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「おはようございますシヴィル殿下。ムウラ王妃から、殿下が学院生活を不安に思われてるのでお側についていて欲しい。と言われております。これから宜しくお願い致します。ほらコーネリアも突っ立っていないで挨拶して」

「し、シヴィル殿下。お、おはようございます」


ムウラ王妃は仕事が早かった。翌日、わたしの側にはオーディとルドラの他に、フリードが加わった。

フリードの横にいるコーネリアの顔はひきつっている。彼女は彼が苦手のようだ。


「ここここ、コーネリア様。お、お久しぶりです」

「!まぁ…ルドラ様!お久しぶりです」


そういえばコーネリアが苦手なルドラもいた。ルドラはかなり動揺している。ルドラがいることに気付いたコーネリアは、目をキラキラさせてルドラとわたしを見た。

この目は…きっと変なことを考えているに違いない。


「コーネリアとルドラは知り合いなの?」


フリードは、コーネリアにわたしとオーディ以外の知り合いがいたことに驚いたのだろう。

フリードの問いに答えたのはルドラだった。


「僕は昔、盗賊からシヴィル殿下に助けて頂いたことがあったんです。その時に…コーネリア様もいらっしゃって…」


そこでルドラは言葉を詰まらせた。あのとき凝視していたコーネリアのことを思い出したのだろう。しかし盗賊より恐れられているとは。ルドラは本当にコーネリアが怖いみたいだ。


「そんなことがあったんだね。知らなかったよ」


フリードはにっこりしてコーネリアを見ているが、笑顔がこわいのは気のせいか。コーネリアは小さく悲鳴をあげた。


「シヴィル様」


オーディに呼ばれて振り返ると、オーディが近くの木を見た。

彼の目線を追うと、3メートルほどの小さな木の上からこちらの様子を伺っているヒロインがいた。

いつからいたのだろう。…というよりも、そんなに細い枝の木にどうやって登ったのかが気になる。


「…そんなところにいないで、こっちに来たら?」

「そんなっ!私はここで見ていられるだけで満足です」


落ちるのではないかと、見かねてヒロインに声を掛けたが、すぐに断られてしまった。


「アニエス。もう知られてるんだから。ここで堂々と見ていればいいじゃない」


フリードから逃げてきたのだろうか。隣にはいつの間にかコーネリアがいた。コーネリアが手招きをすると、アニエスと呼ばれたヒロインはいそいそと木から下りこちらへやってきた。


「コーネリア。その子って昨日叫んでた変な子だよね。そんな子を殿下の側に来させるなんて、どういうこと?」


どうやら昨日のヒロインの叫び声は、フリードの耳にもしっかり届いていたらしい。フリードの突然の低い声に、隣にいたコーネリアは怯える。

しかしここで場違いの声が響いた。


「フリード様!今日も素敵ですッ!」


この不穏な空気の中、そんなことが言える彼女はすごいと思う。フリードの視線はコーネリアからすぐにヒロインに向けられ、コーネリアはホッと胸を撫で下ろしていた。


「気持ち悪いこと言わないでくれる?」


フリードは嫌悪感をあらわする。それでも嬉しそうにしているヒロインはドMなのか。


「コーネリア!ここって最高ね」

「アニエス。私はあなたが羨ましいわ」


あのコーネリアにこんな表情をさせることが出来るのはヒロインだけだろう。しかし二人はいつの間に仲良くなったのだろうか。そう思っていると横にいたオーディが察したのか、説明をしてくれた。


「昨日シヴィル様に訓練所にとばされた後も、二人は言い合っていましたが、最後には意気投合したようです」

「あらオーディ。あなたも一緒に言い合ってたじゃない」

「昨日は申し訳ありませんでした…」


結局三人ともずっとあの調子だったようだ。小さくため息をつくと、オーディがわたしに頭を下げて言った。


「シヴィル殿下。ちょっとよろしいでしょうか」


ふと、ルドラがわたしに声を掛けてから、ヒロインを見た。


「あなたがコーネリア様のご友人とは分かりましたが…僕達はあなたのことを知りません。せめて名前を名乗るのが礼儀だと思うのですが」


このメンバーの中で一番まともなのはルドラだろう。わたしはヒロインの方に顔を向けた。ちなみにフリードはヒロインには全く興味ないようだ。


「わ、私ったら…ごめんなさい。アニエスと申します」

「よろしくねアニエス」


彼女もわたし達と同じ転生者だ。ちょっと変わってはいるところはあるが、出来れば仲良くしていきたい。わたしはアニエスに微笑んだ。


「あぁ!天使がいる!殿下が女性なんて…本当に勿体無い」


アニエスはうっとりしながらつぶやいた。…なぜ彼女がわたしを女性だと知っているのか?

わたしはコーネリアを見た。コーネリアは顔を片手で覆っていた。アニエスにわたしが女だと話したのは、やはりコーネリアだったようだ。


「シヴィル殿下は…男性です…よね?」

「どういうこと?」


アニエスのつぶやきに反応したのは、ルドラとフリードだった。


「ででで、殿下があまりにもかかか、可愛いから、アニエスは勘違いしたのよ!」

「そういうことだったんですね」

「へぇ…」


ルドラはすぐに納得をしたようだが、フリードは怪しんでいるようだ。

しかしコーネリアの挙動不審な態度を見たら、フリードのように怪しむのが正解だと思うのだが。ルドラは素直過ぎて、なんだか心配になる。

ちょうどその時、授業開始の鐘の音が鳴り響いた。


「遅刻…だね」


わたしはポツリと言った。



午前の授業が終わり、昼食休憩時間になった。

この学院内には和洋中の三店舗のレストランがある。貴族が多いためか、かなり値は張るのだが、まさかこの西洋の世界で和食が食べられるとは思わなかったのでかなり嬉しい。


「和食があるなんて思わなかったよ」

「俺もです」


わたしは今、オーディとルドラの三人でレストランに向かっている。普段から表情豊かなオーディだが、実はあまり笑うことはない。この時だけはオーディも嬉しかったようで、終始ニコニコしていた。


「シヴィル殿下もオーディ様も和食が好きだったとは意外です」


正直、白いご飯と納豆があれば満足出来る。とは口が避けても言えない。


「ほらね。やっぱりここにいたら会えるって言ったでしょ」

「シヴィル殿下が和食なんて…考えられない」


和食レストランの前にいたのは、コーネリアとアニエスだった。

わたしはオーディとルドラと同じクラスだったが、アニエスとコーネリアとは別のクラスだった。どうやらコーネリアはわたし達がこのレストランに来るのを想定していたらしい。


「それにしてもシヴィル殿下とクラスが違うなんて。コーネリア…さまとの婚約もないし、私もあまりイベントを気にしなくてもいいのかしら」


おそらく無意識でつぶやいているのだろうが、アニエスの独り言には(きも)が冷える。幸い今いるのはルドラなのでうまくごまかせそうだが、フリードがいたら色々と突っ込まれそうだ。


「アニエス。これから食事かい?よかったら一緒にどうだい?」


声の主を見てみると…女性だろうか?

腰まである長い銀髪は艶々して天使の輪が出来ている。柔和な雰囲気の彼女は、吸い込まれそうな深緑の目をしていた。


「イベントきたし」


アニエスがまたつぶやいた。これはイベントなのか。


「シルファ様。私はこれからシヴィル殿下方と一緒に食事をする約束をしているので無理です!」


約束をした覚えはないのだが、アニエスはキッパリと断った。

それにしても女性だと思っていた人が、まさか攻略対象者の一人のシルファだったとは。まだ会っていない騎士団の副長も、やはり美形なのだろうかと考えてしまう。


「シヴィル殿下はじめまして。私はシルファと申します。もしよろしければご一緒してもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


首をすごい勢いで横に振っているアニエスを尻目に、わたしは速答した。アニエスには悪いが、これからどんなイベントが起こるのかわたしはすごく気になる。


「シヴィル殿下。グッジョブです!」


コーネリアが小声で言った。わたしと同じように考えている人がここにもいたようだ。



「ご飯…味噌汁…焼き魚…」


テーブルに並べられた料理を見て、コーネリアは体を震わせた。わたしも久しぶりの和食に顔が緩みそうで、必死に堪えている。オーディも同じようで、顔がすごいことになっている。わたしもあんな顔をしているのだろうか。気を付けよう。


「わーい。和食!和食!」


まわりを気にせず素直に喜べるアニエスが羨ましい。喜ぶアニエスをシルファは微笑みながら見ている。


「アニエスは可愛いね」

「シヴィル殿下の方が可愛いですよ!」


アニエスの言葉にシルファは品定めをするようにちらりとわたしを見た。わたしのことはいいので、早くイベントを起こして欲しいと思う。


「まぁ…殿下も綺麗な顔立ちをされていますが。男性に可愛いというのは、可哀相だよアニエス」

「殿下はじょせ…」

「じょせ?」


危なかった。アニエスがわたしを女性と言う前に、わたしは彼女に沈黙魔法をかけた。

アニエスはオーディを見る。おそらくオーディが魔法をかけたと思っているのだろう。わたしが魔法をかけたことに気付いたオーディは、アニエスに対して首を横に振る。アニエスがうなずくのを見て、わたしは沈黙魔法を解いた。


「…な、なんでもないです」

「ふふっ。アニエスは表情もコロコロ変わって、見ていて飽きないよ」


確かに彼女と一緒にいたら退屈はしないかもしれない。



「ごちそうさまでした!」


アニエスが手を合わせて言った。

久しぶりの和食は涙が出そうなほど美味しかった。横にいたコーネリアとオーディも同じだったようだ。二人とも目がうるうるしている。ここで王子のわたしと騎士団長と令嬢の三人が涙を流していたら、さぞ異様な光景だっただろう。


「アニエス。ここにご飯粒ついてるよ」


突然シルファは、アニエスの頬についていたご飯粒を…舐めた。


「生で見ると凄いわね」

「ゲホッ」

「なッ」


上からコーネリア。オーディ。ルドラ。である。コーネリアの言葉から察すると、これがイベントなのだろう。

しかし乙女ゲームにしてはなんというか…大人向けな気がする。そう思ってふと気付く。


「ねえ。コーネリア」


わたしは隣にいたコーネリアに小声で聞いてみた。


「もしかしてファンプリってR18だったりする?」


こういうことを知っているということは、前世のわたしはゲーム好きだったのかもしれない。もしそうだとすれば、わたしの裸のスチルがないという言葉も、昨日のヒロインとの会話の内容も納得出来る。

おそらく図星だったのだろう。コーネリアは食後に飲んでいたお茶をすごい勢いで吹き出した。目の前にいたシルファはその標的になった。


「ちょっと!あり得ないんだけど!」

「ゲホゲホッ」


シルファの上半身はコーネリアのお茶でビショビショだ。シルファは怒っているようだが、コーネリアはそれどころではなかった。とりあえずシルファが濡れたのはわたしの責任なので、彼を魔法で綺麗にしてあげた。


「シヴィル殿下ありがとうございます。まさか殿下が魔法を使えるとは思いませんでした」


シルファは驚いている。そういえば当たり前のように使っていたが、この世界では騎士団員以外が魔法を使えないのをすっかり忘れていた。


「シヴィル様は昔から勉強熱心な方でしたから。魔法も独学で習得されたんです」

「へぇ。さすがこの国の王子様ですね」


わたしの代わりにオーディが答えてくれた。シルファの返事が一つ一つ嫌味に聞こえるのは気のせいではないと思う。どうやらわたしは彼に好かれていないようだ。


「殿下。彼はアニエスが大好きなので、アニエスの想い人の殿下のことが嫌いなんです。あまり関わらない方がいいですよ」


隣からコーネリアがわたしに耳打ちをする。なんて傍迷惑(はためいわく)な人達だろう。


「コーネリアここにいたんだね」


振り向くとコーネリアの後ろにフリードが立っていた。コーネリアの顔は一瞬で険しくなる。


「お、お兄様。こ、こんにちは」

「シヴィル殿下。少しお聞きしたいことがあるのですが、宜しいですか?」


しかし用があったのはコーネリアではなかったみたいだ。フリードはコーネリアを見ずにわたしを見て言った。彼はいつもの笑顔ではなく、珍しく真剣な顔をしていた。おそらく朝の話のことであろう。


「は、はい」

「ここでは…少し話にくいですね。中庭の方へ行きましょう」


わたしはコーネリア達を残して、フリードと中庭に向かった。



「シヴィル殿下。あなたが女性というのは本当でしょうか?」


やはりフリードだけは誤魔化せなかったようだ。わたしはどうしたものかと悩んだが、彼を誤魔化すのは至難の技だと思い諦めてうなずいた。


「そう…でしたか。女性の身で王子として生活するのは大変だったでしょう。殿下が学院生活を不安に思うのも無理はありません」


何を言われるかとドキドキしたが、フリードは意外にも優しかった。王子であることが大変だとも、学院生活に不安を感じたとも思ってはいなかったが、とりあえず怒っていないようで一安心だ。


「それよりも…」


フリードはまじまじと私を見つめたかと思うと、ふと視線をそらした。そういえば食事の後だった。もしかしてわたしの顔に何かついていたのだろうか。そう思って聞いてみる。


「何かついてる?」

「い、いえ。大丈夫です。申し訳ありません」


何もついてないのなら、なぜフリードの顔は赤くなっているのだろうか。わたしに気を使っているのなら、はっきり言ってくれた方がありがたい。


「きゃあぁぁ!フリード様!今がチャンスよ」


突如中庭にヒロインの叫び声が響き渡る。何がチャンスなのだろうか?

気付くとフリードの顔はいつもの怖い笑顔に戻っていた。

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