43話 最低のクズ野郎。
43話 最低のクズ野郎。
「いかん、魔力が逆流して、気管をしめつけている。このままでは窒息してしまう!」
銃崎の発言を受けて、
聖堂が、渋い顔で、
「はぁ? 閉所恐怖症で窒息などするわけがないだろう。というか、なんだ、魔力の逆流って――」
「説明しているヒマはない!」
そう叫びながら、銃崎は、自身の魔法やアイテムを使って、
羽金の治療をしようとするが、
しかし、呼吸困難が改善される様子はない。
その様子を尻目に、
聖堂が、才藤に、
「……閉所恐怖症で死ぬことなどあるのか?」
そう尋ねると、
「通常なら、なかなかそうはならないだろうが、魔力は精神の影響を強く受けるからな。『対処できない』と認識している『心的ストレス』に過剰同調して、人体の生理的な防衛反応を極度に加速させることは十分にありうる。この場合だと、交感神経の働きを促進させる緊急反応ではなく、精神を落ち着かせようとする過剰反応が起きる。簡単に言えば、副交感神経がバグって、アセチルコリンを制御しきれず、気管が収縮し続けて、喘息状態になるって感じだ」
「……じゃあ、あのまま放っておいたら、本当に死ぬということか? 閉所恐怖症で?」
「……そうなる可能性は極めて高い……見た感じ……」
などと話している間も、
銃崎は羽金の治療に専念していたが、
しかし、
「だめだ! 手持ちのアイテムでは精神面の問題をカバーすることはできない!」
「ひゅぅううう……ひゅぅうううう……」
「くそ、かなり酷い症状だ。早く外に出る方法を探さないと!」
「っ……っと、言われましても、まだ、何も見つかってはいませんわっ」
「まずい! まずい! このままだと、羽金が、本当に死ぬ!」
パニック状態になる銃崎。
「ひゅぅううう……ひゅぅううう……」
ついには、白目をむいて、痙攣しだした。
まだ、ぎりぎり、呼吸が出来ている状態だが、
時間経過に伴い、ヒスタミンがどんどん分泌されて、
気管粘膜を強く刺激していく。
(あの様子だと、持ってあと五分……だが、あと15分は外に出られない……)
難しい計算など必要なかった。
残念ながら、
今、ここで『なすべき事』に迷うほど、
才藤零児という男は賢くない。
(めんどくせぇなぁ……)
苦々しい顔で天を仰ぎ、
(……クソがぁ……ここのワナ、めっちゃ痛ぇんだぞ……貫通ダメージの痛さ、ナメんじゃねぇぞ……ああ、ったく……くそぼけぇがぁ……はぁああ……もぉぉ……)
心底鬱陶しそうに舌を打ってから、
「ふぅ……はぁ……」
呼吸を整えると、
『決意したような顔』をして、
スゥと息を吸い、
「……んーだよ、ウッゼェなぁ。それでも先輩かよ。ただでさえワナにかかって大変だってのに、くだらない精神疾患で足を引っ張りやがって」
「く、くだらない、だと?」
そこで、銃崎は、才藤の胸倉をつかみ、
「あの苦しんでいる姿を見て、よくそんな事が言えるな!」
「実際、くだらないだろうが。何だ、密閉空間が怖いって。ナメてんのか。俺ら、ここに凶悪なモンスターを殺しにきてんだろ? 狭くて暗い場所が無理なら、最初からダンジョンなんか潜るなっつーの」
「さっきから……なんだ、その態度は。『敬語を使え』などと、下らない事を言うつもりはないが、しかし、今の君を看過することはできん。それが、目上の者に対する態度か? ワナにかかって動揺してしまう気持ちは分からないでもないが、しかし――」
「ワナにかかって動揺してんのは、そっちだろ。どんだけテンパってんだよ、ダセぇなぁ。つぅか、そんなザマで、よく自分が『目上扱い』してもらえるなんて思えるよな、アホが。あんたが本当にお偉い最上級生様なら、この状況をさっさとどうにかしてくれや。俺だって、別に、狭いところが好きな訳じゃねぇ。息苦しくてしんどいのはこっちも同じだぜ。なのに、なんだ、そいつ。狭いから怖い? んな事を言ってる場合かよ。状況を考えろや。最悪、全員が、ここで野垂れ死にするかもしれないんだぜ。白目むいてピクピク震えてねぇで、てめぇも、必死こいて脱出方法を探しやがれってんだ」
「危機的状況に陥ると人間の本性が出る、とよく言うが、どうやら真実のようだな。そして、君の本性は最低最悪……チュートリアルの時から思っていたが、君は、どうしようもないクズだ」
ギリっと奥歯をかみしめながら、才藤の胸倉から手を放す。
クズを相手にしているヒマはないと気付き、羽金のもとに駆け寄る。
才藤は、よれた胸元を正しながら、
(さて……)
心にガツンと気合いを入れて、壁際に立つ。
そして、壁に手を這わせ、
(あった。ここだ……設定どおり……)
目当ての凹みを見つけると、
才藤は、一瞬、ためらいの表情を見せる。
(……ここの罠……かなりの大ダメージに設定した記憶がある……やだなぁ……はぁ……)
と、そこで、才藤は、チラっと苦しんでいる羽金に視線を向けた。
「ひゅうぅうううう……ひゅぅうううううう」
「……」
今にも呼吸が止まりかけている彼女の姿を見て、
(……ヒーローなんて厄介な存在に……憧れるんじゃなかったぜ……)
苦々しい表情を浮かべながら、
心の中で、そうつぶやいた。




