1話 性格が死んでいる主人公。
1話 性格が死んでいる主人公。
『女神』のような美少女とのクソみたいな漫才から三年。
『彼』――『才籐 零児』は、無駄に大きな蒼い校門を抜けて、ポヤポヤとした桜の並木道をまっすぐに進んだ。
入学式から一週間しか経っていないので、才藤と同じ新入生たちの表情には、まだまだ、期待色がアリアリと滲み出ているが、二・三年の顔からは眠気とダルさしか窺えない。
校舎近くまで歩いた所で、二年生である事を示す『赤いネクタイ』を締めた女生徒二人が、才籐の横を抜けていきながら、
「――あ、銃崎先輩、発見。相変わらず、鬼美人すぎて引くわぁ」
「学年一位の才女で、かつ、あの美貌とか、反則だよねぇ」
二人の視線の先では、女子の嫉妬と、男子の羨望をごっそりと惹きつけている三年の女子が颯爽と歩いていた。
赤髪ショートが抜群に似合っている、スラっとした超イケメン系美女。
(うお、ほんとにすげぇ美人。引くわぁ)
全力で欠点を探してみたが見当たらなかった。
(おまけにスペックまで高いって? ははは。死ねばいいのに)
心の中でブツブツ言っている才藤は、『掃いて捨てるほどいるモブ』の群れに埋もれて窒息しそうになりながらも、どうにかこうにか、己が向かうべき場所へと歩を進める。
ゴールは、第十二校舎の六階。
第五校門から三百メートルほど先にあるマンションみたいな高層建築物。
(果てしない。いや、果てはあるけど、しかし遠い)
どうにか辿り着いてもまだ苦行は終わらない。
(階段ウザい、多い、長い……団地か!)
息を切らして階段を上がりながら、心の中でブーたれる。
――桐作学園高等学校。
少子化の現在でも一万人近い生徒が在籍している、日本一のマンモス高校。
(チャリ五分という通学の楽さに魅了されたからココを選んだのに、校門くぐってから教室までの道のりがイバラとは、これいかに)
息を切らして階段を昇り、ようやく辿りついた自分の教室に雪崩れ込む。
(なんで、毎日毎日、こんな意味のない特殊訓練を受けなきゃなんねぇんだ)
才籐の机は窓際の一番後ろ。
――そこに視線を向けてみると、
(……ぅげぇ)
クラスカースト上位五名(女二・男三)に占領されていた。
(うわ、しんどぉ)
無駄に醸しだされている、俺達イケてるだろ感。
「いや、マジで、俺、酒神華日と知り合いだから。同中で、同クラだったから」
「っべー、全国区のカリスマモデルと知り合いとか、風見の人生偏差値、マジで底知れねぇな」
無駄に大きな声で、クソどうでもいい会話を、聞いてもらいたいオーラ全開で繰り広げる、死んだ方がいいバカども。――才藤は、あまりのウザさに顔面を歪ませる。
(あの輪のど真ん中に、手榴弾を放り込める権利になら、二億までは出せるな)
淀んだ目で世界を睨みながら歯噛みしつつ、頭の中で、
(今の俺が実質的に取れる選択肢は二つ。逃げるか、闘うか)
割って入るのはしんどいが、あんなカス共相手に引くのもイヤだった才藤は、結果、
「……それ俺の机」
「ぁ、だから?」
「だから、つまり……荷物とか、置きたいんだけど」
「置けばよくね? フック見えてんだろ」
「……ぁあ、ぅん」
最後まで切り込むことができず、
結局、才籐は、リュックをフックにかけて、
無意味に、自分の机から少し離れた窓際で、
特に眺めたくもない景色を眺める。
「あいつ、ウケんだけど。なんで、リュックかけんの宣言したの?」
「俺に話しかけたかったんじゃない? ほら俺ってば、『ミスターZ』に匹敵するエキセントリックスーパースターだから」
「ぶはは。読モの知り合いがいるくらいで、なに世界の救世主を気取ってんだよ」
「だけ、だと? バカ言ってんじゃねぇよ。言っとくけど、俺、空手黒帯だから」
「仮にマジだったとして、だからなんなんだよ」
クソみたいな会話の直後、
その空間が下品な爆笑に包まれた。
(ミスターZに匹敵するだぁ? 冗談でも言っていい事と悪い事があるだろ。てめぇみたいな本格完投派のカスと、『世界中のテロ組織や麻薬工場を、たった一人で、片っぱしから潰しまくった、正体不明のスーパーヒーロー』を比べる事は、もはや一種のテロリズムと言ってもいいだろう。ミスターZに粛清されろ、クソが)
心の中でそうつぶやきつつ、
才藤は、深いため息をついた。