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ⅩⅩⅨ

翌日、トリスに変化したわたしは一週間ぶりに学院に来た。目的はもちろんトリスから魔法具を手に入れるためである。


「昨日はすごかったわよね、まさか殿下とオーディ様があんな風になるとは思わなかったわ」


学院のエントランスに入ると学院生の女性二人が話をしていた。その内容に、わたしは思わず足を止めて聞き耳を立てた。


「わたしも。でも殿下って意外に積極的よね」

「殿下もだいぶ性格変わったようだけど、それは今まで我慢してたのかもしれないわね」

「そうよね。女性なのに男性として生活するなんて、わたしには考えられないもの」


…どういうことだろうか?

この話の流れだと、彼女達はわたしが女だということを知っているように聞こえる。


「でも殿下が女性だってことは、もしかしたら本当にフリード様との恋愛も起こるかもしれないってことよね?」

「あの本みたいに?フリード様も最近殿下の側にいるようだし、殿下もあの外見だもの。あり得そうよね」


…本の話は置いといて。

やはり学院ではわたしが女性であるということが知れ渡っているらしい。この一週間で一体何があったのだろうか?


「あ!噂をすれば、殿下とフリード様だわ」

「オーディ様もいるわよ!」


彼女達の言葉に、わたしはトリス達が来たであろうエントランスの入口に目を向けた。


わたしはトリスの姿を見て愕然とした。


トリスはシヴィルの姿だというのに、フリフリのプリンセスラインのドレスを着ていたのだ。どうやらこの姿を見て、わたしが女性だと広まったようだ。とりあえずアドラのように、女装していると勘違いされなかったことだけが、唯一の救いだ。


トリスは隣を歩いているフリードにぴったりとくっついている。隣のフリードは笑顔ではあるが…なんだか怖いのは気のせいだろうか?しかしいつもなら、フリードを必死で引き剥がしにオーディが来るはずなのに、彼はなぜか無言のままトリスの後ろを歩いていた。


いつもと違うオーディを不思議に思っていると、ふとトリスと目が合った。トリスはあからさまに嫌そうな顔をしてから、わたしに近付いてきた。


「…やっぱり痩せてなんかいなかったのね。危うく騙されるところだったわ」


どうしてこちらに来たのか分からなかったが、トリスは嫌味を言うために近付いてきたようだ。彼女の言葉にわたしは思わず苦笑した。


確かに今のわたしはトリスの言うように、痩せる前のトリスの姿に変化している。あれから一週間しか経っていないのだ。普通に考えたらそんな短い間であそこまで痩せるのはありえない。もしトリスが一週間であの姿になったとなれば、コカやトリスを知る人達が驚き、大騒ぎするだろう。トリスから魔法具を手に入れるまで、わたしは出来るだけ目立ちたくはなかった。


「殿下。お知り合いですか?」

「知らない人よ。行きましょ」


殿下と呼んだのはもちろんフリードである。今日のオーディは終始無表情で、一言も話さなかった。彼がここまで表情を変えないのは初めて見たかもしれない。オーディはこちらを見ることなく、そのまま彼女について行ってしまった。

が、なぜかフリードだけは立ち止まり、こちらをジッと凝視している。


「フリード様?」

「ああ。申し訳ありません。すぐに行きます」


ついてこないフリードを不思議に思ったトリスが、彼の名前を呼んだ。フリードはわたしの横を通って、再びトリスの元へ戻っていった。


「話があります。裏庭の方に来てください」


すれ違い様にフリードはそう言った。


これは…まさか。呼び出しだろうか?しかしわたしは彼に何かした覚えはない。何の話かは分からないが、わたしは魔法を使えるのだ。フリードは魔法を使えないし、何かあっても対抗できるだろう。



今のわたしは、戦に向かう騎士のような心境だった。なんせ呼び出したのはあのフリードだ。しかも呼び出された先が裏庭というのも怖い。この裏庭は学院の教室からかなり離れているため、通学時間にここにやって来る生徒は誰一人いないのだ。


フリードがここまで怖いと感じるのは、コーネリアの話やアニエスのあの本の先入観もあるかもしれない。とりあえずフリードに言われた通り裏庭にやって来たが、肝心のフリードはまだ来ていないようだ。


「お待たせしてしまってすみません」


しばらくしてからフリードがやってきた。呼び出しにしては、彼の言葉はずいぶん丁寧な気がする。疑うようにジッと彼を見ていると、フリードは突然クスクスと笑い出した。


「シヴィル殿下ですよね?」

「ふへっ!?」


突然名前を呼ばれて、変な声を出してしまった…恥ずかしい。しかしなぜフリードは、わたしがシヴィルだと分かったのだろうか?変化の魔法は簡単な魔法なので、失敗することはまずない。トリスもわたしの姿には気付かなかったのだ。


「アニエスから聞きました。今の殿下は、アニエスの落とした魔法具のせいで、別の人に入れ替わってしまっているのだと」

「あの魔法具、アニエスのだったの!?」


まさか互換の魔法具がアニエスのだったとは。


そういえばわたしが入れ替わる前、アニエスが魔法具を無くしたとオーディが言っていた気がする。どんな魔法具かは教えてもらえないと言ってたが、それもそのはずアニエスが持っていたのは禁忌の魔法具だったからだ。


大商人の娘のアニエスなら、禁忌の魔法具を手に入れることも出来そうだ。しかし落とした魔法具をトリスが拾ったとなると、彼女はなぜその魔法具の使い方を知っていたのだろうか?


「私もコーネリア達も殿下を戻す方法を見つけようと色々調べてはいるのですが」


その先フリードは言葉を濁した。戻る方法が見つからなかったことを彼は気を使って言葉には出さなかったのだろう。


「…フリード。実はもう戻っているんだ」

「え!?」


フリードの驚く顔に苦笑しながら、わたしは変化の魔法を解いた。魔法を解いたわたしの姿は、先ほどのフリフリのドレス姿ではなく、いつもの男物の服を着ている。この服が慣れ親しんでるわたしにとって、こちらの方が動きやすいのだ。


「どういうことですか?アニエスの話では、体が入れ替わると聞いていましたし、それでは殿下が二人いることになりますが?」

「…見た目は、ね。魔法の使える友人に頼んで、わたしと彼女の体を元に戻して貰ったんだ。ただ…そのまま戻すだけだと、彼女にまた魔法具を使われてしまうから。彼女には戻ったことを悟られないように…変化の魔法をかけてあるんだ」


実際は呪詛魔法なのだが、呪詛というと誤解されそうなので、フリードには変化の魔法と伝えた。


「つまりあとは魔法具を取り返せばいいということですね?」


ずいぶん簡潔に説明を済ませてしまったが、それでもフリードはすぐに理解してくれたようだ。


「それでしたら後は任せてください。今の殿下は私がお気に入りのようですし、あの感じでしたら誘惑でもすれば簡単に取り戻せそうです」


そういってフリードは笑った。この笑顔を見るのは本日二度目だが、何度見ても彼の笑顔は怖かった。しかも今回話の内容が一層それを引き立たせている。



フリードと別れた後わたしは教室には行かず、裏庭近くにあった今は使われていない空き教室で、ぼんやりと空を眺めていた。今日の空は、冬だというのに秋晴れのように真っ青で、太陽の日差しがポカポカして気持ち良かった。


「お前…何をしているんだ?」


気持ちいい日差しにウトウトしかけていると、突然部屋に呆れた声が響き渡った。この声は振り向かなくても分かる。キュクレイだ。


「ここ、日が当たって気持ちいいんだよね」


キュクレイの塔にいるときは一日中暗かったで、久しぶりの日がわたしにはすごく心地よかった。ウトウトした中わたしはキュクレイの問いに答えた。


「…魔法具はどうした?」

「あの魔法具アニエスのだったよ」

「アニエスの?確かにあいつなら持っていてもおかしくはないな。それで肝心の魔法具は取り返さなくていいのか?」

「コーネリアのおにいさんが…」

「シヴィル?」


心地いい眠気に、わたしは最後まで答えられずにそのまま眠ってしまった。

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