しゅわしゅわチェリーピンク -New Summer-
過去作品を改稿もといリメイクした作品です。
遥彼方様主催、「夏祭りと君」企画参加作品です。
今日は、恋人と一緒に夏祭りに来ていた。彼の仕事終わりに、連絡したら「じゃあ少しだけ回ろう」ということで二人で屋台を回っている。
私もゼミの発表があって勉強してたし、彼も仕事が忙しかったから久しぶりにデートできるチャンスだと思ったんだけど……。
「あ! 槇ちゃんカキ氷あるよ! あと焼きそばとイカ焼き……。あ、リンゴ飴懐かしいなー!」
「祐史さん! そんなにいっぺんに言わないでくださいよ!」
祐史さんが屋台に夢中で、甘い雰囲気なんて無い。私よりずっと年上なのに、彼の方が子どもみたいだ。
「祐史さん、さっきフランクとたこ焼きと唐揚げ食べたじゃないですか。今だってクレープ食べてるし……。まだ足りないんですか?」
「うーん、いや折角だし……」
祐史さんが、クレープを頬張りながらそう言った。小柄な身体でもぐもぐしているとリスみたいで可愛い。彼の年齢には似合わないだろうが。
私と祐史さんは年の差が20歳ある。長くなるから馴れ初めは言わないけど、付き合い始めて2年、今も私は彼を愛してる。「槇ちゃん」って呼ぶ高めの柔らかい声が好きだ。お気楽な学生生活を送っていた私に仕事に対する姿勢や社会の厳しさを教えてくれる彼の真剣な顔が好きだ。今、こうやって少年のような笑顔をする祐史さんが好きだ。
けど、祐史さんも42歳。40歳を超えているとは思えないほどスマートな体型をしているけど、やっぱり彼の体のことが心配になる。30代と40代の間には大きな川が流れていると父がぼやいていたのを思い出した。
「年齢考えてください。どうせ帰ったらビール飲むんでしょ? これ以上はダメです」
「槇ちゃん、年齢のことは出さないでよ……。今日はお祭りごとなんだし大目に見て! ね?」
祐史さんが両手をパンッと合わせて「お願い!」と頼んでくる。
「どういうことですか……。もう、あと1個だけですよ?」
「ホント? 嬉しい~! ありがと槇ちゃん!」
祐史さんがへにゃ、と笑うから、絆されてしまった。私はなんだかんだ言って彼が大好きなんだ。
祐史さんは私の手を放さず(クレープも放さず)屋台を物色している。最後の1個だから選ぶのに真剣だ。その一方で、私はある屋台を見つけた。カラフルな装飾をした屋台は『カラフルサイダー』。確かにこの屋台の周りには、青、紫、黄緑、オレンジとカラフルなジュースを片手に、もう一方の手にスマホを掲げる女の子がちらほら見られた。
祐史さんと同年代だろう男性がサイダーを作りながら「お姉ちゃん一つどう?」とハリのある声で私に言ってきた。
「え…うーん……」
「はい、お待たせー!」
「ありがとうございまーす!」
甚平を着た10代前半くらいの男の子がピンク色のサイダーを受け取り、友達2人と一緒に通りを歩き出した。
「お姉ちゃんどうする?」
屋台のおじさんに声をかけられる。あのピンク色がいやに鮮やかで、祐史さんの手が離れたことにも気づかなかった。
「あっと、そうですね……」
味の想像はついているのに、結局買ってしまった。
「お待たせー……って槇ちゃんそれ何?」
最後の品をトルネードポテトに決めた祐史さんが戻って来た。ちなみにもう半分食べていた。
「カラフルサイダーっていうらしいです。あそこの屋台で買いました。」
買ったのはあの男の子と同じ、鮮やかなピンク色のサイダー。一応、チェリー味とされているものを買ったけど、こんなに透き通った綺麗なピンクなんてかき氷に使うシロップに決まってる。虫歯になりそうなシロップにサイダーを割った簡単なものだろう。濃いピンクの液体にはしゅわしゅわと炭酸が泳いでいる。
「あげます祐史さん」
「え? いいの?」
「はい」
甘そうなピンク色のジュースはなんだか見ているだけで喉が乾きそうだ。祐史さんはトルネードポテトが思ったよりも塩辛かったらしく、ちょうど甘いものが欲しかったと喜んで受け取ってくれた。
そろそろ帰ろうか、と少し離れた駅近くの駐車場まで歩く。その間、祐史さんはサイダーをストローで啜っていた。
「うん、けっこう炭酸強い」
「えー、ホントですかー?」
「でもまあまあ美味しい」
「さくらんぼの味します?」
「ちょっとだけする」
彼がサイダーを少しずつ飲んでいるそばで私は戸惑っていた。彼の首筋は少し汗ばんでいて、サイダーを飲んでいる喉が小さく動く。普段あまり色気を感じさせない彼が、すごく色っぽく見えた。
何秒か熱っぽい目で祐史さんを見ていると、祐史さんがサイダーを差し出してきた。
「? 祐史さんもういいんですか?」
「ううん、槇ちゃんが僕のことじーっと見てるから飲みたいのかと思って」
「え……?」
違った? と首を傾げる祐史さん。まさか本当のことを言えるわけもなく
「あ、そうですそうです! 私、一口も飲まずに祐史さんにあげちゃったから!」
慌てて受け取って、揺れるピンク色をストローで啜った。
祐史さんのいう通り炭酸が強い。甘ったるいシロップは少しだけさくらんぼの香りがした。
「意外と飲めますけど、やっぱり甘いですコレ」
私はサイダーを祐史さんに返した。まだ遠くで夏らしい賑わいが聞こえる。
祐史さんの車に乗るのはもう慣れた。当たり前のように助手席に乗って、シートベルトをひっぱり出す。
「今日来るでしょ?」
祐史さんが私にそう聞いた。会えなかった分彼と過ごしたかったし、「行きたい」と言うのはいつも私からだったからすごく嬉しい。
明日はバイトも講義もないので1日休みになる。彼に仕事がなければ、一緒にいられるチャンスだ。
「うん。祐史さん明日は?」
「1日休み取ってきた」
「流石。大好き」
「あー若いってすごい」
「茶化さないでよホントにそう思ってるんだから」
「はいはい」
こんな軽いやりとりも久し振りだから嬉しかったから、少し調子に乗ってみたが、
「こらっ!」
「あうっ!」
頭を掴まれて阻止された。
「車ではやめなさい」
「帰ったらいいの? いたいいたい力強いっ! ごめんってー!」
「あははっ!」
私は照れ隠しのアイアンクローを喰らって降参の声をあげた。
車の中は暗いけど、彼の顔は赤らんでいると思う。
「全く……じゃあ行くよ」
「はーい」
車にエンジンがかかって、スイスイと夜の街を走る。まだ夏の賑わいは続いてる。お互い声を発しない静かな車内が、どうしようもなく心地よくて、愛おしい。
夏祭りの一瞬のキスは、チェリーシロップの味。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
旧作は私のなろう人生の思い出の一つなので、残しておくことにしましたが、恥ずかしいのでお読みいただくのは控えて頂きたいです(笑)