30話 お前の気持ちは分かる。
30話 お前の気持ちは分かる。
「なんで……なんでなのよ……くそ……」
そこで、華日は、ギリギリと奥歯をかみしめ、才藤の胸を殴りつけた。
「痛いんですけど」
「なんで! どうして!」
「痛い……痛い……あの、聞こえてます? 痛いんですけど」
「くそがぁ!」
最後にそう叫ぶと、
華日は、才藤の胸に額を押しつける。
「お前の気持ちは分かる――くらい、言ってよ、クソばかぁああ!」
「いや、でも、お前の気持ちとか、全く分かんねぇから。だって、ボク、一人っ子だもん」
「わかるでしょぉお! てか、あんたの方が、よっぽど辛いじゃない! 滅多にいないのよ! あたしを慰められるほど、自分の血を憎悪しているヤツなんて! あたしが、自分の気持ちを、無防備に押しつけられる男なんて、ほかにはいないのよ! 抱きしめて、慰めるぐらいしてよ! クソヘタレ野郎ぉ!」
「お前に興味ねぇから無理」
「じゃあ、なんで……」
華日は、才藤の背中に両手を回し、
ぎゅうっと抱きしめながら、
「なんで……払い退けないのよぉ……」
「……」
「なんで、守ってくれたのよ……命まで張って……自分が一番つらいくせに……なんで、他人に優しくできるのよ……ふざけんな……」
「強引に払いのけてケガでもさせたら裁判沙汰になるかもしれないから。それだけ。人工呼吸なら弁解の余地があるけど、投げ飛ばしてケガさせたとなったら言い訳できねぇ」
「……ほんと……最悪ね……あんた」
「俺の言葉に、ようやく耳を傾けてくれるようになったな。これなら俺のファントムトークが機能する。今後もその調子でよろしく。――ところで、そろそろ放してくれない? チャイムが鳴る前に帰りたいんだけど」
「どこまでも……最低なのね……ムカつく」
★
華日から解放された15分後。
――教室に入ろうとした直前、
「のわっ」
才藤は聖堂に襟首を掴まれ、
踊り場の方へと連れていかれて、
「むぅ!」
胸倉をつかまれ、壁に押し付けられた。
そして、唇を唇でふさがれた。
情念や怨念のこもったその行為は、
到底、キスと呼んでいい代物ではなかった。
きわめて荒々しい粘液の接触。
「ぶはっ! はぁ?! なに?! ――ぐぁ!」
唇が離れた直後、
才藤は聖堂に思いっきり殴られた。
「おぉ……痛いぃ……なんなんだよ、今日……マジでぇ……てか、どういうつもりだ、聖堂。言っておくけど、今の一連、結構な犯罪だからな。訴訟も辞さないってか、訴訟せざるをえないっていうか――」
「過呼吸なんか、勝手に治るし、多少悪化したって、どうせ死なないんだから、放っておけ、カスがぁ!」
「……ぁ、見てたんだ……」
「アレしか方法がなかった訳じゃないだろ! なのに、なんで! く……クソが!」
そこで、泣きそうな顔になり、
「ああ、わかっている! あの行為そのものが! その後のセリフが! 全部! 『お前の気持ちはわかる』と! そう言っていると! 慰めるための行為だと! わかっているけれど! わたしにはわかっている! でも! でもぉ! うぅ! クソカスが、カスが、カスがぁ……うぐぅ、うぬぅう……ふぬぅううう」
怒りで歯が折れそうになっている。
いつもとは比べ物にならない、本当にブチギレた顔。
「わけのわからんことを……妄想も大概に――」
「零児ぃ……二度は……ないぞ」
「あ?」
「今回限りだ……二度目はない!」
「……なにが?」
「うっさい! ボケぇ! クソ色欲魔ぁあ! ドスケベ大魔王! 死ねぇ、ボケカス!」
最後にそう吐き捨てると、
聖堂は、教室に戻らず、
階段を三段飛ばしで下りていった。
カン! カン!
と、ローファーの底が、一段ごとに大きく擦り減っていく。
その背中が見えなくなるまで見送ってから、
才藤は、
「はぁ……」
壁にもたれかかったまま、
天を仰いで、
「……うるっせぇなぁ……どいつもこいつも」
ボソっとそうつぶやいた。




