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第十八話 本当の……

「泣くんじゃねぇ! それでも戦士か!?」


 酒の臭いを漂わせている髭を生やした男が幼い少年を地面に押し付け何度も殴っている。


「うぅぅぅ……やめて、痛いよお父さん……ううぅ」

「そんなんじゃ誇り高き戦士になれないんだよ! クソッ!」


 髭を生やした男は立ち上がり、幼い少年を蹴りあげた。


「うごぉぉぅぅ……ごほっ! あ、ああ……」


 悶絶している幼い少年を置いて髭を生やした男は去っていった。幼い少年はうずくまり泣き続ける。



 夕方、幼い少年は浜辺の岩影に隠れて一人で泣いていた。


「やっぱりここにいたか。大丈夫かって聞くまでもないか……ひどい面だな、早く治療しないと」


 幼い少年の右のまぶたが腫れ、鼻が折れて曲がっている。あざも至るところにできていた。


「うぅぅ……グスッ……ほっといてよ。僕はお兄ちゃんみたいに強くないから……お父さんにとっていらない子なんだ……」

「おいおい、あんな飲んだくれなんか気にすんな。それにな、オレだって最初は弱くて泣き虫で戦うのが怖かったんだぞ」

「嘘だ! お兄ちゃんは子供中で一番勇敢で強くて大人にも勝つぐらい強いじゃん!」

「確かに今は強いぞ。ただ、お前と同じぐらいの頃は泣き虫だったんだ。戦うのが嫌で嫌でよく訓練から逃げ出したりして怒られてたんだぞ」

「え、お兄ちゃんも僕と一緒だったの?」

「ああ、そうだとも! なぁ、強くなりたいか? 強くなりたいならお兄ちゃんがいい方法を教えてやる」

「僕……強くなりたい! 強くなってヴァルハラに行きたい」

「よし、教えてやろう」


 お兄ちゃんと呼ばれた少年はにっこり笑い、幼い少年の頭を優しく撫でた。


「強くなる方法 、それはな……思いっきり叫ぶことだ」

「叫ぶこと?」

「そう、ただ叫ぶだけじゃダメだ。腹の底から痛いとか怖いとか辛いとか嫌な感情を全て吐き出す感じで叫ぶんだ。そしたら残った感情は楽しいって感情だけだろ。そこまで出来たら、あとは笑うだけだ! お兄ちゃんはいつも戦闘で笑顔だろ」


 お兄ちゃんと呼ばれた少年は両手の人差し指で口角を上に持ち上げて笑顔を作る。


「さぁ、叫んでみろ」

「うん! うおおおおおお」


 幼い少年は力一杯叫んだ。


「それじゃ単に叫んでるだけだ! もっと腹の底から嫌だって感情を吐き出すんだ!」

「うわああああぁぁぁ」


 最初は身体中が痛かったが、叫び続けていくと痛みが引いていった。気持ちが高揚していき体に力がみなぎっていく感じがする。幼い少年はさらに叫び続ける。


「そうだ、いい感じだ! 全て吐き出せ!」

「おおおおおおおおぉぉぉ……」


 叫び終えた幼い少年は目をつぶり黙り込む。浜辺の単調な波の音以外何も聞こえないほど静かだった。

 

 幼い少年は目を開き口角を上げ始めた。


「……ははっ……ははは……あはははは! お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

「はははっ、いい笑顔だぞ」

「あは、痛みも怖さも不安すら感じない! ふはは、今なら何でも出来る気がするよ! あははは、お兄ちゃんこの方法凄いよ!」

「そうだろ、これからは毎回叫んで笑って戦うんだぞ」

「うん!」


(そうだ、オレは叫び、笑い続けて戦っていた。ひどい傷を負って危機的状況でも……仲間が殺されても笑い続け戦った。だが、今はどうだ? 素晴らしい両親がいて、裕福な生活が出来て、訓練に適した環境があって……それら全てにオレは甘えてしまって、生ぬるい人生を送っていたんじゃないのか? 泣きながら抵抗も出来ず殺されていいのか? そんな無様な生き様でいいはずがない! 現世で武勲はおろか勇敢な戦いも出来ていないではないか! これではヴァルハラには行けない……昔のように戦うんだ……それが……それこそが……)


 意識がはっきりしてきたステファニーは顔を上に向けた。


「うおおおおおおおおお」


 野獣の雄叫びのような声が森の中に響き渡る。


「ふふ……ふふふ……あはははは」


 ステファニーは目を見開き笑い始めた。


「気でも狂ったか? 可哀想に、殺してやれ」

「ああ、これ以上騒がれても面倒だしな」

「やめろ、彼女は関係ない! お前たちの目的はこの私だろ! やめ……ゴホッ……ぐぐ」


 ブレインが抵抗しようとしたが男に腹を殴られた。


「暴れるんじゃねぇぞ。よく見とけ、お前もきっとこの後殺され……」

「あははははははは」


 ステファニーは男の声をかき消すほど大きな声で笑いながら落ちたダガーナイフを持ち上げる。

 胸に刺さっている槍の柄を斬り落とし、ダガーナイフを持ちながら右手を背中に回して槍を引き抜いた。


「あは……ゴボッ……ふふ……あははは」


 血反吐を吐き、笑いながらステファニーはゆっくり立ち上がる。気が狂っているように見えるがステファニーは冷静で頭は冴え渡っている。

 男たちの中で一人だけ武器を持っていない眼帯男がいた。その眼帯男はピートと呼ばれていた男がつけていた異様にでかいガントレットをステファニーに向けている。おそらく死んだピートから奪い取ったのだろう。


 ステファニーは直感で感じ取った。あれが精霊術が使えなくなった原因だと……

 

 その眼帯男に目掛けてステファニーは突進した。その速度は前世を含め一番早い速度だった。死にかけていた少女が素早い動きが出来るとは思っていなかった眼帯男は反応出来ないまま腹を引き裂かれた。


「きゃはははは……ごほっ……あははははは」


 ステファニーは血を浴びながら笑い、血反吐を吐きつつ他の男を襲っていく。男の足を斬りつけようとした瞬間、煌々と光輝く三つの球体が現れてダガーナイフが淡く光る。ダガーナイフは男の足をまるで紙を切るかのように斬り裂いた。

 ステファニーは他の男に飛び掛かり顔にダガーナイフを突き刺す。


 一瞬の間に三人の男を戦闘不能にしたステファニーは笑い続ける。現世で学んだ事と前世の戦い方が全て噛み合い、使えなかった強化の精霊術と気功術を自由自在に使えるようになっていた。


「ぎゃははは……そうだ、そうだ! あはははは! これが……ごほっごほっ……これこそが……本当のオレの戦い方だぁ!」


 血反吐を吐き、笑いながら叫ぶ。ステファニーの周りに光の精霊が十数体現れ、服が淡い光に覆われる。無意識に強化の精霊術を発動させていた。

 

 男たちに襲い掛かろうと動きだしたら急に地面から二十本以上の石の槍が突き出てきた。ステファニーは体を捻らせ避ける。


「テメェら! ガキだと思うな、全力を出してぶっ殺せ!」


 土の精霊術を使いながらリーダーらしき男が怒鳴った。

 怒号で呆気に取られていた男たちの表情が引き締まり、ステファニーと同じように強化の精霊術を発動させた。


「クソォ、死ねよ」

「なめんじゃねぇぞ、クソガキが!」


 男たちは罵声と共に様々な精霊術で攻撃を仕掛ける。炎や岩や風の刃などの精霊術をステファニーは見事に避けたが、息つく暇もなく男たちの攻撃が続く。

 ひたすら精霊術を使う男もいれば、恐ろしいほど早い動きで斬りかかってくる男もいる。徐々にステファニーは追い詰められていく。

 ステファニーは精霊術と気功術を駆使して抵抗しているが、精霊術と気功術の熟練度は男たちの方が高い。精霊術で強化された服も簡単に切り裂かれ、全身に傷を負っていく。


 怒りに顔を歪めていたリーダーらしき男はステファニーの戦い様を見ているうちに怒りが収まってきた。むしろ、同情の念すら抱き始めた。


「惜しいな……」

「何言ってんだ、お前?」

「あの少女のことだ、よく見てみろ。あの少女はどんな攻撃の最中でも、例のガントレットを取りに行こうとしたヤツに対して攻撃している。よく回りを見て冷静に判断してるぜ」


 あの少女はいつの日か名を馳せる英雄になるだろうとリーダーらしき男は想像した。むろん今日ここで殺されるからあり得ない将来だと思いながら……


「本当に残念だな……。せめて一思いに殺してやるか」

 

 剣を胸の前に構えると淡く赤い球体が八つ現れ、剣が炎に包まれた。リーダーらしき男が精霊術を避けているステファニーの元に一瞬で移動する。

 振り下ろされた炎の剣がゴウッと音を立てる。ステファニーは咄嗟にダガーナイフで防ごうとした。炎の剣とダガーナイフが交わる。


 ダガーナイフが折れる甲高い音がステファニーの耳にまとわりつく。炎の剣の勢いは止まらず、肩に深く食い込んだ。


「うがああああああぁ」

 

 炎が肉を焼き、焦げた臭い匂いが漂う。ステファニーの顔が苦痛で歪み、意識が遠退いていく。

 リーダーらしき男が力を込めて食い込んだ炎の剣を強く押し込み、ステファニーは膝から崩れ落ちていく。


「死んだか……」


 リーダーらしき男は剣を抜き取り、地に伏せたステファニーを見下ろした。ステファニーの口から血が流れ、目から光が消えていく……

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