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お茶会の翌日以降、ルドラはわたしを避けていた。何度か誤解を解こうとしたのだが、彼に近付くとすぐに逃げられてしまう。あの真面目なルドラにそこまで拒否されてしまうと、わたしも落ち込んでしまう。結局ルドラに誤解されたまま半年が経ち、学院は冬休みを迎えた。


カトレバス国には前世と同じく四季があった。あちらで言えば10月後半くらいの気候だろうか。まだ雪が積もるほどではなかったが、それでもこの時期は空気が冷たく、寒かった。


「あぁ!まさか魔王様に会えるなんて!楽しみ」

「…ファンプリをやり込んだつもりだったのに。まさかあの魔王も攻略対象だったなんて知らなかったわ」

「コーネリア…さまは追加コンテンツをDLしなかったの?」

「アニエス。無理にさまをつけなくていいわよ…そうね。前世に戻ってやりなおしたいくらいよ」


今、わたしとコーネリアとアニエスの三人は、魔王の隠れ住んでいるという森に来ている。まさかファンプリに魔王がいるとは思わなかった。最初は驚いたが、城にあった禁書には、魔物のことが書いてあったことを思い出した。魔物がいるのであれば、魔王がいても不思議ではないとわたしは思った。


森の中は、まだ日の高い昼時だというのに暗く、虫や鳥の声も聞こえずシンとしていた。コーネリアとアニエスがいなければ、まるでお化けでも出てきそうな雰囲気だ。


「ところで、魔王はどこにいるの?」


森の前までは転移魔法ですぐに来られたのだが、森の中に入ってからはずいぶん歩いている気がする。わたしが尋ねるとアニエスはキョロキョロと辺りを見回していた。


「えっと。この辺りに二本の桜の木があるはずなんですが」

「そういえば桜の木と木の間に、隠された入口があったのよね」


まさかこの世界にも桜の木があるとは驚いた。

しかし今は冬だ。この時期の森は、葉のない木々がそびえ立っている。せめて葉や花が咲いていれば桜がどうか見分けがつくのだが、特に木に詳しくないわたしが、木の幹だけみて桜を見つけるのは至難の技だ。


「この中で桜をみつけるのは難しそうだけど…」

「ご心配なく殿下!その桜は魔法がかけられているので、一年中咲いているんですよ!」

「あっ!あったわよ」


アニエスが説明してくれているうちに、コーネリアがその桜を見付けた。コーネリアの指す先には、満開に咲き誇る桜の木が二つ並んでいた。殺風景なこの冬の森に、寄り添うように二本並んでいる桜の木は、とても幻想的で綺麗だった。


それにしても…ここが隠し入口とは。冬だとこの桜の木は、非常に目立つ。


「わーい!一番乗り」


桜を見たアニエスは、何の躊躇なく桜の木々の間に飛び込んだ。半信半疑であったが、本当に木々の間に入口があったようだ。彼女の姿は何処にもなかった。

コーネリアに続き、わたしもすぐに二人の後を追った。


「!?」

「きゃぁ魔王様!?まさかこんなに早く会えるなんて!驚いた顔も素敵!」


隠し入口に入ると、すぐ目の前に男性がいた。薄いグレーの髪に燃えるような赤い目をした彼は、突然の訪問者に目を見開かせている。

アニエスの反応を見ると、彼が魔王なのだろう。彼の後ろには黒い塔がそびえ立っていた。


「お前達、なぜこの場所が分かった」

「怒っている顔も素敵です!」

「この無愛想な人が、後々ヒロインにデレるなんて、信じられないわよね」

「ギャップ萌えですね!」


全く話を聞いていない二人に、魔王は苛立ったようだ。

彼は、ライオンの頭に羊の胴体と蛇の尻尾という異形な姿の魔物を喚び寄せ、わたし達を睨み付けた。


この魔物は禁書で見たことがある。名前はキマイラだ。前世の世界のギリシア神話にも出てくる有名な魔物だ。

キマイラは獰猛だが、召喚した魔物は主人に従順だ。すぐにわたし達に襲いかからせないところを見ると、彼は威嚇で魔物を喚びよせただけだと分かった。


それにしても乙女ゲームでキマイラは必要なのだろうか。ファンプリをプレイしたことがないわたしには、制作者の意図は分からない。


「あっ!キマイラですね!可愛い」

「でも意外と小さいのね。もっと迫力があるのかと思ったのだけど」


彼女達にはキマイラの存在を話したことはなかったのだが、ファンプリをプレイしている二人は既にキマイラがいたことを知っていたようだ。

二人の平然な様子に、彼は愕然としている。それもそうであろう。わたし達を脅すために喚び寄せた魔物が全く効果ない上、喚び寄せた魔物に迫力ないとまで言われたのだ。


「おい。お前」


不貞腐れた魔王は、二人に関わっても会話が成り立たないことに気付いたのであろう。もう二人には目もくれず、魔王はわたしに声を掛けた。


「なぜ俺のことを知っている」

「ゲームをプレイしたことがあるから知ってるんですよ!」


魔王は眉をひそめると、わたしから問いに答えたアニエスに目を向ける。

アニエスは包み隠さず正直に答えているが、ゲームのないこの世界では通用する訳がない。ふざけていると思われたのだろう。魔王はとうとうキレたようだ。


「お前ら…一生牢屋にいるがいい」


そう言うと魔王は、わたし達に硬直魔法をかけた。

キマイラは、わたしを背に乗せて。アニエスを口に加えて。コーネリアを尻尾で掴んで。から、塔へ向かって歩き出す魔王の後に着いていった。



「ここがヒロインの入れられた牢屋なのね!」

「アニエス。あなたよくそんな呑気なこと言ってるわね。こんなところにずっといたらお尻が痛くなりそうよ」


魔王は言葉通り、わたし達を牢屋に閉じ込めると、そのまま何処かへ行ってしまった。

硬直魔法はすぐに解除された。脅すことは言うものの、彼はわたし達に危害は加えるつもりはないようだ。

二人はそれに気付いているのだろうか?彼女達は全く危機感を感じていない様子だ。とにかく、何をするか分からない二人に、わたしが頭を悩ませていると、見知らぬ男がこちらにやってきた。


「そこの金髪の男。お前だけ牢から出ろ」


強めの口調でそう言う強面の男は、おそらく魔王の仲間だろうか?白髪混じりではあるが、肌も顔もまだ若い。男は牢の扉までやってくると、わたしを見た。


「魔王様の配下の…なんだっけ?」

「…わたしも忘れたわ」


これだけファンプリの好きな二人が、名前を覚えてないことに驚いたが、男の顔を見てもしかしたらと思った。

彼は今まで会ってきた攻略対象者のような綺麗な顔ではない。おそらく彼女達は、自分の好みではないキャラの名前は覚えていないのだろう。


「何をぐずぐずしている。早く出てこい!」


その強面で言われると中々迫力がある。とぼんやり思いながら、牢から出たときだった。


「シヴィル殿下!私ここは耐えられなくて。ソファーをお願いします」

「あ!私は布団が欲しいです!」


この二人は突然何を言ってるのか。

わたしが溜め息をつくと、男は同情した目でわたしの肩をポンと叩いた。


「あーっ!シヴィル殿下に触れられるのはフリード様だけなのに!」

「私のシヴィ×ルドラ推しは変わらないけど、今はもう無理よね。残念だわ」


二人の言葉を無視した男は、わたしを連れて早々と歩いて行った。コーネリアとアニエスの声がいつまでも聞こえていた。



「魔王様。男を連れてきました」

「あぁ。来たか」


この部屋は魔王の部屋だろうか?

魔王がいる部屋は、王の間のような絨毯がひかれた玉座にいるものだと思ったのだが。

部屋にあるのは、簡素なベッドと長椅子にローテーブルが置いてあるだけで、他は何もない。魔王はその長椅子に腰をかけていた。


「あの中でお前が一番まともそうだからな。連れてきてもらった」


男に促され、わたしは魔王の向かい側の長椅子に座った。


「…とりあえず質問に答えて欲しい。お前達はなぜこの場所を知っていた?」


ここにコーネリア達がいないのは都合が良かった。本当のことを言っても信じてもらえないだろう。わたしは当たり障りなく答えた。


「この時期に満開の桜が咲いてるのはおかしいからね。彼女達が不思議がって木に近付いたら、二人の姿が消えたから。わたしは後を追っただけだよ」

「…アドラ。そんな目立つ入口を作れと頼んではいないはずだが」

「も、申し訳ありません」


男の名前はアドラと言うようだ。どうやら彼があの入口を作ったらしい。つまり彼も魔法が使えるということだ。


「あとなぜ彼女達は、俺を魔王だと知っていた?」

「彼女達はその…想像力が豊かで。でもまさか本当に魔王がいるとは思わなかったよ」

「…あの二人なら…あり得そうだな」


魔王から見れば、二人はかなり変わっているだろう。わたしが言葉を詰まらせて言うと、それが良かったようだ。魔王は全く疑うことなく信じてくれた。


「最後に一つ。なぜキマイラを知っている。普通の者なら、存在すら知らないはずだ」

「わたしの城の書物にあったけど」

「なるほど…お前は王族だったのか」


キマイラのような魔物や竜は、門外不出の禁書の中にしか書かれていない。魔物がいるのも遥か遠くの大陸で、この辺りにはいないため、カトレバス国では魔物の存在を知っている者は殆どいなかった。

わたしは魔王の言葉に頷く。


「そうか。…手荒な真似をして悪かった」


わたしの思った通り、この魔王は悪い人ではなかった。

彼はすまなそうな顔をしてわたしに謝ると、長椅子から立ち上がり、軽くわたしに会釈をして言った。


「俺の名前はキュクレイだ。お前がカトレバスの王族だとすると、シヴィル王子だな」


コーネリア達はずっと魔王と呼んでいたので、魔王には名前がないものだと思い込んでいたが…そんなことはなかった。


カトレバス国の王族と言えば、タイタム王。ムウラ王妃。バハルト王子。シヴィル王子。の四人しかいない。

年齢的に、わたしがシヴィルだとキュクレイは思ったのだろう。


「しかし…まさか王子が女だったとは驚きだな」

「なっ!女性!?」


キュクレイの言葉に驚いたのはアドラだった。わたしも彼に見抜かれていたことに驚く。言葉遣いも気を付けていたはずなのだが…なぜ彼はわたしが女だと見抜いたのか。


「俺は匂いで性別が分かる」

「匂い…」


匂いとは一体どういうことだろうか…

ただ一つ言えるのは、どうやらキュクレイは変態だったようだ。わたしは眉をひそめて、キュクレイから一歩下がる。


「ま、待て。変な誤解をするなよ。俺は好きで分かるようになったわけではない。生まれつきだ!」


誤解と聞いて、ルドラがわたしに女装趣味あると思っていることをふと思い出した。少し親近感がわいたわたしは、とりあえずこれ以上は下がらないようにした。


「それにしても…勿体無いな。お前は着飾ればより美しいだろうに。事情があるようだから、強くは言わないが」


キュクレイは心底残念そうな表情をして、わたしを見た。


「とりあえずお前達が不審者ではないことは分かった。あの二人と一緒に城へ送ろう」



「あ!シヴィル殿下。ソファーは持ってきてくれました?」

「私は布団ですよ!抱き枕もつけて下さいね」


牢に戻ってきたわたしを見て、彼女達はここぞとばかり聞いてきた。

隣にいたキュクレイも、先程のアドラと同じく。同情した眼差しでわたしを見ている。


「コーネリア。アニエス。ソファーも布団も必要ないよ。もう帰るから」

「えっ!まだ私達、塔の中を見てませんよ!」

「そうよ!このままで帰れないわ」

「…シヴィル。もし嫌気が差したら、俺の塔に来るといい」


そう言ってキュクレイは、転移魔法でわたし達を城へ送り届けた。

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