32話 ミスターZ。
32話 ミスターZ。
世界的に有名な都市伝説。
世界を影で救っているヒーロー、ミスターZ。
決して表舞台には現れず、裏から世界の平和を守っている謎の英雄。
「なぜ、そのコードネームが、未知を表すXではなく、アルファベットの最後を表すZなのか、気になった事はない?」
「……」
「正体が、終理だから。そして、Zは、最終・最高・究極を表すから。この不完全な世界を『修理』するために産まれた超人に与えられた『正式なコールサイン』は『ジーナス(Zenith)』。意味は天頂・頂点。スペルは違うけれど、Zに、女神を表すヴィーナスを合わせたって意味もあるらしいわ」
自虐的な笑みで笑って、
「姉様に出来ない事はないわ。美しいとか、運動神経がいいとか、頭がいいとか、そんな次元じゃない、本物の超人――本当に、出来ない事がないの。剣道をやらせたら、ほんの数時間練習するだけで、宙を舞うハッパを割箸で両断してみせた。スケート靴を履かせて氷の上に立たせたら、数分後には空中をクルクルと回転してみせた。……様々なスポーツの関係者から、どうかオリンピックに出場してくれと懇願されている光景を、あたし、いったい何回見てきたかしら」
「……」
「五歳の時……姉様が最初に世界を救った日の一週間後……姉様は、育ててくれたお礼だと言って、ウチのパパとママの口座に三億五千万円ずつ振り込んだの」
『――終ちゃん、こんな大金、いったい、どうしたの』
『過激派が使っていた暗号を解くために、解析ソフトを創ろうと思って、ちょっと算数を勉強したついでに、ミレニアム懸賞問題を全部解いたら、なんか七億円もらっちゃいまちた。リーマンとかポアンカレは楽勝だったんでちゅけど、流石にP≠NPは時間がかかりまちた。証明するだけなら他の良問と同じレベルだったんでちゅけど、アレの問題は、その結果がどうっていう領域でちたからねぇ』
「……もう、笑うしかないわよね」
「ミレニアム懸賞問題を解いたのは全員別人でロシアやインドの高名な数学者のはずだが」
「悪目立ちするのがイヤだからって代役をたてただけ。名誉欲だけが望みの数学者なんて、探せばどこにでもいるわ」
「……」
「コードネームを使っているのも、『世界を救う』なんてド派手なマネをしたら、確実に悪目立ちしてしまうから」
――喝采はいりまちぇん。賛美も不要でちゅ。
オイちゃんは、ただ、悪を裂く一振りの剣であればいいんでちゅよ――
「それが姉様なのよ」
「……」
「ねぇ、わかる? 生まれた瞬間から、ずっと、そんな破格の超人と比べられて生きてきた無能の気持ち。どれだけ努力をして、どんな結果をだしたって、『まあ、当然だよね』『てか、アレの妹なのに、その程度なんだ』そう言われ続ける気持ち。……姉様がミスターZだと知っている人は各国の首脳陣や軍事関係者や一部の身内だけだけれど、姉様が『別格の超人』だという事くらい、ちょっと一緒にいれば誰でもわかる――」
『華日さん、前の模試で一位とったんだ? へぇ、すごいね。ところで、今度のソフトボールの大会でピッチャーが足りないんだけど、華日さん、投げてくれない? たぶん、アレの妹であるあなたなら、中学生のチームくらい、余裕で完全試合に――え、ソフトボールは得意じゃない? アレの妹なのに? あの人、軽く投げて120キロのライズボールとか投げていたから、妹の華日さんも、それに近い球を投げられるのかなって思っていたんだけど……ふーん……なんか、華日さんって、結構、普通なんだね』
『突然おじゃまして申し訳ありません。至急、酒神終理様を御呼びしていただけませんか? 実は少し問題が……いえ、とても大きな問題がおきまして、あの方の助力を借りられないかと……え、不在? くっ……ん、ぁっ、そうだ。あなた様は、あの方の妹君であられる酒神華日様ですよね? よかった、あなたでも問題はありません。ちょっと、ロシア国防省のとあるシステムに侵入していただきたいのです。これが、NSA(米国国家安全保障局)からの正式な要請であるという事を、どうか、ご理解いただきたい。かの国のセキュリティは、流石になかなか強固で、我が祖国の電脳部隊では、恥ずかしながら、突破するのに途方もない時間がかかり……え、できない? そこをなんとか! 必ず、望むだけの報酬を……え、そもそもコンピュータは得意じゃない? ……えっと、あなたは、酒神終理様の妹様ですよね? ……養子……? あ、いや、申し訳ありません。とんだ失言を……ぇと、あの、はい、えっと、事情はわかりました、それでは失礼――ん……何だ? 私だ。なに? もう解決しただと?! ……なるほど……とっくの昔に【ジーナス】が木馬をしこんでいたのか。……流石だ。よし、後は任せた。切るぞ。……いやぁ、相変わらず凄すぎて、正直、ドン引きだ。――ん、ぁ、あぁ、申し訳ございません。お騒がせいたしました。では、失礼いたします』
「どいつもこいつも、ふざけやがって……てめぇらにだって出来ない事だろうが。なんで、あたしが出来ないからって落胆されなきゃいけないんだ……どんな不可能でも可能にできるのは、あのイカれたバケモノただ一人だけなんだよ、くそったれがぁ」




