事はブレインに影を落としていた。

 

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