3話 ファントムトークがとまらない。
3話 ファントムトークがとまらない。
三限時の才藤は、パスが回ってこないバスケをやっていた。
コートの端っこで三分ウロウロしては外に出て、
五分ほどたつと、またコートに入って三分ウロウロするという、
あまりにも意味がない行動を三セットほど行った直後、
(なに、この謎の儀式。『無意味』が諸手を挙げてパラパラ踊ってんだけど。……つーか、熱ぃ。ちょっとウロウロしていただけなのに、どんだけ汗出るんだよ、俺の体。自律神経、狂い過ぎだろ。ちょっと黙ってろ、交感神経。クビにするぞ)
体を冷まそうと、体育館の隅で置物に徹していると、風見が、
「あいつ、ウケんだけど。一回もボール触ってないのに、めっちゃ汗かいてるし」
通りすがりざま、才籐の顔を指さして笑った。
風見の笑い声につられて、あるいは応じるように笑い声をあげるバカな取り巻き二人。
ちなみに、そこから、才籐についての話題で更に盛り上がるという事はなかった。
風見が才籐をゆるく一イジリして、その場に、ほんのりと一笑いが起こって終わり。
あとは才籐など無視。
――今となっては、視界にすら入っていない。
空いているゴールに向かって嬉しげにボールを投げている。
(クラスカーストを人生のメインに置いているバカって、よく知らんクラスメイトをイジって、間を持たすの好きだよなぁ。その行為の『無様さ』と『惨めさ』が理解できていない時点で、『一個の群体生命として終わっている』という事実に、ぜひ気づいていただきたいところだが……まあ、気づけないだろうなぁ。きっと、あいつらの頭の中につまっている脊椎動物固有中枢は、あのボールよりツルツルだろうからねぇ)
額の汗を手でぬぐいながら、
才藤は、その無脊椎動物を見るような目を、
さらにドンヨリと暗くさせつつ、
ジットリとした、深いタメ息をついた。
★
――ほどなくして、体育が終わった。
体育館を出て、スマホに登録してある時間割を眺める。
……絶句する。
(うわ、次、道徳だ。うぇ。ほんと、勘弁してくんねぇかな、あの洗脳教育。体育よりも、さらに、わけ分かんねぇんだよ。どんだけ必死こいて聞いても、何を教わってんのかすら、さっぱり理解できねぇんだよなぁ)
ダラダラと、遅刻上等の牛歩で教室へ向かっていると、
「ぁ、ちょっと待ってくれない?」
声をかけられ、才藤は顔をあげた。
そこには、快活な笑顔を浮かべているポニーテールの美人さんが一人。
(A級美人。聖堂ほどじゃないけど、一度見たら忘れないレベル。だが、記憶にない。ってことは初対面。つまり、声をかけられたのは間違い。QED)
「君、さいとうれいじくんだよね?」
(ぉや?)
どうやら人違いではなかったらしい。
となると、必然、才藤の困惑は加速する。
才藤の困惑が行きつく先は、いつだって疑心と警戒。
だって、サイコパスだもん。
(俺には、このレベルの美人さんに話しかけられる理由・原因というものが、あまりにも無さ過ぎる。なんか、怖いぞ。はてさて)
「海星中学出身で、一年C組の、さいとうくん……だよね?」
(こちらの個人情報を記銘武装した上でのピンポイント爆撃。なるほど、キナ臭い。漠然とした勘でしかないけれど、黙って流されていると、かなり面倒な結果に繋がる気がする。仕方ない。……やるか)
才藤は、覚悟を決めると、心のギアを入れ替えた。
(他人を不快にさせる事に関しては他の追随を許さない、この俺が唯一得意としている、超必殺技『ファントムトーク』を、いざ御披露しよう。……さあ、後悔を数えろ!)
「君はさいとうくんだよね? ねぇねぇ、聞いている?」
「ええ、もちろん。聞いていますよ。当たり前じゃないですか。僕は、あなたの話を一から十まで全てキチンと聞いていましたよ。……で、なんでしたっけ?」
ファントムトークとは、
「引くほど中身のない言葉で他人をケムに巻き尽くす」という、
「絶望的に性根が腐った人間」にしか使えない最低のトーク術である。
・異能とかではない。