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1.チュートリアル

よろしくお願いします。




《チュートリアルを開始することができます。チュートリアルはスキップすることも可能です。チュートリアルを開始しますか?》


 扉を開けた瞬間に『エル』の声。

 もちろん開始する。


《了解しました。チュートリアルはプライベートエリアで進行します。プライベートエリアで行動できるのは、『カナ』とその幻獣のみです。また、戦闘不能によるペナルティも発生しません。なお、プライベートエリアでは、移動できる範囲に制限があります。戦闘不能によるペナルティは、1時間のステータス半減です。何度も戦闘不能を繰り返しますと、ペナルティは重なり、最終的に行動できなくなりますので、ご注意ください。》


 プライベートエリアなら琥珀を『帰還』させなくても良かったじゃないか。とはいえ、呼び出すのもあれだし、とりあえずこのまま行こう。

 通常はデス・ペナルティが付いて、死に戻りの繰り返しを制限してるのか。擬似的とはいえ“死”を体験するんだよな。あんまり無茶はしないようにしとこう。


《それではチュートリアルを開始します。ガイドにしたがって『冒険者ギルド』へ行き冒険者登録を行いましょう。》


 ガイドと言うのは、床に浮いてる半透明の矢印のことだな。試しに矢印とは反対の方へ歩き出すと、見えない壁に阻まれて先に進むことができない。大人しくガイドの示す方へ向かう。

 思った通り、狭い部屋は宿の一室だった。階段を降りるとカウンターには店主だろうか、おじさんがひとり座って新聞紙サイズの何かを読んでいる。「いってらっしゃい、気をつけて」と声をかけてきたので、挨拶をして外に出た。


「おお〜すごい。」


 広く取られた石畳の道。向かい合わせで石レンガ造りの建物が並び、軒先や道沿いには色とりどりの花が植えられ、住人であるNPCが立ち話をしている。若干近代が入ったヨーロッパの田舎街をモデルにしているんだろうな。散策したいが、まずはチュートリアルを進めよう。

 少し坂になっている通りをガイドに従って歩く。


 冒険者ギルドはフィールドと繋がる門のすぐ側にあった。入り口は開けられていて、中は照明が絞ってあるのか少し薄暗い。広めのフロアには飲み食いができるテーブル席がいくつか並び、奥に受付カウンター。出入口横の壁には掲示板があり、貼り出されたクエスト依頼書を初心者らしき冒険者が眺めていた。

 床のガイドは受付カウンターを示しているので、そっち向かう。

 受付は、ヒューマンの女性だ。緑色の瞳に栗色の髪をお下げにして可愛い顔立ちをしている。俺が近づくと微笑みながら会釈をする。うん、会社のエントランスにいる受付の女性社員ぽい。


「こんにちは。どうしましたか?」

「冒険者登録をしたくて……。」

「初心者の方ですね。こちらにサインをお願いします。」


 受付の女性が何か書かれた紙をカウンターに置くと、キーボード付きのウィンドウが浮かび上がる。


《プレイヤーネームを入力してください。受付の紙に直接記入することもできます。》


 せっかくだし、紙に書こう。

 受付の女性にペンを借りて、カタカナでプレイヤーネームを書く。


「ありがとうございます。こちらがギルドカードになります。」


 定期券サイズの銀色のカードを手渡される。カード自体には何も書かれていない。


《ギルドカードの内容は、ステータスに登録されます。ギルドカードそのものを使用するときは、『収納カバン』の『大事な物』より選んでください。通常の消費アイテムは『収納カバン』に入れられます。『収納カバン』は様々な種類があります。見た目によって収納数が変わるものもありますので、色々探してみてください。》


 今の俺が持っている『収納カバン』はサイドポーチのようで、手で軽く叩くとスロットが並んだウィンドウが開いた。『大事な物』の項目を選ぶとギルドカードが収まっている。

 ステータスに『冒険者ギルド』の項目が追加され、ランクやクエストの情報を確認できるようだ。登録したばかりなので、ランクは『E』。


「クエストの説明を聞きますか?」

「お願いします。」

「クエストは後ろの掲示板かカウンターで受けることができます。ランク以上のクエストは受けれないので、注意してくださいね。あと、一度に受けれるクエストは3件、一日に受けれるクエストの数は15件までになります。クエストは期限がありますので、あまり放置しないようにしてください。罰則などはありませんが、そういったことが多いと評価が下がっていきますので……。」


 クエストをこなせばランクは上がるが、放置して失敗するとランクが下がる仕組みらしい。


「クエストの中には特別なものもありますので、定期的にギルドを訪れると良いですよ。何かクエストを受けてみますか?」

「どんなものがある?」

「そうですね……初めたばかりの方ならこちらですね」


 カウンターに3枚の依頼書を並べる。



◼️ラットチップの毛皮集め

ラットチップの毛皮を5枚集める。

報酬:100G、オレンジジュース(MP小回復)

期限:5日


◼️薬草採取

薬草を10個集める。

報酬:100G、初級ポーション(HP小回復)

期限:5日


◼️きのこ狩り

マッシュルームを5体倒す。

報酬:200G

期限:5日



「クエストは同じものを何度でも受けれる?」

「紹介したこの3件はいつも募集しているから、大丈夫ですよ。」


 とりあえず、全部受けることを伝えると、受付の女性が依頼書を渡して来た。依頼書を受け取ると消えてしまうが、ステータスを見るとクエストの項目に受注した3件が表示されていた。


「あ、それぞれどのあたりに出るとか教えてもらえたり……する?」

「地図はありますか?」

「……持っていない。」

「それではこれを差し上げます。」


《『ファース周辺の地図』を入手しました。マップを使用するときは、『大事な物』より選んでください。今後、地図の取得アナウンスはありませんので、取得した際はマップをご確認ください。》


 『大事な物』からマップを選ぶと手の中に地図が現れた。広げて女性に見せる。


「ラットチップはどこにでも居ます。薬草はこのあたりに多く生えていますね……マッシュルームは、森の近くに生息していますので、この辺ですね。」


 すべて街のからそう遠くない場所のようだ。


「ありがとう。えーと、あなたの名前を聞いてもいい?」

「私ですか?ユナといいます。」

「クエストを終えたら、ユナさんに報告すればいいのかな?」

「時間帯によっては、別の方が対応しますが…夕刻6時までなら私がいますので。」

「ありがとう。それじゃ、行ってきます。」

「はい、お気をつけて!」


 ユナに手を振って、ギルドを後にする。

 ガイドは、門の方を示しているので、そちらに向かう。琥珀用の地味な装備が欲しいが、買い物はチュートリアルが終わってからだな。

 門には皮の鎧を着た兵士のNPCが立っていたので、軽く会釈をしてフィールドに出た。


 チュートリアル中は時間が止まるのかと思っていたが、ゲーム内の時間のまま進むようだ。

 草の香り、顔に当たる風、空を流れる雲。

 ああ、フルダイブ型すごいな。顔がにやけてしまう。桃も嬉しいのか肩の上で囀る。

 琥珀には戦闘で呼ぶと言ったが、まずは自分だけで戦ってみたい。少し歩いた先に茶色のネズミのようなモンスターがいる。あれがラットチップだろう。ゲーム内は基本、NPCであってもネームは表示されない。NPCであれば会話をして名前を教えてもらうか、モンスターであれば一度倒すことでネームが登録される。プレイヤー同士なら、フレンドの頭上にネームを表示する機能もあるが、ここまでリアルなら表示したくはないな。種族変更は頻繁に行えないので、突然誰だお前状態にはならない、と思う。ただ、アバターを着飾るのが好きな奴だと、ネーム表示機能必要かも。

 さておき、ラットチップと戦ってみるか。


「危ないから桃はちょっと離れててな」


 桃が肩から離れ、俺の少し後ろで羽ばたいているのを確認して、弓に矢を番えて弦を引く。矢は無限に使えるが、色々な種類がある。装備しているのは、『木の矢』だ。生まれてこのかた、弓なんて射ったことがないから、ちゃんと飛ぶが心配。

 弦を引くとターゲットマーカーが出現した。腕を動かすとマーカーも動く。照準は自分で合わせないといけないらしい。当たり前だが、オートアタックなんてシステムはない。自分で剣を振り、自分で矢を番え射るのだ。うーん、ノーコンだと遠距離武器は難しいぞ。

 ラットチップが止まった瞬間を狙って指を離すと、放物線を描いて、ラットチップには当たらず地面に突き刺さった。


「うそー」


 ターゲットマーカーはあくまでも照準かー。

 攻撃されたことでこちらに気づいたラットチップが向かってきた。腰のショートソードを抜き、迎え撃つ。

 ラットチップの主な攻撃は、その場で跳ねての体当たりだ。タイミングを読んで避ければ問題ない。【スラッシュ】を使うと、ラットチップの動きが鈍くなる。体当たりをして来なくなったから、ショートソードを振り下ろし、最後の一撃を与える。

 「キュウ……」と鳴き声を上げて、ラットチップが光の粒になって消えていくと、地面に茶色の毛皮が残った。アイテム入手はアナウンスではなく、そのものなんだな。

 毛皮を拾い収納カバンに入れる。

 ついでにステータスを見ると、HPとMPが減っていた。技もMPを消費するようで、自然回復はしない。ラットチップぐらいなら連戦行けそうだが、回復アイテムが常備いるな。街に戻ったら、道具屋の位置を聞いておこう。


 ラットチップは群ではなく単独行動のモンスターのようだが、リンクしないとも限らないので、弓で誘き寄せてショートソードで殴る、で行こう。

 そういえば、ステータスバーらしきものが一切出ないんだけど、HPMPの残数は、いちいちステータスで確認しないとダメなんかな。

 2回目以降の弓はちゃんと当てることができて、苦もなく撃破。ラットチップの毛皮は順調に5枚集まった。毛皮の他にしっぽやどんぐりといったアイテムも出て、どちらも食材だが……これも街に戻ったら調理してみるか。


 かかんだ状態から立ち上がると、なんとなく体が重いような気がする。HPをみると半分に減っていた。もしかして、バーが表示されない代わりに感覚で減り具合を判断するのか!ヒーラーはどうやってパーティーメンバーの状態を知るんだ?パーティーを組むと表示されるのだろうか。

 薬草集めの前に桃に頼んでHPを回復してもらう。幻獣のHPMPも自然回復をしないから、同じようにアイテムがいるな。

 琥珀は……もうちょっと後でもいいか。


 薬草の採取場所はマッシュルームが出る森の近くだ。今のところそれっぽいモンスターの姿は見えないので、草むらを掻き分けて薬草を探す。アイテムと思しき草があるので、とりあえず引っこ抜いてみた。フレーバーテキストには『ただの草』と出た。

 とにかく入手しないと何のアイテムかわからないのは面倒だな。【鑑定】スキルとかあるんだろうか。


 四つん這いで草むらを移動する俺の頭の上で、桃が楽しそうに囀る。タンポポの葉によく似た草をむしると『どこにでも生えている一般的な薬草』。

 これだ!

 分かれば同じ草を探すだけだ。よくみれば周囲にはたくさんの薬草が生えていた。10個はあっという間だな。


 黙々と薬草を引っこ抜いていると、視界を何かが掠める。

 顔上げると森に入り込んでしまったらしく、周りは木に囲まれていた。その木の間から、白い物体がちらちらと覗いている。

 桃を後ろに下がらせ、弓を構える。あれがマッシュルームだろう。

 ぐ、木が邪魔だな。

 少し移動しようと踏み出した瞬間、桃が大きく鳴き声を上げた。後ろを振り返るより先に衝撃で倒れ込む。痛みはない。慌てて体勢を整えると、カサが白い斑模様のキノコモンスターが2体いた。

 桃が『小鳥の歌』でHPを回復してくれる。レベルは俺と同期しているから、MPは多くはない。慎重に相手をしないと……。

 ショートソードを抜き、手前のマッシュルームに狙いを定め、斬りかかる。当たりはするが、ラットチップよりもHPが高いのか、なかなか倒れない。もう1体はどうしてるかと視線を向けると、何故か上下に伸び縮みしていた。


「え?なにその動き。」


 縮んでカサがめくりあがりヒダが表に出ると、ブワッと胞子が勢いよく飛び出した。

 口を手で覆うが、吸い込んでしまいむせる。まずい、逃げようとしたが、横からタックルを食らい地面に倒れ込む。桃が回復をしてくれるが、焼け石に水だ。

 立ち上がれない俺に迫る2体のマッシュルーム。

 チュートリアルで死に戻りかよ。

 覚悟を決めた俺の前に羽を目一杯広げ庇うように桃が躍り出た。その健気な仕草に感動したが、慌てて桃を胸元に引き寄せ、尻餅をついたまま後ろにずるずる下がる。

 うう、ここで死ぬのか………………。


 

 あ、琥珀がいたわ。



 「……琥珀。来い!」


 俺が叫ぶと、横一閃、光が走ったと思ったら、マッシュルームが光の粒となって消えていくところだった。地面にマッシュルームと同じ形をしたきのこが転がる。


「……なにをしているのだ」


 呆れたような声が頭上から降ってきて見上げると、腕を組んだ琥珀が立っていた。眉間に薄くシワが寄っている。そのお顔は……怒ってますか?腕を支えられ立ち上がるが、HPが残り少ないので足元が覚束ない。


「回復薬は?」

「……持ってない」

「回復薬も持たずに森に入ったのか!」

「チュートリアルだから大丈夫だと思って……」


 今ならわかる。

 ユナが提示したクエストは全部受ける必要はなく、毛皮集めか薬草集めを受けてクエストをクリアすればチュートリアル終了なのだろう。

 正直、ゲームとはいえ、ちょっと怖かった。

 俺の心情を感じ取ったのか、桃が頬にすり寄る。ふわふわの羽毛が暖かくて気持ちがいい。


「とりあえず街に戻るぞ。当面、主が何と言おうとも帰還はしない。」


 ため息と共に吐き出された台詞に俺は頷くしかなかった。



 クエストの報告をするためにカウンターに近づくと、俺に気がついたユナが微笑む。


「おかえりなさい、カナさん。クエストの報告ですか?」

「そう。えーと、ラットチップの毛皮と薬草採取を……。」

「ありがとうございます。では、この籠にそれぞれ入れてください。」


 収納カバンから毛皮と薬草を取り出し、ユナが置いた籠に入れると、枚数と状態をチェックしたユナがにこりと笑い、ギルドカードの提示を求めた。


「ギルドカードに経験値を記録しました。そしてこれが報酬の硬貨とアイテムです。」


 ギルドカードを受け取ると、ファンファーレが鳴り、レベルアップする。


《レベルアップしました。レベルアップは装備品によるステータスの上昇、スキルポイントを取得します。今後レベルアップのアナウンスはありませんので、ステータスを確認してください。》


 取得したスキルポイントは2pt。新しいスキルを覚えるには、ちょっと足りない。

 あと、レベルアップ時に装備している武器や防具で上がるステータスが変わる。俺は、ショートソードと弓なので、物理攻撃力のSTRと器用さのDEX、軽装備だと素早さのAGIが上がりやすくなっていて、魔法攻撃力や回復、魔法防御力に影響するINTやMNDは上がりにくい。LUKだけは、レベルアップでも上がらないステータスらしく、アクセサリや一時的にLUK上昇させる食事でないと強化できない。


「マッシュルームの討伐がまだ残っているようですね。ラットチップよりも強いので、ポーションなどの回復薬を準備するといいですよ。」


 先程、身を持って体験しました。


「ポーションを買いたいのだけど、どこに行けば買える?」

「ギルドを出て左手に進むと雑貨屋がありますので、そこで買えますよ。」

「装備を扱うお店もある?」

「雑貨屋の斜向かいに武器と防具を扱うお店があります。広場まで出ると、冒険者が露店を開いていたりするから、そっちも覗いてみるといいかもしれないですね。お店には置いていない掘り出し物とかあるという話ですから。」

「ん、ありがとう。」


 お礼を言ってギルドから出ると、チュートリアル完了のアナウンスが流れた。

 視界がふわっと揺れて、それまで静かだった通りに人が行き交い始める。プライベートエリアから通常エリアに切り替わったようだ。

 クエスト報酬のオレンジジュースを桃に飲ませ、自分もポーションでHPを回復する。所持金は200G。とりあえず、残っているマッシュルーム狩りを完了させよう。




読んでいただき、ありがとうございます。

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