第ニ十一話 黒煙
「手が治って良かったな」
「よく頑張ったわね」
「おめでとう、ステフちゃん」
「お父様、お母様、キアラ、ありがとう」
ステファニーの腕は指先まで全て再生しており後遺症もなかった。皆の前で左手を強く握り締め、完治したことを見せつけた。
「ふっ、完全復活ってことか」
「はい、お父様。完全復活です」
手を腰にあて、胸を張っているステファニーの様子が可愛くて皆の頬が緩む。
「完全復活したステフにね、私とライリーからプレゼントがあるの」
「え、うそっ本当!? やったぁ!」
「ああ、本当だとも。リアム、持ってきてくれ」
声をかけられたリアムが一メートルほどの木箱を持ってきた。
「うわぁ~、何かな何かな、箱の中身はなんだろな~」
「さ、開けてみて」
「はい」
木箱の中を見たステファニーが喜びのあまり奇声のような甲高い声を出した。あまりの喜び具合にライリーとソフィアは声を出して笑った。
「ねぇ、ステフがそれを持ち上げた姿見てみたいわ」
「はい、お母様」
ステファニーは震える手で木箱に入った物を握ろうとした。木箱に入った物とは、全長八十センチのショートソードで柄と鍔には美しい装飾がなされている。前世と現世の中でもここまで素晴らしい剣を手にしたことはなかった。柄を握り締めて、ステファニーにとっては大きすぎる剣を持ち上げた。
「うはぁぁぁ」
光に照らされて輝くショートソードの刀身を見て、ステファニーは感嘆の声をあげる。
「似合ってるわよ」
「ちょっと大きすぎるがステフなら扱えるだろ」
「ありがとうございます! お母様、お父様! いっぱい使って色んなもの斬って斬って斬りまくります!」
「ええ、ばっさばっさと斬り捨てていきなさい」
「剣もそんなふうに使ってもらったら喜ぶだろう、ちゃんと使い潰してやれ」
「はい!」
ライリー一家のやり取りを見ていたキアラは、普通は大切に扱うって言うんじゃないのかなと少し引きながら思った。
「あのね、ステフちゃん。実は私からもプレゼントがね、あるの」
「えっ!? キアラも?」
「う、うん」
事前にリアムと打ち合わせをしていたので、キアラが視線で合図するとリアムが布に包まれた六十センチほどの円盤状の物を持ってきた。
「ステフちゃん、これは私からと言うよりはおじいちゃんからのプレゼントなの。でもね、ちゃんと私も一緒に選んだ物だから」
「ええぇ!? グレディル様から!」
ステファニーは喜びのあまりに耳をピクピク動かし、剣を持ちながらキアラに近づいた。
「きゃー、ステフちゃん、危ない。剣が近い、近すぎるよ」
「ああ、ごめん、ごめんね。で、これ開けてもいい」
剣を持った手を後ろに回し、鼻息を荒立たせ興奮している。
「う、うん。良いけどちょっと落ち着こう」
「うん、わかったわ。何かな何かな~。キアラとグレディル様のプレゼントは何だろなぁ~」
「全然わかってくれてない」
ステファニーは剣を置いて、布を取っていくと金属が見えてきた。笑みを浮かべ、耳がピクピク動く。布を全部剥がすと、そこには上品さと重厚感のある円盾があった。薄い鋼で覆った木製の盾は軽く、子供でもに扱いやすいように作られた特注品だった。
「うわぁぁ、ありがとうキアラ! 大好き!」
思わずステファニーはキアラに抱きついた。
「ふぁぁ、ス、ステフちゃん!?」
「まぁ、この子ったら。ふふ。キアラちゃん、ステフに素敵なプレゼントありがとう。グレディル様にも感謝の意を伝えといてね」
「グレディルのじい様も随分良い盾寄越したな。ちゃんと感謝しろ、ステフ」
「うん、キアラありがとー」
「ステフちゃん、嬉しい気持ちは分かったから。あぅ……恥ずかしい」
顔が真っ赤になったキアラはステファニーのなすがままに抱きしめられている。その様子を温かい眼差しで見つめていたライリーがキアラに話しかけた。
「キアラちゃん、明日はステフと一緒に訓練するか?」
最近はキアラはステファニーの元に訪ねる度に、ライリーとソフィアから訓練を受けていた。キアラは戦闘の才能があるらしく、二人は嬉々として指導している。キアラの祖父グレディルに訓練の話は伝えているが、両親には内緒にしている。
「ライリー様。お誘いは嬉しいのですが、明日の早朝にはここを出発しないといけなくて」
しゅんとした表情を浮かべるキアラの頭をライリーは優しく撫でた。
「そっか、また次の機会にしよう。そうだ、ご両親にバレないよう部屋で鍛練出来る方法を紙にまとめて渡すよ。次に来るまで鍛えときな」
「はい! ありがとうございます」
頬を赤らめて返事をする仕草はまるで恋する乙女のようだった。
「キアラ、お父様はそんな憧れる人じゃないわ。年がら年中お母様とちちくり合っているのよ」
「ちょっ、ステフ!? お前何いってんだ!」
顔を真っ赤にしたキアラは下に顔を向け、ライリーは焦った声を出した。
「本当の話でしょ」
ステファニーはそっぽを向き、口を尖らせた。
「まぁステフったら、ライリーにキアラちゃんが取られると思ったのかしら。ふふ、嫉妬してるステフも可愛いわね」
「お母様! 違います、嫉妬なんかしてません」
「ふふ、そうかしら」
「お母様~」
皆で他愛の話をしたあと、ステファニーとキアラは一緒のベッドで寝ながら語り合った。最近読んだ本で何が面白かったとか精霊学校ではどんなことを学べるのかなど様々なことを話し、いつの間にか二人は眠りに落ちた。
次の日、キアラを見送ってからステファニーとライリーとソフィアは訓練場にいた。
昨日とは打って変わって真剣な顔つきでライリーはステファニーを見つめている。
ステファニーは唾を飲み込み、手に持った木剣を強く握りしめていた。
「ステフ、お前が大怪我を負った件だが、オレにも責任があると考えている」
「いえ、違うわ。私が無茶をして」
「確かにお前の無茶な行動が主な原因だが、オレが言いたいのは黒い精霊の件だ」
ステファニーは黙り込んだ。黒い煙を纏ったことは全く覚えておらず、覚えていたのは炎の剣で斬られたところまでだった。
「黒い精霊のことを調査していたが分からず、それ以上何もしていなかった。いや、見て見ぬ振りをしていたんだろう。選定儀式のときに見た黒い煙を纏った精霊はあまりにも異様な雰囲気だったからな……」
ライリーは目を伏せ、一呼吸置いてから頭を下げた。
「本当にすまなかった。オレがもっと真剣に黒い精霊……いや、黒い煙について調べておけばあんなことには」
「お父様!? 何をいってるんですか? 頭を上げてください」
「優しいな、ステフは」
ライリーはステファニーに近づき、左手で頭を撫でた。
「この前、王都でブレインから何が起きたのか聞いてきたんだ。その内容をオレの師匠に話したんだが、結論から先に言うとな、黒い精霊は存在しないんだ。あれは黒煙に囚われた精霊なんじゃないかって思ってる」
「黒煙?」
「そう、ステフは覚えていないかもしれないが、身体中から黒煙があふれでたそうだ。そして、精霊たちは悲鳴をあげながら黒煙に包まれていったらしい。つまりだな、黒煙はお前自身の力なんだと思っている」
ステファニーはゆっくりと目を伏せて、木剣を握りしめている自分の手を見つめた。
「私の……力?」
「そうだ、お前の力だ。とはいっても黒煙が何なのか分かってないんだがな。そこでな、オレからの提案なんだが、黒煙の力を使いこなしてみないか?」
「使いたい! 使いこなしてみたい!」
「ステフならそういうと思ってたよ」
「お父様はこの力の使い方知ってるの?」
「いや、すまん。全く知らん。そこは手探りでやっていくしかないな。今わかってることは黒煙状態になるとお前は圧倒的に強くなるってことと、我を忘れて暴れちゃうってことぐらいか」
「むぅ~」
ステファニーは不貞腐れるように口を尖らせる。
「あははは、そんな顔するな。実際にあの時のことステフは覚えていないんだろ。自分の出来ること出来ないことをきちんと理解するってのも重要だぞ」
「はい……ごめんなさい、お父様」
「よし、いい子だ。一応確認なんだがステフが黒煙を出したことがあるのは選定儀式のときとブレインを助けたときの二回で間違いないな」
「ええ、この前のことは覚えていませんが二回で間違いないと思います」
「そうか、黒煙を出したステフの状況を考えたんだが、一回目の選定儀式の時は極度の緊張状態、もしくは興奮状態だったと想定できる。二回目は命の危機に瀕した時だ。だから……」
ライリーはステファニーの元から離れていき、振り返って木剣を突き付けた。
「全力でかかってこい。オレが振るう剣を木剣だと思うな」
ステファニーに向けてた木剣を斜め横に振り下ろすと、地面が轟音とともに大きくえぐれた。
「…………」
ステファニーは目を見開き口を大きく開け、何も言葉を発せなかった。父親が何を言っているのか理解できなかったし、精霊術を使わずに木剣を振っただけで地面がえぐれる父親の強さに驚愕していた。
「何をボーとして突っ立てる。こい!」
「いやいやいや、お父様? 急に何言ってるんですか? 冗談では……」
ライリーの目を見ると、冗談ではなく本気であることが読み取れた。少し離れているソフィアに顔を向けると、いつになく真剣な表情をしている。自分のために両親が話し合いの末に決めたことだと気付いた。
ステファニーは大きく息を吸って吐いた。
父親の胸を借りれるのであれば、自分の持てる最大限の力を出し切ろうとステファニーは心に決めた。
再度大きく息を吸って止めた。
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉ」
ステファニーは腹の底から負の感情を吐き出すかのように雄叫びを上げた。
ライリーは微妙だにせず見据えている。叫び終えたステファニーとライリーの視線が交わる。
「ふふ……うふふ……ふははははは! お父様、全力で行かせていただきます!」
ステファニーの周りに十七つの光輝く球体が現れ、木剣や服に精霊の力が流れ込む。素早くライリーの懐に入り込み、木剣を横腹に向けて振り上げた。
「あはははははは」
「っと、いい攻撃だ。この早さ、気功術も使えるようになってるな」
ライリーは後ろに下がりながら木剣を弾く。弾かれた勢いで体勢を崩したステファニーは赤く輝く球体を二つ呼び出し、炎を放つ。
ライリーが木剣を横に振り、剣の風圧で炎がかき消える。ステファニーの戦い方にライリーは思わず笑みを浮かべた。
「やるな! ステフ」
「はははは、お父様お父様、お父様! あはははははは」
息つく暇も与えず攻撃を続けるが、涼しい顔でライリーは全ての攻撃をいなしていく。
「いいぞ、全ての動きが滑らかに繋がっている。ちょっと気になるのは笑い続けてるとこか」
「あははは、お父様! ふふふ、これが、ふははは、私の戦い方だぁ」
飛び上がり頭上からの大ぶりの一撃をステファニーは放った。ライリーが受け止めようとした瞬間、重心の乗ってる軸足の地面が窪んでバランスを崩した。それはステファニーが使った土の精霊術だった。
「もらったぁ!」
如何に強い父親であろうともバランスを失った状態であれば全体重をかけた一撃を防げるはずがない。それでも体勢を崩しながらライリーは木剣で受け止めようとする。木剣と木剣がぶつかり合った瞬間にステファニーは勝ちを確信した。
だが、その確信は一瞬の瞬きの間に消え去った。
何故ならライリーが気功術を使って肉体を強化し、ステファニーの渾身の一撃を防いだからだ。
そのままライリーは力ずくでステファニーを吹き飛ばした。地面に転がったステファニーにライリーは一瞬で近付き、追撃を加えた。
「うごぉぁ」
ライリーの一撃でステファニーは二十メートル以上吹き飛ばされたが、すぐに立ち上がり剣を構えた。
「はぁはぁ……ふふ、ふふふ…はぁはぁ……あははは」
「さっきの攻撃は良かったぞ。ただ、まだ防御の気功術は使えないか」
「あはは、あははは! お父様、お父様は……やっぱり最高っです! きゃははははは」
「お、おぅ」
前世よりも強くなったと自負していたが、父親の足元にも及ばないことが分かり、ステファニーは気分が高揚してきた。精霊術を多用しながら木剣を振るい続ける。
「攻撃が鋭くなってきてるが、まだ黒煙は出ないか。なら……」
攻撃をいなしていたライリーが攻めに転じた。一撃一撃が鋭く重たく、木剣で防いでるステファニーの腕が痺れていく。
猛攻を捌き切れなくなったステファニーの身体に、容赦なくライリーが振るう木剣が襲い掛かる。
「ぐっ……ふへ、ははは、あはははははははは」
骨の髄まで痛みが響き渡るライリーの攻撃を何度受けようとも、ステファニーは笑い続けて木剣を振るう。全身に流れる血が沸騰しているかのように熱く、ステファニーは身体中から力がみなぎってくるかのように感じた。
「ん……そろそろか」
戦いながらライリーはステファニーの一挙手一投足を見逃さないほど観察していた。激しい興奮状態で痛みをあまり感じていないように見え、さらにステファニーの左目の蒼い瞳が徐々に赤く染まっていく。身体から少しずつ黒い煙が出てきた。
「あと一押しだな」
「はは、ヒィキャハハハ、あははは、ヒャハハハハ!」
ライリーはより速くより強く攻撃を浴びさせていく。木剣を通して手に伝わる感触で、ステファニーの身体から出る黒い煙が攻撃の威力を軽減させていることが分かる。その黒い煙がステファニーの身体から大量に出てきた。
「キィヒヒヒ、ヒャハッ、アヒャハハハハハハ」
ステファニーの両目が煌々と赤く輝き、身体中から黒い煙が溢れ出て、ステファニーは雄叫びをあげる。
「ウオオオオオオオォォォォ」
ライリーは眉間にシワを寄せ黒煙を見つめた。ステファニーの周りにいた精霊は悲鳴をあげながら黒煙に包まれていく。その様子を見ているとおぞましさと嫌悪感を抱いてしまった。黒い煙に完全に覆われた精霊は悲鳴を止め、ステファニーと同じく発狂しているように思えた。
「ヒヒィ……フヒヒヒ……ヒャハハハハハハハ」
狂気じみた笑みを浮かべたステファニーが黒い煙に覆われた木剣を握りしめてライリーに襲い掛かった。
木剣が交わった瞬間、このままでは木剣が折れると判断したライリーは攻撃を受け流し、腹に一太刀与えた。しかし、黒い煙に防がれて木剣がステファニーを傷つけることはなかった。
「なにっ!? 想像以上に硬いな」
「アヒャハハハハハハハハ」
発狂しているかのように見えるステファニーだが、剣さばきは乱れていなく、むしろ研ぎ澄まされていた。
「凄いな、やっぱり黒煙って呼び方じゃなくてダークネスアンジュレーションって呼び方が合ってるな!」
「キャハハハハハハハ」
「ん? 何かバカにされてるような感じが……」
ステファニーの絶え間ない攻撃をライリーは全て受け流している。ステファニーは黒煙に包まれた精霊術も混ぜて攻撃していたが、ライリーに一撃も与えられなかった。
「なるほど、精霊術も格段に威力が上がってるな。ダークネスアンジュレーションについてある程度分かったから……そろそろ終わりにするか。ステフ、聞こえているか? ステフ!」
「フヒャハハハハハ、アハ、フハハハハハ」
「やっぱりダメか、仕方ない」
ステファニーが手を振り上げた瞬間にライリーは目にも止まらぬ速さで斬りつけた。木剣は黒煙を切り裂き、ステファニーの腕をへし折った。前腕の真ん中が折れて曲がってはいけない方に向いているが、ステファニーは木剣を落とさず握りしめていた。
「これでもう戦えな……おっと」
「フヒヒヒヒ、アハハハハハ」
ステファニーは笑みを浮かべたまま折れた腕で木剣を振り続けた。
「痛みすら感じてないのか!? チッ、厄介だな。それなら……」
ライリーは一気に間合いをつめ、剣先をステファニーの鳩尾に押し込んだ。ステファニーは数メートル吹き飛ばされたが、直ぐに立ち上がりライリーに襲い掛かる。
「くそっ、これでも気絶しないのか。オレを倒すまで戦いを止めないつもりか? このままじゃらちが明かない。仕方ないか……、ソフィア!」
二人の戦いを見守っていたソフィアはライリーと視線が合うと真剣な表情で頷いた。
「ステフ、先に謝っておく。ごめんな」
ライリーは攻撃を受け流してステファニーの背後に回って距離を取る。ライリーの周りに五つの火花を散らす淡く光輝く球体が現れた。ライリーが左手で指を鳴らすとステファニーの足元が光り、髪の毛が宙に浮くようにふわりと逆立った。そして次の瞬間、ステファニーの身体を稲妻が貫いた。
「ウガアアアアアアア……ウウウ……フフ、フフフフ、フアハハハハハハハ、キャハハハハハハハ」
最初は苦痛の叫び声を上げていたが、途中からステファニーは稲妻に包まれながらも笑い始めた。皮膚が爛れていき、焦げた匂いが漂ってくる。
ライリーは沈痛な面持ちで二十を越える雷の精霊を呼び出して、桁違いの稲妻をステファニーに浴びせた。
けたたましい轟音が鳴り響き、辺り一面が白い光りに覆われた。稲妻の中心地には身体の至るところが焼けただれたステファニーが横たわっていた。地面は黒く焦げ、身体から黒煙が消えた代わりに白煙が上がっている。




