Ⅲ
コーネリアとオーディに出会ってから、わたしはタイタム王に頼み、二人がいつでも城に来られるようにしてもらった。
コーネリアに関しては快く了承をしてくれたが、オーディだけは認めて貰えなかったため、ムウラ王妃に介入してもらい許可を得た。
そんなわたし達も10歳になった。
オーディはわたしの専属の魔法騎士となったが、コーネリアが言っていた婚約発表は起こらなかった。よくよく考えれば女同士で婚約などありえない話である。
「シヴィル殿下。ごきげんよう」
今日はコーネリアから、必ずこの日に会いたいから予定を空けておいて欲しい。と言われていた日だった。コーネリアはわたしに軽く会釈をすると、向い側のイスに腰を下ろした。
わたしたちは今、庭園にある温室のテラスにいる。
今までならオーディも一緒にいたのだが、彼はわたしの専属騎士になってからはいつも、少し離れた場所でわたし達を見守っていた。
「こんにちはコーネリア。オーディ、他には誰もいないんだからこっちに来たら?」
「シヴィル様に何かあっては困ります。俺のことは気にせず楽しんで下さい」
最近のオーディは、急に真面目になってしまように思える。そんなオーディを見てコーネリアは、悪役令嬢っぽくニヤリと笑って言った。
「オーディはシヴィル殿下が大好きだから。殿下の専属騎士になって張り切っているんですよ」
コーネリアの言葉にわたしは飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになった。
「なななな、何を」
「そうだよコーネリア。オーディが大好きなのはコーネリアだよ」
オーディはコーネリアのことをよく見ている。以前コーネリアが熱中症になりかけていたのも、一番最初に気付いたのは、目の前にいたわたしではなくオーディだった。何より二人は生まれたときからの幼馴染みだ。
わたしの言葉に、コーネリアは飲んでいたお茶を吹き出した。テーブルにあった焼き菓子はもう食べれない。
「殿下!絶対にそれはありません」
哀れなオーディ。コーネリアに強く否定されて、オーディは両膝をついて頭を抱えていた。相当ショックだったようだ。
「それよりもシヴィル殿下!今日はとっても大切な話があります」
オーディを無視したコーネリアは、嬉しそうにニコニコしている。
「これから貴族街へ行って、隠しキャラのルドラに会ってみませんか?」
*
「シヴィル殿下。こちらです」
コーネリアの突拍子もない発言の後、わたし達は転移魔法で貴族街に来ていた。
「オーディも着いてきたら良かったのに。私達を止めようとするから、殿下に眠らされちゃうのよ」
落ち込んでいたオーディだったが、わたしたちが貴族街へ行くと聞いて我に返ったようだ。彼は貴族街へ行こうとするわたし達を必死に止めようとした。
イライラしたコーネリアがわたしに、オーディを木に吊るして欲しい。と恐ろしいことを言ってたが、さすがにそれは可哀想だろうと、わたしはオーディに睡眠魔法をかけ眠らせた。
「いたいた!彼がルドラで、隣の女性がルドラの母親ですよ」
コーネリアに連れられてきたのは、貴族街にあるこじんまりとしたお屋敷だった。
黒目黒髪の少年が綺麗な女性と、手を繋いで並んで歩いていた。門の外には馬車が用意されているので、どうやらちょうど出掛けるところだったらしい。
しかしコーネリアが言うには、彼は確か平民だった筈ではなかっただろうか?
わたしが不思議そうにしていたからだろう。わたしが聞くよりも先にコーネリアは言った。
「彼は元々貴族だったんです。彼の黒髪や黒目は珍しいので奇異の目で見られることが多くて、彼を不快に思った家族に追い出されるんです」
そう言われてみれば、この世界では黒髪黒目の人物は見たことがなかった。前世で見慣れているわたしには分からないが、見慣れない人にとっては恐ろしいものなのだろうか。
けれど目の前にいるルドラはそんな様子はないようにみえる。
「それにしては大切に育てられてる気がするけど」
「ルドラの母親はこのお屋敷では溺愛されているんです。ルドラを大切にしている彼女がいる今日までは、ルドラは何も言われないんです」
「今日まで?」
わたしが聞くとコーネリアは期待した目でわたしを見た。
「ルドラの誕生日である今日。ルドラ達は誘拐されて、母親はそのときにルドラの身代わりで殺されてしまうんです」
なぜそんな恐ろしい話をキラキラした目で言うのか。
しかし突然ルドラに会いに行こうと言った理由が分かった。つまりわたしに母親を助けてもらいたいということだろう。先に言ってくれたら、オーディを眠らせることなく説得出来ただろうに。
「シヴィル殿下は魔法チートキャラです!よろしくお願いします!」
ここにオーディがいたら、迷わず突っ込んでくれるだろう。しかし今そのオーディは温室で寝ている。
*
わたし達は隠密魔法を使い、ルドラの馬車の裏側に乗り込んだ。
「こんな近くにいるのに気付かれないなんて。私も魔法が使えたら、モガッ」
この魔法は使っている間は、透明人間になったように相手からは姿が見えなくなるのだが、声だけは聞こえてしまう。隠密魔法というより、透明魔法に改名した方がいいのではと思う。
わたしは慌ててコーネリアの口を手でふさぎ、静かにという意味で口に指を当てた。
この馬車はどこに向かっているのだろうか?
貴族街を出て城下町を過ぎ、今は人気のない街道を走っていた。
コーネリアの方を見ると、彼女はそわそわしていた。
「どけッ!」
御者の声だろうか?突然馬車が大きく揺れて止まった。
前方を確認すると商人風の男性が道を塞ぐように立っていた。
「すみません。実は荷馬車の車輪がぬかるみにはまってしまったようで動けないんです。申し訳ないのですが手伝って頂けませんか?」
男性の後ろには確かに荷馬車があった。一体何が積まれているのだろう、盛り上がった荷にはシーツがかけられていた。
男性がそう言うと、馬車の中にいたルドラの母が言った。
「ブリュン手伝ってあげなさい」
ブリュンというのは御者のことだろう。
「かしこまりました」
御者が馬車を降りたときだった。
積まれていた荷のシーツがはらりと落ちた。盛り上がっていた荷は人間だったようだ。柄の悪い男性が御者に短剣を突きつけた。
「ひッ!」
「シヴィル殿下!今よ!」
コーネリアが叫ぶよりも早く、わたしは彼らを魔法で眠らせた。ゴンッとものすごい音がしたが、地面がぬかるんでいるならやわらかそうだし、大丈夫だろう。
「一体何が?さっきの声は」
御者にはわたし達の姿は見えていない。
コーネリアの声が聞こえたと思ったら、襲いかかってきた男達が突然倒れて、眠りはじめたのだ。
「ブリュン。これはどういうことなの?」
いつの間にかルドラ達は馬車から降りていた。
先程の商人と柄の悪い男が地面で眠る姿を見て、目を丸くさせた。
「それが私にもさっぱり分かりません。この商人の仲間に襲われたと思ったら、突然男達が眠りこけて…」
御者も戸惑いを隠せない様子だった。
「母さん。女性の声でシヴィル殿下のお名前を呼ぶ声がしました」
そう言ったのはルドラだった。
わたしはじっとコーネリアを見ると、コーネリアは照れたように笑った。誉めていないんだが。
「ええ。その声は私にも聞こえたわ」
わたしの名前が出てしまったなら、姿を現さない訳にはいかないだろう。わたしは隠密魔法を解いた。もちろんコーネリアだけ。
「「「わっ!」」」
突然現れたコーネリアに驚いた3人は、声を揃えて叫んだ。
「えっ!ちょっとシヴィル殿下」
隠密魔法を解いてしまうと、わたしの姿はコーネリアには見えない。
コーネリアはわたしを探そうと必死に腕をのばしている。
「もしかしてあなたが助けてくれたの?」
コーネリアの不審な行動にも動じず、最初に話したのは女性だった。
「いいえ違いますわ。皆様をお助けになられたのは、隠密魔法で今現在身を隠されているシヴィル殿下です」
*
「なるほど。殿下達があそこにいらっしゃったのはそういうことだったのですね。息子のルドラと同じ歳でいらっしゃるのに、感服致します」
ルドラと一緒にいた女性ヒルテは、コーネリアの話を信じてくれたようだ。心底感心した様子でわたし達を見た。
「ええっと…ヒルテ夫人。大変申し訳ありませんが、私達は無断で城を抜け出した身。これで失礼致します。」
とりあえず目的は達成された。本当なら気付かれずに助けるつもりだったが。これ以上の面倒事はごめんなので、わたしは早々に立ち去りたい。
「こちらこそお引き留めして申し訳ありません。シヴィル殿下。コーネリア様。改めましてありがとうございました」
深々と頭を下げるヒルテと御者にわたしは会釈をし、転移魔法を使った。
*
庭園の温室に戻ると、オーディはまだ気持ち良さそうに眠っていた。
「危なかったですね。ヒルテ様が私の話を信じてくれて本当に良かったわ」
コーネリアがヒルテに話した内容はこうだった。
最近街道で国民が襲われてるという噂を聞いた。国民を心配した王子がなんとかしたいと思い、城を抜け出して街道を見張っていた。そのときにたまたま襲われたのがヒルテ達で、それを王子が助けた。ということだった。
一番心配だったのは、なぜわたしが魔法を使えるのかと聞かれることだったが、魔法騎士団に一番関わり深い王族なのだから使えることもあるだろうという考えていたらしく、わたしは安心して胸をなで下ろした。
「ところで」
わたしは気になっていたことがある。
「コーネリアってルドラのこと好きなの?」
実はコーネリアなのだが、ずっとルドラを凝視していたのだ。
コーネリアが姿を現してからルドラが一言も話さず、固まっていたのは、おそらくコーネリアの視線に怯えていたからだと思う。
「えっ」
しかしコーネリアは驚いたようにわたしを見た。
「わたしの推しキャラはシヴィル殿下ですよ」
わたしの勘違いだったのだろうか。コーネリアは直ぐ様否定した。とりあえずオーディが失恋しなかったことにホッとする。
しかしなぜ、ルドラを凝視していたのだろうか。
「でもずっとルドラのことを見てたよね」
「いや、あの。それはですね」
言いにくそうにしているコーネリアを見て、ふと気付く。そういえばコーネリアはファンプリに夢中になっていたと言っていた。その攻略対象者を見てしまうのは、当たり前ではないだろうか。
「わ、私のことより、殿下はご自分のことを心配した方がいいですよ」
きっと恥ずかしかったのだろう。コーネリアはわたしの質問には答えずに話をそらした。しかしなぜわたしが自分の心配をする必要があるのだろう?
「どうして?」
わたしが首を傾げると、コーネリアは慌てた様子で言った。
「と、とにかく。学院に入学すれば、ヒロインとの接触も増えるのですから。攻略されないように気を付けてくださいね」
わたしは女だから、攻略されることはないとは思うのだが。むしろオーディが攻略されてしまうのではないだろうか。オーディの恋が実って欲しいと思っているわたしは、それが心配だった。




