15話 地下迷宮研究会の人間関係。
15話 地下迷宮研究会の人間関係。
ふいに、銃崎が、スっと立ち上がって、
「神の回答が実在するのかどうか、今の私にはわからない。しかし、普通に生きているだけでは決して知りえない情報が、迷宮の底に眠っている可能性はゼロじゃない。少なくとも、私達は、人間の限界を遙かに超越した『力』だけなら、既に手に入れている」
そこで、銃崎は、自身が座っていたスチールのイスを左手で掴み、その全ての脚を、手刀でスパっと切断してみせた。
切り離された足が、カンカンカンと、小気味いい音をたてながら、地に落ちる。
「どれだけ鍛錬をつんでも、普通の人間に、こんな事は出来ないだろう。私に、この力を与えた者――これほどの、ぶっ飛んだ冗談をかませるエンターテイナーなど、現状では、神くらいしか思いつく相手がいない」
冗談が介入しない、キレッキレの真顔で、
「まあ、本音を言えば、真理など、どうでもいいんだが、私には一つの大きな目標がある。それを達成するために、死力を尽くして迷宮に挑んでいる」
「ボクは、ちょっと知りたいかな。自分とか、この世界が、なぜ存在するのか、もし分かるなら知っておきたいと思うから。ようは、知的好奇心だね」
「わたくしは、銃崎先輩と同じで、真理には毛ほどの興味もございませんわ」
そこで、怪津愛は、チラリと酒神華日に視線を送り、
「ただ、わたくしの居場所は、終様の三歩後ろにしかございませんゆえ、終様が、迷宮探索に参加するというのなら、追従しないわけにはまいりませんの」
その言葉を受け、華日は、怪津を見ながら、
「アイ姉様。もはや聞くまでもありませんが、一応確認しておきます。……終理姉様も、この謎状況に巻き込まれているのですね?」
「当然ですわ。『探究者』は『神』に選ばれし者。『神に認められた天才』しか探究者になる権利は得られない。となれば自明。終様が選ばれないはずがございませんわ」
「神に選ばれた天才だけ? ……じゃあ、なんで……」
そこで、酒神華日は、チラっと才藤を見た。
カスがそこにいる。
もはや顔を見るだけで吐き気がするクズ男。
華日の視線に気づいた才藤は、
目線が合わないように、顔の角度を調整しつつ、
(チュートリアルの流れ、ジョブや魔法なんかのシステム周り、全体的な世界観、あらゆる点から鑑みて、俺の設計図通りの迷宮である事は間違いない。なぜ、俺のラクガキが現実になっているのか……んー……)
そこで、銃崎が、パンッと柏手を打って、
「さて、今日の所は、この辺りでお開きにしようと思う。羽金、例のものを配ってくれ」
言われて、羽金は、新入生の三人に、B5七百枚分の分厚い書類を配る。
「それは、これまで迷宮に挑んできた先駆者達が得た知識が全て記されている迷宮攻略の指南書だ。時間を見つけて読み込んでおいてくれ。情報量は膨大だが『真理の迷宮に選ばれたほどの天才』である君たちなら、一週間ほどで全て頭に叩き込む事ができるだろう」
言いながら、地下迷宮研究会部長の銃崎美砂は、一年前のこの日を思い出していた。
(そういえば……あのアホは、この膨大な情報を数秒で頭に入れていたな。……資料を受け取ってから、ほんの三十秒ほどだったかな? パラパラパラっとめくったかと思うと、資料を机に放り投げて、あのアホは言った――)
『了解しまちた。それでは失礼しまちゅ』
『酒神君、それは、これからの攻略で必要になってくる大事な資料だ。後々、読み返す事も多々あるだろう必須の品。忘れずに、きちんと持って帰りたまえ』
(去年、部長を務めていた才女、五月雨柚木……酒神というアホを知るまでは、この世で最も優れた女性だと信じていた天才……あの瞬間まで、この世の誰よりも尊敬していた、非常に利発的な、才気溢れる五月雨部長の命令に対し、あのアホは――)
『いらないでちゅ。もう、全部、覚えまちたから』
『はぁ? なにを、バカな事を。ここに記されている情報が、どれだけ膨大だと――』
『信じられないなら、何か問題を出してもらってもいいでちゅよ?』
『己を超越的に見せたがる気持ちは分からないでもない。しかしだな――』
『オイちゃん、ヒマじゃないんで、早くしてくれまちぇんか?』
『……まったく……では、三章の第六項に記載されている――』
『ヒントの石板により、その実在が明確に示されている最強兵器『剣翼』の種類は三種類。白銀。閃光。英雄。しかし、いまだ一つとして入手には至っておらず、どころか、入手方法に関するヒントすら見つかっていない』
『……っ』
『第六項が記されている231枚目の文章の冒頭なんでちゅけど、まだ続けまちゅか?』
『……ま、まさか、本当に、あの一瞬で、指南書に書かれている全文を丸暗記したというのか? そ、そんなバカな。仮に、完全記憶能力者だったとしても、あの短時間では、目が追いつかないし、脳の処理だって――』
『ちなみに、592枚目の上から二十五行目の文章に誤字がありまちた。文章の繋がり的に、【しかして】ではなく、【しかし】でちゅよね? 対比・相反を示す【しかし】と、前述を受け止める【しかして】は、意味が真逆。しかして、流石に誤用とは思っていまちぇん。ああ、気にしなくていいでちゅよ。オイちゃん以外の人間は、例外なく不完全でちゅから、当然、ミスもありまちゅ。ドンマイ、ドンマイ。……ただ、後輩に笑われたくなかったら、修正しておく事をオススメしまちゅ。では、ばーいちゃ』
(――あの日、私の人生の目標は決まった。あのアホに、私を認めさせる。『酒神終理』という究極超人に、私は、いつか、必ず、『銃崎美砂』という女を認めさせてやる。そのためだったら、私は……何だってしてやる)




