9話 みぃつけた。
9話 みぃつけた。
稀代の変態酒神終理。
――彼女を見つけるや否や、
怪津愛は、
「ぁあ……終様」
恍惚の表情で、アホの元まで、ススっと寄って行き、
雪崩込むような勢いで、彼女の右腕に絡みつき、その右肩に頭をのせた。
自分(女)と密着した事によって呼吸が若干荒くなっているお嬢様――という、奇妙が過ぎる状況を、
酒神は、華麗にスルーして、呑気に口を開いた。
「オイちゃんは悲しいでちゅ。尊敬し敬愛し崇拝していた銃崎たんが、イジメの首謀者になり果てるなんて。およよ」
「おい、そこのアホ、今は何時だ?」
「アフターファイブでちゅ。フリーダムゴールデンタイム。輝く丘の向こう側でちゅね。いつか夢みた世界でちゅ。美しいでちゅね」
「……集合時間は何時だった?」
「知らないでちゅ。オイちゃんという生き物は、難しい事が分らないようにできているんでちゅ。そんな事も知らないなんて、銃崎たんは、リーダー失格でちゅ。ねー、愛たん」
「全て、何もかも、終様のご指摘の通りかと存じますわ。こんなにも可憐で気高く美しい女神をイジめるだなんて最低ですわ。鬼畜ですわ。外道ですわ。さあ、銃崎先輩。尊き終様に、地面をしゃぶる勢いの土下座を」
百合百合しいアホ女二人を前に、つい頭を抱えてしまう銃崎。
(酒神ほどではないというだけで、怪津も大概の狂人という……はぁ、まったく……なぜ、私の後輩は、こんな狂ったのばかりなのか……まったく、まったく……)
どうにか心を鎮めようと深呼吸をしている銃崎から視線を外すと、
酒神は、ニタニタ顔のまま新人三人を観察しながら、
「今年は三人でちゅか。んー? いつもより一人多いでちゅね。初めてじゃないでちゅか、新人の数が違うのって。三年生が羽金たんと銃崎たんの二人。二年もオイちゃんと愛たんの二人。去年の三年生も二人。その前も二人。その前も、その前も。なのに、今年だけ三人。んー、何故でちゅかね。不思議でちゅねぇー………………ん?」
そこで、酒神の表情が一変する。
彼女のデフォルトを知っていれば知っているほど困惑してしまう、
――そんな、とんでもなく鋭い視線。
恐ろしく真剣な表情。
今まで、こんな事はなかった。
「ぁ、あの……いかがなさいましたか、終様」
「いえ、なんでもないわ」
酒神は、そこで、一瞬だけハっとした表情になってから、即座にニコっと笑い、
「でちゅっ」
と、いつもの語尾で絞めた。
そして黙る。
表情だけは、いつもの、
しまりがないニタニタ顔をキープさせているが、
視線は、新人男子から離れない。瞬きすらしない。
酒神は思う。
――『あの一年坊主』は、何かおかしい。
(ファーストゴーレムの挙動プログラムはEC戦闘AIのゼロパターン。そして、媒介変数は1以下で固定。ルイフノン指数は限りなく正に近い。完全ランダムと錯視するよう誘導されている美しい式。初見で完全解析するのは情報不足で絶対に不可能)
行動、闘い方に、不可解な一貫性が見える。
まったくエレガントではないのだけれど、
しかし、穿った視点で捉えれば、
非常に美しく整った数式がチラホラしているという謎めいた不可思議。
(……『既知』を疑う理由が、あまりに無さすぎる。形而下の叡智では決して届かない領域。天啓にしては、あまりにも届きすぎている高次の祝福。極限論理の認識? 違う。認知ではない。推理も思考も介入する余地がない。つまりは、超次の愛。天上の意思)
酒神の頭の中で、目まぐるしい計算が行われる。
凡人の理解を拒絶する数式の積み重ねによって辿り着いた答え。
それはあまりにも荒唐無稽。
乱雑な非線形に見えて、どこかシンメトリーな妖しいコズミック。
「ぁあ……」
イカれ切った頭脳が導き出した解答に、
酒神は、
「はは」
っと、平時とはまるで性質が異なる、
妙に甘ったるい笑顔を浮かべ、
「みぃつけた」
――と、つぶやいた。




