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ⅩⅩⅤ

気付けばもうカトレバス国は冬を迎えていた。学院から帰ってきたわたしは、いつものように城の厨房に向かった。


「殿下。お待ちしておりました」


このふくよかな体格をしている男性は、城の料理長トムである。教皇に出会ったあの日から今まで、わたしは毎日トムから料理を教わっていた。


わたしが料理を覚えようと思ったのは、教皇のクッキーがきっかけでもあるが、一番の理由はオーディとの結婚である。


ムウラ王妃は、わたしが学院を卒業したら王女になると言っていたが、よくよく考えるとオーディは一人息子であるため、家を継ぐことになる。そうなるとわたしはオーディに嫁ぐことになり、城からは離れることになるだろう。


貴族にも侍女や執事がいるが、この国では貴族でも、男性は剣技。女性は家事が出来ることが普通である。魔法騎士団長の奥さんが料理すら出来ないと噂されては、オーディの評判も落としかねない。


「それにしても殿下の腕前にはいつも驚かされます。これで料理をしたことが今までなかったなんて、皆は信じないでしょうね」


厨房では厳しいと言われるトムが、料理に関して褒めるのは珍しい。しかしトムの言うように、わたしは料理の才能があるのかもしれない。自惚れというわけではなく…なぜか自然に身体が動くのだ。もしかしたら前世のわたしは、料理関係の仕事についていたのではないかと思う。


「生地はこんな感じで大丈夫?」

「ええ。完璧ですよ。では型に流し入れたら、オーブンで焼きましょう」


電気のないこの世界では、オーブンの下に引き出しのようなものがあり、そこに薪や石炭をくべて温めるのが一般的だった。料理よりもなんだかこちらの方が手間がかかる気がするが。前世にあったガスコンロやIHがここにあったら、もっと楽に料理が出来るのにと思ってしまう。


「あとは待つだけだね」

「そうですね。これから夕食の準備もございますので、夕食が終わったら、焼き上がりを見ましょう」

「夕食の準備、わたしも手伝ってもいいかな?」


実はトムはカトレバス国で一二を争う料理人である。彼の作る料理はどれも一級品で、彩りもすごく綺麗なのだ。わたしはその料理が出来上がるまでの行程を一度は見てみたいと思った。


「殿下が作られたと聞いたら、陛下もバハルト殿下も料理を食べずに保管すると言い出しそうですね…申し訳ありませんが、殿下はどうぞ時間まで部屋でお待ちになられて下さい」

「…そうするよ」



厨房から出たわたしは、トムに言われたようにそのまま自室に戻ってもよかったのだが、夕飯まではまだずいぶん時間がある。


しかし時間をつぶそうにも、コーネリアは来年バハルトと結婚するため、王族としての振る舞いを叩き込まれているところだし、アニエスは自分の店が繁盛していて忙しい。いつも一緒にいるオーディも今日は騎士団の練習試合の為いない。


「それで…俺のところに来たのか?」

「まあね。アドラはいる?」


結局わたしは、キュクレイのところに来た。しかし今日用があるのは、キュクレイではなくアドラだ。


普段からなにかとキュクレイの世話をしているアドラは昔、隣国の城で執事をしていたそうだ。せっかく料理も習っているのだから、他のこともある程度出来るようにはなりたいと思ったわたしは、アドラから色々教えて貰おうと考えていた。


正直、あの顔で執事というのは似合わない気がするが。失礼なのでそのことは口にしないようにする。


「アドラ?今日は隣国に行っていていないが…アドラに何の用だ?」


まさかアドラまで不在だったとは。いつも必ずキュクレイの隣にいるアドラがいないのは珍しい。


「アドラに家事を習おうと思ったんだけど。居ないなら仕方ないね」

「…お前、本当にあいつが好きなんだな」

「はい?」


キュクレイにそう言われ、わたしは目を丸くした。あいつというのは、おそらくオーディのことだと思うのだが…この話の流れでなぜそんな話が出てくるのだろうか?


「お前は魔法が使えるんだ。わざわざ習わなくても不便はないだろう?」

「それが出来たら便利だけど、人前で魔法は使えないからね」

「あぁ…そうだったな」

「残念だけど、今日は帰るよ」


とりあえずアドラが居ないならここにいても仕方がない。そう思ってキュクレイに手を振ると、彼は突然わたしの手をつかんだ。


「シヴィル。お前本当にあいつと結婚するのか?」

「え?そのつもりだけど」


今日のキュクレイはなんだか様子がおかしい。わたしを見る彼の赤い目は真剣そのものだった。


「あいつを好きなんだな?」

「う、うん。急にどうしたの?」

「いや…好きならそれでいい」


結局キュクレイは何を言いたかったのか分からなかった。キュクレイは「引き止めて悪かった」と一言言うと、わたしを城へ転移させた。



城に戻るとオーディがいた。どうやら練習試合が終わったようだ。彼はわたしの姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「シヴィル様」

「オーディ。もしかしてまたイクシオに泣きつかれたの?」

「えぇ…まぁ」


練習試合が終わった後のオーディの姿は、騎士団員の服ではなく、黒シャツにズボンというシンプルな格好だった。騎士団員の服は黒い軍服のようなもので、団長はそこに赤いラインが入っている。わたしはこの姿のオーディが一番好きなのだが、本人にはとても言えない。


「もしかして、騎士団の服ではなくて残念ですか?」

「えっ!?」


まさか表情に出ていたのだろうか?オーディに図星をつかれ、わたしは目を大きく見開いた。わたしの様子にオーディはニコニコしてわたしを見ていた。


「やっぱり。初めてシヴィル様に会ったときも、俺のことを凝視してましたから、もしかしてと思って」

「ご、ごめん」


そういえば初めて会ったときも、オーディは騎士団の服を着ていた。あのときは可愛いと思って見ていたが、まさか凝視していたとは…自分でも全く気付かなかった。


「謝らないで下さい。俺は貴女にならいくらでも見られても構いません」


そう言ってオーディは優しく微笑んだ。普段めったに笑わない真面目な騎士団長様にこんなことを言われたら、オーディファンの人達は卒倒するだろう。


しかし…こんな台詞を恥ずかしげもなく言えるオーディはすごい。コーネリアやアニエスもそうだが、皆自分の気持ちに真っ直ぐだ。わたしは自分の気持ちよりも、立場を優先させてしまうため、羨ましく思う。


「そういえばシヴィル様。先ほど学院でアニエスに会いましたが、何でもシヴィル様に渡したいものがあったようです」

「学院に?アニエスは商人街にいると思っていたけど」

「それを俺からシヴィル渡してもらおうと戻ってきたようですが、それを無くしたようです」


オーディはその時のことを思い出したのか、呆れた顔をして言った。


「そ、そうなんだ。何を渡そうとしたのかはアニエスから聞いてる?」

「それが聞いても俺には教えられないの一点張りで、唯一聞き出せたのは、魔法具だということです」

「魔法具?」


聞き慣れない言葉にわたしは首を傾げた。その魔法具がどんなものなのかは分からないが、わざわざ商人街から学院へ戻るということは、よほど大切なものだったかもしれない。


「魔法具は魔力を宿した道具です。一般には出回らないので珍しいと思いますが、商人街では結構出回っているんです」

「へぇ。どんなものがあるの?」

「だいたいは生活に関わるものが多いですね。火の魔法具を使えば、暖炉やオーブンに一瞬で火をつけられますし、氷の魔法具は食料を保存するのに使われていますね」


そんな便利なものがあるなら、もっと早く知りたかった。もしその魔法具があれば、トムも料理をするのが楽になるだろう。毎日トムから料理を教わっているわたしは、その分彼に時間を取らせてしまっているのを申し訳なく思っていた。


「後でトムにプレゼントしようかな」

「それはいいですね。彼も喜ぶと思いますよ」


魔法具の話から、トムの話題に移り、いつの間にかわたしの料理の話になっていた。その頃にはわたしは、アニエスが渡そうとしていた魔法具のことを、すっかり忘れていた。

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