31話 酒神終理の話。
31話 酒神終理の話。
才藤と別れた直後、
聖堂は、その足で、体育館の裏に向かった。
すると、そこでは、
まだ、華日が呆けた顔でたたずんでいた。
『聖堂がゆっくりと近づいてくる』という事に気づいて、
華日は、力なくニっと笑った。
「雅ちゃんの方から、あたしに近づいてきたの、初めてじゃない?」
「――貴様の姉の話を聞かせろ」
「唐突ね。……どうして?」
「しょうもない話だったら、はったおすと決めたから」
「……ははっ」
華日は頭の中で『何か色々なモノ』を整理するかのように、
視線を八方にさまよわせてから、
「アイ姉様……怪津愛のこと、どう思った?」
「ガチレズ。それがなんだ?」
「その通り、アイ姉様は真正レズよ。頭の中が、終理姉様の事でパンパンになっている」
「それがなんだと聞いている」
「けれど、アイ姉様が終理姉様に付き従っている最大の理由は情欲や愛情じゃない」
「……続けろ」
「アイ姉様は、本来、バリバリの御嬢様然とした人間で、バカみたいにプライドが高く、当然のように高慢で強欲な人。初めて会ったのは、私が小学生の時なのだけれど、あの時は、ナチュラルに靴をなめるよう強要されたわ。本当に、凄まじい性格の人間だった。高慢が不遜を着て傲岸を背負いながら歩いているみたいな人だったの」
『他者を漏れなく見下す事』を義務として背負っている超越者。
『世界の全てが己の所有物』と認識している支配者。
「日本の『実質的支配者』の孫として生まれた選ばれし人。『象徴』でも『大臣の長』でもない、まっすぐな『王』としての器が『生まれながらに完成』している、人であって人ではない存在。特別な血を継いで産まれてきた別格の天上人」
己を『個』ではなく『頂』として考える、
生まれながらの女王様。
「もし、アイ姉様が、己の血に酔っているだけのバカ女だったら……もし、実は『根っこが病的なほど理知的な人間』でなければ、きっと、『生まれ』という圧倒的な背景を盾に、高圧的な態度で姉様を力ずくで侍らせようとして……そして、ボコられてヘシ折られていたはず」
望めばなんでも手に入る。
それが基本的には許されている選ばれた人間。
『強欲で気高い女王』であり続けてもかまわない、
と、社会から認められている特殊な生物。
「けれど、アイ姉様は、バカじゃなかったから、そうはならなかった。キチンと『本物』だったからこそ、格の違いを正確に理解した。本物すら超越した『鬼才』の価値を正しく認識できた」
――わたくしは世界一運がいい。酒神終理という究極システムの一部になれた――
「どう? すこしは、分かった?」
「異常な間柄だというのは把握した。想像以上に気持ちの悪い集団だ。ヘドが出る」
「はは……」
「正直、具体性にかけるな。五画寺グループの巨大さは理解しているつもりだが、だからと言って、その会長の孫娘が傾倒しているというだけでは、貴様の姉がどういう存在か、まったくと言っていいレベルで理解できん」
「アイ姉様以上に、正義御爺様の方が、終理姉様に心酔しているわ。御爺様は、姉様に会うたび、土下座して姉様の足を舐めようとするのよ」
「それは、そのジジイが、足フェチでギャルJK好きのド変態というだけの話だ」
「正義御爺様が姉様にひれ伏すようになったのは、姉様が九歳のころからよ」
「変態性がグっと増したな。本格的なロリコンじゃないか。なるほど、だから、この国にはロリコンが多いのか。終わっているな」
ふふっと、力なく笑ってから、華日はゆっくりと口を開いた。
「――『お任せしますから、どうか日本をお願いします』――と、『何十年にもわたってこの国を支配してきた傑物』が、九歳の子供に、己が持つ全てを差し出しながら……額が擦り切れるほど土下座して懇願したのよ」
「……」
「具体的なエピソードが聞きたいんだっけ? 山ほどあるわよ。八歳の時、家族で海外旅行に行ったのだけれど、その時に遭遇した巨大シンジケートを、姉様は一日で壊滅してみせたわ。200人以上の少女が誘拐された事件が発端なのだけれど、ニュースで聞いた事ない?」
「………………」
「十一歳の時に起きた事件なんか傑作よ。覚えているでしょう? 当時、世界を震撼させていた某有名テロ組織が事実上壊滅した事件。あの作戦は、姉様が設計した『画期的なブルートフォースソフト』をNCTCに提供したから成功したの。その半年後、『300人委員会のトップ』が、わざわざ、ウチまでやってきて、直々に『ノーベル平和賞を受け取ってもらいたい』と言ってきた。その時、姉様がなんて言ったと思う」
『ノーベル平和賞? あれ、戦争を助長した連中も貰っているじゃないでちゅか。あんな奴らと同じだと思われたら堪らないんで、いらないでちゅ』
「ほかにもいくらでもあるわ。姉様が初めて世界を救ったのは五歳の時。複数の旅客機が『イカれた過激派』にハイジャックされると知った姉様は――」
「もういい」
「どう? すごくない? それとも、信じられない?」
「今、貴様が語ったのは、すべて、『ミスターZが解決したといわれている事件』だな」
「そうね」
「つまり、貴様は、あの頭がおかしいとしか思えない女がミスターZだというのか?」




