27話 攻略不可能。
27話 攻略不可能。
――翌日の昼休み。
才藤は、体育館の裏で、コンビニ弁当を食べながら、
『迷宮の指南書』に目を通していた。
そして、絶望していた。
(迷宮攻略が始まったのは九十九年前の六月……おいおい、じゃあ、あと二カ月でクリアしなきゃいけないのか? いやいやいや……)
探索開始から百年以内にクリアできなければ、世界は終わる。
それが、真理の迷宮のルール。
(ふざけんじゃねぇぞ。現状の戦力じゃあ、七階のボス『サヴァーテ』までなら、なんとか倒せるけど、八階のラスボス『Z』は、さすがに無理だぞ)
ラスボスの『Z』は、サヴァーテの五倍以上強い。
今の戦力では絶対に勝てない。
(一応、八階層には、救済アイテムの最強兵器『剣翼』が二つ隠されているけど……『白銀の剣翼』の方はともかく、『閃光の剣翼』の方は入手難度がおぞましく高い。入手するのに最短でも半年はかかる。白銀は、その気になれば秒で盗れるが、白銀だけじゃ、ぶっちゃけ、キツい……火力が足りねぇ。せめて、俺が『村人』なんてクソ職業じゃなく、『ハッカー』とか『ヒーロー』なら……)
強力な魔法や剣技が使い放題の、ぶっちぎり最強職業『ヒーロー』。
正気度と引き換えに、真理の迷宮のデータを弄れるというチート職業『ハッカー』。
(俺が『ハッカー』だったら完璧だったんだ。どうせ最初からバグってんだから、どれだけSAN値(正気度)を削るスキルでも使い放題。……って『ないものねだり』してる場合じゃねぇ。ああ……やべぇ……マジでやべぇ……どう計算しても、間に合わねぇ――)
深いため息をついてしまう。
頭を抱えてうつむいてしまう。
その時――
「あんた、何で、こんな所でうなだれてんの。探すの、めちゃめちゃ苦労したんだけど」
「……ん?」
『酷く不機嫌そうな声』が弾けた方角、
左斜め後方に首を傾けてみると、
「20分よ、20分」
イライラ顔をしている華日が、
どこまでも理不尽に、
「このあたしが、あんたなんかの為だけに、20分も無意味に時間を使ったの。それがどういう事かわかる?」
「お前が、俺の為に時間を使う。それがどういう事か? ……はてな? 難易度高いな。どの方程式を当てはめればいいんだ? この場合の補助線は……うーん。純粋非線形幾何不等式は苦手なんだよなぁ。ヒントプリーズ」
「つまりは、あたしに対して、極めて蒙昧な暴言を吐くという行為に匹敵するという事よ」
「謎は深まるばかりだな。良かったよ、その問題が、今まで受けてきたテストに一度として出てこなくて。比較的運が悪い方だとばかり思っていたけれど、実はどうやら、そうでもなかったらしい。直面している現状の運命が破滅的に最悪って点に目をつぶれば、おおむね良好と言えなくもない。なんでやねん」
才藤の、蝶のように舞い蜂のように刺すファントムトークを、
しかし、華日は、完全に無視して、
「だから、これでチャラにしなさい」
「……はぁ?」
「今日、あたしは、あんたから『時代によっては極刑もあり得るほどの手酷い精神的苦痛』を受けた訳だけれど、それを、なかった事にしてあげるから、あんたも、昨日の事は、なかった事にしなさい。よかったわね」
「何が良かったのだろう――と思ったら負けのゲームをしている気分だ。何で、俺の周りにいる連中は、どいつもこいつも、情緒に舞空術を使わせてんだ? 精神がフワフワしすぎなんだよ。というか、根本からして、何の話かさっぱりわからんのだが」
「ちっ。どうしても、ハッキリ言わせたいって事? 性格が悪いわね。最悪といってもいいわ。本当にクズ野郎なのね。まったく……いいわよ。言ってあげるわよ。耳をかっぽじりなさい」
そこで、スゥっと深呼吸をして、
「昨日の、『あんたに関してなど当然のように無知である』がゆえに、ついウッカリ口をついてしまったモラル的に問題があると言えなくもない暴言は取り消すから、忘れなさいと言っているのよ。いいわね、ゴミ野郎」
「……『暴言を取り消す』というセリフを、よりクリティカルな暴言で包んで投げつけられる日がくるとは、流石の俺も、一度として想定したことがなかったな」




