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第ニ十ニ話 新たな旅路

 ステファニーは目を覚ますと、右手が柔らかく暖かい物に包まれてる感触がした。その感触を味わっていると心まで暖かくなる感じがして、再び眠りに落ちそうになった。


「ステフ、目が覚めたの?」

「ステフ! 痛いところあるか? 大丈夫か?」


 両親の心配そうな眼差しを見て意識が覚醒していく。先ほどまで父親と戦っていたのに、今はベッドで横たわり両親に看病されている。手が暖かさを感じたのはソフィアは優しく手を握っていてくれたからだろう。


「一体何が……」

「覚えていないのね、体は大丈夫?」

「ええ、どこも痛くないわ」

「そう、良かった。ところで、あなたがライリーと訓練してたのは覚えてる?」

「あ……う~ん……途中までは覚えてるんだけど……」

「ダークネスアンジュレーションが発動してからは覚えていないってことか」

「ダ、ダークネスアン? え? お父様何言ってるんですか?」

「あなた……」


 ステファニーとソフィアは蔑んだ目でライリーを見つめた。


「黒煙って呼び方は安直すぎるだろ、あんだけ凄い力ならダークネスアンジュレーションって呼び名が合うだろ」

「……お父様、私は黒煙の方がいいです」

「そんな……こんなにカッコいい呼び名なのに……」

「ライリーは放っておきましょう。ステフ、黒煙を身に纏っていたこと覚えていないのよね」

「はい、お母様」

「実はね 、あなたが黒煙を出し始めたとき左目から赤くなっていったのよ」

「赤く? 目が充血したってこと?」

「いいえ、言い方を間違えたわ。あなたの蒼い瞳が赤く染まったの。それと同時に、黒煙が出始めたのよ」

「赤い瞳……」


 ステファニーが身体を震わせながら呟いたため、ソフィアはそっと手を肩に置いた。


「ステフ、こわが……」

「かぁっこいいいいぃぃ!」

「え?」

「赤い瞳カッコいいでしょ、何かこう狂戦士って感じで!」


 ソフィアは眉間にシワを寄せ額に手をあてて、ため息をついた。


「あぁ、ライリーのダメなところがステフにも……」

「ステフ、カッコいいぞ! 瞳の色が変わるなんて超カッコいいぞ! 羨ましい限りだ」

「フッフーン」


 胸を張って得意がるステファニーとしたり顔のライリーを嗜めるようにソフィアは咳払いをした。


「ン、ンッ! そんなことより黒煙の話の続きをしましょう。私はステフに今後二度と黒煙を使ってほしくないわ」

「ええ!? 何で、お母様? 何でダメなの? ねぇ、何で?」

「ステフ、落ち着け。オレもお前にはダークネ……ン、ンッ、黒煙を使ってほしくないんだ。アレは危険すぎる」

「そんな……」

「お前はなぜここで治療を受けていたか知ってるか?」

「……」

「我を忘れてお前は戦い続けたんだ。どんなに傷ついても……まるで相手を殺すか自分が死ぬまで戦い続けるかのようだった」


 前世では傷を負おうが骨折しようが戦い続けたため、何がいけないのかステファニーは理解できなかった。


「そんな目で睨まないでくれ、お前を止めるために雷の精霊術を使ったんだが……自分がやったこととはいえ、愛する娘の焼け焦げた姿を見たとき、二度とこんな姿を見たくないと思ったんだ。ソフィアがいなかったら治すことも出来なかったんだぞ」

「そうよ、ステフ。黒煙を身に纏ったときのあなたは明らかに異常だったわ。親としては制御できない力は使ってほしくないの」

「制御……制御出来たら使っていい?」


 ライリーとソフィアは視線を合わせ、二人して少し困った顔をした。


「まぁそう言うと思ったよ。ソフィアと事前に相談していてな、お前はきっと黒煙を使いたがるって」

「そう、だから条件付きなら使っていいことにしようと思うの」

「お父様、お母様! ありがとう! で、条件付きって何?」

「オレとソフィアがいるときにしか使わないことと、精霊学校に通うまでに黒煙を制御することだ」

「それまでに制御出来なかったら二度と使ってはダメよ」


 ステファニーは目をつぶる。この黒煙と呼ばれる力を身に付けることこそ、神々が自分をヴァルハラではなくこの世界に送り込んだ理由だと思った。目を開けて、ステファニーは力強く答えた。

 

「はい! 絶対に制御してみるわ! 毎日付き合ってくださいね、お父様、お母様」


 この日以降、ライリーとソフィアとの訓練が始まった。ライリーの訓練は厳しかったが何とか耐えることができたが、ソフィアの訓練は地獄だった。

 殴られて内臓が破裂し悶絶していても「光の精霊術で治せるから大丈夫」と笑顔で言うソフィアを見て、毎日訓練に付き合ってと言ったことをステファニーは後悔した。前世で何度も死線を越えてきたが、ソフィアの訓練はそれを遥かに越えるほど酷い訓練だった。

 あとからリゼットに聞いた話によると、ソフィアは騎士見習いの訓練のときも同じようなことするらしい。死より恐ろしい訓練が三ヶ月ほど続いた。


 精霊学校に通う日まで二ヶ月切った時から、ウィルとマーカスとリゼットとステファニーの四人で合同訓練が始まった。

 訓練は四人がかりでライリーに雷の精霊術を使わせるまで追い込むという内容だった。ウィル達の訓練にもなるし、黒煙を使った状態でも連携が取れるか見定める意図もある。

 ウィル達との共闘でステファニーが気付いたことは、おそらく黒煙を使ってもウィル達には敵わなく、現世ではまだまだ自分が弱い戦士であるということだった。

 結局、ライリーに雷の精霊術を使わせるほど追い込むことが出来ずに精霊学校へ行く日を迎えることになった。


 

「ステフ、しばらく会えなくなるな……本当に寂しくなるよ。出来れば行って欲しくないんだが」

「ライリー、別れが辛くなるからそれは言わない約束でしょ。私だって同じ気持ちなんだから……」

「お母様、お父様。私も離れたくない……です。だけど……最近は精霊学校で色んな事を学びたいって気持ちも……」

「ええ、その気持ちは大切よ。様々な国で色んな体験が出来るわ。それは必ず将来の宝物になるのよ。ステフ、向こうに行っても元気にしてね。愛してるわ、ステフ」


 ソフィアは涙ぐみながらステファニーの頬にキスをした。


「お母様、私も愛しています」


 同じくステファニーもソフィアの頬にキスをした。互いに見つめ合っているとステファニーは感極まって涙が溢れ出しそうになった。ステファニーが泣き出しそうなのを我慢していると、ライリーが優しい声で話しかける。

 

「この五ヶ月間ほどよく頑張ったな。けど、黒煙を完全に制御することは出来なかった。 約束覚えているな」

「はい……」


 返事をした後、顔を下に向けてステファニーは無言のまま自分の足元を見つめた。


「だが、お前の努力の甲斐もあって、ある程度は使えるようになったよな。だから、片目だけ……」

 

 ステファニーは顔を上げ、目を大きく見開いてライリーを見た。


「片目だけスーパー・ブラッド・イーヴィル・アイにな……」

「お、お父様? スーパーブラッド? え、何言っているんですか?」

「あなた……こんな時にそれはないと思うわ」


 ステファニーとライリーは冷たい目でライリーを睨んだ。


「い、いいじゃないか。赤い瞳になる現象にはまだ名前つけてないし、カッコいい名前じゃないか」

「お父様、正直カッコいいとは思えないわ。それよりも! お父様が言おうとしていたのは片目だけ赤い瞳になる状態だったら黒煙を使ってもいいってことですか!?」


 鼻息を荒くして捲し立てるように言うステファニーにライリーは圧倒された。


「あ、ああ。片目が赤い瞳になる程度だったら黒煙を制御できているか……」

「やったぁーーーーー! ひゃっほーい」

「はぁ、ちゃんと最後まで聞いて欲しいんだが、全く誰に似たんだか」

「回りが見えていないところはあなたそっくりね」

「いや、若い頃の君に似てると思うんだが」

「……私がもう若くないって言いたいの? ねぇ……」


 笑みを浮かべながら聞いているがソフィアの目が笑っていなく、ライリーはしどろもどろな言い訳をした。


「いやいやいや、違う違う! そういう意図はないって、君は……え~と、素敵だし綺麗だし、まだ若いと」

「まだ!?」

「いやいや、違う、あれ? 違わない? あぁ、もう……ステフ、ステフ聞いてくれ」


 額に青筋を立ててるソフィアから逃げるかのようにライリーはステファニーに話しかけた。


「さっきも言ったように片目が赤い瞳になる状態までなら使っていいが、それ以上は絶対ダメだからな。いいか、なぜお前だけが黒煙を使えるか分からなかったし、身に過ぎた力はお前自身に害を与える可能性がある。分かるかい?」

「はい、お父様と……特にお母様に思い知らされました」


 訓練を思い出し、ステファニーは青ざめた顔でソフィアを横目で見た。


「あら、私何かしたかしら? そうだステフ、私からも忠告することが一つあるの。私が教えたアレは出来るだけ使わないようにしてね。どうしてもって時は、身体への負担が大きいから黒煙を纏って使うのよ」

「アレを使うような状況にはならないから心配しなくて大丈夫ですよ、お母様」

「ん~、ステフは喜んで厄介ごとに首を突っ込んで行く感じがするんだけど」

「あははは」

「もう、笑って誤魔化さないの。本当に心配してるのよ」


 三人の会話の中に、執事のリアムが心苦しそうに話しかけてきた。

 

「旦那様、奥方様、申し訳ございませんがそろそろ出発する時間です」

「もうそんな時間か。ステフ、体調に気を付けて向こうで色んなことを学んでこい。暇を作って様子を見に行くからな」

「ちゃんとごはん食べてよく寝るのよ。いつもみたいにお腹を出して寝ちゃダメだからね」

「もう、お母様ったら」

「ふふ、元気でね。いってらっしゃい」

「はい! お母様、お父様、行ってきます!」




 


 馬車に揺られながら遠ざかる屋敷を眺めていると前世の記憶が鮮明に蘇ってきた。兄と仲間達と共に故郷を離れ、まだ見ぬ土地に思いを馳せて大海原に乗り出した日を。

 出港するとき、戦場で死ねず生き恥をさらしながら老いた父親が恨めしそうな目で睨んできた。激励の言葉はなく、姿が見えなくなるまで呪うかのように「お前らは戦士じゃない、エインヘリャルになれるわけがない」と呟いていた。そんな事を言う父親と住んでいた自宅を船上から眺めても何の感情も沸き上がってこなかった。

 前世とは違い、現世で住んでいた屋敷を眺めているとステファニーの心に言い知れぬ静かな哀愁が込み上がってくる。


「お嬢様、寂しいのですか?」

「ええ、そうね。家族と離れるのがこんなに心を惑わすとは思わなかったわ」

「お嬢様……」

「大丈夫よ、リアム。私ね、精霊学校楽しみなのよ。キアラもいるし、今は色んな事を学びたいと思ってるの。そしてね、お父様とお母様に会うとき、自信満々に私は強くなったって言いたいの」

「お嬢様なら強くなれますよ。それにしてもお嬢様らしいですね、強くなったって言いたいなんて。そこは成長した私と言って欲しかったです。立派な淑女になる為のマナーもちゃんと学んできてくださいね」

「もう、リアムったら。私は淑女じゃなくて立派な戦士になりたいって何回言えば分かるの」

「はぁぁ、精霊学校に通わせるのが急に不安になってきました」


 頬を膨らましてるステファニーと不安がっているリアムを乗せている馬車は駆けていく、獣人の代表国であるフェルサ帝国に。

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