4話 ファントムトークがきかない……だと……
4話 ファントムトークがきかない……だと……
「君は、海星出身で一年C組のさいとうれいじくんで、間違いない?」
(マジか。俺の受け流しに動じないどころか、かろやかに、顔色一つ変えず、全く同じ質問を繰り返しやがった。うーむ、どうやら、ただの美人さんじゃなさそうだ)
才藤の顔が僅かに歪む。
(仕方がない。ここまでするつもりはなかったんだが……いいだろう。見せてやるよ。世界一のサイコパスである、このぼくちゃんの……本気のファントムトークを)
そこで才藤は、コホンと息をつき、目を殺したキモい笑顔を浮かべ、
「ぼくちゃんが才藤零児で間違いないか否か? なるほど、哲学ですな? ふむ、考察してみるに値する題材と言えなくもないですなぁ。まず、存在論的には否と言えるでしょう。宇宙論的にも否であり、目的論的にも否であると言わざるをえない。以上の三つの前提から結論を出してみた結果、どうやら、ここにいる男が才藤零児である可能性は、存在証明論的観点からは極めて低いと言わざるをえない今日このごろ、いかがおすごしですか?」
「ボクは三年の羽金怜。はじめまして」
「おやおや、ボクっ娘さんですか。おまけに、ポニテで、褐色肌で、生足丸出し。なるほど。あざとく人気を取りにきとりますなぁ。更にアクセントとしてメガネを加えると、よりキャラスペックが引き立つのではないかと、老婆心ながら、アドバイスをさせていただきますよ。おっと、失礼、こちらの方が年下で、しかもぼくちゃんは男の子でした。AHA―HA―HA―」
「そうだね。ところで、今日の放課後、時間ある?」
(正気か、この女! 信じられへんで、しかし! ……いや、ほんと、こんだけやってんのに、オールスルーとか、どんだけ……)
滲みそうになる冷や汗を、鋼の精神力で抑え込み、
(いかん……いかんぞ。このままでは呑まれる。どうにか空気を変えないと)
才藤は、グっと丹田に力を込め、
「いやぁ、どうっすかねぇ……うーん……ぼくちゃんには、ヒマと退屈という大親友がいるので、放課後に時間が有ると言えばウソになりうる可能性が無きにしもあらずと――」
「そう。じゃあ、放課後、第ゼロ校舎一階の多目的室にきてくれない?」
(ぅそーん)
思わず天を仰いでしまった才藤。
(俺のファントムトークを、ここまで軽やかに『いなして』いくとは。恐ろしく豪胆……いや、けど、そんなタイプには見えないんだよなぁ。ではなぜ? ……まさか、身近に『俺と似たようなの』がいて、対応に慣れているとか? ――な訳ないか。俺みたいなゴリゴリにヤバい人間なんか、そうそういないだろ)
「ダメ?」
(……ちぃっ。しゃーない)
才藤はスっと無表情になり、
「ちなみに、なんでっすか?」
「少し話したい事があるんだよね。ここでは言えないこと。時間はとらせないよ。じゃ、お願いね」
有無を言わさず、そう言い切ると、
羽金は、才籐に背を向けて去っていった。
(ここでは言えない事? 放課後に? 多目的室で? ま、ま、まさか、ここ、告白?! ――などと、浅はかな勘違いをするとでも思ったか、世界! 笑わせるんじゃないよ! 俺を相手に上等こくのは、いつだって、勇気ではなく無謀だと心に刻め! 愛は友人にするのではなく、隣人にとどめておくのがベストだと心得よ! 顔を焼き直して出なおしてこい、アン〇ンマン! ……さて、そろそろ真剣に考えようかな。俺は何で呼び出されたんだろう?)
一目ぼれからの突然の告白などという思春期大爆発な淡い期待に心を躍らせるほど、才藤という男はまともではない!
(どんな理由が考えられる? 顔も名前も知らなかった三年生の美人さんが、俺なんかを呼びつけた理由)
ありそうな線は一つだけ。
(一応、事実、海星中学の出身ではあるから、それ関係で……まあ、俺に用事があるとしたら、可能性はソコくらい。ただ俺、中学の三年間、『ノートにラクガキ』しかしてないからなぁ……仮に、『海星中出身ゆえの頭の出来に期待して、何らかの頭脳労働的な頼み事をされる』的な流れだったら、普通に困るんだよねぇ。なんせ、俺ってば、海星中学の歴史上初、前人未到にして空前絶後の『全教科0点』という驚異的な偉業を叩きだしてド直球のレッドカードを貰った、トゥルードロップアウターだからね。てへっ♪)