8話 悲鳴。
8話 悲鳴。
「片っぱしから救ってやったのに……この私というヒーローが存在すると教えてやったのに、世界は何も変わらなかった。今も、どこかで、カスどもがアホみたいに殺しあっている。テロリストは武器を磨き、死の商人はせっせと銃弾を生産している。犯されている者も山ほどいるだろう。苦しんでいる者、飢えている者、虐げられている者、そんな者たちを嗤いながら見ている真正のドクズ共……そんなクズで溢れた醜い地獄……ほんと、バカどもがぁ……私がしてやったことは、結局、無駄な徒労に終わった……ふざけるな」
「この世界は確かに腐っている! そんなことは知っている! それについてだけは、あんたよりも深く知っているという自負がある!」
才藤は、胸をかきむしり、
「でも! だからこそ! あんたの存在が光だった! あんたの存在が俺を少しだけ変えた! その結果、俺は、大事だと思えるもんを見つける事ができた! まだ死んでなかったと気づけた! それどころか、生きたいとさえ思えたんだ!」
才藤の言葉は止まらない。
想いが込みあがってくる。
「無駄な徒労なんかじゃねぇ! そんなことは絶対に言わせねぇ! この狂った世界の片隅で、『ただ嘆き腐っていただけのゴミクズ』に! あんたは『ヒーローになりたい』と思わせた! 俺はハンパなまがいものだが! 俺が行動した結果として救われたヤツは確かにいるんだ!」
心の叫びが過熱する。
とめどなく、沸き上がってくる。
「確かに、あんたみたいに完璧には出来なかった! 助けられなかったヤツの方が多い! 俺の能力が足りないせいで、救いを求める声を無視してしまった事だって何度もある! 俺は完璧なヒーローにはなれなかった! けど! だからって、あんたがやってきた事が無駄になる訳じゃないんだ!」
「耳がキンキンするんで、もう少し小さな声でしゃべってもらっていいでちゅか? 近所迷惑でちゅよ」
「……くぅっっ!!」
『言葉が届かないもどかしさ』が募って、
頭がおかしくなりそうになった。
頭を抱えて泣き叫びたい気持ちになった。
どうして聞いてくれない!
どうして理解してくれない!
――なぜ、俺の言葉は彼女に届かないんだ!
「零児」
そこで、聖堂が、
「言って分からないヤツはぶん殴れ」
まっすぐな目で、
才藤を睨みつけ、
「それが出来るのも……その資格があるのも、たぶん、零児だけだ」
「オイちゃんを殴れる資格を持つ人なんて、この世に一人もいないと思いまちゅけど? なんせ、オイちゃんはスーパーヒーローでちゅから」
「ヒーロー?」
一度、反芻してから、
聖堂は、まっすぐな目で、
「苦しい事、辛い事、嫌な事を山ほど経験して、だから途中でしんどくなって投げ出した。貴様なんざ、それだけのクズだろうが。貴様と、ここにいるクズと、いったい何がどう違うという?」
終理のニタニタ顔に少しだけヒビが入る。
ほんのわずかに。
しかし確かに。
「もし、貴様がヒーローなら、ここにいるクズだってヒーローだ。……零児。誰が何と言おうが、貴様がどう思っていようが、才藤零児は、私のヒーローだ。貴様は、私の前で永遠にカッコつけなければいけない。その責任と義務がある。私に無様な姿を見せるな」
しかし、
確かに。
「本当に、いい加減にしろ」
いつだって。
「――殺すぞ――」
背中を押してくれる。
そばにいてくれる。
『自分なんかには何も出来ない』と勘違いしそうになるたび、
『貴様はまだ死んでいない。だから、なんだって出来る』と、言い続けてくれる。
だから、
「……はっ……俺が、ヒーローねぇ」
いつだって、一歩、
――時には半歩の時もあったけれど、
しかし、確かに、前へ進む事が出来た。
それは、しかして、つまり、だから、今だって――
「……真理の迷宮は、TRPGだ」
「ん? 何かいいまちたか?」
「システム処理の多くを『領域外の汎用量子コンピュータが担っている』という設定だが、基本的にはTRPG。つまり、ゲームマスターが存在している。いったい、誰がGMをやってんのか、ずっと疑問だった。本来なら製作者である俺にしかできない事だが、探究者と兼業はできないルールだから、俺はGMじゃねぇ。じゃあ、いったい誰がこのゲームを仕切っているのか……可能性があるとすればただ一人……」
そこで、才藤は、天を仰いだ。
そして、叫ぶ。
「あんたなんだろ! ちょっと、出てきてくれ! 話がある!」
その呼びかけに、『彼女』は応えた。
ありえない美貌を持つ、謎の美女。
才藤に迷宮設計能力を与えた、
『女神』のような女。
「よお、電波女。久しぶりだな」
「久しぶり? 時間とは、今この瞬間しか存在しないと教えたはずだが?」
「あんたにとっては、あの時も今も同じって事か? だから、俺がこの迷宮を設計したのは数年前なのに、百年前から、この迷宮が存在するってことか? そいつは、また、ずいぶんと薄っぺらな超展開だな。まあ、んなこたぁ、べつにどうでもいい。それより質問に答えてくれ」
「私の問いに答えたら、考えよう」
「あ、そう。じゃあ、お先にどうぞ」
「君が『神』なら――全能の超次的存在であったならば、この世界に、何を与える?」
あの時と同じ、
そのクソみたいな質問に、
才藤は迷わず答えた。
「あきらめないヒーロー」




