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第十九話 黒を纏う者

「早く依頼主にそのガキをわたしちまおうぜ。ったく、胸くそが悪くなる仕事だったぜ」


 リーダーらしき男は自分とは違い将来有望な少女の命を奪ったことに少し罪悪感を抱いていた。


「誰かリックウッドを担げ、足を切られてるんだ。あと例のガントレットを回収しろ」

「面倒くせえな、こいつも死んどけばオレらの取り分が上がってたのに」

「あはははっ、言えてるな」

「ぐっ……てめえらふざけやがって……」


 誘拐犯たちが話している間、ブレインは傷だらけで横たわっている少女を涙目で見つめていた。自分と同じ年齢ぐらいの少女が懸命に戦ったのに、何も抵抗していない自分に嫌気が指していた。三つの精霊に愛されたはずなのに何故か襲撃を受けた際に精霊術が使えず、何も出来ずに守られているばかりだった。

 護衛の騎士たち、自分を逃がそうと身を呈して守ろうとしてくれた侍女たち、そして今まで会ったこともないのに命を賭して自分を守ろうとしたエルフの少女。彼ら彼女らの事を考えると悔し涙が出てくる。依頼主に渡されて殺されるぐらいなら今ここで抵抗して死を選ぼうとブレインは覚悟を決めた。


 髪を掴まれて無理矢理引っ張られているブレインが暴れようとした時、視界の片隅に微かに動いた少女が見えた。

 少女は右腕をゆっくりと動かして身体を起こそうとしている。ゆっくりと顔を上げる少女の眼とブレインの眼が合う。


「はっ!?」


 ブレインは思わず声を出してしまった。少女の眼は獰猛な野獣の眼に似ており、蒼い瞳が徐々に赤く染まっていく。瞳が赤くなるにつれ、身体から黒い煙が立ち始めた。その黒い煙は炎で焼かれた肉体や焦げた服から出る煙とは異なり、ステファニーの身体にまとわりついている。黒い煙を見ているとブレインはおぞましさを覚えた。

 

 急に精霊たちがざわつき出し、精霊たちの感情がその場にいる人達に伝播する。


「うぉ! 何だ、この寒気は?」

「おい、精霊たちが怯えてるぞ」

「何が起きてるんだ!?」


 精霊たちの影響のため、誘拐犯たちは恐怖の感情で支配され体が震えていた。

 三つの精霊に愛されたブレインは誘拐犯と比べられないほど精霊たちの感情に影響を受けている。今まで何度も精霊たちの感情に左右されることはあったが、ブレインは自我が無くなるほどの恐怖や不安の感情に支配されたことはなかった。全身から汗が流れだし何度も激しく息を吸って吐き、過呼吸になっている。恐怖のあまり涙が溢れだし、自我を失いかけたブレインは引きつり笑いを浮かべる。


「あっ、エルフのガキがまだ生きてるぞ!」

「嘘だろ!? あの傷で?」

「まさかあのエルフのせいで精霊たちが動揺してるのか?」


 誘拐犯たちとブレインの視線がゆっくりと立ち上がろうとしている少女に集まる。長いプラチナブロンドの髪が少女の顔を隠していた。少女の身体から沸き上がる黒い煙がこの場にいる全員の恐怖心を掻き立てる。

 少女が完全に立ち上がると百を越える光の精霊が現れ、少女を明るく照らす。風で髪がなびき、少女の顔が露になる。瞳の色がほとんど赤色になり、口から泡が混ざった血を垂れ流しながらにっこり笑っている。

 

 その顔を見た者は全員恐怖に駆られて悲鳴を上げた。精霊たちの影響で全員が怯えて動けずに少女を見つめ続けている。


 少女の蒼い瞳が深紅に染まりきったとき、黒い煙が全身から迸り、少女は野獣のごとく雄叫びを上げる。

 周りにいた煌々と輝く光の精霊たちが黒い煙に覆われていく。聞こえるはずのない光の精霊たちの悲鳴が聞こえる。少女の雄叫びと精霊の悲鳴が相まって、この世のものとは思えないおぞましい音を奏でている。

 耳を塞ぐ者もいたが、精霊の悲鳴は心の声であるため否応なしに聞こえてしまう。このまま聞き続けていたら発狂する者もいただろうが、辺りに響いていた少女の雄叫びが止んだ。光の精霊の悲鳴も止み、聞こえてくるのは誘拐犯たちの荒い息遣いと怯え声だけだった。

 少女はゆっくりと口角を上げ誘拐犯たちを見つめる。

 

「ヒヒィ……フヒヒヒ……ヒャハハハハハハハ」


 黒い煙を纏った少女は発狂しているかのように笑い始める。その笑い声を聞くだけで誘拐犯たちは恐怖にすくみあがった。


「キャハハハハハハ」


 少女は笑いながらゆったりとした動きで誘拐犯たちに近づく。恐怖に飲まれた誘拐犯たちは動けずに少女を見ていたが、一人の男が声を震わせながら少女に立ち向かった。


「ふ、ふざけるなぁ、こんな……こんなガキに怯えてたまるかぁ」


 男は手斧で斬りかかったが、斧は少女の身体にあたる前に黒い煙に遮られた。


「なっ、この黒いのは何なんだ!?」


 男は何度も斬りつけているが、黒い煙が手斧を弾いて少女の身体を傷つけることが出来ずにいた。

 少女はゆっくりと右手の拳を握り、男の腹を殴った。


「がぁぁぁ……」


 少女の黒い煙を纏った拳は男の腹を貫通している。手を腹から引き抜く際に、小腸を掴んで引きずり出した。男は苦痛に満ちた悲鳴を上げ絶命する。


「ヒヒャハハハ、フッフフフ」


 握りしめた小腸を投げ捨て少女は走り始めた。長槍を持っている男が少女に向けて槍を突き出したが、少女は飛んで避けて、男の顎に空中回転回し蹴りを食らわした。下顎が吹き飛び、だらしなく舌が垂れ下がり、男は糸の切れた操り人形のごとく崩れ落ちる。


「この化け物め!」


 大型の剣を持った男が力強く剣を振り下ろしたが、黒い煙を纏った少女は折れた左手で剣を弾く。男は弾かれた勢いで後ろに二歩下がると、前後左右の地面から黒い煙に覆われた石の槍が十数本飛び出してきた。男は精霊術と気功術で身体を守っていたが、石の槍は紙を貫くように男の身体を刺し貫いていく。

 少女の近くに黒い煙に覆われた土の精霊が漂っている。


「ギャハハハハ、ヒャハハハハ」

「このクソ野郎!」

「うおおおおお」

「ぶっ殺してやる!」


 三人の男が少女に襲いかかったが、誰一人少女を傷つけることが出来なかった。少女がゆっくり右腕を空に向けてあげると黒い煙に覆われた風の精霊が現れ、少女を中心に黒いつむじ風が発生して三人の男を巻き込む。

 男たちの断末魔の叫び声が響き渡り、黒いつむじ風に赤い血が混ざっていく。残りの誘拐犯六名とブレインは、その様子を怯えながら眺めていた。


 つむじ風が収まると細切れになった肉片と血の雨が辺り一面に降り注ぐ。血だらけの少女は満面の笑みを浮かべ男たちに近づいていく。


「クソッ、クソッ、くそったれー」


 自らを奮い立たせるかのように叫んだリーダーらしき男の周りに八十を越える淡い赤色の球体が現れた。リーダーらしき男が火の精霊術で直径四メートルほどの火球を作り出し、笑っている少女に向けて放った。凄まじい熱量を持った火球が樹木や藪を焼き払いながら少女に向かっていく。

 黒い煙を纏った少女は折れて膨れ上がった左腕で火球を受け止めた。じわじわと黒い煙が火球にまとわりついていく。


「そんな、ありえないだろ!? 何なんだ、あのガキは! うおおおおおおおお」


 リーダーらしき男は先ほどの火球より大きな火球を少女に向けて放った。火球と火球が混ざりあい、激しい爆発を引き起こした。

 爆風で誘拐犯たちとブレインは吹き飛ばされ、軽い火傷を負った。


「うぅ……痛っ……」

「おい、お前何考えてんだよ!? こんな至近距離で大技撃つんじゃねぇ」

「はぁはぁはぁ……、うるせえ! ああでもしなきゃオレらはあの化け物みてぇなガキに殺されてるぞ!」

「それでもやりすぎだろ! さっさとそのガキを依頼主に渡して逃げ……うわあああああ!?」


 先程よりも多くの精霊たちの悲鳴が聞こえ、誘拐犯たちは耳を塞ぎ悲鳴を上げた。精霊たちの悲鳴は心の中に響いているため耳を塞いでも聞こえてしまうが、それでも耳を塞ぎたくなるほどの悲痛な悲鳴だった。

 ブレインは耳を塞ぎ、目を大きく見開き、涙を流しながら爆発が起きた場所を見続けている。燃えさかる炎の中、黒い何かが揺らめいている。その場にいた全員の視線が黒い何かに集まっていく。

 

「うぅ……嘘だろ!? まさかあれを喰らって生きてる何て……」

「じゃなきゃ精霊がこんな悲鳴あげねぇだろ……」

「……化け物だ」

 

 燃えた木々が爆ぜて火の粉が舞う。焼かれた木が激しい音を立てて倒れていく。炎の中、ゆったりと歩を進める少女がいた。黒い煙に覆われた少女の右目が赤く煌々と輝いている。

 少女の顔の左側は皮が剥がれ左耳が無くなっている。頭皮が剥がれ落ち、左目は火傷のため白く濁っている。火球を受け止めていた左腕は上腕の三分の二しか残っていない。それでも少女は笑い続けている……。


「ふざけんな、殺されてたまるか!」


 リーダーらしき男は怯えきった表情で叫び、炎の剣で黒い煙を纏った少女を斬りつけた。炎の剣は黒い煙に遮られ、少女には届かない。何度も何度も攻撃しても黒い煙に炎の剣が弾かれ、リーダーらしき男の顔が絶望の色に染まっていく。少女は焼きただれた顔をほころばせて笑っている。

 少女が右腕だけで抱きつくと、黒い煙を纏った炎がリーダーらしき男を包み込んだ。男の叫び声が聞こえ、そのあとは燃えさかる炎の音だけが鳴り響いていた。


 炎がおさまると、その場に立っているのは笑顔を浮かべている少女だけだった。

 少女の笑顔に恐怖した他の誘拐犯たちは足を切り落とされたリックウッドを置いて逃げ出した。少女が笑いながら逃げ出した男たちに手を向けると、地面から黒い煙を纏った石の槍が飛び出して男たちを串刺しにしていく。


「うう……はぁはぁ……何で……何でこうなるんだよ……くそ……」


 足が斬り落とされ出血も激しく意識が朦朧としているリックウッドは這って逃げようとしている。


「オレが何したってんだよ? はぁはぁ……くそ……あ……ああ……や、やめ……やめろ、やめてくれ!」


 リックウッドの前に回り込んだ黒い煙を纏った少女は笑いながら、地面の形が変わるほどの強さでリックウッドの顔を踏みつけた。リックウッドの体は痙攣を起こしている。少女は何度も踏みつけ、リックウッドの体は動かなくなった。

 少女は高笑いをしたあとに、依頼主と言われていた三十代の男に視線を向けた。その男は最初に現れた場所から一歩も動かず、少し残念そうな表情を浮かべている。


「おやおや、これは失敗かな。撤退した方が良さそうですね。君の事をよく調べてからお母様に報告するとしましょうか」


 依頼主と言われていた三十代の男がそう呟くと、その場から一瞬でいなくなった。少女は首をかしげて不思議そうな顔をしている。しばらくすると少女は笑い始め、火・水・土・風・光の精霊を呼び出した。その数は三百を越え、全てが黒い煙がまとわりついている。


 少女の笑い声と精霊たちの悲鳴が奏でる不協和音がブレインの精神を蝕んでいく。朦朧とした意識の中、少女が笑いながら精霊術で誘拐犯たちの遺体をなぶる姿を見た……

 精霊術で作り出した大きな岩で遺体を潰したり、水で押し潰したり、風の刃で切り刻んだり、火で遺体を燃やしたりしている。少女はまるでおもちゃを手にした子供のようにはしゃいでいるかのようだった。


 遺体をなぶっていた少女が急に笑うのをやめた。ゆっくりとブレインがいる方向に頭を動かしている。

 少女とブレインの視線が合う。少女の狂喜を孕む深紅の眼を見たブレインは恐れのあまり失禁して意識を失った。

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