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第十二話 光の精霊術

「はぁ……、酷い目に遭った」


 ステファニーはバルコニーに用意された椅子に座り、丸テーブルに突っ伏していた。


「あら、照れ隠しかしら。可愛いんだから」


 対面に座ったソフィアがおちょくるように言うとステファニーは耳まで真っ赤にして頬を膨らました。


「お母様ったら、もう。」

「怒っちゃダ~メ。そんな精神状態だと精霊術上手く使えないわ」

「誰のせいだと思ってるの! しかもこんなとこで精霊術の練習するの?」

「ええ、光の精霊術の練習はどこでも出来るのよ。ただ血で汚れてしまう可能性があるからタオルやハンカチが必要ね」

「え、血?」

「そう、血でテーブルが汚れちゃうのよ」

 

 丸テーブルを下まで覆う赤色の布の上に美しい刺繍が施された白いテーブルクロスが引かれている。テーブルの上には汚れないようにタオルとハンカチが複数置いてある。


「じゃなくて、何で血が出るの?」

「ああ、そういうことね。だって、光の精霊術は癒す力よ。つまり治すための対象が必要でしょ」


 ソフィアは爽やかな顔つきでナイフを取り出して自分の左手の甲を切りつけた。傷口から血が流れ出す。


「お母様、何を!」

「ステフ、よく見てなさい。これが光の精霊術よ」


 右手を傷ついた左手の甲に近づけると煌々と光輝く球体が複数現れ、傷口が見る見るうちに塞がっていく。ソフィアはタオルで血を拭き取ると、手の甲は傷跡が全くない状態だった。


 ステファニーは息をのみ、おそるおそる手を伸ばしてソフィアの手を触った。手の甲を何度も触ったが、さっきまで傷ついていたとは信じられないほど綺麗な手だった。

 北欧神話の女神エイルの御業といえる癒しの力を目の当たりにして、ステファニーは得も言われぬ幸福感に身を包まれた。


「どう? ライリーが言った人を癒す優しい力の凄さは」

「光の精霊術……ぜっーーーーたいに使いたい! すごい、すごい、凄すぎるわ!」

「ふふ、思った通りの反応ね。使えるようになりたいでしょ~」

「うん!」

「なら身をもって経験するのが一番よ。手を出して」


 ソフィアはステファニーの手を握り、手の甲にナイフをあてた。


「ちょっと痛いけど我慢してね」


 ナイフを横にすべらせると手の甲の皮と肉が切り裂かれ、血がじわじわ這い出てくる。

 ソフィアが少し心配そうな顔をしているが、前世の頃の戦いで何度も死の淵を経験したステファニーにとっては大した傷ではなかった。


「大丈夫よ、お母様。全然痛くないわ」

「あら、痛くないのね。それじゃあ光の精霊術で治さなくていいわね」


 ソフィアの目が一瞬イタズラする時の目付きだったが、ステファニーは気にせずに「意地悪しないで精霊術で治して」と言った。

 ソフィアが手をかざすと傷口が温かい光に覆われ、みるみるうちに治っていく。


「うわぁ~すごっ……ぎゃあああぁぁ! 痛い! 痛い……いた……あ、あれ? 痛くない?」


 ほんの一瞬だが手を切り落とされたかのような痛みが走り、叫び声をあげた。ステファニーは傷口が治った手を何度も触って痛みの理由を調べた。

 視線をソフィアに向けると、彼女はにっこりと笑ったまま何も言わずに見つめ返してきた。


「お・か・あ・さ・ま!」


 ステファニーは凄みのある声を出した。


「ねぇ、治した時に激痛がするって知ってたの? 知ってたでしょ。何で教えてくれなかったの!」

「ごめんなさい。手を傷つけた時に痛そうにしていなかったから、精霊術の痛みに耐えれるのかなと思って」

「激痛がするって分かってたら耐えられるわ! もう、お母様ったら! しかも何で怪我が治ったのに激痛がするの?」


 ソフィアは光の精霊を指で触りながら落ち着いた声で話し始めた。


「色んな説があるわ。何週間もかけて治る傷が一瞬で治るから、その痛みが集約されるという説が有力ね」


 ソフィアは指先にまとりついた光の精霊をステファニーの面前に持っていく。


「まさか……怖じ気づいたの? 痛みに耐えられなくて光の精霊術を諦めた人もいるって聞いたことがあるわ」

「そんなことないわ! 全然痛くないもん」

「それなら訓練始める?」

「ええ、早く始めましょ」

「ふふ、単純で助かるわ」

「何が?」

「何でもないわ、こっちの話よ。さ、ナイフで自分の手を軽く切りつけて光の精霊術を使って治してみなさい。あと、訓練が始まったら私のことは師匠って呼びなさい」

「はい、師匠」

 

 ステファニーは左手の甲をナイフで傷つけて心の中で願った。


(光の精霊よ、この傷口を治す力を私に貸して)


 まばゆく光輝く球体が八つ現れ、ステファニーの周りを踊るように漂っている。光の精霊が願いに答えるように左手に集まってきた。

 じっと見つめていたが何も起こらず、八つの精霊は左手から離れて体や顔にまとわり付いてきた。


「やっ、くすぐったいわ。きゃ、まぶしい! 目の近くは止めて」


 嫌がっているステファニーをからかうかのように八つの光の精霊が顔に集まってきた。精霊からは面白さや楽しさの感情が伝わってくる。


「ちょっ、ほんとに見えないって。お願い、離れて~」

「ふふ、光の精霊に愛されてるわね」

「笑ってないで助けてよ!」


 ソフィアが手を近づけると、光の精霊は手にまとわりついてから姿を消した。


「あぁ、目がチカチカする。イヤだって言ってるのに何でやめてくれないのかな?」

「それが光の精霊なのよ。あの子たちはいたずら好きだから」

「はっ! まさかお母様がいたずら好きなのは光の精霊に影響されたのでは……」

「まぁ、かなり影響うけてるかもしれないわね。ところで、手の傷は?」

「あ、治って……ない……」


ステファニーが傷口を見つめてため息を吐くと、ソフィアは傷ついた左手を軽く握った。


「ねぇ、光の精霊にはどんなイメージを持って何を伝えたの?」

「傷口が治ったきれいな手をイメージして、治してって伝えたの」

「そうね、それじゃあ傷口が治るってどういうこと?」

「え? ん~と、傷口がくっついて血が出なくなること……かな」

「傷口がくっつくとは何と何がくっつくの?」

「ええ? あぅ……皮と肉?」

「それだけじゃなく、血管や筋肉や神経とかもあるわ。それら全てをイメージして精霊に伝える必要があるの」


 ソフィアは足元に置いてある籠から一冊の本を取り出した。


「つまり、光の精霊術を扱うためには人体を知り尽くさないといけないわ。だ・か・ら、今日はこの本で身体のお勉強よ」

「ええぇ」

「嫌がらないの。ある程度勉強が終わったら、街の病院に行って怪我人の治療のお手伝いよ。そこで色んな治療方法を学んだり、怪我が治っていく過程を見ていくの。あっ、その前に手の傷口を治さないと」

「待って、私……治せると思うの……」


 ステファニーは前世に負った数々の傷――刺創・切創・割創・裂創・口創・熱傷・挫傷――を思い起こしていた。そのため、軽い切り傷程度なら明確に治るイメージを頭の中で想い描くことが出来た。

 

 無意識のうちに光の精霊を二つ呼び出しており、命じたわけでもないのに精霊が左手の傷口に近づいていく。

 まるで光の精霊と意識が一体化したような感覚を覚え、ステファニーは少し戸惑ったが、すぐに冷静さを取り戻した。


 精霊の輝きが増していき、まばゆいほどの光に覆われた傷口が熱を帯びてくる。その瞬間、光の精霊の力を身体に流し込む感覚と光の精霊の力が身体に流し込まれる感覚を同時に感じられた。

 傷口に精霊の力が浸透していく。傷ついた細胞の自己再生能力が光の精霊の力で活性化していき、切り離された皮下組織・神経・血管が互いを求めるように繋がっていく。その時、精霊の力の副作用で感じるはずのない激痛が傷口に走る。傷口の表皮がつながると精霊の力が身体から抜けていき、痛みが消えていく。

 ステファニーは手の甲についた血を拭き取ると、傷の跡が全く残っていないほど綺麗に治っていた。

 

「傷がなくなってる……治った! 治せた! 私、光の精霊術使えたわ!」


 ステファニーは興奮しながら傷のない綺麗な手を見続けていた。視線を手から少し上げてソフィアを見ると、身体を震わせながら目を潤ませていた。

 目が合うと急にソフィアが立ち上がり、身体を前のめりにして頭をなでた。


「凄いわ、ステフ! まさか本当に治せるなんて! ううぅ……子供は成長が早いわ、お母さん感動のあまり涙が出ちゃう」


 ソフィアは左手で涙を拭った。


「えへへ、ありがとう。お母様」


ステファニーは素直に喜び、満面の笑みを浮かべた。


「本当にすごいけど、どうやって怪我が治るイメージができたの? ステフはお転婆さんだけど怪我なんてほとんどしてこなかったじゃない。まさかお母さんの知らないところで怪我していたり……」


 流石に前世の経験とは言えず、ステファニーは知恵を絞り必死に言い訳を捻り出した。


「え~と……ウサギやシカとか……イノシシとか狩って捌いたりしてた……から? 身体の構造とか分かったの……かな?」


 ステファニーは可愛げに頭を斜めに向けて誤魔化そうとした。


「ん~? 確かにその年で狩猟して解体までする子供はあまりいないわね……。それでも……う~ん……そんな簡単に出来るわけが……」

「で、でもちゃんと光の精霊術使えたわ。お母様……本当は喜んでないの?」


 ソフィアは目を見開き、右手でステファニーの頭を撫でて優しげな眼差しでステファニーを見つめた。


「そんなことないわ。本当に嬉しいと思ってる。そうね、考えても仕方がないわ。ステフはちゃんと光の精霊術で傷を治せた。その結果だけで十分。本当に凄いことよ、ステフ」

「お母様……ありがとうございます……」


 何とか誤魔化すことが出来たとステファニーは安堵した。


 優しく撫でていたソフィアの手が頭から離れ、その手はおもむろにナイフを逆手で握りしめた。


「お母様?」

「切り傷を治せたのなら、刺し傷はどうかしら?」


 ソフィアは自分の手にナイフを振り下ろした。ナイフは掌を貫通し、下にひいたタオルに血が滴り赤く染まっていく。


「ああああぁぁぁ! お母様、何しているの!? お母様?」


 ソフィアは何事もないかのように無表情で手に刺さったナイフを抜き取った。血が大量に流れ出した手をゆっくりとステファニーに近づいていく。


「さぁ、治してみなさい。骨すら貫いているから今回は難しいわよ」

「本当に何やってるの!? お母様!?」


 ステファニーは前世を含めて様々な凄惨な光景を目の当たりにしてきたが、最愛なる人物の一人が自傷した傷口を痛がる素振りもなく無表情で面前に近づけてくることなど一度もなかった。そのあまりにも異様な雰囲気に飲まれたステファニーは動揺し、涙が溢れだしそうになっていた。


「ねぇ、ステフ……治してくれないの? 手が痛いわ、ねぇ、早く治して」

「ひぃ……ぐすっ……うぅ……ぐぅ……」


 ステファニーは泣き出しそうなのを我慢し、傷口を治すために光の精霊術を使おうとした。

 しかし、感情が大きく乱れたため集中できず、傷口を治すことが出来なかった。


「うぅ……、ぐす……ぐすっ……治せない……お母様……」

「さすがに骨はまだ治せないか、なら火傷はどうかしら?」


 ソフィアは火の精霊を呼び出して自分の手を燃やそうとしていた。

 

「ダメー! お母様! うわぁぁぁぁん」


 感情が爆発し、ステファニーは鼻水を垂らしながら大泣きしてソフィアの自傷行為を止めた。その日の午前、何度も自傷行為を泣きながら止めることになり、ステファニーのちょっとしたトラウマになりそうだった。


 そのためか、午後に街の病院で患者を治療している間、ステファニーはずっとソフィアの服を握ったまま離れようとしなかった。それだけではステファニーの気持ちは収まらず、一緒に寝たいと泣きついて一晩中ソフィアの服を握りしめていた。


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