51話 死神の剣翼。
51話 死神の剣翼。
「あいつは、いったい、何なんだ……」
銃崎がボソっとそう呟いたのを聞いた聖堂は、
「ただのバカに決まっている」
「では、君は、なぜ、そんなただのバカの指示に従っている? おそらく、あのバカは、このまま帰ってはこないだろう。あれだけのクズは、なかなかいない。まったく……なぜ、あんなクズの命令に従って死ななければいけないのか、自分で自分が分からない」
「おそらくは、どこかで理解しているからだろう」
「……」
「羽金が発作を起こした時も、レイン何とかを殺した時も、あいつは、常に、自分を悪者にする事で、『自分以外の誰かにとっての最悪な状況』を回避しようとした。羽金が罪悪感を抱かないよう、貴様が悪者にならないよう……己以外の誰も苦しまないよう、とりあえず己を悪者にする。あいつは、そんなクソ以下の手段しか取れない真正のクズ」
「……」
「銃崎、全力で時間を稼げ。あいつは必ず戻って来る。なんせ、あのクズは、真正のバカ野郎だからな」
戦いは激化する。
大気が震えるほどの剣戟。
常時、金属音に爆発音が混じっている。
[その、カスみたいな戦力で、よくここまで持ちこたえた。美しい。その努力と底力だけは認めよう。しかし、無意味だったとすぐに理解できるだろう。見るがいい。我こそは、聖なる死神セイバーリッチ。死と絶望がある限り、常闇に輝き続ける異形の頂点」
言うと、セイバーリッチ・シャドーは、天を仰ぎ、
[ああ、感じるぞ。この世界の苦悩。悲痛。憎悪。さあ、集うがいい。聖なる死を祝福しよう。貴様らの聖なる絶望を、黒き輝きへと昇華させてやろう!]
そう命じると、突如、烏羽色の霧が現れた。
ムクムクと膨れ上がる霧は、まるですがりつくように、セイバーの体を包み込む。
それらは、漆黒の鎧となった。
生命の業をモチーフにした、常闇の全身鎧。
顔の部分だけ開いた兜の左右からは触覚のように、
デスサイズを象ったような刃が生えていた。
「深き絶望の奥底、聖なる死の喝采を聞け」
先ほどまでの動きとはまるで違う、
明らかに強化された速度で、
一瞬のうちに銃崎の懐までつめより、
彼女の首に向けて、絶望の剣をふるう。
「くっ!」
銃崎がドラゴンランスで受けるが、
(いかん。耐えきれない!)
ランスを手放し、自ら後方に飛ぶ。
ドラゴンランスはセイバーリッチ・シャドーの攻撃によって破壊された。
媒介を失い、ドラゴンフィールドが掻き消える!
[鬱陶しい防御陣もなくなった訳だ。さあ、手詰まりだな。しかし、まだまだ聖なる絶望は終わらない。ここまではプロローグに過ぎない。そう、ここからが始まりなのだ]
セイバーは、すぅっと息を吸い、
[はぁあ……]
剣を天に掲げ、
「汝等の死を愛そう。汝等の絶望を称えよう」
ゆっくりとした、無防備極まりない詠唱。
その隙を見逃すほど聖堂は呑気じゃない。
すかさす高火力の闇魔法を叩き込んだ。
が、しかし、直前でかき消される。
(っ、なんだ?! まさか、詠唱中は攻撃が通らないとでも? っ、ふざけるなよっ)
聖堂の攻撃など気にせず、
セイバーリッチは優雅に詠唱を続ける。
「彷徨う魂を祝福しよう。終わりなき常闇に、安らかな終焉を与えよう。さあ、詠おう。詠おうじゃないか。抗えぬ死と、狂える絶望に敬意を表し、たゆたう漆黒の杯を献じながら。――そう。私は聖なる死神、セイバーリッチ。死の剣を背負い舞う漆黒の煌めき!!」
セイバーの詩に誘われるように集まってきた深き闇は、輝きながら収束していく。
闇色に輝く粒子を放ちながら、セイバーの背後に、左右三本ずつ、宙に浮かんでいる剣の翼が顕現した。
刀身に刻まれた神字が輝きはじめ、まるで喝采のようにバチバチと黒い電流を放出しだす。
[これぞ、まさしく、聖なる絶望。この世界で最も強大な力――
【死神の剣翼】
――さあ、聖なる死を迎えいれよ]
剣の翼は、まるで後光。
探究者たちは、その凶悪なオーラの中に、
抗え得ぬ狂崇の神々しさを見た。
――銃崎は、思わず、
「あれが、剣翼。……ぁあ………………綺麗だ……」
声に涙が混じる。
悲しんでいるのか、感動しているか、
それすら分からない、感情のラビリンス。




