第十三話 気功術
ステファニーが一瞬の隙をついて黒髪の青年の脇腹を鉄剣で斬りつけようとした。だが、それは黒髪の青年が誘い込んだ罠で、鉄剣が弾かれステファニーは体勢を崩されてしまう。
黒髪の青年が力強く握りしめた刃のない鉄剣がステファニーに襲いかかる。体勢が崩されながらも盾で直撃を防いだが、青年との体格差もあり地面に押し倒された。
「あれに引っかかるようじゃまだまだだな、お嬢」
「ぐぬぬぬぬぅぅ」
「まぁ、体勢崩した後でも目をオレから離さなかったのは偉いぞ。ほれ」
黒髪の青年はステファニーの手を取って立ち上がらせた。
「むぅ~、マーカス! もう一回、もう一回やろ!」
「おい、お嬢。これで何回目だ? そろそろやめようぜ。お嬢とオレではガタイの差があるからもう少し若い連中とやったらどうだ?」
マーカスは黒髪をかきあげながら周りで打ち合いをしている騎士見習いたちを見渡した。
「だって、まだ一度も勝ててないのはマーカスとウィルとリズお姉ちゃんだけなんだもん。他の人だと相手にならないよ」
「ドランスとは中々いい勝負してただろ。ヤツとやればいいんじゃねぇか?」
「最近はずっと勝ってるからヤダ! マーカスがいいの! ね、お願い」
マーカスは今まで何度もステファニーと訓練したことがあり、言い出したら聞かない性格だと理解していた。
「はぁ、わーたよ。だけど前みたいに勝てねぇからって泣くなよ」
「泣いてないもん! もう許さない、二度と立ち上がれないまで叩きのめしてやる」
「ぷっ! 面白いこというじゃねぇか、出来るもんならやってみな」
ステファニーは上体を隠すように丸盾を斜めに構え、叫びながらマーカスに向かって走り出した。
三十分後、ぐうの音も出ないほどステファニーは叩きのめされていた。
少し離れた場所から甲高い鐘の音が響く。
「皆、一旦休憩するぞ。武器と防具の手入れが終わった者から休憩しろ」
小さな鐘を鳴らし、大きな声を出しているのはライリーだ。
鐘の音を聞いたマーカスはステファニーに近づき、しゃがみ込んでから話しかけた。
「お~い、お嬢。大丈夫か? 随分と情けない格好で倒れてるぞ」
「うぅぅ、次こそは絶対に勝ってやる」
「フッ、生意気なこと言ってくれるじゃねぇか。まぁ、その意気込みは好きだぜ。ほれ、立てるか?」
マーカスがステファニーに手を差し伸べた時、長い赤髪で凛々しい顔立ちの女性が話しかけてきた。
「ねぇ、マーカス……」
「ん? あぁ、リゼットどうし……ぐはぁっ!」
急に赤髪の女性がマーカスの顔面を蹴っ飛ばした。
「いってぇな! リゼット、てめぇ何しやがる!」
「何しやがるじゃないわよ! ステフをこんな状態にしてよくそんな事言えるわね! 脳ミソまで筋肉になってるんじゃないの?」
リゼットは倒れているステファニーを抱き締めるように持ち上げ、何度も頬擦りしている。
「はぁぁ、とっ~ても可愛くて真っ白くてすべすべもちもちの柔肌を……マーカス! あんたこんなに傷付けてどうしてくれるのよ」
まるで親の仇のようにマーカスを睨み付け、その眼には殺気すら帯びていた。
「仕方がねぇだろ! 訓練だぞ、そりゃケガもす……」
「マーカス、今回はお前に非があると思うぞ」
金髪の青年がため息を吐きながらマーカスの肩に手を置いた。マーカスはその発言を不快に感じ、顔の整った金髪の青年を睨み付ける。
「ウィル、てめぇまで何なんだよ?」
「お前ならもう少しステファニー様の攻撃をうまくいなして傷付けずにやれたのでは?」
「うっ」
痛いところを突かれ、マーカスはばつの悪そうな顔をする。マーカスは感情が高ぶると雑な動きをすることがあり、先程の訓練の際はステファニーの意気込みに当てられ感情が高ぶっていた。そのため、力みすぎて必要以上にステファニーを叩きのめしていた。
「そーだ、そーだ! ウィルの言うとおりだ、この脳筋め!」
リゼットはそう言うとステファニーを先程よりもぎゅっと抱き締めて「あーもう可愛い、大好き」と言いながら頬擦りを繰り返していた。
「うぅ、恥ずかしいよ。リズお姉ちゃん。あと……ちょっと苦しい」
「何をしてるんだ、お前らは? 早く武器防具を片せ」
ライリーがあきれた顔をしながら近づいてくる。リゼット、ウィル、マーカスの三人は謝罪して武器防具を片付け始め、ステファニーは笑顔でライリーの元に行った。
「ねぇ、お父様。私が戦ってる姿見てくれた?」
「ああ! ちゃんと見てたぞ。リアムから色々報告を受けていたがこんなに強いとは……いずれ精霊騎士になれるかもな!」
ライリーはステファニーを持ち上げ、片手で抱き抱えた。
「えへへ」
ステファニーは嬉しそうにライリーの首に手をまわして体重を預ける。
「嬉しい。でもね、どうやってもウィル、マーカス、リズお姉ちゃんに勝てないの……。三人以外には一回は勝ったことあるんだよ! 何がいけないんだろう……ねぇ、お父様、教えて」
「あぁ、あの三人は十三歳ぐらいなのに大人顔負けの実力があるからなぁ。ん~、強いて言うならステフの戦い方は何かが噛み合っていないんだよな」
「噛み合ってない?」
ステファニーは少し顔を傾けた。
「そう、ステフはよく手首だけで剣を振るうことがあるだろ。隙を作らないために最低限の動きで攻撃しようとするのは良いことだけど、まだ子供だから力が足りないんだよ。なんだか無理して大人の動きをしているように感じたな。あと……ほんのわずかだけど動きがぎこちないかな」
はっと息を飲み、ステファニーは前世のことを思い起こす。前世では屈強な体躯を活かして多くの敵兵を蹴散らしていたが、今のステファニーは身長百十三センチ、体重二十一キロと一般的な女児である。前世の屈強な体躯を想定した動きなど出来るはずがない。そのため、身体がイメージ通り動いていなかった。
ステファニーはその事に気が付き、ライリーの耳元で「ありがとう、お父様」と呟く。
「ふふ、どういたしまして。さぁ、武器防具を手入れして休憩するぞ。そのあとは気功術の訓練を行うからな」
「気功術!」
興奮したためステファニーの長いエルフ耳がぴくぴく動いている。休憩中もずっとエルフ耳が動いており、周りの騎士見習いたちは優しい目を向けて和んでいた。
「そろそろ訓練再開するぞ、各々武器を持て」
ライリーの声と共に甲高い鐘の音が響き渡る。
鐘の音を聴いた騎士見習いたちは武器を持ちライリーの元に集まる。
「よし、これから気功術の訓練を開始する。気功術が使えるヤツは素振りしている間ずっと気功術を使い続けろ。使えないヤツは素振りをやり続けろ」
騎士見習いたちは大きな声で返事をして各々が素振りを始める。素振りを見れば気功術が使えるかどうか一目瞭然である。動きのキレが極端に異なり、見る限り十歳以上は気功術が使えるようだ。
「アレン、今のは良かったぞ。今の感覚を忘れるな。もう少しで気功術のコツを掴めそうだな」
ライリーが各々に指導している内容をステファニーは聞き漏らさないようにしながら素振りをしている。それに気が付いたライリーはステファニーに近づいた。
「こら、ステフ! ちゃんと集中しろ」
「ごめんなさい……」
ステファニーは一旦素振りを止めて謝罪した。ライリーはしゃがんで目線をステファニーに合わせて話始める。
「いいか、ステフ。気功術はひたすら同じ事を繰り返していくといつの間にか使えるようになる。だから、他の人へのアドバイスを聞いていたって気功術が使えるようにならないからな」
「はい……」
「そんなしょぼくれないで元気だしてくれ。ステフは幼い頃から剣の鍛練をしているから、そろそろ気功術が使えるようになるぞ。それまでは剣を振り続けような」
「うん!」
気功術の重要性をステファニーは身をもって体験しているため、ライリーが言ったことを肝に命じて元気良く素振りを始める。
気功術なしの対戦であればほぼ敵なしのステファニーだが、気功術ありで対戦すると実は一度も勝てたことがない。そのため、ステファニーは気功術への想いを込めながら剣を振るう。
気功術。それは五種族の体内にある気の力を使い、身体能力を向上させる。気功術を極めた者は、素手で岩をも砕き、かすり傷すら負わない鋼の肉体を得るとまで言われている。
ただ、鋼の肉体を得るまでの道は険しく、諦めてしまう者も多い。攻撃系の気功術は比較的簡単に使えるようになるが、防御系の気功術は血反吐を吐くほどの修練が必要となる。気功術は繰り返し行われる動作の行き着く先に得られるものであり、防御系の気功術を得るためにはひたすら攻撃を受け続けないといけない。そのため、防御系の気功術を使える者は己の身体に自負があり、肉体を見せびらかすように全裸に近い格好をしている。
この話をソフィアから聞いたステファニーは、ライリーが半裸で鍛練してることを思い出して二人で大爆笑したことがあった。
半裸のライリーを思い浮かべてしまったため、ステファニーは笑いそうになるのを堪え、真剣に素振りを続けた。
素振りの訓練が始まって二時間ぐらい経つが、気功術を維持し続けているのはウィル、マーカス、リゼットの三名だけで、早々に力尽きた者は三分も維持できなかった。体内にある気の量は各々異なるが、使えば使うほど気の量を増やすことが出来る。
ライリーは優しい言葉を騎士見習いたちにかけて鼓舞し、気功術を出来るだけ長く使えるようにしていた。その様子を見て、ステファニーは現世の父親がライリーであることを誇りに感じていた。
甲高い鐘の音が鳴り響く。全員が素振りを止め、ライリーを見つめる。
「さて、休憩なしで今日最後の訓練を始めるぞ。皆、かかってこい」
その言葉を待っていたかのように全員が一斉にライリーに襲い掛かる。体力を使いきって非常に疲れきっているはずなのに皆が今日一日で一番いい動きをしている。
ライリーは次々と騎士見習いたちをなぎ倒していく。ウィルとマーカスは左右同時にライリーに襲い掛かり、ワンテンポずらしてリゼットがライリーの背後に攻撃を仕掛けた。
ライリーは瞬時に左前方のウィルの懐に入り、左手で腹に掌低を打ち込む。マーカスが振り下ろした剣を右手に握りしめた剣で受け流し、巧みな体捌きでマーカスの背後にまわる。
がら空きの背中をライリーは蹴り飛ばし、マーカスがリゼットにぶつかった。
リゼットの動きが止まった瞬間にライリーが剣でリゼットを叩きつけた。
ステファニーは一瞬の間に三人を倒したライリーの強さに驚きを隠せなかったが、すぐに気を取り直してライリーに向かっていく。うずくまっている騎士見習いを踏み台にして高く飛び上がり、ライリーに剣を突き刺そうとした。
ライリーは少し笑いながら後ろ回し蹴りでステファニーの横っ腹を蹴っ飛ばした。
「うげぇ……おぉぉぉ」
蹴り飛ばされたステファニーは鈍い痛みに悶絶する。痛みに耐えながら剣をつかんで立ち上がり、再度ライリーに立ち向かっていった。
一時間ほど経過し、立っている者はライリー一人だけだった。ステファニーたちは全員がうずくまり呻き声をあげている。
「よし、今日はここまでにしよう。ソフィア、皆の怪我を治してくれ」
「ダメよ、今日からはステフが精霊術の練習として治していくって決めたでしょ」
訓練の終了間際に現れたソフィアがステファニーを見ながら言う。痛みに耐えながらステファニーは立ち上がり、傷ついた者たちを光の精霊術で治していく。
このような訓練を毎日繰り返し行っていき、ステファニーの実力はメキメキと伸びていった。




