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ⅩⅩⅦ

「し、シヴィル様。あんまり近付かれては」

「ぇえっ。だって近付かないとくっついて眠れないよぉ」


今の時刻は真夜中の一時である。

この時間であれば確実にトリス。もといシヴィルは寝ていると思ったが、彼女は起きていた。しかもなぜかベッドにはオーディもいるようだ。


「だ、駄目ですよ。まだ結婚前なんですから」

「いやッ。それまで待てないッ!」


王子として生活してきたせいか、わたしは普段このようにオーディに甘えることはない。というよりも、甘え方が分からない。いつもと別人のようなシヴィルをオーディは不思議に思わないのだろうか?謎である。

二人のやり取りを聞きながら、わたしは顔をしかめた。


「…いい身分だな」

「キャッ!」

「誰だ!?」


そんな二人に声をかけたのは、隣にいたキュクレイだった。突然した彼の声に、二人は驚いたようだ。

オーディはベッドから飛び起きると、警戒した様子でこちらへ近付いてきた。シヴィルはベッドからは出ずに、ジッとこちらを見ている。


「キュクレイ…か?なんでこんな時間にシヴィル様の部屋に」


わたしからすれば、なんでこんな時間にシヴィルと同じベッドで寝てるのか?と聞きたいところなのだが。


キュクレイの赤い目は、月明かりの中でも目立つことをわたしは知っている。オーディは彼の目を見て、すぐにキュクレイだと気付いたようだ。しかしオーディが気付いたのはキュクレイだけで、月明りの当たらない位置にいるわたしには気付いていないらしい。


「お前…そいつが好きなのか?」

「は?」


キュクレイは「()のシヴィルが好きなのか」を聞きたいのだろうが、オーディはわたし達が入れ替わっていることを知らない。キュクレイの質問に彼はポカンとしていた。


「ねぇ。あの人誰?」

「すみませんシヴィル様。少し待っていて下さい」


ベッドにいたはずのシヴィルは、いつの間にかオーディの隣に来ていた。彼女はオーディに寄り添っているものの、キュクレイを見てうっとりしている。のは気のせいだと思いたい。


「シヴィル様は今、記憶喪失になってる。何の用で来たかは知らないが今日は帰ってくれ」


どうやらシヴィルも「記憶喪失」ということになっているようだ。


全員がそうというわけではないが…

今まで流暢(りゅうちょう)に日本語を話していた外国人が、間違いを指摘されると「ニホンゴワカラナイ」と言うことがある。今回はそれと同じくらい「記憶喪失」が便利な言葉になっている気がした。


「…だそうだが。どうする?」


この状況についつい現実逃避をしてしまっていた。キュクレイに話を振られ、わたしはハッと我に返った。


わたしは元々シヴィルと話すためにここに来たのだ。オーディがいたのは予想外だったが、とにかく一度彼女と話しをしなければならない。


「キュクレイ。この女性は誰だ?」


キュクレイがわたしに声をかけたため、オーディはようやくわたしの存在に気付いたらしい。彼とは朝会ったばかりだというのに、ずいぶん久しぶりに思えた。


「…ッ」


オーディと目が合い、わたしは彼に自分がシヴィルだということを伝えたかった。しかしこの状況で突然そんなことを言っても、オーディは信じないだろう。わたしは出かかった言葉をなんとか飲み込み、彼の問いに答えた。


「…このような時間に突然申し訳ありません。わたしはシハード家のトリスと言います」

「トリスですって!?」


わたしの言葉に真っ先に反応したのはシヴィルだった。今までオーディに寄り添っていた彼女はわたしに近付くと、まじまじとわたしの姿を見た。


「な、なんで痩せてるの!?」

「…シヴィル様?お知り合いですか?」


目の前のシヴィルはかなり動揺していて、オーディの言葉も聞こえていないようだった。


しかし彼女が驚くのも無理はないだろう。今のわたしは、ほんのりとした朱色の頬に、ぱっちりとした目。ウエーブのかかった癖のある藍色の長い髪は、トリスの可愛さを引き立たせていた。


「…今なら痩せたまま戻れるけど」

「い、いやよ」


この流れで上手く魔法を解いてもらえないかと思ったが、どうやらそんなに甘くはなかった。彼女にはすぐに断られてしまった。


「こんな美人に生まれ変わったのに、わざわざトリスに戻るわけないじゃない」


彼女は呟くような小さな声で言った。

確かにトリスは可愛いが、シヴィルは攻略対象者のせいか、かなりの美形だ。わたしがもし彼女の立場なら…というより、もうトリスなのだが。彼女と同じことを思うかもしれない。


「オーディ様。私この人が怖いわ」


わたしがそんなことを考えていると、シヴィルは何を思ったのか、突然そんなことを言い出した。わたしはキョトンと彼女を見ると、次の瞬間彼女は顔を強張らせていた。その様子を見ていたオーディは、すぐにシヴィルをわたしから引き離した。


「トリス…だったな。今日は帰ってくれないか?」


オーディはそう言いながらも、困惑している様子でわたしを見ていた。

シヴィルが魔法を解く気がないのなら、これ以上ここにいても仕方がない。そう思ってわたしはキュクレイに言った。


「キュクレイ。もう行こう」

「…分かった」



転移魔法は便利だ。使えなくなると、転移魔法のありがたさに気付く。わたし達は一瞬でキュクレイの部屋に戻ってきていた。


「はぁ…」


今日は色々ありすぎて、なんだかどっと疲れてしまった。わたしは近くにあったソファーに行くと、そのまま倒れ込んだ。


「大丈夫か?」


突然ソファーでうつ伏せになったわたしを見て、キュクレイは心配したようだ。彼の声色はいつもよりも優しかった。


「キュクレイは優しいね。魔王なのに」

「…最後の言葉はいらないだろう?お前のそんな姿は珍しいからな」


キュクレイの性格は温厚で、魔王というには程遠い気がする。彼がなぜ魔王と呼ばれているのは分からないが、彼の雰囲気は近寄りがたいもので、それも理由としてあるのかもしれない。


「トリスは魔法を解く気はないようだし。この体のままでいるしかないのかな」

「…あいつと結婚出来なくてもいいのか?」


キュクレイの言うように、わたしがトリスのままであれば、オーディと結婚することはなくなるだろう。しかしわたしがどう思ったとしても、彼女が魔法を解く気がない限りどうすることも出来ない。


「いくらなんでも彼女を死なせられない。…ただ魔法も使えないのは…ショックかも」


長年、城にあるあらゆる魔導書を読んで覚えたというのに、今ではその魔法が一つも使えないのだ。いくら魔法の知識があっても、この体では魔法を使うことは出来ない。


「使いたい魔法があるときは、俺に言えばいいだろう?」


キュクレイはそう言ってくれるが、城から暗晦の森までは10㎞以上離れているのだ。その度にキュクレイに会いに行くのはキツい。とりあえず気持ちだけ受け取っておくことにする。


「今日は疲れた」

「…そうだろうな」

「だから今日はこのソファー借りるね…お休み」

「あぁ。って、待て!?ちゃんとベッドで寝ろ!」


「起きろ!」と遠くからキュクレイの声が聞こえるが、疲れきっていたわたしは自分の体を起こすことも出来ずに、そのまま眠りについた。



「あれ?ベッドにいる」


目が覚めると、わたしはソファーではなくベッドにいた。おそらくキュクレイがわたしをベッドまで運んでくれたのだろう。


今は何時だろうか?

わたしはふと窓に目を向けた。が、ここはキュクレイの塔だったことを忘れていた。この場所はいつでも暗いので、窓を見ても朝なのか夜なのか時間が全く分からない。


「…起きたか」


声をした方を見ると、ソファーで優雅にお茶を飲んでいるキュクレイとアドラがいた。突然押し掛けて来た手前文句は言えないが、正直女性が寝ているところに男二人でお茶をしているのはどうかと思う。


「今何時?」

「朝の八時だ」


八時と言えば、ちょうど馬車に乗って学院に向かっているところだ。わたしはベッドから出ると、キュクレイ達のいるソファーに座った。


「紅茶でいいか?」

「ありがとうアドラ」

「お前がシヴィルなのは分かってるが、どうにも落ち着かないな」


アドラには、わたしが魔法具でトリスと入れ替わったことをすでに伝えてある。しかし彼はわたしの姿にどうしても慣れないようで、わたしを見る度、彼はビクッと体を震わせていた。


「そういえば、キュクレイは気にならないの?」

「ああ」

「魔王様は、外見ではなく匂いで判断しますので」

「…匂い」


ここでまた匂いが出てくるとは思わなかった。そういえばキュクレイが匂いフェチの変態だったことを、わたしは思い出した。


「おいシヴィル。また変な誤解をしてるな?アドラもその言い方は止めろ」

「も、申し訳ありません」

「シヴィル。お前には言ってなかったが、俺はリントブルムのハーフだ」

「え!?」


キュクレイの言うリントブルムとは、ドラゴンの一種である。


このファンプリの世界では色々な種類のドラゴンが存在している。わたしが以前エルフの里から帰るのに呼び出したのも、ファフニールというドラゴンだった。

乙女ゲームだというのに、なぜドラゴンの種類に力を入れたのかは分からないが、ファンプリはいつも何かが間違っている気がする。


「でも匂いって言っても…体はトリスのままだけど」

「俺の言う匂いは体臭じゃない。言葉では説明しにくいが…魂にも匂いがあると言えば伝わるか?」


魂の匂い…というのはいまいちよく分からないが、つまりキュクレイが以前わたしが女だと分かったのは、彼がドラゴンのハーフだったからのようだ。


「お前の体が入れ替わったのが分かったのも、お前が俺の目を真っ直ぐ見ていたこともあるが、魂の匂いがシヴィルと同じだったからだ」


キュクレイがドラゴンのハーフだったことは分かったが、わたしは一つどうしても気になることがあった。


実はドラゴンは、キマイラやコカトリスと同じ魔物の一種なのだ。しかしドラゴンだけは他の魔物と違い、知識が高く人間の言葉を話すことが出来る。


ただドラゴンが人間と結婚したという話は聞いたことがない。それに人間のアニマペインと魔物のドラゴンの間にどうやってキュクレイが生まれたのだろうか?


「シヴィル。どうした?」


わたしが無言でジッとキュクレイを見ていたのを、彼は不思議に思ったようだ。


「な、なんでもない」


さすがにそんなことをキュクレイに聞くわけにはいかない。

アニマペインはチートキャラだからと自分を納得させ、わたしはこれ以上このことを考えることをやめた。

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