Ⅳ
わたし達は15歳になり、今日は学院の入学の日を迎えていた。
学院の門をくぐると、目の前にピンク色のセミロングヘアーの女性が歩いているのが見えた。
彼女を見てすぐに気付いた。彼女はコーネリアの言っていたファンプリのヒロインだ。と思っていたら、彼女が何もないところで激しく転んだ。
「だ、大丈夫?」
ヒロインは咄嗟のことで手をつけなかったのだろうか。地面にうつ伏せになって倒れている。わたしは彼女を助け起こそうとした。
「慎重に歩いてたのに!なんで何もないところで転ぶのよ!」
突然彼女がガバッと立ち上がった。頭を打ってしまったかと心配したが、元気そうでよかった。しかしわたしに気付くと彼女は固まった。
「ちょっと動かないでね。今傷を直すから」
彼女は全身砂まみれで、身体中に擦り傷が出来ている。とくにおでこは酷かった。わたしは見かねて回復魔法を施そうとした。
「わわわ、私になんか構っていたらダメです!シヴィル殿下はフリード様のものですもの!」
そう言って彼女は走り去って言った。
フリード?確かコーネリアの兄がそんな名前だった。コーネリアとは仲が良いが、わたしは一度も彼に会ったことはない。
とりあえず後ろにいる騎士団長様に聞いてみる。
「ねぇオーディ。これがヒロインの出会いイベントなの?」
「俺に聞かないで下さい」
*
「あれ?ヒロインがいない?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには不思議そうに首を傾げたコーネリアがいた。
「ヒロインなら、シヴィル様はフリード様のものって叫んで走り去って行ったよ」
オーディがそう答えるとコーネリアは驚いていた。
「オーディ。それって聞き間違えてないわよね?」
「わたしもそう聞いたけど」
「殿下が言うなら本当ですね」
どうやらオーディは信用されていないらしい。
「シヴィル殿下。ヒロインも私達と同じ転生者です」
「どうして転生者って分かるんだ?」
コーネリアの言葉にオーディが不思議そうに言う。
「ファンプリは乙女ゲームだったけど、BLを匂わせる表現があったの。彼女はおそらくフリ×シヴィ推しの腐女子よ!」
「BLは…まぁ、分かるが…フリ×シヴィって何だ?」
「フリードが責めでシヴィル殿下が受けってことよ」
オーディは言葉を失ったようだ、金魚のように口をパクパクさせている。
「でも兄にシヴィル殿下は勿体無いです。わたしは断然シヴィ×ルドラです!」
コーネリアがルドラを凝視していた理由が、五年経った今明かされた。
「それに!フリードは優しそうにみえますが、実は!」
興奮したコーネリアを止められる術をわたしは知らない。しかしここで思わぬ助けが入った。
「コーネリアは一体何の話をしてるんだい?」
「お、お兄様」
兄ということは、この人がフリードなのだろうか。
ふわふわした髪はコーネリアと同じ黄色で、つり目のコーネリアとは対象的に彼は優しそうなタレ目をしていた。
しかしさすが乙女ゲームの攻略対象者。彼も美形である。
「シヴィル殿下はじめまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。いつも妹がお世話になっております」
そういうとフリードはふわりと笑った。兄のバハルトとは大違いである。
「はじめまして。お会いできて嬉しいです」
わたしもにっこり笑うと、遠くから叫び声が聞こえてきた。
「フリ×シヴィ萌えー!」
*
「なんか…つけられてるんだけど」
フリードと別れたというのに、わたしはずっとヒロインにつけられていた。彼女は生け垣に隠れて、こちらの様子を伺っている。
「動けないようにすれば、これ以上つけられることはありません」
そう言ってオーディは魔法を使い、ヒロインの足をツル草で巻き付けた。
「きゃあ!これじゃあフリ×シヴィが見れないじゃない!」
「シヴィ×ルドラでしょ!」
ヒロインの叫びに対抗したのはコーネリアだった。
「なんですって!あなたフリード様の妹なのに。フリード様の良さを知らないの!?」
ヒロインは信じられないと言った様子だ。
「あんな鬼畜どSに、シヴィル殿下をあげるわけにいかないわ!やっぱりシヴィル殿下には従順な犬属性のルドラでしょ!」
「ルドラなんて前戯が長いだけじゃない!男ならフリード様みたいに本能のままに行動するべきよ!」
フリードは鬼畜どSだったのか…わたしはすっかり騙されていた。
しかし公の場でそんな話を堂々としないで欲しい。それになぜそんな情報を彼女らは知っているのだろうか。
とにかくこの会話は酷すぎる。いくら人気が少ないとはいえ、ここは学院の中庭。わたしは元気がありあまっている二人を、魔法騎士団の訓練場に転移させようとした…ときだった。
「オーディ×シヴィル様だろ!むしろ逆でもいい!」
なんということだろう。今度はオーディが叫んだ。しかもなぜわたしが。そこはコーネリアではないのか。
「「オディ×シヴィはない」」
二人の声がハモった。
「オーディ様は前戯も本番も下手なんだもの。」
「シヴィル殿下を満足させられないオーディはお呼びじゃないわよ」
「なんで勝手に決めるんだ!前世の俺の知識を駆使すれば」
わたしは元気がありあまっている三人を、今度こそ魔法騎士団の訓練場に転移させた。
*
「シヴィル殿下。お久しぶりです」
学院の庭園のベンチで魔導書を読んでいると、突然声をかけられた。
「もしかして…ルドラ?」
顔をあげた先にいたのは、黒髪黒目の青年だった。
よりにもよってあの話の後にルドラに会うなんて。ルドラには悪いが、なんだか気が滅入る。
「あの。コーネリア様はいらっしゃらないんですか?」
ルドラはキョロキョロ辺りを見回している。コーネリアを探しているのだろうか。
「コーネリアに会いに来たなら、ここにはいないよ」
「いえ。僕はシヴィル殿下とお話しがしたかったので」
コーネリアがいないと知ったルドラはホッとしたようだ。そういえば、ルドラと会ったときのコーネリアはずっとルドラを凝視していたことを思い出した。それがトラウマになっているのだろうか。
「実はあのとき殿下に助けられてから、僕はずっとあなたに憧れていたんです」
コーネリアが言っていた、BLを匂わせる表現とはこのことだろうか。コーネリアがここにいたら歓喜していただろう。
「僕は貴族ですが、どうしても殿下のお役に立ちたいと思いまして。今日から殿下専属の執事としてお仕えすることになりました」
「はい?」
わたしは彼が言っている意味が分からない。一体どういうことだろうか。
「ムウラ王妃様からお許しも頂いております。何かございましたら、すぐに僕にお申し付け下さい」
*
「母上。専属の執事なんて聞いていません。一体どういうことですか?」
あの後わたしはすぐに城へ行き、ルドラのことをムウラ王妃に問い詰めた。
「だってシヴィったら。学院に入学するために髪も短くしてしまって、ますます男の子っぽくなってしまったんですもの。せっかくの学院生活。恋愛も出来ずに終わってしまったら悲しいわ」
この人は一体何を言っているのだろうか?
「母上。学院は勉学に励むところです。王子のわたしが恋愛に現を抜かしている場合ではありません」
「シヴィ。あなたは女の子よ。私はあなたが王子という立場に縛られないで、したいようにしてくれたらと思っているの。タイタムが何か言っても、私がなんとかするから大丈夫よ」
ムウラ王妃がわたしを思ってしてくれたことは分かる。しかしそれでなぜルドラが執事になったのかは疑問である。
「ところでシヴィは、オーディとルドラどちらがタイプかしら?二人共とっても格好いいと思うのよね」
理由が分かった気がする。ムウラ王妃はオーディかルドラのどちらかとわたしをくっつけようとしているみたいだ。
「ルドラとはほとんど初対面ですし、オーディには好きな人がいますので、どちらと言われても」
「あら。オーディの好きな人はシヴィでしょ?ねぇオーディ?」
「そっ、それは」
いるはずのない声に驚いて後ろを振り向くと、そこにはオーディが立っていた。いつからいたのだろうか。オーディも魔法が使えることをわたしはすっかり忘れていた。
「シヴィはコーネリアとも仲が良かったわよね。兄のフリードはどうかしら?」
今日はこの話題しか出ない日なのだろうか。まさかムウラ王妃の口からまでフリードの名前が出るとは思わなかった。
「あら。もしかして…フリードが好きだったのかしら」
わたしが言葉を失っていると、ムウラ王妃は何を思ったのか、見当違いのことを言い始めた。しかもなぜオーディは膝をついて項垂れてるのか。わたしはもう何も突っ込まない。




