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35話 ぱーどぅん?


 35話 ぱーどぅん?


 酒神の言葉は、才藤を壊した。

 我慢の限界。

 決壊する。


 才藤の自我を、その魂を、

 ギリギリのところで、

 必死に守ってくれていた『幻影の心壁』が、

 あっさりと砕け散った。


 感情が吐きだされる。

 濃度MAXの叫び。


「なんもかんも、全部、暇潰しでノートに書いていたラクガキでしかねぇんだぞ! こうなると分かっていたら、もっとマシな設定を書き殴ったわ! 糞ったれが!」


 才藤は、酒神の胸倉を掴み、


「てめぇ、マジでイラつくんだよ! ヘラヘラと『何でも御存じ』みたいなツラしやがって! 安全圏で余裕カマすなんざ、『ウチのクラスの風見』みたいな『死んだ方がいいカス』でも出来んだ! 俺だって、『そっち側』に立っていれば、同じ態度で笑ってられんだよぉお!」


 みっともなく、ボロボロと涙を流しながら、


「なんで、こんな事になんだよ! あと二か月で攻略なんかできるか! 最初から詰んでるゲームなんざ、俺の人生だけで十分なんだよ! くそがぁ! あーもー、訳わかんねぇ! なんで、俺ばっかり!!」


 言葉を瀟洒に取り繕う事も出来なくなってきた。

 ひらひらと世界を翻弄するファントムトークだけが唯一の取り柄だったのに。


 かつての、

 『ぼくちゃんは聖なる死神だ♪』

 などと、意味のない戯言を垂れ流して、

 『ヒーローごっこ』をしていた頃の『凄惨な自分』よりも、

 遥かにみっともないこの惨状。


「……く、そが! 世界の終わりなんてギャグに決まってんだろ! なのに、二ヶ月後には、何もかもなくなるってのか?! ざけんなぁああ!!」


 ノドが千切れそうなほど叫ぶ。声帯が熱い。

 喉元を過ぎても残る不快感が全身を支配する。


「なんっなんだよ、俺の人生! マジで、なんで、俺ばっかり、こんな!!」


 酒神の胸倉から両手が離れた。

 膝から崩れ落ちる。


「なんもかんも、なんもかんも!! なんっもっかんもぉおおお!! くそがぁああ! なんっなんだよ、くそったれがよぉお!!」


 何度も地面を殴りつけて叫ぶ。

 両手から血が飛び散った。


 喉が痛い。

 もう叫べない。


 頭は、そう理解している。

 体が、そう認識している。


 なのに、止まらない。

 今まで、必死に我慢していた全てが吐き出される。


 才藤は、かすれた声で、


「もういいよ。……マジで、もういい。ほんとに、もうイヤだ。……疲れたよぉ……なくなるっていうなら……もう、いっそ、なくなっちまえよ……こんな世界……」


 全身の力が亡くなった。

 頭の中がスゥっと冷たくなっていく。


 心が、魂を放棄したみたいに、体に重みがなくなった。

 才藤の、完全に折れてしまった精神に、


 酒神が、


「一つ、お願いしていいでちゅか?」


 ソっと触れてきた。

 声が、あふれた血液みたいに、

 スゥっと空気に触れて、

 ザラっと酸化して、

 けれど、確かに、


 才藤へと届く。


 ――届く――






「聞きとれなかったんで、もう一回、最初から言って欲しいんでちゅけど」






「……」


 才藤は、反射的に、顔をあげた。


 なぜ、酒神の顔を見ようとしたのか、

 説明しろと言われたら難しい。


 しかし、どうしても見たいと思った。

 『こんな自分』を前にして、

 まだナメ腐った事を口にするアホの顔を、

 どうしても拝みたくなった。



 目が合うと、酒神は、

 普段以上の、満面の笑みで、ヘラァっと笑った。


 きっと、だから、

 才藤は、



「は、はは……ははははははははははは!」



 喉が千切れるほど笑った。

 空っぽで笑うと、心に、ほんの少しだけ熱が灯った。


 完全に亡くなってしまったと思ったのに、

 まだ、感情が、ほんの少しだけ残っていた。


(この女……信じられねぇけど……俺にそっくりだ……ははっ。探せばいるもんだな。俺みたいなヤツ……)


 心に少しだけ灯った熱が、

 グツグツと沸き立ってくるのを感じた。


(……探してなんか……いなかったんだけどな……)


 ググっと、腹の底に力が入る。


 理由はわからない。

 そして、これは、

 活力と呼べるほど力強いものでもない。


 けれど、

 確かに、

 間違いなく、


 才藤は、精気を取り戻した、

 生きる力を思い出した。


(もう少しだけ……ほんの……もう少しだけ……)


 もう少しだけ生きろ。

 もう少しだけ前を見ろ。


 ほんのわずかな気力を振り絞って、

 才藤は、自分に言い聞かす。


 ――そんな才藤に、



「――まあ、それはそれとして、設計者であるレイたんに一つ質問でちゅ。あの迷宮のクリア報酬についてなんでちゅけど」



「あ? 急になんだ……まあ、別に答えてもいいけど」


 そこで、んんっと喉の調子を整えて、


「言っておくけど、報酬なんて無いからな。真理なんて存在しない。そんなもんは『ファントム』に過ぎない。世界を導く『答え』なんて存在しない。それが……それだけが、本当の答え。リミットまでにラスボスを倒せなかったら、世界が終わる。アレは、それだけのクソゲー」


「ウソをつかないでほしいでちゅ」


「ウソじゃない! 事実、俺はそう設定して――」


「ふぅん。じゃあ、『製作者のくせに無知なレイたん』に、真理の迷宮のクリア後について、教えてあげまちゅ」


「あの迷宮に関して俺の知らないことなんて、何も――」


「――『新たなる世界の始まり』が待っていまちた」


「……はい?」


「どうやら、あの迷宮って、クリアしたら、『この世界を自由に改変できる権利』を得られるみたいでちゅよ」


「な、何、それ? てか、何でそんな事を知って――」



「――『とっくの昔にソロで、クリアしたから』に決まっているじゃないでちゅか。だから、安心してくだちゃい。世界は終わりまちぇんよ」



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