12話 対話。
12話 対話。
「才藤零児。見た事あるか? 洗脳された十歳の女の子が、人間爆弾にされている所を」
「……」
「ゴミのように捨てられている赤ちゃんの死体がどんなものか分かるか? 自分の子供を守ろうとして、一緒に撃ち抜かれて死んでいる女性の死体を見たことがあるか?」
「……」
「二年前……国連の平和維持軍に頼まれて、一つの仕事をした。……どんな内容だったと思う? 『作戦上の行き違いで、幼い子供を含む多くの一般市民の命を空爆で失ってしまった。その作戦の隠蔽に協力してほしい』という依頼。最初は、どうしようもない理由があったからだと説明されたが、よくよく調べてみたら、その作戦チームの中に、近々選挙に出る、超巨大財団をバックに持つ上院議員のガキが参加していて、そのクソ議員が、何もなかった事にしてほしいと金を積んだ……それが真相だった。なぁ、信じられるか? あっていいのか、そんなこと? よりにもよって、それを……この私に頼むか? どういう神経をしているんだよ……私を何だと思っている……」
「……」
「分かるか、才藤零児。無理なんだよ。この世界は詰んでいる。何度も計算したが、この世界は、あまりにも歪み過ぎている。この世界をベースにして改変するのは人間の頭じゃ不可能だ。……ゼロからやりなおすしか道は無いんだよぉおお!」
そこで、酒神は、ついに涙を流した。
叫びに嗚咽が混じる。
「愛する人がいるのはてめぇだけじゃねぇ! パパとママの事は愛している! あの二人は無能だが、私を守るためならテロリストの前にだって飛び出せるだろう! 実際、パパとママは、拳銃を構えているクズから私を守ってくれたことがある! 私を強く抱きしめて、盾になってくれた! さすが、私のパパとママだ! あの二人からは最高の愛情を注いでもらった! 心の底から感謝している! 妹の事だって可愛い! あの子を初めて抱きしめた時の事は今でも鮮明に覚えている! だから、私は、この世界を守りたいと思ったんだぁああ!」
その叫びを耳にして、遠くで二人の戦いを見守っていた華日がグっと奥歯をかみしめた。
涙がツゥっと流れた。
我慢できない感情がこぼれる。
言葉に出来ない想いがあふれる。
「私に並ぼうと必死に努力していた銃崎に期待をしたこともあった! 実はコンプレックスだらけのくせに、必死にくらいつき、裏方として探究者たちを支えようとしていた羽金にも、私はどこかで期待をしていたんだ!」
銃崎と羽金は、両の拳を握りしめる。
こみあげてくる何かを抑えきれない。
「怪津のジジイみたいに、必死でこの国をよくしようと血反吐を吐いてきたヤツがいる事も知っている! だから、私は、必死に頑張ったんだ! 怪津愛はただのクソバカ女だが、私のために力を尽くすと言ってくれた! 嬉しかった! だから必死に努力をし続けた! 私に期待をしている人達のために、本物のヒーローになろうと思った! だが、何をしても、世界は変わらなかった! 必死に! この世界をよくしようと頑張った私に、ヤツらはなんの協力もしなかった! 私を苦しめるだけ苦しめて、何一つ、変わろうとはしなかった。あまつさえ、私を利用して世界を腐らせようとする始末! 世界中のあちこちで、いくつもの戦争と悲劇が、絶え間なく起き続けているってのに、なにが、ノーベル平和賞だ! んな事をほざいているヒマがあるなら、この世から、薬物を! 銃を! 核兵器を! ほんの小さな悲劇だけでもいいから、とにかく、一つでも消す努力をしやがれぇえええ! 今、この瞬間に、いったい、どれだけの絶望が世界を汚していると思ってんだぁあ! ふざけるなぁあああああああああああああああ!」
慟哭はとまらない。
その声は、まるでヒーローに『救い』を求めているようで、
「世界を守るヒーローなんていう、そんなクソしんどい面倒を、やりたくてやっていたと思うか! 守りたいと思えるやつらのために、必死に頑張ってきただけだ! 私は行動をしてきた! 私は努力をしてきたんだ! 何もやらずに諦めたんじゃない!」
その場にいた『聖堂を除く全員』が、奥歯をかみしめて涙を流して、終理の叫びを聞いている。
いたたまれない。
彼女の苦悩を真に理解出来ていた者など、ここには一人もいない。
ここだけじゃなく、この世のどこにもいない。
「死ぬほど計算してみたが、この世界をベースにするのは不可能なんだ! だから、あきらめた! なぜ、それが理解できない!」
酒神の慟哭をずっと聞いていた才藤は、目に力を込めて叫んだ。
「諦める必要はない! できる! 俺達なら!」
「ほざくなぁあ! 『ぼくがかんがえたさいきょうのぶき』を振り回して喜んでいるだけの、無能なてめぇに何ができるってんだぁ!」
「あんただって、本当は、どこかで、それを望んでいるんだろう! 全ての前提が物語っている! もし、本当に、俺を殺そうとしていたなら、わざわざ、ネタバレフィルターを解除するわけがない! 白銀の剣翼だって回収しておかない訳がねぇ! そんな初歩的なミスをあんたが犯す訳がねぇ! それだけじゃねぇ! 俺以外の全員がここにいる理由だって、あんたの言葉じゃ、足りてねぇ! 分かっているぞ! 聖堂を呼んだのは俺の背中を押させるためだろう! 他の連中を呼んだのは、自分の想いを聞かせたかったから! その上で、俺に決断をさせたかったから! そうだろう!」
「――っ!」
「俺はバカじゃねぇ! あんたには届かなかったし、全知というチートを使ったが、しかし、俺は、確かに、ちゃんと、自分の足でここまでやってきた!! あんたと一緒に、本物のヒーローになるために!!!」




