Ⅷ
「シヴィル様!」
魔王の塔から帰ると、わたしの部屋の前に、慌てた様子のオーディがいた。顔にはうっすら汗が見える。
冬休みに入ってから、わたしはコーネリアとアニエスの三人でお茶会をすることが多かった。今朝もまた、いつものように三人で話をしていると、アニエスがふとこんなことを言った。
「シヴィル殿下がよく使われる、転移魔法や隠密魔法は知っていますが、その他にはどんな魔法があるんですか?」
「そういえばヒロインは魔法が使えなかったものね。私も気になるわ」
二人が魔法に興味を持つのは珍しかった。今までも何度かお茶会はしたが、魔法の話が出たのは今日が初めてだ。
「大まかに言うと、五大元素を操るものと。召喚魔法があるかな」
「ゴダイゲンソ?…って何?」
「アニエスは授業も分からないで、寝てるものね」
「先生の話を聞いてると、眠くなってくるんだよね」
結局、魔法の話題がそれてしまった。と思っていると、コーネリアが驚くべきことを言った。
「そういえば魔法騎士団以外に魔法が使えるのは、殿下と魔王くらいよね」
「あっ!魔王様。格好良いですよね。私会ってみたいなぁ」
「え!魔王がいるの?」
ということで、わたし達は魔王のいる森に行くことになったのである。
オーディはわたし達から離れたところにいたので、話の内容は聞こえなかったようだ。お茶会の途中に突然わたし達が消えて、オーディは焦ったのだろう。彼には申し訳ないことをしてしまった。
「突然消えてしまわれて…一体何処に行っていたんですか?」
「二人に頼まれて…新しい攻略対象者のところに」
「ま、まだいたんですか!」
わたしもまだ攻略対象者がいたことに驚いた。オーディも同じように思ったようだ。彼はハァと大きくため息をついた。
「それで…その攻略対象者に会いに、どこへ行っていたのですか?」
「森」
「も、森って。もしかして暗晦の森に行ったんですか?」
あの森は暗晦の森というか。通りで日中にも関わらず暗いはずだ。
「あの森にはもう近付かないで下さい。カトレバス国には魔物はいませんが、騎士団の遠征の際に、あそこの森で魔物を見掛けたと報告があるんです」
もしかしたら隠し入口が悟られないよう、キュクレイかアドラが魔物を喚んだのかもしれない。
とにかく、わたしの責任とはいえ、わたしに万が一のことがあれば、専属騎士のオーディが責められる。
とりあえずオーディにこれ以上心配させてはいけないと、わたしは申し訳なさそうな顔をして言った。
「心配かけてごめん。あそこにはもう行くこともないから。大丈夫だよ」
わたしの様子を見て、オーディはホッとしたようだった。
「ところでシヴィル様。来週の婚約パーティの相手はどうされるのですか?」
「婚約…パーティ」
すっかり忘れていた。
実は来週、なんとバハルトとコーネリアの婚約パーティが行われる。
コーネリアがバハルトを好きだと知ったわたしは、すぐさまムウラ王妃にそのことを伝えた。するとトントン拍子に話が進み、ついに来週婚約パーティが行われることになった。
しかし先程一緒にいたコーネリアから、一度もその話題は出なかった。もしかしたら、当の本人のコーネリアも忘れているのではないだろうか。
婚約パーティのメインは、バハルトとコーネリアの二人だから、本当なら、脇役であるわたしはそんなに慌てることはない。
しかしわたしはこのパーティに、女性姿で参加するようムウラ王妃に言われている。そのため今回は、男性の相手を探さなくてはならなかった。
「…まだ決めてなかったよ。どうしようかな」
王子の姿であれば、アニエスに相手役を頼むのだが、あいにく今回は女性として参加する。
「あ、あの。俺でよければ」
思わぬ助け船だった。オーディならわたしも気を使わずに、パーティに参加出来る。
しかしコーネリアの婚約パーティに、オーディが出るのは辛くないのだろうか?もしかしたら、彼は気を使って言ってくれたのかもしれないと、すぐに答えず確認してみる。
「相手お願いしてもいいの?」
「勿論です!」
彼はこれまでにないくらい力強く答えた。この様子だと、どうやらコーネリアのことは吹っ切れていたようで安心した。
わたしはお言葉に甘えて、オーディにエスコートをしてもらうことにした。
「それじゃよろしくね」
「はい!」
とりあえず相手役を探さないといけないという問題が解決して、わたしは安堵した。
*
「まさか…バハルト様と婚約だなんて…ど、どうしたら」
「ということは!シヴィル殿下と姉妹になるってこと!?羨ましい~」
「アニエス。殿下は私のところに嫁ぐから、コーネリアとは姉妹にはならないよ」
「フリード様!期待に応えて貰えて嬉しいです!」
「シヴィル様はあなたには嫁がないですよ」
婚約パーティ当日。城にはバーンクル閣下。オーディの父の元魔法騎士団長。レモラン猊下。シルファ。そして意外にもルドラが来ていた。
他にも大勢の貴族がいたが、見知った顔触れは彼らだけだった。
「コーネリア。兄上がこっちを見てるよ。そろそろ戻ってあげたら?」
「そ、そそそそ、そうですわね」
今日の主役はコーネリアだというのに、彼女はバハルトの近くに行くと緊張してしまうようだ。バハルトと一緒にいた彼女は、わたし達の姿を見るなり、バハルトを置いてこちらへやってきた。
バハルトはジッと寂しそうな目でずっとこちらを見ていた。
「コーネリアはかなり緊張しているね。まるで私といるときみたいだよ」
「フリード様のときのコーネリアは、別の意味で緊張していますけどね」
「…オーディ。今日はやけに突っ掛かるね?」
「はっ!まさかのフリ×オーディ!?」
「「アニエス。それは絶対にない(よ)」」
今日のオーディとフリードは険悪な空気が漂っている。普段は仲が良いはずなのに、突然どうしたのだろうか。
「アニエス。今日はとっても可愛いね。そのピンクのドレス似合っているよ」
「あらシルファ様。私は今日、オーディ様と踊るのでお呼びでないですよ」
「は!?」
シルファはアニエスを見付けてこちらへ来たようだ。シルファもフリードに負けないくらい顔は良いと思うのだが…なぜかアニエスはシルファを毛嫌いしている。彼女はシルファを撒くために、オーディの名前を言ったのだろう。そのことに気付かないオーディは声をあげた。
「それは…残念だね。じゃあ美しい君に相手をしてもらおうかな」
「彼女は私の相手だから、他を当たってもらえるかな」
「フリード様のお相手でしたか…どうりでお綺麗な方だと…」
突然わたしを見て言ったシルファに驚いたが、フリードが上手く誤魔化してくれた。わたしがフリードの相手だと分かると、彼はすんなりと身をひいた。
それにしても、わたしのときとずいぶん違う態度に腹が立つ。
「フリード様!シヴィル様は俺がエスコートをします!」
「ダメですよオーディ様!そうしたらフリ×シヴィが見れないじゃないですか!」
「お前は…少し黙ってろ」
シルファが去って、また二人は険悪な空気に戻ってしまった。せっかくの婚約パーティなのに、やめてほしい。
わたしがため息をついていると、後ろから声をかけられた。
「シヴィル殿下。少しよろしいですか?」
「…ルドラ」
声を主はルドラだった。三人は言い合いをしていて、ルドラには気付いていないようだ。
「君は…わたしを避けていると思っていたけど」
「申し訳ありません。ここでは…話しにくいので、別の場所に移動してもよろしいでしょうか?」
まさかルドラがわたしに話かけてくるとは思わなかった。三人に言っても、今は気付かないだろう…
わたしはうなずくと、ルドラと二人でパーティ会場を出た。
「それで、話って何?」
会場を出て、すぐ目の前にある客室に入ったわたしは、近くにあった椅子に腰を下ろした。
「シヴィル殿下。今まで避けてしまい申し訳ありませんでした」
そう言ってルドラは深く頭を下げる。謝るくらいなら、せめて話くらいは聞いて欲しかったと思った。
「まぁ…君がわたしを変に思うのも無理はないよ」
「そんな!変に思ってなんかいません!」
私は…とルドラは言葉を続ける。
「私はシヴィル殿下を愛しております。あのときのシヴィル殿下の女装姿は…本当にお美しくて…私はその場にいられなくなってしまったんです。今日も本当に…お綺麗です」
わたしが今、口にお茶を含んでいたら、コーネリアのように間違いなく吹き出していただろう。
ルドラの思わぬ言葉に、わたしは開いた口が塞がらなかった。
「つまり…ルドラは…同性愛者ってこと?」
「そういうことです…ね」
なんということだろう。ここにアニエスとコーネリアがいたら、狂喜乱舞していそうだ。
「ごめんルドラ。わたしは君の好意には答えられないよ」
これ以上ルドラと二人でいるのは気不味い。
わたしは一言そう言うと、部屋から全速力で飛び出した。部屋から出る前にルドラが、待って下さいと言っていたが、わたしは止まらなかった。
*
会場に戻ると、ちょうどダンスが始まるところだった。男女が向かい合って、会場中央に集まっている。
アニエス達は何処にいるのだろうか?と思って見回すと、何があったのか。シルファと一緒にいるアニエスを見付けた。
「シヴィル様。一体どこにいってらしたんですか」
わたしに話しかけたのはオーディだった。先程まで一緒にいたフリードの姿は見えない。
「さっきルドラに呼ばれてね。声をかけてから行こうと思ったんだけど…ね」
「申し訳…ありません。しかし何故ルドラが」
「なんでだろうね…」
まさかルドラが同性愛者で、男性のわたしを愛しているとは、オーディには言えない。それにしてもこのファンプリのキャラは濃すぎる気がする。これもR18のせいなのか。
「それでは姫様。お手をどうぞ」
そう言ってやんわりと頬笑むオーディに手を差し出され、わたしは思わずドキリとした。どうやらダンスが始まったようだ。
わたしはオーディの手をとり、曲に合わせてステップを踏む。
「白いドレス姿も素敵でしたが、今日のドレスもお美しくて素敵ですよ」
今日は以前候補の一つに入っていた、マーメイドラインの深紅のドレスを着ている。このドレスは肩が露出しているので、ドレスを着なれていないわたしには恥ずかしかった。
しかし今日のオーディは一体どうしたのだろうか?妖艶な表情でわたしを見るオーディはいつもと違い、わたしの心臓は早鐘を打つ。
「オーディだけいい思いをするのは不公平だよね」
いつの間にか曲が終っていたようだ。オーディとわたしの間に、突然フリードが入ってきた。
「シヴィル殿下。次は私と踊って頂けませんか」
次の曲が始まると、わたしが返事をするよりも早く、フリードはわたしの手をとった。遠くからやはりアニエスの叫び声が聞こえた。が、シルファに塞がれたようだ…口で。
「先程ルドラと一緒にいたようですが…何もされていませんよね?」
どうやらフリードだけはルドラに気付いていたようだった。心配そうに聞いてくるフリードに私は苦笑した。
「もしかして何かあったのですか?」
「何もされてないよ。心配してくれてありがとうフリード」
何もされてはいないが、衝撃的な告白は受けた。
フリードはわたしの顔をみて何か察したのか、それ以上ルドラのことは聞かなかった。
それからまたオーディと踊り、次はフリードと踊りを交互に繰り返して、ダンスは終わった。二人は休み休みだからいいものの、ずっと続けて踊っていたわたしはもうくたくただ。
「オーディ。フリード。わたしは部屋で休んでるよ」
「俺も一緒に行きます」
「オーディだけだと不安ですからね。私もご一緒致します」
今のわたしに突っ込む気力はない。
オーディとフリードを連れて、わたしは部屋の前に来た。ドアに手を伸ばし扉を開けて部屋に入ると、なぜかオーディとフリードも一緒に部屋に入ってきた。
「オーディ。部屋まで入るのは失礼じゃないかい?」
「俺はシヴィル様の専属騎士ですから。お側にいても失礼に当たりません」
また始まったようだ。わたしは二人を無視して、ドレスを脱ぎ始めた。実はドレスの下には肩紐のないキャミソールと、スキニーのハーフパンツを履いている。
「し、シヴィル様!」
「で、殿下!」
わたしが突然脱ぎ始めたので驚いたのだろう。二人は顔を真っ赤にさせて部屋から出た。
それにしても今日は疲れた。コーネリアには悪いが、パーティにはもう戻らないで今日はこのまま寝てしまうことにした。




