Ⅵ
今日は祝日で学院も休みだった。特に予定もなかったので、コーネリアとアニエスに、城の温室でお茶会をしないかと誘ってみた。どうやら彼女達も暇だったようで、二人とも二つ返事で答えてくれた。
「シヴィル殿下。今日はお招き頂きありがとうございます!私昨日は興奮して眠れなくて!」
「授業中にあれだけ寝てれば、夜眠れなくなるのは当然でしょう」
ケットに案内されやってきた二人に軽く挨拶をした後、わたしは二人をテラス席に案内した。テーブルにつくと、ケットが淹れたての紅茶を差し出す。テーブルにはベルガモットの良い香りが広がった。
「ところで、フリード様とルドラ様は今日いらっしゃらないのですか?」
「休みの日はフリードもルドラも休んでほしいって言ってあるからね。今日はいないよ」
「オーディも今日は騎士団の練習試合ですものね」
「では今日は女子会ですね!」
そう言って喜ぶアニエスは本当に女の子らしくて可愛いと思う。これではシルファがアニエスを好きになるのも無理はない。
「女子会なら…シヴィル殿下。ドレスを着てみませんか?」
「それいいですね!わたしもシヴィル殿下の女装姿見たいです!」
「アニエス。わたしは女だよ」
思わずアニエスに突っ込んでしまった。
しかしドレスとは…わたしには無縁なものだと思っていたので、コーネリアの提案には驚いた。確かにコーネリアやアニエスを見ているとドレスに憧れることはある。でもわたしはコルセットがどうしても苦手だ。
「わたしはこのままで」
「シヴィのドレス姿。俺も見てみたいな」
なぜここにバハルトがいるのだろうか。彼は今、国務で忙しいため、温室には用はないはずだ。
「バハルト殿下。お久しぶりです」
「まさか!シヴィル殿下のお兄様とお会いできるなんてッ!」
バハルトに気付いたコーネリアは席から立ち上がると、丁寧にお辞儀をした。アニエスは目をキラキラさせてバハルトを見ている。わたしは大きくため息をついて言った。
「兄上。仕事の途中ですよね?早く戻って下さい」
「少しくらいいいだろう。シヴィに中々会えないから、こうして国務の合間に会いに来たのに…冷たいな」
「ケット。兄上を連れていってくれる?」
やはり仕事中だったようだ。彼がいなくなれば、宰相に負担がかかる。わたしが頼むとケットは慣れたものだった。バハルトの襟をおもむろに掴むと、彼を引きずり温室から出ていった。この光景を見ると、タイタム王とムウラ王妃を思い出す。
「バハルト殿下って優しいし、格好いいわよね。シヴィル殿下が羨ましいわ」
「コーネリアは…まさか…兄上が好きなの?」
侍女に引きずられる彼のどこが良いのか分からないが、頬を赤く染めうっとりしているコーネリアを見て、恐る恐る聞いてみた。するとコーネリアは恥ずかしそうにしながら、小さく頷いた。
なんということだろう…オーディは失恋したようだ。しかしオーディには申し訳ないが、わたしとしてはコーネリアの気持ちを応援したい。正直な話、バハルトも独り身でなくなれば少しは落ち着いてくれるのではないかと密かに期待する。
「兄上はまだ結婚もしてないし…コーネリアだったら良い王妃になれるとわたしは思うよ」
「そそそそ、そんな。王妃だなんて」
とりあえずこの事は後々ムウラ王妃に相談してみようと思う。オーディは…また好きな人が出来たら応援してあげよう。
「そっ、それよりも殿下!せっかくですからドレス着てみましょう!」
「そうだ!すっかり忘れてました!」
「ドレスでしたら、プリンセスライン。マーメイドライン。エンパイアライン。の三種類ございます。どちらが宜しいでしょうか?」
話題が変わってホッとしていたのも束の間。アニエスは忘れていたみたいだが、コーネリアはしっかり覚えていたようだ。
先程バハルトを連れていったケットが、大量のドレスを抱えて戻ってきた。一体そのドレスはどうしたのだろうか。ケットの持ってきたドレスをコーネリアとアニエスは真剣に吟味している。
「このピンクのプリンセスラインのドレスも似合いそうだわ。でも深紅のマーメイドラインのドレスも捨てがたいし…」
「プリンセスラインのドレスはアニエスに。マーメイドラインのドレスはコーネリアに似合いそうだけど」
「シヴィル殿下!今は殿下のドレスを選んでいるんですよ。邪魔をしたらダメです!」
今の彼女達はバーゲンセールにいる主婦並の勢いがあって怖い。ドレスを着るつもりはなかったのだが、この空気の中、断る勇気はない。わたしは腹を括った。
「このドレスにするわ」
「シヴィル殿下がこのドレスを…フリード様がここにいればよかったのに」
「アニエス。恐ろしいこと言わないで」
「エンパイアドレスですね。ではお召し替えして参りますので少々お待ち下さい。シヴィル殿下こちらへ」
コーネリア達が選んだのは、ウエストに薄いブルーのリボンが巻かれた、白のエンパイアドレスだった。
「シヴィル殿下のお召し替えをするのは何年ぶりでしょうね」
ケットに連れられて来たのは、ムウラ王妃の衣装部屋だった。
ケットは嬉しそうにニコニコしながら、手際よくわたしにドレスを着せた。
「短い髪でこのドレスは似合わないね」
「ご心配なく。ウィッグがございます」
ケットは用意周到だった。わたしと同じ髪色のウィッグを取り出すと、ケットは器用に編み込んでいく。短かったわたしの髪は、腰まであるストレートのロングヘアになっていた。
その後、軽く化粧をしてもらい、自分の姿を鏡の前で見てみる。
「母上に似てるね」
「本当に。ムウラ王妃の若い頃にそっくりでございます。この姿でしたら、どんな男性もすぐに落とせるかと思います」
「いや。落とさないし」
ケットはわたしを見ながら、勿体無いとつぶやいている。最近ケットまでムウラ王妃と同じことを言うので困る。
「コーネリア達を待たせてるから、温室に戻るよ」
「はい。ここを片付けましたら、私もすぐに参ります」
*
「シヴィル…様?」
温室に向かう途中、練習試合をしている筈のオーディがいた。オーディの装いは、いつもの魔法騎士団の制服ではなく、白いシャツにボタンのついていない黒のロングジャケットを羽織っていた。
「あれオーディ?練習試合は?」
「練習試合は終わりました。それよりも…その姿は」
わたしがドレスを着た姿が珍しいのだろう。普段礼儀に煩いオーディもこのときばかりは、わたしをまじまじと見つめた。
「オーディこそ。今日はいつもの制服じゃないの?」
「俺は…試合で制服が汚れてしまったので。今はこの服を」
練習試合はそんなに激しかったのか。しかし魔法で戦うのはどんな感じなのだろう。見てみたかったが、もう終わってしまったのでそれも出来ない。
わたしがそんなことを考えていると、意を決した表情をしたオーディがわたしに近付いてきた。
「シヴィル様。俺はずっとあなたのことを…」
「あ!シヴィル殿下。こんなところにいたんですね。探しましたよ」
「ちょっとアニエス!今は出ていったらダメでしょ」
そんなに時間は経っていなかったはずなのだが、コーネリアとアニエスは待ちきれなかったのだろうか?オーディは二人を見ると、あからさまに不機嫌になった。
「お前ら。マジでふざけるなよ」
「オーディ。シヴィル殿下の前で素が出てるわよ」
「オーディ様。キャライメージが壊れるので、その話し方はやめてください」
言葉を遮られてオーディは怒っているのだろう。何を言おうとしたのかは分からないが、大切なことだったのかもしれない。
とりあえず仕切り直してオーディに尋ねてみた。
「オーディ。何を言おうとしたの?」
「い、いえ。なんでもありません」
「オーディ様はシヴィル殿下のことをす…モガッ」
「すごく綺麗って褒めようとしたのよね。アニエス」
突然コーネリアがアニエスの口を手で塞いだ。コーネリアが口に出して言うのなら、わざわざ塞ぐことはないと思うのだが。
訝しげにコーネリアを見ると、わざとらしくホホホと笑っていた。こういうときのコーネリアはいつも何か隠している。
「まぁ…いいけど。それよりどうしたの?そんなに待たせてないつもりだったけど」
「そ、そうよ!実はフリードとルドラ様が来てるの!」
「これでフリード様にシヴィル殿下のドレス姿が披露出来ますね!」
「ちょっとアニエス。黙っててくれるかしら。フリードはともかく、ルドラ様は殿下が女性ってことを知らないんだから」
「別に知られてもいいんじゃないんですか?真面目なルドラ様だったら、口外することなないだろうし、特別困ることなんてないもの」
「…それもそうね」
アニエスが珍しくまともなことを言った。
確かにこのメンバーで唯一まともなルドラに知られたとしても、何か変わることも困ることもないだろう。
とりあえずわたし達はそのまま、温室へ戻ることにした。
*
「あれ?シヴィル殿下はいらっしゃらないのですか?それに…そちらの女性は」
温室に戻ると、わたしの姿を見て目を見開かせてるフリードとキョロキョロと王子のわたしを探しているルドラがいた。
「実はこちらの女性がで…」
「フリード様!見てください。女装した殿下は綺麗ですよね!」
「本当に…綺麗だね」
「えっ!じょ、女装」
コーネリアの言葉を遮り、彼女はとんでもないことを言い出した。わたしに女装趣味があると思ったルドラは、わたしを見てドン引きしている。
「あのっ。今日は僕帰ります!」
そう言ってルドラは走り去って行った。
「あれは…完全に誤解してるな。俺としては都合はいいけど」
「私も同感だね」
「お、お兄様。まさか殿下のこと…」
「アニエスが大喜びしそうだね」
「フリ×シヴィ大好物です!ありがとうございます!」
ルドラが誤解しているというのは分かるが、都合がいいとはどういうことだろう。皆が話している間に、ケットが人数分のお茶とケーキをワゴンにのせてやってきた。
「お茶とケーキをお持ち致しました。オーディ様とフリード様の分もございますので、よろしければお召し上がり下さい」
「わぁ!美味しそう」
「そういえばお茶会だったことすっかり忘れてたわ」
なぜオーディとフリードの分が前もって準備されているのか謎だが、あまり詮索しないことにする。
女だけだったはずのお茶会は結局、ルドラを除くいつものメンバーで行われた。




